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残念ながらノンフィクション
※特殊能力系主人公と大将黄猿と大将青雉
※『この世界こそフィクションです』の続き
※微妙に名無しオリキャラ
※殆どボルサリーノさん




 ナマエという『大泥棒』がいる。
 畏れ多くも天竜人の邸宅からその『所有物』を盗み出した、罪深き男だ。
 恐らくはそれ以前にもいくつかの罪を重ねているのだろうが、公になった最初の咎はそれだった。
 怒りに震えた天竜人の命令を受けて、異例の速さで異例の金額を首に掛けることとなった彼は、しかしその顔写真の掲載された手配書があちこちに出回ってもなお、一向に捕まる気配が無い。
 そして、彼はいまだに、あちこちで『泥棒』をしている。
 顔写真の青年が別人でなければ、よほど変装に長けているのだろうと感心しながら、ボルサリーノは手元の手配書を軽く折り曲げた。

「会ってみたいもんだねェ〜」

 そしてそんな風に言葉を紡ぐと、机の向こう側にあるソファへ座っていた同僚が、ちらりとその目をボルサリーノへと向ける。
 ボルサリーノの執務室で、書類を届けに来ただけの筈がソファに座っている誰かさんは、どうやら今日はここで休んでから執務室へ戻るつもりのようだ。
 その部屋にたまっている書類を考えると追い出してやった方が彼の部下の為なのかもしれないが、ボルサリーノがわざわざ足を動かしてやる義理を感じられず、執務椅子に座ったボルサリーノは彼の好きにさせていた。

「ナマエに?」

 それ本気で言ってるの、と面倒くさそうに紡いだ相手へ、本気に決まってるじゃないかとボルサリーノが頷く。

「あれだけの警備の中にも入り込むんだから、よっぽどの能力者に違いねェよォ〜?」

 ボルサリーノが『私的に』と招かれた邸宅で、『ナマエ』は鮮やかに主の『所有物』を盗み出していた。
 ボルサリーノも体から光を放って攻撃し、光となって追いかけたが、ボルサリーノの光速ですら追いつけぬほど速く、その背中は闇に紛れて消えたのだ。
 公に言えば狙われたのはその家の奥深くに隠されていた宝だが、それ以外の何かも失ったらしい屋敷の主は、悔しげにその顔を歪めていた。
 それでもその手元にあった『首輪』の持ち主のことは何も言わなかったので、恐らく海軍にも言えないような非道を働いていたのだろう、とボルサリーノは考えている。
 どこにも屑はいるのだから、その程度、ボルサリーノが踏みつけてやる価値もない。
 それよりも、もしや、と思いながらいくつかの事件を調べてみて、一番最初の天竜人から盗まれた『所有物』が『奴隷』であることも把握し、ボルサリーノは確信した。
 『ナマエ』と言う名の罪人は、歪んだ『正義』の執行者であるのだ。
 ならば仲間だ、などと甘いことを言うつもりもないし、結局は咎人なのだから見つけ次第ボルサリーノはボルサリーノの正義を執行するだけのことだが、内密に天竜人から求められている『引き渡し』は突っぱねてやってもいいかもしれない、とは考えている。

「能力者かどうかもわからねェでしょうや」

 海楼石で箱を作ってみても逃げられたんでしょと寄越された言葉に、そうみたいなんだよねェ、とボルサリーノは頷いた。
 ボルサリーノも報告書を読んだだけだが、先日もまた、ナマエは犯行を重ねていた。
 此度の『宝』は予告してきた『ナマエ』を警戒した持ち主が海楼石で特注した箱へ納めていたという話だが、ナマエは箱の中から『宝』を盗んでしまったらしい。
 すなわち、ナマエに海楼石は効かなかったと言うことだ。
 しかし、もしも『ナマエ』の能力が悪魔の実の能力でないとすれば、一体どうやってあれだけの警備を潜り抜けて侵入し、そして逃げ出していると言うのか、皆目見当もつかない。

