幸福はその手の上 (1/2)
※短編『夢の島からの脱出』の続編
※ロジャーと白ひげ仲良し捏造
※赤髪と白ひげの仲良し捏造
『あ、こんばんは』
『……先客がいたか』
時折通ったはずの航路に現れた見慣れない島の上で、そんな風に交わしたかみ合わない会話が、ニューゲートとナマエの一番最初だった。
おかしなことにその島は毎日そこにあるわけではなく、何となく足を向けたニューゲートが空振りすることもそう少なくない。
島の中とニューゲートの知る『世界』の時間の流れは違っていて、最初の頃は同じくらいの年ごろだったナマエは、ニューゲートが独立して旗揚げをした頃には随分な年下となってしまった。
『久しぶり、ニューゲート。あれからどのくらい経った?』
『久しぶりだな、ナマエ。一年と半年だ』
『へえ、そんなに』
笑ったナマエとそんな会話を交わすのがいつしかニューゲートとナマエの間でのお決まりになっていて、身に着けている服や語る常識の違いに、もしやナマエは違う世界の人間なのではないかと言う考えがニューゲートの頭をよぎるようになっていた。
それでもニューゲートがそれを問わなかったのは、正体を確かめた時、ナマエにもう一度会えなくなるのではないかと思ったからだ。
ナマエは少し常識知らずで、ニューゲートの話すことを物珍しげに聞いて、楽しそうにしていた。
ニューゲートの『欲しいもの』を海賊のくせにと笑ったりはせず、笑わないのかと尋ねたニューゲートへ、『ちょっと変わってるとは思うけど』と言っただけだった。
ニューゲートの蓄えた髭を似合うと褒めて、『家族』が出来たと語ったニューゲートを祝福した彼を、『欲しい』と思うようになったのはいつからだっただろう。
彼と自分の時の流れは明らかに違っていて、このままではいつか、ニューゲートが彼を置いていってしまうことは明らかだった。
できればそうはせずに、彼を自分の傍らに置いておきたい。
海賊と言うのは奪うものだ。
攫っていってしまえば所有できるのかもしれないが、けれどもニューゲートは、出来ればナマエを『所有物』ではなく『家族』にしたかった。
「ナマエ、おれの船に乗らねえか」
だからこそ尋ねたニューゲートの前で、ナマエは少しばかりその目を彷徨わせた。
即答が来るとは思わなかったから、次に会う時までに決めてくれたらいいんだと言いながらニューゲートは持っていた『贈り物』をナマエへ向けて差し出して、それを無理やり受け取らせた。
「予約だ」
そんな風に言って島を離れたのは、回答を急かしてしまわないようにするためだ。
何度もニューゲートに足を運ばせているこの島とナマエを待つことくらい、今さらニューゲートには大したことでもない。
それでも何度か様子を見に行ったニューゲートは、たったの三か月の間隔を置いて現れた島に、わずかな戸惑いすら抱いたものだった。
思わず上陸するために小舟を向ければ、ニューゲート、とニューゲートの名前を呼びながら岩場へ降りて来たナマエが、船に座ったニューゲートの傍まで近寄ってくる。
その顔は明るく、ニューゲートの口から漏れたのは溜息だった。
「やっと会う気になったのか」
たかだか三か月しか間が空いていなかったと言うのに、思わずそんな風に言葉が漏れる。
それを聞いたナマエが不思議そうな顔をして、会いに来たのはそっちのほうじゃないかと呟いた。
「何を言っていやがる」
唸るように呟いて、船から岩場へ移動したニューゲートが、座ってもあまり高さの変わらないナマエの顔を見やる。
「お前がその気にならねェと、この島は現れねェだろうが」
「…………そうなのか?」
「知らなかったのか」
今更過ぎる発言に、ニューゲートがわずかに眉を上げる。
ニューゲートは何度もこの島のある場所へ船を向けたし、ナマエとこの島に遭遇することが出来たのは、そのうちの半分にも満たない回数だ。
それだけ執着していたのに、彼を『家族』として迎えたいと考えるまでに時間がかかった己にはため息しか出ない。
