うちの船長は
※『愛はあるのよ、愛は』続編
※トリップ系主人公はバルトクラブクルー
「指を結べばバリアをはれる! ガキでも知ってる常識だべ?」
「船長、俺初耳です」
「ナマエは世間知らずだなァ、仕方ねェ奴だっぺ!」
きりりと顔を引き締めて言われたので言い返したら、ヘハハハと笑われた。心外だ。
俺がこの世界に紛れ込み、打算で海賊団の一員になってからもう随分と経つ。
ついに入り込んだグランドラインの海は常識外れだが、うちの船長の強さも常識外れだ。
バリアで何でもかんでもはじき返すのは反則だし、バリアを飛ばして攻撃するというのもよく分からないし、移動に使えるというのも理解できない。どういう原理なのだろうか。
悪魔の実というのを口にする予定は無いので、一体どういう感覚でそれを操っているのかと質問してみたら先ほどの返事だった。
まったく俺に理解をさせようと言う気が無いらしい。
仕方のない船長殿の前でため息を吐いてから、とりあえず座り込んだバルトロメオの向かいに腰を下ろす。
「それじゃあ、座りましたから。そろそろそこのバリア解いてください」
言いつつ俺が指差したのは、バルトロメオが座っているすぐそばにある船内へ唯一の出入り口だった。
そこに立っている何人かのクルー達は、船長であるバルトロメオではなくて俺の方を睨んでいる。
時々軽く扉を叩いたり『開けてくれ』と訴えているのだが、バルトロメオは『ナマエが逃げるから駄目だ』と我儘を突き通しているのだ。
いくら今は凪いでいるとはいえ、こんな危ない海で甲板の上で昼食を取ろうだなんて恐ろしい。船内に退避したかったが、どうやらそれは叶わないようだ。
座り込んだ俺を見やり、ん、と一つ頷いたバルトロメオがそこでようやく指を解いた。
本当にどういう原理なのか分からないが、バリアが消え失せ、昼食を抱えた船員達がどかどかと甲板へとやってくる。
人数の多さにそっと移動して端によると、同じように移動してきたらしいバルトロメオが隣に並んだ。
食事を運んできたクルーの一人が寄って来て、バルトロメオに皿を渡し、それから俺の方へも食事をくれる。
どうせどうにもならないんだから変な意地をはるなとしかられるのは俺の方なのだが、やっぱり納得いかない。
頭を軽く叩かれて、痛いそれをさすりつつ渡された食事の乗った皿を受け取って傍らを見やると、バルトロメオは誰より先に食事を始めたところだった。
同じように食べ始めようとしてから、皿の上に乗った料理を確認して、そのまま膝立ちになってバルトロメオの方へと皿を寄せる。
「ん? どうかしたか、ナマエ」
「これ、こんなに食べられないので」
この船の人間は大食いだ。
いや、多分『この世界の人間は』というくくりにしておいた方がいいかもしれない。
正直なところ俺の胃には内容量というものがあるので、こんなに大量の食事をとることは出来ない。
そう告げて、とりあえず一番大きく盛られている料理をまだ使っていなかったフォークで掬ってバルトロメオの皿へ落とすと、フォークを咥えたままのバルトロメオが無い眉の間に皺を寄せた。
「そういう好き嫌いをするからちっせェままなんだっぺ」
「好き嫌いはしてないですよ」
確かに食材からして不明なものが多く、そこは気になるところだが、気にして食べないでいたら飢えるのだから食べるしかない。
俺はそう言うのに、バルトロメオの目はこちらを不審そうに見つめている。
「いつもは自分で少なめに配膳してもらうよう頼んでるんですよ」
それを見返して言い、それに、と続けながら、俺はメイン料理らしい肉の塊も半分をフォークで無理やり切り分け、それのうちの小さい方の塊を相手へ向けて差し出した。
「どの食事もおいしいから、船長にたくさん食べて貰いたいなって」
思ってるんですよ、と言いながら、すでに皿の上がいっぱいで乗せられないそれを、ぐいとバルトロメオの口へ押し込む。
