ドンキホーテ兄弟逆トリップ
※注意※
・ネタ/小話のドンキホーテ兄弟幼少期逆トリップネタの加筆修正版
・WJ45号 763話〜新年1号769話までのネタバレ、かつどうしようもなく捏造
・ドンキホーテ兄弟(幼少期)
・コラソン
・逆トリップ
以上を踏まえたうえでOKならばどうぞ↓
「ひ……っ」
「何だえ、お前!」
「えっ」
突然目の前から放られた二つの声に、俺の口から変な声が出た。
今まさに飯を食おうとしていた手を止めたまま視線を向ければ、俺以外には誰もいない筈の一室で、向かいに俺以外の誰かがいる。
ちょっと変な匂いのする汚れた格好の子供二人だ。
兄弟だろうか、一回り小さい方を背中に庇った子供はサングラス越しではあるがこちらを睨み付けているようで、小さなその手が威嚇するようにこちらへ向けて晒されていた。
髪色からしてどう考えても外国人だな、と頭のどこかが判断したが、しかし先ほど聞いた第一声は日本語だったような気がする。
「…………は?」
いや、まて、おかしい。
何だこの子供二人は。
戸惑いつつ視線を向けてみるが、子供らが揃って背中を向けているベランダ側の窓はしっかりと閉ざされている。クーラーを入れているんだから当然だ。
そして自分の後ろも見てみるが、キッチンの向こうにある玄関だって当然開いたりはしていない。
「…………いやいや、待て、どっから入っ……うわっ」
思わず子供のいる方へ顔を戻して問いかけたところで、ぶん、と顔に迫ったものに気付いて慌てて身を引いた。
俺の取り落とした箸がガチャン、と派手に音を立てるのに合わせて、振り降ろされたものがどかっと酷い鈍い音を立ててテーブルを叩く。
先ほどまでテーブルを挟んで向かいにいたはずの子供達のうちの片方が、持っていたものをこちらへと振り下ろしていたのだ。
それはどう見たって少し太い木製の棒で、がん、と音を立てたそれに慌てて距離をとると、勇ましい子供は空いた方の手で俺がつい先ほどまさに食べようとしていた俺の食事を掴まえた。
「ロシー!」
「う、うんっ!」
声を掛けられて、後ろの子供も手伝って二人で人の食事を攫って行く。
テーブルから皿ごと落下した俺の魚の塩焼きと白米が、そのまま子供の口に運ばれるのを、俺はなすすべもなく見送った。
それなりに冷めているとは言えまだ熱いだろうに、子供達にそれを構った様子はない。まるで二、三日ぶりに食べ物にありついたかのようだ。
がつがつと人の飯を食っている子供二人を眺めながら、まだこちらを向いている木の棒に両手を晒して無抵抗をしめしつつ、俺は口を動かした。
「お前ら、腹減ってるのか?」
「……」
人がせっかく尋ねたと言うのに、せっせと口を動かしている子供二人は、こちらには返事を寄越さない。
警戒を怠らない視線を向けられ、一体どういう状況なのかと首を傾げるしかなかった。
だってさっきまで、この子供ら二人は俺の前には存在しなかったはずなのだ。
突然現れた子供に食事を奪われましたなんて、警察に届けてどうにかなるものだろうか。
ちょっと考えてみるものの、どうにも俺の方が救急車を呼ばれてしまう気がする。
それに、子供達は二人とも汚れた格好をしていて、よく見れば怪我もしていた。下手をすると虐待を疑われそうだ。
俺の社会的な死が待っているとなると、通報も躊躇われる。
そんなことを考えていたら見る見るうちに俺の食事が消えていって、子供二人はそのまま皿まで軽く舐めだしていた。まあ、俺一人分だったんだからそりゃあ足りないだろう。
仕方ない、と軽く息を吐いてから立ち上がると、木の棒を握った方の子供が慌てたようにこちらへ構えた。
「いやいや、待て待て。飯用意するから」
今にも殴りかかってきそうな子供へそう言うと、子供達二人がとても不審そうな顔をする。
そちらへ安心させるように笑みを向けてから、俺はそのままキッチンへ向かった。
さて、今日の昼飯は簡単に済ませようと思ったから、炊飯器には米が残っているが鍋には昼飯の残りもない。食材は田舎に隠居した両親から送られてくるものが大量にあるとしても、調理をするには時間が掛かる。
すぐ食べられるもの、と考えて思い出し、冷凍庫を開けて取り出した冷凍ピザを皿に乗せて、そのままパッケージの表示通り電子レンジへ入れて温度と時間を設定した。
ぴ、と電子音を立てたレンジから離れて、次に向かったのは戸棚だ。
とりあえず子供ならカレーだろ、という安易な気持ちのもと、戸棚を探ってレトルトカレーを取り出す。
そのままそれをゆでようとコンロの前に立ったところで、俺は重大な事実に気が付いた。
「うお、しまった……うちには中辛しかねェ」