「もしクザンが見かけたらァ、わっしにも教えてくれよォ〜」

 あちこちを一人で放浪するからか、クザンは『ナマエ』がどこかへ売り払った『宝』を見つけてくることが多かった。恐らく彼もまた、ボルサリーノと同様に、奇妙な『罪人』を捜しているのだ。
 発見報告は支部からも上がってくるが、そのうちの半分以上にはクザンの名前が書かれている。
 それだけ遭遇率の高いクザンなら、そのうち『ナマエ』自身と遭遇することもあるかもしれない。

「…………まァ、そうね」

 いつかの邂逅を夢見て笑ったボルサリーノへ、クザンは面倒くさそうに曖昧な相槌を返していた。







 それは、ある晴れた昼下がりの春島でのことだった。
 直属部隊の遠征に『暇潰し』でついていったボルサリーノは、のどかな春島をゆうゆうと散策していた。
 何かあれば呼ぶようにと申し付けて、部下の目の前で腕へ巻いた子電伝虫は今のところ鳴き声を発していない。
 今頃は近海で大きな顔をしていると言う海の屑と戦闘中だろうか、なんてことを考えていたボルサリーノの目の端を、何かが掠めた。

「ン〜?」

 人の多い往来で、迷惑をかけることなど気にせずにのんびりと声を漏らして足を止め、ボルサリーノの目がそちらへ向く。
 行き交う人の群れの向こうで、小さな鞄を背負うように肩から掛けた青年が、土産物屋の前で足を止めているところだった。
 帽子を深くかぶり、覗いた耳裏に掛けられたつるからして、眼鏡かサングラスを掛けているらしい。
 体はあまり鍛えられていないと言うことが、後ろから見てもよく分かる。
 どこにでもいるような、普通の『青年』だった。
 けれどもどこかでその背中を見たことがある気がして、ボルサリーノの足がそちらへと向く。

「それじゃ、それ一つで」

「毎度」

 近付いたところで聞こえて来た声は、どうやらその青年が店から何かを買ったらしい、ということを示している。近付いた先で見えたのは、店主がその手に掴んだ特徴的な形の酒瓶だった。
 ごそごそと袋を用意している店主を見下ろした体勢だった青年が、姿勢を戻そうとして、どうしてかぴたりと動きを止める。
 後ろからそちらへ近付きつつ、どうしたのかと軽く首を傾げたボルサリーノは、更に数歩の距離を詰めたところで、店の奥に置かれている大きめの鏡に気が付いた。
 値札がついているので、それも商品なのだろう。路上側に表の向けられたそれに、妙な体勢の青年の顔が、半分映り込んでいる。
 やはりサングラスを掛けているその顔をボルサリーノが確認できると言うことは、同じだけ、その鏡にはボルサリーノが映り込んでいると言うことだ。
 もう少し距離を詰めれば一緒に映り込むだろうか、と止めかけていた足を更に進めたボルサリーノの前で、商品を袋詰めし終えた店主がそれを青年へと差し出して、青年がそちらへベリーを支払った。
 それから、すっと背中を伸ばして姿勢を戻し、軽く店主へ挨拶を交わす。買ったものは抱えていくつもりなのか、鞄には手を伸ばしもしない。
 そのままくるりと振り向いた彼の顔は、残念ながらボルサリーノには見えなかった。
 青年は一般的な体格をしていて、ボルサリーノはその二倍を超えそうな体をしているのだ。

「あ、すみません」

 深く帽子をかぶり、その目元をサングラスで隠しているだろう相手が、ボルサリーノへ近付いたところでぺこりと頭を下げて、そのままボルサリーノの横を身をよじってすり抜けていく。
 その様子に動きを止めて、ボルサリーノの目は彼を見送った。
 やはり、その背中を見たことがある気がする。
 どこでだったか、いつだったかと記憶をひっくり返して、ボルサリーノの口から漏れたのは一人分の名前だった。

