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此の地に骨を埋める所存です
※トリップ系主人公はドンキホーテファミリー
※微妙に血なまぐさい表現・暴力的な表現有り




 怖い目にも、何度も遭うとだんだん慣れてくるものだ。
 青空を見上げて現実から目を逸らした俺は、はあ、と軽くため息を零した。

「……手紙でも書けたらなァ」

「あら、ナマエったら、ラブレター?」

 庭の石畳磨きの為に持ち運んできたモップを片手に呟いた俺へ、そんな風に声が掛けられる。 それを聞いて振り向いた俺の目に映り込んだのは、相変わらず可愛らしくも危険なメイド服の彼女だ。
 その片腕が何ともいいがたい音を零しながら人のものへと変貌し、軽く動かしたその片手で、口に咥えていた煙草をつまむ。
 ふう、と紫煙を零した彼女が睥睨した先には、何人かの人間が倒れていた。
 赤い血を零した彼らが死んでいると言うことは、うめき声の一つも零さぬその様子からして一目瞭然だ。
 ドレスローザから少々離れたこの島には、いくつかの小さな町がある。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴと呼ばれる誰かさんの別荘扱いの屋敷もあると言うのに、そこへ侵入し王下七武海を討ち取らんとした彼らは、少ししか戦うことも出来ない俺を人質にしようとして飛びかかり、そしてベビー5により返り討ちにあったのだ。
 目の前で人が死んだと言うのに、前のように吐いたりだとか震えたりだとかもしなくなってしまった。
 それどころか、片付けが大変そうだななんてことを思ってしまうあたり、この半年で、俺も随分と日本人離れしたものだ。
 そんなことを考えつつ、軽く肩を竦める。

「ペンと便箋と封筒は用意してるんだけど、届くかどうかが分からないんだ」

「送り先が分からないの?」

 俺の言葉に首を傾げたベビー5に頷くと、不思議そうに彼女が軽く瞬きをした。
 『若様』宛じゃないのか、と続いて寄越された言葉に、そんなわけないじゃないかと応じる。
 俺が肯定も否定もしなかった『ラブレター』という単語で真っ先にあのピンクが妙に似合う大男の名前を出してくる彼女には色々と物申したいが、言っても無駄なのはこの半年でもう学んだ。
 俺は隠しているつもりなのに、どうしてこう、俺の感情は筒抜けなんだろうか。
 大体『この世界』の書き文字は英語が殆どだから、俺の書いた手紙を果たして読んでもらえるかも疑問だ。

「……それじゃあ、相手の名前は分かる?」

 俺が手紙を書きたい相手の住所を調べてくれるつもりなのか、そんな風に言って気遣わしげな顔をしたベビー5に、気にしないでいいよと微笑んだ。
 確かに手紙は書きたいが、書いたってどうせ相手の手に届かないことは分かりきっていた。
 その相手は『この世界』にはいないのだから、まあ当然だ。

「それより、ベビー5はこれから買い物か?」

「ええ、グレープと紅茶を買いに」

「なるほど」

 そういう誰にでもできそうな雑用こそ俺に任せてほしいものだが、少し嬉しそうなベビー5の顔からして、『お前に任せたい』とでも言われたんだろう。必要とされることを喜ぶベビー5から、お使いを取り上げるなんてことできるはずもない。
 放たれた言葉に頷いて、モップを掴んでいるのとは逆の手でひょいとポケットを探る。
 そうしてそこからつまみ出した飴玉入りの小さな包みを、俺はそのままベビー5の手へ乗せた。

「それじゃ、これを頑張ってるベビー5にあげよう」

 助けてくれてありがとう、と続けて軽く手を添えて飴玉を握らせると、ぱち、と不思議そうに瞬きをしたベビー5が、それから俺を見て軽く口を尖らせた。

「私のことを子供扱いしてない?」

「子供にハッカは渡さないよ」

 大体の子は嫌いだろう、なんていった俺の前で、更にベビー5は何か言いたげな顔をする。
 しかし、仕方なさそうにため息を零してから、彼女は俺に渡された飴玉をそのまましまい込んだ。