パッケージの表示にそんな言葉を漏らしてから、ちらりと後ろを見やる。
先ほどから俺の背中に視線を突き刺している汚い恰好の子供二人は、どう見たって小学生未満だ。からいものが苦手かどうかも分からない。
「…………牛乳で何とかなるか……?」
呟きつつ、パッケージを開け、軽くすすいだ鍋の中へとそれを零した。
温める為に鍋を火にかけてから、パッケージは全部捨てて冷蔵庫から余っていた牛乳を取り出す。
入れようとしたところではた、と気付いて、一度後ろを振り向いた。
こちらを不審そうに見つめる子供二人に、軽く牛乳を振って見せる。
「お前ら、牛乳飲めるか?」
問いかけると、子供らは同じ動きでこちらを不審そうに窺った。
その様子に軽く首を傾げて、言葉を変えてみることにする。
「食ったり飲んだりして、気分の悪くなったもんはあるか?」
「…………」
「な、ない」
俺の言葉に口をまげた手前の子供の後ろ側で、隠れるように立っている方が返事を寄越す。
そうか、とそれへ返事をしてから、俺はとりあえず牛乳をカレーに足すことにしてコンロの方へと向き直った。
牛乳を軽くカレーの中へと零して混ぜていると、温まったカレーの匂いがふわりと香り始めた。
匂いに刺激されて、ぐう、と自分の腹が鳴ったのが分かる。
まあ仕方ない。腹が減ったから飯を食うところだったのだ。
「……んー……まあいいか」
ある程度温まったところで呟いて、鍋はそのままに火を止める。
ちょうどそこで電子レンジから音が立って、振り向くと俺の動きに驚いたように子供二人がびくりと震えた。
じっとこちらの様子を窺い、人の一挙一動に驚くその様子は、まるでこの間駐車場で見かけた猫みたいだ。
そんなことを思うと少しだけ笑いが漏れてしまって、それを隠すように口元を押さえてから電子レンジに向かう。
開いたそこから覗き込んだ先の冷凍ピザは、いい具合に温まったようだった。
よし、と頷いてそれを取り出そうとしてから、はた、と気付いて動きを止める。
そうして改めて子供らの方へ顔を向けると、さっきと全く同じ動きで体を震わせた。
「…………」
「な、何だえ」
自分より少しだけ小さな子供を背中に庇うようにしながら、木の棒を握ってどろどろに汚れた格好の子供がこちらを威嚇している。
「いや……手、洗えるか?」
その様子を見ながら尋ねては見るが、子供二人は動きもしない。
その手はさっき俺の飯を食べた時のままで、きっと汚れて気持ち悪いだろうに自分の服に擦り付けたりもしていなかった。
すぐそばのバスルームへ案内しようかと軽く手招いてみたものの、子供は二人とも動かない。
庇うように立っている方の後ろ側にいる子供にはさらに怯えた目を向けられて、どうしたものかと頭を掻いてから、とりあえず自分だけバスルームへ向かった。
バスタオルしかないが、行き掛かりの棚にあった清潔な方を持ち込んで、それへ水を掛けてきちんと絞り、そのまま持って戻ってくる。
バスルームから出て来ただけの俺を見てまた体を震わせた子供二人は、俺がそちらへ近付くと後ずさりをした。
「ほら」
あまり近寄ったら不味いかと足を止めて、屈みこんで持っているものを差し出す。
濡れタオルを前にしても警戒を解かないサングラスをかけた方が、何だそれは、と言葉も無く訊ねてきているのが分かった。
後ろにいる方なんて明らかに怯えている。どういう目に遭って来たらこうなるんだろうか。
軽く首を傾げつつ、タオルを広げて診せる。
「今から飯だし、手ェ洗わないんならせめて、これで手を拭いとけ」
カレーにはスプーンをつけるが、多分またピザは手づかみになるのだ。そのままの手で食べるのは衛生的に良くないだろう。
俺の言葉に手前の子供が自分の手を見下ろして、米粒やそれ以外に汚れているそれを見てから、またこちらへ視線を戻した。
わずかに怪訝そうな顔になった子供の方へとさらにタオルを近付けると、おずおず、と言った風に小さな手がこちらへ伸びる。
じわりと伸びたそれがぱっと俺からタオルを奪い取ったのを確認して、それじゃあ飯運ぶからな、と言葉を置いて立ち上がった。
急な動きだったからかまた子供が二人そろってびくりと震えて、先程より俺から距離をとる。
「そっちのテーブルに運ぶぞー」
もうそれは気にしないことにして背中を向けて、声を掛けながら電子レンジからピザを引っ張り出した。
冷凍だった小さめのそれは熱くて、あちあちと声を零しつつ先程まで俺の食事が置かれていた小さいテーブルへと運ぶ。
俺が近寄ったことでまた子供二人は部屋の隅まで行ってしまったが、二人で濡れたタオルを掴んでいた。
「食べる前にはちゃんと拭けよ、腹壊すからな」