へは、と零れたバルトロメオの声がそのままくぐもり、慌てたように閉じたそれに合わせてフォークを引き抜いてから、自分から見て適量になった皿を見下ろして一つ頷いた。
そのまま改めて隣へ座り込み、バルトロメオの傍らで皿を掴み直す。
見上げた空はまだ澄み渡った青空で、しばらくはこの季候で安定するとは航海士の談だが、ここは偉大なる航路、油断は大敵だ。
他でも昼食を取り始めたクルー達をちらりと見やり、とりあえず自分の食事を始めることにした。
口に運んだ料理は相変わらず、不可思議な材料だが旨い。きっと『この世界』の人間から見ればポピュラーな食材なんだろう肉をフォークに突き刺して眺め、噛みついてから、ふと視線を感じて傍らを見やった。
なぜか動きを止めたまま、バルトロメオがこちらを見ている。
「……たべふぁいんれふふぁ」
何かもの言いたげな相手へ尋ねても、まだ口の中に肉の塊が入っていたらしいバルトロメオは答えない。
しかしその目がこちらから逸らされ、その手がフォークを掴み直したので、どうやら誰かさんも食事を再開するようだった。
※
うちの船長は、涙腺が緩い。
それはもうよく泣く。主に麦わらの一味の話をしている時だけだが、喜ばしい話をしている時も悲しい話をしている時も泣くので、バルトロメオの酒に付き合う時にはタオルを常備するのが俺の常である。
俺が『知っている』のとは少し違う話をするバルトロメオに、興味深い気持ちがわいて酒の席に同席するようになって何度目だろうか。
秋島の海域に入った夜、今も片手に酒を持っている我らが船長は、前に聞いたのとほんの少し細部の違う話を繰り返しては、大体同じところで涙ぐんでいる。
「船長、顔がものすごいことになってますよ」
「ん、ぶ」
ついでに顔へ押し付けたタオルでぐいぐいと顔を擦ってやると、タオルの下から変な声が漏れた。
鼻のあたりを擦るとピアスが擦れて痛かったのか、やめろと言われたので止めてやって、タオルを降ろす。
目を充血させたまま、とりあえず涙やそれ以外を拭われたバルトロメオが、こちらを睨み付けて口を尖らせた。
「なんでナマエは泣いてねえんだべ!」
「いや、そんなことを言われても」
『海賊狩りのゾロ』がレストランバラティエで鷹の目ミホークに敗北してた話で泣けと言われても、俺はそこまでロロノア・ゾロに深い気持ちを抱いていないので困る。
言ったら頭を叩かれるので言わないまま、とりあえず伸ばした手でバルトロメオの手元のコップへ酒を注ぐ。
手乗りサイズの樽にそのまま持ち手を溶接したような形のコップにつがれた酒を、バルトロメオは一息に飲みほした。
「酒って水分補給できますか?」
出ていった分を取り返すにしても、せめてもう少し飲みやすいものがいいんじゃないだろうか。
そう思って立ち上がろうとした俺の横で、だん、と勢いよくバルトロメオがコップをテーブルへ置いた。
大きく響いた音に室内のクルー達の何人かがこちらを見て、それからすぐに逸らされた。近寄ってこないのは、酔っぱらったバルトロメオの『麦わらの一味話』に付き合わされると分かっているからだろう。
「ナマエ! おめェはまだ、ルフィ先輩達の偉大さが分かってねえっぺ!」
「いやいや分かってますよ、ルフィって恰好いいですよね」
「んだべ! けどルフィ先輩を呼び捨てにすんな!」
「あいた」
同意したのに頭を叩かれるのは酷いんじゃないだろうか。
軽く頭をさすりつつ暴力的だと非難すれば、そんなことはどうでもいいと言った加害者が、今度は手酌で酒を注ぐ。
ついでに同じ酒を目の前のコップにも継ぎ足されて、ああ、と小さく声が漏れた。
「やっと半分まで減ったのに……」
「ナマエは全然飲んでねえべ、もっと飲め!」
「飲んでるんですよ、これでも」
寄越された言葉へ言い返しながら、とりあえず掴んだそれに口をつける。
ぷんと香るアルコールの香りを吸い込み、それから一口分を口に含むと、ひりひりと舌が痺れた。
何か他に味を感じるが、何の味かはよく分からない。どうやらこれも、俺の知らない飲み物であるようだ。