「…………ナマエ?」

 零れたそれは、囁きと言うには随分大きく、しかし呼びかけと言うには少し小さなものだ。
 けれども、恐らくは神経を尖らせていたのだろう、離れて行こうとした青年の肩が、ぴくりと震える。
 それを視認してボルサリーノが微笑むのと、青年が駆けだすのは殆ど同時だった。
 人の多い路地を、慌てたようにその足が駆けていく。
 わざとなのかその足は鈍く、ボルサリーノは人ごみをかき分けて逃げていく彼を追って足早に歩き出した。
 走るなり光になるなり、もしくは足止めのために攻撃をすれば早いのかもしれないが、何せ二人の『追いかけっこ』が始まった往来は人が多い。一般人を巻き込めば、始末書を書かされることは目に見えていた。
 一度たりとも振り返りはせずに逃げ出す彼にも、その不思議な能力を使おうとする様子がない。
 ひょっとすると、彼の能力もまた、周囲の人間を巻き込みやすいものなのかもしれない。もしもそうならば、周囲の『一般人』に気を使う罪人と言うのもおかしな話だ。
 それとも、何らかの罠だろうか。
 それならそれで楽しみだと、口元のゆるみを感じながら、ボルサリーノは走って逃げるナマエとの距離を詰めた。
 この島は時々海軍の遠征の補給地点として使われており、ボルサリーノも幾度かここを訪れたことがある。
 ただでさえ目立つ海軍の、更にはその最高戦力となれば、いくらか顔も割れていると言うものだ。
 歩むボルサリーノに気付いて道を開けていく一般人の間を進んでいけば、ボルサリーノはナマエの真後ろへとすぐさま陣取ることが出来た。

「ちょいと、待ちなよォ〜」

 優しげに囁きを落としてボルサリーノが伸ばした手が、がし、と青年が背負っている鞄に触れる。
 それを掴んで引き寄せようとすると、それに気付いたらしいナマエが、慌てたように鞄を捨てた。
 それに気付いてボルサリーノが伸ばしたもう一方の手が、すかり、と空を切る。
 指がその背に触れる手前で、ナマエが路地へ逃げ込んだのだ。
 しかし、大通りよりは人の少ないだろうそちらへ逃げ込んだ袋の鼠に、ボルサリーノは楽しげな顔をして足を進めた。

「…………おやァ〜?」

 そして、入り込んだ路地で、思わず声を漏らす。
 小さな通りは左右の大きな建物が壁としてそびえたっている場所で、その奥も壁だった。
 まさしく袋小路だが、しかし、どこにも今角を曲がって行ったはずの青年の姿が無い。
 壁を駆けあがったのか、と少しだけ考えて、体を光に変えたボルサリーノの体が傍らの建物の屋根を踏みしめた。
 けれども、見回したどこにも、慌てふためいて逃げていく『大泥棒』の姿は無い。

「……どォこ行っちまったんだろうねェ〜?」

 見下ろした路地は先ほどと変わらず、もう一度周囲を見回して、ボルサリーノは軽く首を傾げた。
 忽然と消える、それがナマエの能力なのだろうか。
 だとすれば、往来でボルサリーノが追いかけたところで使えばよかっただけの話だ。
 周囲に影響を与えるのかとも思ったが、路地を見る限りその可能性は低い。
 少しだけ考えて、はた、と思い至ったボルサリーノが、ぽん、と手を叩く。