「ナマエ、そういえば若様から屋敷を出るなって言われてなかった?」

「うん? ああ、だからこうしてせめて庭側の石畳でも磨いておこうかと……」

「それは帰ったら私がやるから、貴方は屋敷の中に戻った方がいいと思うわ」

「いや、でも中に戻っても何も」

 やることが、と言葉を続ける前に頭がちくりと攻撃を受けて、体が強張り、モップを掴んでいた手から勝手に力が抜けた。
 ぱたりとモップがその場に倒れ、あ、と思わず声を漏らした俺の前で、ほらね、とベビー5が仕方なさそうに言葉を零す。
 すでに首も巡らせなくなっているが、そう言えばこの庭を見渡せる位置に二階の窓があった気がする。

「頑張ってね」

 その向こうにいる誰かが操っているのか、俺の意思と関係なく歩き出した俺へそう言葉を投げて、ベビー5は先ほどと同じく屋敷の外へ向かって歩き出していったようだった。
 見送ることも出来ない彼女の気配が、建物の中へ入って扉を閉ざしたことで遠ざかる。

「っと!」

 それと同時に体を支配していた感覚が消えて、思わず前のめりに倒れかかってたたらを踏んだ。
 すぐに体の自由を確認するが、強張っているところはもう何一つない。
 しかし、建物から出るとまた同じ目に遭いそうだ。モップのことは後で回収に行った方がいいかもしれない。
 いやその前に、外の死体は誰が片付けるんだろうか。やっぱり俺なのか。
 そうだとしたら早くやりたいものだが、これは恐らく、この屋敷の主に許可を貰いに行かなくてはならないだろう。
 会いたくないとは絶対に言わないが、顔を合わせるのには勇気がいる。
 何せ、かの『悪のカリスマ』は、どこの面接官だって真っ青なほどの威圧感をお持ちなのだ。

「……行くか……」

 それでも仕方なく呟いて、重たい足を動かして二階へ向かう。
 歩みながらふと思い返すのは、俺がこの世界へ来たあの日のことだった。
 とはいっても、原因なんて何一つ思いつかない。
 就職活動の面接の最中、マニュアル通りノックをして入室の許可をもらって、『失礼します』と中に入ったら目の前にソファに座った何処かで見たことのある大男がいたのだ。

『フッフッフ! 礼儀正しい刺客もいたもんだ』

 楽しそうに笑ってそんなことを言われたと思ったら、気付いたら俺は大理石らしき床に顎を打ち付けていた。舌を噛んでとても痛かった。
 あの日俺の命があったのは、自分が『異世界』の人間であることを必死に主張したからだろう。
 元の世界へ帰ろうにもドアの外も見知らぬ場所になっていて、結局俺がどうやって『この世界』へやってきたのかは分からないままだ。

「失礼します」

 あの日のように辿り着いた扉の前で深呼吸をした後、扉を叩き、返事を待たずにそのまま開くと、いつだったかのようにソファに座った大男がこちらを見ていた。
 くつろいだ様子で肘掛に肘まで置いて頬杖をついているが、厭味ったらしいくらい似合っている。あきらかに金持ちのオーラだ。
 一緒にいるのかと思ったが、シュガーは傍にいなかった。

 きょろ、と室内を見回した俺が誰を捜しているのか分かったのか、シュガーなら下へ行った、とドフラミンゴが言葉を寄越す。

「そろそろモネとの通信の時間だからな」

 邪魔をしたらどういう目に遭うかは分からねえなァ、なんて寄越された言葉に、そうですか、と返事をする。
 そんな大事な時間を邪魔するつもりはないので、終わった頃を見計らってお茶にでも誘おう。ベビー5がグレープを買ってきた頃がいいかもしれない。俺の淹れる紅茶を酷評するシュガーは、それでも毎回俺の誘いに乗ってくれるのだ。
 そんなことを考えていた俺の前で、それにしても、とドフラミンゴが言葉を零す。