「船長達はみんな、酒も強いですね」
「ナマエが弱すぎるんだべ」
しみじみ呟いた俺の横で、バルトロメオがそんな風に口を動かす。
言われれば確かに、室内のクルー達も同じように酒を食らっていた。これだけごろごろと酒瓶が転がっていると、片付けるのも面倒そうだ。
「そんなんで海賊としてやっていけるんだっぺ?」
眺めている間に続いた今更過ぎる言葉に、軽く瞬きをして視線を向ける。
つまみのチーズやらを齧っては酒を飲むバルトロメオの顔はすでに真っ赤で、出来上がっているらしいことは一目でわかった。
口から露出した牙についたチーズを指で軽く擦る様子を見つつ、少しばかり首を傾げる。
あの日、死ぬかもしれなかった俺を助けてくれたバルトロメオは、俺をあっさりと仲間へ引き入れた。
そんなにあっさり仲間にしてくれていて大丈夫なのかと他人事ながら心配になった俺へ、逆に、『海賊になるってェことだべ。ちゃんと分かってんのか?』と尋ねてくるくらいの親身さだ。
生きるか死ぬかしかなかったのだから、生きていくために海賊になるのだってやむを得ない状況だと、あの日の俺は首を縦に振った。
あの時のままだったら、多分どこかよさそうな島を見つけたところで、バルトロメオの船を降りていたと思う。
海賊というのは基本的に危ない職業だし、将来性も見当たらない。この世界に年金だの何だのがあるかは分からないが、生きていくにしても元の世界へ帰るにしても、他に方法はいくらだってあった。
けれどもまあそれは全部、『あの時のままだったら』だ。
「……そういえば船長、この間の島で、『泥棒猫ナミ』先輩の故郷の話を小耳に挟んだんですけど」
「んぐ!? な、なんだべそれは……!」
話をそらすように言葉を投げた俺の方を慌てて見やったバルトロメオが、ぐいぐいと体を寄せてくる。
さあ話せと距離を詰めてくる相手に笑って、俺はとりあえずその場で、俺の『知っている』ナミの話をすることにした。
つたない俺の話でバルトロメオが嗚咽を零すほど泣き出したのは恐らく、酒の力もあってのことだろう。そう信じている。
※
「……何でこんなところで……」
思わず零れた言葉が、ふわりと空気の中で白く凍って消えた。
つい二週間前まで秋島だったのに、今度の島は冬島らしい。安定してきた気候は真冬のそれで、海の上はとてつもなく冷え切っている。
どうにか用意した厚着でいる俺の目の前には、信じられないものが転がっていた。
バルトロメオである。
多分酒を飲んでいたんだろう、幸せそうに眠りこけているがここは甲板だ。雪は降っていないにしても、そんな薄着でここにいる意味が分からない。
うちの船長はアホだ。
そこはかの『大先輩』にそっくりだと会ったこともない相手に失礼なことを思いつつ、傍らに屈みこんだ。
「船長、死にますよ、起きてください」
「んが……」
声を掛けつつ揺すってみるが、バルトロメオは起きなかった。
その手から転がっている瓶はすっかり冷たくなってしまっていて、中の酒はもうほとんどない。ラベルの文字からして、その中身がとてつもない度数の物だと言うことは分かった。
どこだったか、元の世界では雪国にこういう行き倒れがいるとか聞いたことがある気がする。
せめて見張りの誰かが声を掛けてくれなかったのかと見張り台を見上げてみるが、着膨れした格好で周辺の警戒を怠らない誰かさんは、こちらの様子には気付いた様子もない。
仕方ないな、と呟いて、俺はバルトロメオへ手を伸ばした。
「船長」
声を掛けつつぐいと引っ張って、バルトロメオの体を起こす。
されるがままで目を覚まさない酔っ払いの体を抱き上げようと少しだけ格闘して、諦めて手を離した。
だん、と結構派手な音を立ててバルトロメオが倒れたが、酔っていると痛みも感じないのか、やはりバルトロメオは目を開けない。
「……体格差があるからな、やっぱり」
どうやら、俺に運ぶのは無理そうだ。