「からかわれちまったんだねェ〜」

 慌てたようなあの動きすら、演技だったのかもしれない。
 いつでも逃げられるから、ああやってボルサリーノをおちょくったのだ。
 あれだけの賞金を首に掛けて未だに狩られない男が、そう、あの日ボルサリーノの追跡からもあっさりと逃れたあの罪人があんなに鈍いわけがないのだから、その可能性の方が濃厚である。
 そんな風に納得したところで、ボルサリーノの口元は更に笑みを浮かべた。
 海軍大将で遊ぼうとするなど、いい度胸をした罪人だ。
 恐らくすぐに彼はこの島を離れるだろうし、その行方はボルサリーノには掴めないだろう。あの日もすぐさま島を離れる船を全て検分したが、ナマエも宝も『所有物』も見つからなかったのだ。
 次に見つけたらどうやって掴まえてやろうか、なんてことを考えながら、ボルサリーノの手がナマエから奪い取った鞄に触れて、開いた口から中身を検める。
 鞄の中身は、先程ボルサリーノが追いかけた青年が『ナマエ』だったと肯定する、先日の犯行で盗まれた『宝』だった。







「クザァン、聞いとくれよォ〜」

 海軍本部へ戻ってすぐさま、ボルサリーノが向かったのは同僚の執務室だった。
 ここ最近の『サボり』が祟って本部での缶詰を言い渡されている誰かさんは、相変わらず面倒臭そうな顔をして椅子に座っている。
 しかし扉を唐突に開いたボルサリーノにとても驚いたのか、机の端から書類が床に落ち、何枚かがはらはらと舞い落ちるところだった。

「何してんだァい」

 呆れた声を零しつつボルサリーノが近寄れば、そっちこそ、と部屋の主が言葉を放つ。

「入る時はノックの一つくらいするもんでしょうや。あー、びっくりした」

「全然そう聞こえないねェ〜」

 呟いた彼が椅子に座ったまま手を伸ばして書類を拾うのを眺めて、ボルサリーノが笑う。
 下から見上げたその顔が上機嫌だと気付いたのか、手の届く範囲の書類を集めたところで諦めたらしい海兵は、書類を手に椅子へ座り直して、下からボルサリーノを見上げた。

「で、何でそんなにこわーい顔して笑ってんの」

「オォ〜、ひっどいこと言うねェ〜」

「事実でしょうや」

 鏡でも見たら、と彼は言うが、なんとも失礼な話だ。
 傷付いた、と大仰に胸を押さえてみせてから、しかしやはり笑みの抑えられないボルサリーノが、その手に持っていた鞄を目の前の机へ置く。
 いくつかの書類を下敷きにしたそれを見て、ぱち、とボルサリーノの前の海兵が瞬きをした。

「何、これ?」

「一昨日、島で『ナマエ』に会ってねェ〜」

 ぶんどっちまったよォ、なんて言いつつ鞄の口を開いて証拠をあらわにしたボルサリーノに、ああこの間盗まれた奴ね、とクザンは頷いた。

「なるほどね、通りで」

「ン〜?」

「いや、そんなに機嫌が良いわけだと思ってさ」

 つん、と宝をつついて言葉を零す同僚に、そりゃあ機嫌もよくなるよォ、とボルサリーノは微笑んで答えた。
 会った、と言うほどの邂逅でも無かったが、しかしボルサリーノは確かにナマエと間近で遭遇したのだ。
 どういうつもりかは知らないが遊ばれてもしまったし、ならば次回はボルサリーノも全力で追いかけてやろう、と言うものである。
 微笑むボルサリーノへちらりともう一度視線を向けてから、鞄とその中身から手を離したクザンが肩を竦め、椅子の背もたれへと背中を預ける。

「……まァ、虐めんのもほどほどにした方がいいんじゃない?」

「一昨日虐められたのはわっしの方だよォ〜?」

「またまたァ、冗談言っちゃって」

 海軍大将黄猿がからかわれたなど信じてはくれないのだろう、心外だと眉を寄せたボルサリーノを見上げて、クザンがひらひらと片手を振る。
 本当だってェ、と言葉を重ねたボルサリーノは、クザンの足元に特徴的な形の酒瓶が転がっていると言うことも、ちょうどクザンの後ろ側にあたる壁際に、明らかにクザンのものでは無い靴跡が一つ残されていると言うことにも、まるで気が付かなかったのだった。



end


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