「てめェはシュガーも許容範囲なのか?」

「え?」

 何か、ひどい誤解を受けている気がする。
 ぱちりと目を瞬かせた俺の前で、ドフラミンゴが軽くその指で俺を招いた。
 犬や猫を呼ぶその動きに、ひとまず従って近寄る。

「あの、若様?」

 何か用ですか、と問う前に思い切り脛を蹴飛ばされて、うぐ、と変な声が口から漏れた。
 恐ろしい痛みに思わず屈みこむと、それを待っていたかのようにドフラミンゴの足が俺の膝を踏みつけ、無理やり跪かせる。
 片手を蹴られた脛と床の間に挟み、半ば涙目になりながら顔を上げると、頬杖をついたままのドフラミンゴがこちらを見下ろしていた。
 その口はにんまりと笑っているが、どうにも楽しくなさそうであることは分かる。
 こういう時のドンキホーテ・ドフラミンゴには逆らったり楯突いたりしてはいけないと言うことは、物珍しい『異世界の人間』だからという理由で手元に置かれたこの半年の間で嫌というほど理解していた。
 俺より年上で、俺よりでかくて、性別が同じで、横暴で乱暴で快楽主義で自分のファミリーが好きで悪のカリスマなドンキホーテ・ドフラミンゴ。
 本当に、どうしてこの人を好きなのか自分でも理解に苦しむのだが、乱暴に扱われても相手がとても近くにいることに少し胸が痛くなるんだからどうしようもない。
 ひょっとしたら怖すぎて心臓が高鳴っているのを勘違いしているんじゃないだろうか、とも思うが、今さら検証は出来ないことだ。

「それで、ナマエ」

 俺へ向けて優しく言葉を投げかけて、ドフラミンゴがわずかに首を傾げた。

「おれに隠しごとはねェだろうなァ?」

 放たれた問いかけは、数日に一回は寄越されるそれだ。
 ここで『ありません』と答えると、今度はこの人の機嫌が目に見えて悪くなる。
 そうなると、次はシュガーに詰られベビー5に責められ、他の幹部に尋問を受けることは目に見えていた。
 俺のどの秘密を求められているのか、と言うことは、何となく分かっているつもりだ。
 つまり、俺の感情が本当に筒抜けであるらしい。
 当人にも、と考えると何とも恥ずかしいが、気色悪いと思ったならドフラミンゴは俺を殺したに違いないから、今のところは面白がってくれているようだ。
 興味を引きたいから思いを口にしないでいるなんて、自分の健気さに涙がでそうだ。

「……あ、さっきベビー5にお駄賃として飴玉をあげました」

「なんだそりゃ」

 誤魔化すように言葉を口にした俺へ、小せェ隠しごとだなとドフラミンゴが笑い声を零す。
 さっきより少し楽しそうになったその顔に、ほっと胸を撫で降ろした。
 相変わらずずきずきと脛が痛んでいるが、もう少ししたら痛みも引くだろう。
 あの『漫画』より数年早いらしいこの世界で、ドンキホーテ・ドフラミンゴは王下七武海をやっている。
 パンクハザードでその名前が出たあたりまでしか読んでいなかったが、どう考えても悪役らしいドフラミンゴは恐らく、何処かで主人公に負けるに違いない。
 主人公がいなければよい方向に進まない物事は数多くあって、さすがにそれを邪魔することなんて俺には出来ないから、それをドフラミンゴに伝えるつもりはなかった。
 どこかでドフラミンゴが負けるその様子を知っていたなら、そうならないように回避も出来たかもしれないが、まだ読んでいなかった展開を知ることも無理だ。
 俺に出来ることなんて、せいぜい最後まで、ドフラミンゴの役に立つ努力をすることくらいだろう。

「やっぱり、どうにかして手紙でも書かないと……」

「何か言ったか、ナマエ?」

「いえ」

 俺の足を踏みつけたままのドフラミンゴが聞きとがめてきたのに、首を横に振って否定する。
 本当に突然、俺は『この世界』へと飛び込んだのだ。
 きっかけも分からないし、帰り方も分からない。
 元の世界でどういう扱いになっているかは分からないが、もしも普通の行方不明になっているのだったら、きっと家族は俺のことを心配してくれているに違いない。
 俺はもう、最後までドフラミンゴについていくと決めたのだから、けじめくらいはつけなくちゃならないだろう。
 『探さないでください』とか、そういうベタな言葉で締めくくればいいんだろうか。

「……それで、若様、庭の死体を片付けに行きたいんですが」

「てめェが行ったところで、吐き散らかして余計汚すだけだろうが」

「う」

 いつだったかの俺の失態を引き合いに出して笑うドフラミンゴは、俺がするべき雑用を他へ任せたと口にして、そのまましばらく、俺のことを足ふきマットよろしく踏み続けていた。
 途中で『揉め』と言われたが緊張して全くうまくできなかったので、次回の為にもマッサージの練習が必要かもしれない。



end


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