そんな風にそちらへ声を掛けてから、次はカレーを入れることにしてキッチンへ戻る。
棚から出した大小の違う皿それぞれにさっき炊いた米を盛ると、今日明日の俺の食料だった白米は空になってしまった。
三つの皿へ鍋からカレーを掛ける。ルーは少し足りないが、そこはご愛嬌だ。カレーが一つしかなかったんだから仕方ない。
ついでに三つしかないスプーンをそれぞれの皿に差して、とりあえず二皿を持って部屋へと戻ると、子供達はすでにテーブルの上のピザをがつがつと食べ始めている頃だった。片方は木の棒を握ったままだ。
俺から距離はとろうとしているものの、逃げ出さない子供ら二人の目はどう考えても俺が持っているカレーを見ている。
「ほら、これも食え」
言いつつ子供達の前に皿を置いて、またすぐキッチンへと戻った。
置いてあった俺一人分のカレーを軽くスプーンでつまんでみると、いつもよりからさの足りないそれに物足りなさを感じるが、まあ大丈夫そうだ。
大きさの違う三つのグラスを重ねて、冷蔵庫に入れてあったピッチャーも取り出してから、俺は自分のカレーを持って部屋へと戻った。
まだピザを手づかみで食べている子供二人が、不審物を見る目をカレーに向けている。
「……何だえ、これ」
「うん? 何って、カレーはカレーだろ」
「かれえ」
尋ねてきた方へ返事をすると、さっきまで後ろ側に隠れていた方が俺の言葉をなぞった。
もぐもぐとピザを頬張りながらのそれは舌ったらずで、そうそう、と返事をしつつ子供らの向かいに腰を下ろす。
「熱いから、ちゃんとフーフーして食べろよ」
言いつつ、グラスを三つ並べて麦茶を注ぐ。
こぽりと音を零したそれのうちの一つを自分の方へ置いて、残り二つは子供らの近くへ置いた。
ピザを頬張りつつこちらを凝視してくる向かいの子供に首を傾げて、とりあえず自分の分のカレーを口に運ぶ。
やっぱり熱いので少し息を吹きかけて口へと入れて、その微妙なからさにうーんと声を漏らした。
甘い、とまではいかないが、牛乳と言うのは恐ろしい。
俺が食べているのを見ていて、先にスプーンへ手を伸ばしたのは、サングラスを掛けている方だった。
恐る恐る、と言った風にその手がスプーンを握り、すくいあげたカレーライスをそのままぱくりと口へ運んで、それからがちゃんと音を立ててスプーンを落として口を押さえる。
「兄上!?」
「いや、熱いだろ」
ついさっき温めたばっかりのカレーと、ついさっき炊飯器から出したばかりの白米だ。その食べ方はどうかと思う。
身を丸めて震える子供を心配そうに見ているもう片方が、恐ろしいものを見る目でカレーを見て、それから非難するようにこちらを見た。
何で俺が悪いことになっているのだろうか。
「……仕方ねェなァ」
呟きつつ、まだ手を付けられていない方のカレーに手を伸ばして、スプーンを使って一口分をすくいあげる。
それを自分の方へと引き寄せ、ふう、と何度か息を吹きかけて冷ましてから、身を乗り出してこちらを見つめている方に差し出した。
「ほら、あー……ロシー? あーん」
確かそう呼ばれていた筈だ、なんて思いながら言葉を放ってスプーンを差し出すと、びくりと子供が身を震わせた。
その目がじっと俺の差し出しているスプーンを見つめて、それからまだ熱さに悶えているらしい自分の傍らを見やって、それでも匂いが鼻を刺激するのか、ごくりと小さな喉がつばを飲み込む。
その体がそっと傍らの子供から離れて、俺が促したように小さな口が少しばかり開かれた、ところで俺の持っているスプーンが他の誰かに噛みつかれた。
それはつい先ほど自分のカレーを食べてその熱さに悶えていた方で、がちん、と音すら立ててスプーンの先に噛みついた子供は、こちらを睨み付けて俺からスプーンを奪い取った。
「あ」
「…………」
奪ったスプーンを掴まえ、口に入った分のカレーをもぐもぐと噛みしめて、そしてようやく子供が口の中身を飲みこむ。
きちんとカレーを食べた後、スプーンを隣の子供へ差し出してから、『兄上』らしいそちらは自分のスプーンを掴み直した。
「ロシー、あついから、ちゃんと冷まして食うんだえ」
「うん、わかった」
隣からの言葉に素直に頷いて、『ロシー』の方がそっとスプーンでカレーをすくい、ふうふうと息を吹きかけてからそれを口に運ぶ。
「…………いや、だからさっき言っただろ」
とりあえず向かいでそう声を掛けつつ、俺は仕方なく肩を竦めた。
それが、俺と『ドフィ』と『ロシー』が初めて出会った日の話だ。
end
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