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あなたがいいの! (1/2)
※以前のリクエスト設定で、子マルコと幼児転生主人公
※白ひげ参入話



 同じくらいの年ごろのナマエと言う名前の子供とマルコが共に過ごすようになって、しばらく経つ。
 小さな子供である二人は、こそこそと人目を忍ぶように旅路を歩いていた。
 恐らく、ナマエ一人だったなら、優しい誰かが申し出てくれた保護に頷いて、一つの町に留まっていたことだろう。
 けれどもナマエがそうしないのは、恐らくはマルコの為だった。
 マルコは悪魔の実を食べた子供で、しかもそれは自分の受けた怪我を簡単に癒す火の鳥に変身できると言う、なんとも特殊なものだったのだ。
 おかげでマルコは一度大人に捕まって、しばらくの間は見世物にされた。怪我をするたび炎が噴き出してそれを癒すからと、大人達の手で傷を負わされたことだって両手両足の指を足しても数え切れないくらいある。
 制御の仕方も分からないマルコの意思とは関係なく零れ、傷を癒していく再生の炎は、マルコがつけたほんの少しの傷だって癒していく。

「……ごめんよい、ナマエ」

 だからこそ、こんな風にこそこそとしなくてはいけないのだと分かっているから、マルコの口からはそんな風に言葉が漏れた。
 それと共にぎゅっと手の中にある小さな手のひらを握りしめると、あやまるなって、と笑ったナマエの手がそれを握り返す。

「ころんじゃったのはしかたないだろ」

 優しげにナマエはそう言うが、あの瞬間に周りの大人のマルコを見る目に奇異が混じったことくらい、幼いマルコにだって分かった。
 荷馬車に潜り込み、近くの大人の知り合いのようにふるまい、時には優しい人に助けて貰って、時には酷い大人に騙されそうになって。
 そうやって移動しながら『白ひげ海賊団がいるらしい』という噂を耳にしたナマエがマルコを連れてやってきたとある島の港町の往来で、マルコが盛大に転んだのは今日の昼頃のことだった。
 思い切り額を打ち付けて擦り傷を作ったマルコの体は、それを修復するためにすぐに炎を零した。
 あちこちからどよめくような声がしたから、恐らくおかしな光景だったのだろうということは、マルコにだって分かる。

「だいじょうぶ。それに、ここにはしろひげかいぞくだんがいるから」

 悪い人が攫いに来たりなんてしないよと、そんな風に言われて、マルコはむっと口を尖らせた。
 ナマエは、妙にその『白ひげ』とやらを信頼している。
 会ったことも無いと言ったくせに、そんな風に信じていいわけがない。
 大体、その『白ひげ海賊団』に会って一体どうするつもりなのかも、マルコは教えてもらっていないままだ。
 海賊は『正義の味方』にはならないし、マルコの知っている海賊はみんな『悪い奴』だったのだ。
 けれども、何度マルコがそう訴えても、ナマエは『だいじょうぶだから』と繰り返すだけだ。
 そしてその足は、『白ひげ海賊団』がいるという港側の酒場へと向かっている。
 騒がしかった時間帯も終わり、子供が歩くにはあまり向かない時間帯だった。
 それでもマルコがナマエと共に歩いているのは、この時間に行くと決めたナマエが、往来で転んだマルコを連れて逃げ込んだ小さな物置の隅でマルコに仮眠を取らせたからだ。
 やがて辿り着いた酒場の中は、まだ少し騒がしい。

「んー、よしよし」

 マルコより先に中を覗き込み、目的の人物がいることを確認したらしいナマエが頷いた。
 それから、くるりと振り向いたその手が、マルコの体についている汚れを軽く払う。
 最後に、もう傷も無く、痛みも無い額にそっと触れてきたナマエの手が、よしよしとマルコの頭を撫でた。

「それじゃ、いくか」

「……よい」

 そうしてそんな風に言って、ナマエがもう一度マルコの手を掴む。
 それから小さな体が扉を押し開き、マルコはナマエに連れられて生まれて初めて酒場の中へと足を踏み入れた。
 あちこちから変な匂いのするそこは、とても大きな店だった。マルコが入ったのとは別の方にも出入り口があって、そちらはマルコが上に十人は並べそうな大きさだ。当然天井も高く、置かれたテーブルもいくつかはとても大きい。
 そんな室内には、まだ騒いでいる大人達を除いて、何人もの男たちが机に伏したり床に倒れたりしていた。
 もしや死んでいるのか、とびくりとマルコは体を震わせたが、よく見れば意識の無い男達は全員が幸せそうにいびきをかいている。

