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不死なる馬鹿に一撃
※『不死なるひと』の前半と後半の間くらい
※死なないトリップ系海兵と同期のスモーカー
※微妙に暴力的表現があります注意



「あのな。実は俺、死なないんだ」

 ナマエは、そんな絵空事のようなことをあっさりと口にした。
 普段だったなら、スモーカーだって『馬鹿にするな』と怒鳴るところだ。
 しかしその時スモーカーが怒鳴りつけられなかったのは、その目の前に、無傷のナマエがいるからだった。
 明らかに死んだと思えるような攻撃を受けていたのだ。もしも生きていたのだとしても、こんな無傷の姿でそこにいる筈がない。

「……どういう、意味だ」

 ゆっくりとナマエから手を離したスモーカーの口が、どうにかそう言葉を吐き出す。
 いつも噛みしめている葉巻は軍医に奪い取られてしまっていて、煙の味を求めた舌がわずかに口の中を擦ったが、そこはすっかり乾いてしまっていた。
 言葉のまんまだよ、とナマエが言葉を零す。

「死なないんだ、俺」

 証拠見せようか? なんて言いながら、スモーカーの座るベッドわきで立ち上がったナマエの手が、ひょいと自分の腰へ伸びる。
 ホルスターに収められていた短銃を掴まえ、それを自分の頭へ向けたナマエに、目を見開いたスモーカーがすぐさまその両手を動かした。
 捕えたナマエの腕を支点にその体を引き倒し、ベッドへ押し付ける形で拘束する。
 ぎしり、ばたんとベッドが不穏に軋んで物音をたてたが、部屋の外は相変わらずあわただしく、物音に反応して部屋を覗きに来るような暇人はいなかったらしい。
 人差し指をトリガーの横に添えたナマエが、ぱち、と瞬きをしてスモーカーを見上げる。

「スモーカー?」

 どうしたんだ、と尋ねる男の手から無理やり短銃を奪い、ベッドの下へと放り捨てて、スモーカーの拳が今度は自分の体の下にいる男の頬を打ち付けた。
 傷が痛み、あまり力の入らない拳でも痛みを感じたのか、痛いとナマエが悲鳴を上げる。

「……ふざけた真似をしやがって」

 海軍が支給している銃は、子供向けの玩具やパーティーグッズではないのだ。
 その銃口をこめかみにあてて引き金を引いたなら、その鉛玉はナマエの頭を破壊するだろう。
 ナマエが例えば自然系能力者であったとしても、スモーカーにそんな愚行を許すつもりはない。

「目の前で『死ぬ』ような真似をされて、大人しく見守る馬鹿がいるか、この馬鹿が!」

 貧弱なナマエを組み敷いてそう怒鳴りつけたスモーカーに、打たれた頬を押さえたナマエが、ぱちりと目を瞬かせる。
 その目がとても不思議なものを見るようにスモーカーを見て、それから少しばかり嬉しそうに緩んだ。
 叩かれ、怒鳴られて喜びを浮かべるナマエの様子に、スモーカーの眉間の皺が深まる。
 何だそのツラは、とスモーカーが低く唸ると、だって、と答えながらナマエの片手がスモーカーの体を軽く押しやった。
 促されるまま身を起こせば、ナマエがゆっくりと起き上がる。

「俺、死なないって言っただろ」

「……そういう問題じゃねェだろう」

 呟くナマエへ吐き捨てて、ベッドの上に胡坐をかいたスモーカーは室内を見回した。
 置かれたいくつかのベッドの上で、未だ意識を取り戻さぬ仲間達が横になっている。
 ナマエだって、この仲間達と同じようになっていておかしくなかったのだ。
 いや、あれだけの攻撃だ。本来なら、外にいるだろう幾人かの仲間達と同じく、物言わぬ躯になっていてもおかしくはなかった。
 しかし現に、ナマエはこうして無傷でスモーカーの傍にいる。
 その事実こそが、突拍子もないナマエの言葉を裏付けるものだった。
 すぐ傍らへと視線を戻し、頼りない体つきの同期を見やる。
 スモーカーの視線を受け止めて、微笑んだナマエがベッドの外へ足を投げ出した。
 スモーカーへ背中を向けるような格好になった彼に、おい、とスモーカーが言葉を投げる。