何度かこの島へ向かって空振りしたことがあることを告げたニューゲートに、知らなかった、とナマエが戸惑ったような言葉を零した。
本当に知らなかったのだろう、きょろきょろと不思議そうに島を見回してから、その目がニューゲートへと向けられる。
「……久しぶり、ニューゲート。あれからどのくらい経った?」
「ああ、久しぶりだな、ナマエ。今回は短ェぞ、三か月だ」
いつもの会話を交わして笑い、それで、とニューゲートは傍らの男へ結論を迫った。
「決めたのか」
放った言葉は普段と変わらないように努めた声が紡いだが、いつもと違わないかどうかは、ニューゲートには分からなかった。
本船で待つ息子達には既にナマエの話をしていて、まだナマエの返事を聞いていないとも言ったが、すでに彼を歓迎するための宴の用意が始まっている頃だ。
『オヤジが断られる筈がない』というのが息子達の発言だが、はたしてどうだろうか。
もしも断られてしまったら、と想像した時、ニューゲートの頭の中に浮かんだのは『攫って行く』という言葉だったので、結局ナマエはこの島とは別れを告げなくてはならないのかもしれない。
もちろん、それは最後の手段で、その前に出来る限りの『説得』はするつもりだ。けれどどちらにしても、逃がしはしない。
そんな考えが瞳ににじんだのか、ニューゲートを見やったナマエがほんの少しだけ笑って、ニューゲートへ向けて言葉を紡ぐ。
「船に乗れってことは、俺のことを家族にするってことだよな?」
「するってのァなんだ。ならねェかって聞いてんだろうが」
すぐさまそう言い返して、ニューゲートはナマエへと片手を向けた。
「攫って行くのァ簡単だろうが、おれァお前の意思を尊重する」
どうだ、ナマエ、と尋ねてはみるが、もしも彼がここでニューゲートの説得もきかずにひたすらに断れば、その手はやはり、奪うために動くだろう。
そんなニューゲートの胸の内など分かりきったことだろうに、海賊なのに紳士的だとナマエが笑う。
アホンダラァ、とそれへニューゲートが言葉を返すのを聞いてから、ナマエの手が迷うことなくニューゲートの掌へと重なった。
ニューゲートの手よりずいぶんと小さな手の温もりに、一つ瞬きをしたニューゲートの顔が、にやりと笑みを纏う。
「……いいんだな?」
確認するように尋ねたニューゲートへ、ああ、いいよ、とナマエは頷いた。
「ああでも、さすがにニューゲートを『オヤジ』と呼んでいいのか分かんないんだけど」
そしてそんな風に言葉を続けられて、思わずニューゲートが眉を寄せる。
何を馬鹿なことを言っているのだと視線を向ければ、それに気付いたらしいナマエがあれ、と首を傾げた。
誰がお前を『息子』にしたいと言ったのだ、と詰りたくなったのをどうにか堪えたニューゲートは、己の名前を呼ぶ馬鹿の手を握りしめて、小さくため息を零した。
「……いつも通りで構わねェよ。『家族』にも、そう話してある」
「? そうなのか」
よく分からないと言いたげな顔で呟くナマエに、とりあえずさっさと彼を船へ連れて帰ろうと決めて、ニューゲートがナマエをつれて小舟へ向かう。
持っていくものはニューゲートの贈った物だけでいいと言ったナマエが潮溜まりへ飛び込んだ時には血の気が引いたが、偉大なる航路に満ちた母なる海は、きちんとナマエをニューゲートのもとへと返してくれた。
※
夜の海へ飛び込むなどと言うあの時の馬鹿みたいな行動こそ、ナマエがニューゲートを選んだと言う意思表示だった。
ニューゲートがそれを知ったのは、ナマエを船へと連れて帰った翌日の事だ。
ナマエ自身の供述によれば、やはりナマエは『別の世界』の人間で、そして海に飛び込んで海水まみれになったのは、『元の世界』へ帰らないようにするためだったらしい。
「それで……そうしたのは、お前が俺を誘ってくれたから。『ついていけるんならついていきたい』と、そう思ったから、なんだが……」