「……ねてるよい」

「よっぱらいだな」

 呟くマルコへそう返事をして、ナマエは男達やテーブルと椅子の間を縫うようにして先へ進んだ。
 一カ所を目指しているナマエに気付いて、マルコも手を引かれるままそちらへ向かう。
 そうしてそこで、マルコは自分が今まで見てきた中で、一番大きな男を目撃した。

「ん? どうしたァ、小僧共」

 低い声を落として、大きなその手がテーブルの上へ酒樽を置く。
 男にあう椅子は無かったのか、その体は床に直接座り込んでいるが、テーブルの高さはそれでぎりぎりのサイズであるようだ。
 周りには何人もの大人がいて、まだ『よっぱらい』になっていないうちの数人が、大男に合わせてマルコとナマエの方を見やる。
 真っ赤なその顔にびくりと体を揺らしたマルコを庇うように立って、ナマエが口を動かした。

「『しろひげ』エドワード・ニューゲートさんですか」

「あァ」

「はじめまして、おれはナマエっていいます。こっちはマルコ。あの、おねがいがあってきました」

 はきはきと言葉を零すナマエに、大男がわずかに目を細める。
 言ってみろ、と促されて、頷いたナマエが自分の持っている鞄を相手へ向けて掲げるように持ち上げた。

「これをたいかに、おれとマルコをかいぞくだんにいれてください」

 そんな風に言い放って、おねがいします、とナマエが一度頭を下げる。
 放たれたその言葉に戸惑って、マルコは自分の前にあるナマエの背中を見つめた。
 『対価』と呼んだナマエの鞄を大男が受け取って、ひょいとその手が鞄のふたを開く。
 中身を確認している大男をちらりと見やってから、マルコは顔を上げたナマエへと体を近付けた。

「ナマエ、かいぞくになるのよい?」

「ん? ああ」

 いってなかったか、とこともなげに口にするナマエに、聞いていないと抗議したいのをどうにか堪える。
 『白ひげ海賊団』を捜す理由が、ナマエ曰くの『良い海賊』である彼らを頼ることなのだろうということはマルコにも分かっていたが、海賊になろうとしているだなんて全く思い浮かばなかった。
 マルコは海賊に酷い目に遭わされたし、ナマエだって同じ筈なのだ。
 どうして、と問いたいマルコが口動かすより早く、グララララ、と大男が笑い声を零す。
 それに驚いたマルコがナマエと共に顔を向けると、大男は持っていたナマエの鞄を軽く揺らしたところだった。

「こんなもんどこで手に入れやがった、小僧」

「あなたをさがしてるとちゅうで」

 問われた言葉に、ナマエが答える。

「自分で食おうとは思わなかったのか」

「おれまでたべたら、マルコがうみにおちてもたすけられないです」

「そっちの小僧は能力者か」

「はい」

 きっぱりと、マルコと同じくらいの年齢とは思えない受け答えをするナマエに、そうか、と大男が頷く。
 それからその手が軽く酒樽を握りしめ、持っていたナマエの鞄はぽいと傍らにいた大人達の一人へ向けて放られた。

「だが、これで二人は乗せられねえなァ。そんなトシで二人旅たァきな臭ェ。そんなあぶねえもんを船に乗せるなら、一人までだ」

 ナマエが差し出した『対価』をナマエの手の届かないところへやって、その上で『どうする?』と尋ねた大男が、その目でじっとナマエとマルコを見下ろした。
 寄越された言葉に、ナマエが少しばかり詰まったのが、マルコにも分かる。
 思わず伸ばした手でマルコがナマエの腕を掴むと、ちらり、とマルコを見やったナマエが、じゃあ、と言葉を零した。

「……マルコだけでも、おねがいします」

 そうしてそんな風に言って、もう一度深く頭を下げる。
 それと共に掴んでいた手を振り払われて、マルコは大きく目を見開いた。
 今のナマエの言葉はつまり、マルコと離れると、そう決めた言葉だ。

「よくよくかんがえたら、しょくひもかかりますからね。マルコひとりぶんにしかならないですね、それだと」

 驚愕に震えるマルコに気付いた様子もなく、顔を上げたナマエがそんな言葉を口にする。
 何だ、随分諦めのいいこった、と笑った大男が、その口で酒樽の中身をごくりと飲んだ。

「おれの船に乗れねェてめェはどうする?」

「おれは……その、なんとかします。だけどマルコは、あなたのふねにいなくちゃだめだから」

 よろしくお願いします、だなんて呟くナマエの言葉が酷く遠くて、目の前にある筈のその背中がじわりと滲む。




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