「……それで、その『体質』は生まれつきなのか」

 もしもそうだったなら、それはそれで、上層部が知っているべき情報である気がする。
 しかし、ナマエの扱いは、スモーカーの知る限り、他の一般兵と何一つ変わりない。
 『殺されても死なない』のなら、それを利用しない上官など殆どいないだろう。
 スモーカーの言葉に、どうだろうなあ、なんてナマエが言葉を口にする。

「最初に分かったのは、ドアノブで首を吊った時だったかな」

 まるで道端で転んだ時のことを語るような口振りだが、その発言から滲んだ不穏さに、スモーカーの眉間へ更に皺が寄った。
 ナマエは普段から、明るく、素直な男だった。
 不安があればすぐにその口から言葉を零すし、男らしくない弱音を吐露されてスモーカーがじろりとそちらを睨んだことだって一度や二度では無い。
 嬉しいことがあれば犬か何かのように全身で喜びを表現するし、何かいいものを手に入れるとすぐにスモーカーや他の同期達へと見せびらかした。
 暗い影がその顔に差したことなど、一度だって見たことが無い。
 しかし彼の口振りからして、一度は自殺をしようとしたらしい、ということは分かる。
 目つきの鋭くなったスモーカーをに背中を向けたまま、まるで天気のことでも言うように穏やかに、まあドアノブでやってよかったよ、とナマエは言った。

「もし木にロープを掛けて首くくってたら、何回死んだところで降りられたんだか分からないし」

 無駄に痛いのはごめんだから、なんて言葉をあっけらかんと口にした男に、思わずスモーカーの手が動く。
 すぱん、と中身が入っていないような音を立てて叩かれた頭を軽く傾がせて、いたい! とナマエが悲鳴を上げた。
 慌てた様子で頭に手を当てて、その顔がスモーカーを振り向く。

「お前、無防備な頭を後ろから叩くってそれでも海兵か!」

「正面からだったらいいってのか?」

 それなら、ともう一度手を振り上げたスモーカーに、そういうことじゃない! と悲鳴を上げたナマエが己の頭を庇う。
 その腕の隙間から覗いた口元が笑みを浮かべていて、スモーカーの口から短く舌打ちが漏れる。

「それで、『それ』は上官に報告しねェのか」

「しないよ。だってほら、何されるか分からないだろ」

 海軍だし、とまるで悪の組織を形容するように言葉を零すナマエに、しかしスモーカーは反論できない。
 ナマエがどうしてそうなるのかを解明すれば、数多の海兵がその『体質』を手に入れるかもしれない。
 死なぬ正義の軍団は、間違いなく悪を駆逐するだろう。しかしそこに本当に『正義』があるのかと問われれば、スモーカーには断言できなかった。
 ナマエの『それ』は確かに、利用するに値する『体質』だ。

「……案外、ちゃんと考えてるじゃねェか」

「どうしてだろう、今すごく馬鹿にされた気がするんだけど」

 己のそれをずっと秘密にしていたのだろうナマエへ言えば、頭を庇うことをやめたナマエがじとりとスモーカーを睨む。
 非難するようなそれを受け流して、しかし、とスモーカーは口を動かした。

「そんなもん、おれに言ってよかったのか」

 『どうして』と問うたのはスモーカーだが、真実を明かしたのはナマエだ。
 真っ向から『言えない』と拒絶するなり、いくつかの言葉で誤魔化す努力をするなり、ナマエにはいくつかの選択肢があったはずだった。

『……まあ、スモーカーにならいいか』

 先ほどのナマエのつぶやきが、己の秘密を暴露するためのものだったとしたなら、ナマエはスモーカーを選んでその秘密を打ち明けたと言うことになる。
 確かに同期の中では親しくしていた方だっただろうが、どうしてナマエが己を選んだのかが分からない。
 そう考えてスモーカーが見つめると、スモーカーを睨んでいたナマエが、その目元を緩めた。
 そしてその口が笑みを浮かべて、だって、と子供の様な言葉がその口から漏れる。