そんな風に弱々しく言葉を紡いで、ほんのりと赤くなった顔をナマエがニューゲートへと向ける。
昨晩、『息子』達からの言葉でようやくニューゲートが彼を『伴侶』として『家族』に迎え入れたのだと分かったらしいナマエが、困った顔をしている。
しかしそこには拒絶の色はかけらもなく、ただ困っているだけだと分かるから、ニューゲートは余裕を持ってその様子を見ていることが出来た。
「……これって、どういうことだと思う?」
恐る恐ると寄越された問いかけに、それをおれに聞くのかお前ェは、と思わずニューゲートの口から呆れた声が漏れる。
「……仕方の無ェ野郎だ」
それからそう呟いて軽く手招くと、ナマエは促されるままにニューゲートへと近寄ってきた。
すぐそばまで来た彼を見下ろし、持っていた酒瓶も降ろしてから、ニューゲートが言葉を紡ぐ。
「いいことを教えてやる、ナマエ。おれァ海賊だ」
「ああ、知ってる」
「それなら話は早いじゃねェか。ナマエ、おれの手を取ったあの時から、お前ェはおれの『もん』だ」
言葉と共に、昨晩したように、ニューゲートがナマエの片手を掴まえる。
触れたナマエの肌は少しばかり熱くて、酒が入ったニューゲートの掌を少しばかり温めた。
「今更何処かへ逃がすわけがねェし、誰かに譲るつもりもねェ。海賊の『宝』を奪おうなんて言う命知らずはそういねェだろうがな」
そんな風に言葉を放ったニューゲートの前で、どうしてかナマエが眉を寄せる。
困った、と言うより寂しそうな顔をされて、どうしたのかとニューゲートが問う前に、ナマエの口がもごりと動いた。
「…………『家族』だからか?」
零れた声は、随分と情けなく震えている。
他の『家族』達と同じなのかと言外に問いかけてくるそれに眉を動かして、ニューゲートはもう片方の手でナマエの顔を掴まえた。
戸惑ってされるがままになっているその顔を改めて上向かせて覗き込み、わずかに赤く染まった情けない顔を前に、わずかなくすぐったさを感じて口元を緩める。
「そんな顔でその台詞が吐けて、どうしてまだ『結論が出せねェ』だなんてシラを切れるんだ、お前ェは」
思わずそう呟いてしまうほどに、ナマエは分かりやすい顔をしていた。
ニューゲートの特別がいいと望むなら、さっさとそう言ってしまえばいい。元より彼は特別なのだから、そう強請られたところで、ニューゲートを困らせることなんて何一つない。
う、と声を漏らすナマエを解放し、改めて酒瓶を掴まえて、まァまだ悩みてェってんなら付き合うぜ、とニューゲートは言葉を落とした。
「逃がしゃしねェがな。言ったろう、待たされるのは慣れてんだ」
昨晩この部屋で言ってやった台詞をなぞったニューゲートの前で、ナマエが俯く。
その手が顔を隠そうとしているが、丸見えの耳が赤く染まっているのだから無駄な抵抗と言うものだろう。
「そ、それはつまり……その」
俯いたままで、ナマエが少しばかりくぐもった声を漏らした。
「お……お前も、俺のことが好きだってことでいいか?」
問いかけて来たナマエに、ニューゲートが目を丸くする。
『お前も』だなんて、自らの胸の内を吐露したも同じような言葉を零しておきながら、恐らく自分の言葉の意味なんて分かっていないのだろう。
まだナマエは俯いて顔を隠したままで、ニューゲートの方を見もしない。
どんな顔をしているのか、その手を引き剥がして見てやりたい気もしたが、それはまた今度にしてやろうと考えた心の広い海賊は、ひとまず酒瓶を置き直した。
「何だ、言ってなかったか?」
けれども決定的な言葉は言わず、わざとそう尋ねてやれば、更に耳を赤くして、非難するように『聞いてない!』とナマエが声を上げる。
それを眺めて笑ったニューゲートは、その日とても気分が良かった。
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