溜息が凍って消えるのを見送りながら、俺はひょいと立ち上がった。
誰かクルーを呼びに行きたいところだが、クルー達だって暇じゃないだろう。
当人が目を覚ましてくれるのが一番だが、ここまでぐっすりだと一時間くらいは目を覚まさないかもしれない。
いっそころころと転がして行けばいいのかもしれないが、バルトロメオは簡単に転がってくれる体系じゃないし、この船だってそれほど大きくない。
それならせめて、死なないようにしてやるのが船員としての務めと言うものだ。
「すぐ戻ってきますから、できたらそれまでに起きてくださいね」
そう言葉を置いて見下ろした先のバルトロメオは、それから用意を終えた俺が戻っても、間抜けに口を開けて眠りこけていた。
※
「ナマエ!」
「うわ」
バタン、と大きく音を立てて扉を開かれて、小さく声を漏らす。
それから見やった先には、倉庫の入り口からずかずかとこちらへやってくるこの船の船長がいた。
どうしてかその顔を輝かせていて、その口元が緩んでいる。
「どうしたんですか、船長」
「これ! 返しにきたっぺ!」
数十分ぶりに見る相手へ尋ねた俺へ、バルトロメオが持っていたものをずいと差し出す。
その手に握られていたものは、俺が先ほど甲板まで運んだ毛布と湯たんぽだった。
どうしてそれが俺の物だと分かるのかと言えば、タグや本体に記名をしてあるからだ。集団生活では大事なことだろう。
「あ、わざわざありがとうございます」
バルトロメオが起きてきたら回収に行こうと思っていたものを運んできてくれた相手へ礼を言いつつ、そのまま手を伸ばす。
俺の手へとそれを乗せながら、でへ、とバルトロメオの顔が緩んだ。
何やら楽しそうで嬉しそうなその顔を見やり、どうしたんですか、とさっきと同じ言葉を口にしながら首を傾げる。
「ナマエ、わざわざおれの為にこれを持ってきてくれたんだべ?」
「はァ……まあ、死なれちゃ困りますし」
むしろ湯たんぽと毛布だけで大丈夫だったのか少し不安だったのだが、ぴんぴんしているその様子からして、どうやら大丈夫だったようだ。酒も残っていないらしい。
毛布を確認して、どこにも破れていないことを把握してから、すごいですねと言葉を零す。
「あの状態でも抜けられるんですか、船長」
「ヘハハハハ! おれにかかればわけねェ!」
俺がカバー付きの湯たんぽを抱かせて毛布でぐるぐる巻きにしたはずのバルトロメオは、ニヤニヤとあくどい顔で楽しそうに笑ってそんなことを言う。
それから、キラキラ輝くその目がこちらを見下ろして、あんがとな、と言葉を紡いだ。
海賊のくせに、とても素直に寄越された言葉に、ぱちりと目を瞬かせる。
じわ、と体が熱くなったのを感じて毛布を抱え直し、顔を隠すようにしながら湯たんぽと一緒に片手で持ち直した。
「……船長、ちょっと」
「ん? 何だべ?」
呼びかけて空いた手で手招けば、無防備なバルトロメオが身を屈めてくる。
俺より少し上にあるその顔へ手を伸ばして、そのニヤケ顔を何とかするために、俺は目の前にある鼻ピアスを軽く引っ張った。
「いってェ!」
悲鳴を上げたバルトロメオが『何すんだべ!』と俺の頭を思い切り叩いた。とても痛い。
ぐわんぐわんと揺れる頭を押さえつつ、それでもとりあえず視線を向けて、すみません、と言葉を零す。
「その、何となく引っ張りたくなって」
「何となくってなんだべ、何となくって!」
俺の言葉にぷりぷりと怒り、目をつり上げるバルトロメオはどう見たって悪人だ。
それでも、それ以上は俺に仕返しするでもなく『こういうのは止めろっていつも言ってるべ!』とだけ言って去っていく。あと一時間もしたら、もうその怒りだって解けていることだろう。
倉庫に一人取り残されて、自分の毛布と湯たんぽを抱えたままで、はあ、とため息を零す。
「……全く」
うちの船長は、ちょろい。
end
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