「スモーカーだから、大丈夫だろ?」

 絶対の信頼を寄せるナマエの言葉に、スモーカーは何も言えなくなってしまった。







 結局のところ、ナマエは『海賊との戦いでうまく立ち回っていた』という評価を得ていた。
 体には傷の一つも無かったのだから、それも当然だ。
 ナマエから聞いた話によれば、ナマエの体は、受けた傷すら癒すらしい。
 それを知り、スモーカーはたまに、ナマエが無茶をしでかしているのに気付くようになった。
 今まで、海賊を討伐するなどの任務において、ナマエは時折前線を任されてきた。
 攻撃力は低いが、敵の攻撃が運よく当たらず、もしくは軽く、軽傷もしくは無傷で戻ってくるからだ。
 しかし、実際には銃で撃たれ、刃で腹を裂かれ、その腕や足を折られている。
 ただ、他の海兵達が目の前の敵に集中している間に、その傷が癒えているだけのことだ。
 むしろこれでその秘密が知られていないのは、ただナマエの運がいいだけのことではないだろうか。

「……痛くねェのか」

 海賊達を捕縛し、軍艦へと撤収する道すがら、裂けた上着から無傷の腹部を晒しているナマエを見やって尋ねたスモーカーに、そりゃ痛いよ、とナマエはへらへらと笑って答えた。

「でもほら、喉元過ぎれば、ってやつ?」

「馬鹿か」

 あまりにも阿呆なことを言う傍らの同僚の頭をスモーカーの拳が強襲して、痛い! とナマエが悲鳴を上げる。
 ナマエの悲鳴に何人かの海兵が振り向き、またやってるのか、と少しの呆れを含ませた視線を向けてすぐにスモーカーとナマエからその目を逸らした。
 別段今更気にすることでもないそれらを放っておいて、スモーカーの歯が葉巻を噛みしめる。

「痛みを感じるんなら、てめェでもっと気を付けろ」

「気を付けてるって! 仕方の無い時だけだろ!」

 スモーカーの言葉にナマエはそう主張するが、全くスモーカーにはその意思が感じられない。
 自然系の能力者も、似たような考え方をするのだろうか。
 『能力に頼った戦い方をするな』と言ったのはスモーカーたち海兵を鍛える教官だったが、ナマエのこれもそれと同じことだろう。
 吸い込んだ煙をゆるりと吐いて、スモーカーの目線がじろりと傍らの男を見やる。
 まだうたれた頭が痛むのか、最近スモーカーが理不尽だ、などと人聞きの悪いことをぼやきながら頭をさすっていたナマエが、それに気付いてその目をスモーカーへと向けた。

「スモーカー?」

『死なないんだ、俺』

 どうしたんだ、と訊ねてくる相手を見ていたスモーカーの耳に、あの日スモーカーへその秘密を告げたナマエの声がよみがえる。
 どうしてそうまで思いつめたのかは聞けなかったが、ナマエはあの日、死のうとしたことがあるとスモーカーへ言った。
 死のうとして、けれど死ななかったのだと。

「…………」

「う、わ!」

 湧き立った苛立ちに振り回したスモーカーの拳を、ナマエが慌てた様子で避ける。
 意味なき暴力反対! と悲鳴を上げて駆け出したナマエがスモーカーより先に軍艦へと向かっていくのを見送って、スモーカーはゆっくりと煙を吸い込んだ。
 ナマエの自己申告の通りに考えるなら、ナマエのあの『体質』は、とても厄介だ。
 死なない。しかし痛覚が無くなっているわけではない。痛みを感じるし、恐らくは死ぬ瞬間の苦痛すらもしっかりと味わうだろう。
 しかし、ナマエは『どうせ死なないから』と、無茶をする。
 まるで死にたがりだ。

「……馬鹿か」

 吐き出した煙と共に低く唸り、スモーカーはその足を少しばかり速めた。
 軍艦へ戻ったら、ひとまず馬鹿野郎にはもう一度拳骨をくれてやろうと、そう考えながら。



end


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