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合法的誘拐のすすめ
※無知識転生幼児主




 男に生まれた以上、『かわいい』なんて言われてデレデレ喜んではいられない。
 心の底からそう思っていると言うのに、俺がそう言われる確率のなんと高かったことだろう。
 理由は簡単で、母親に似た体が小さく、学校で整列をすれば必ず先頭だったからである。
 俺だって、一回くらいは前へならって両手を伸ばしてみたかった。
 周りの友達は俺から見ればでかい奴らばかりで、牛乳を飲めだの日光にあたれだのよく眠れだのと色々と言われて実践していたが、全く身にならなかったのを覚えている。
 俺がこの世界に生まれ直したのは、高校入試が終わったあの日に交通事故に遭ったからだ。
 どう考えても自分の知っている世界とは違うし、父さんにも母さんにも友達にも二度と会えないと思えば悲しくなって泣き暮らしたが、それも生まれて一年でどうにか落ち着いた。
 とにかくこれからはこの世界で生きてかなくてはならないんだからと、気合を入れ直した俺は今、世の中の理不尽というものを目の当たりにしている。

「…………ぜったい、はんそくだ」

「フッフッフ! なァにぶつぶつ言ってんだ?」

 特徴的な笑い声を零して、俺のつぶやきをその耳で拾ったらしい相手が、俺のことを見下ろした。
 その体に見合わせたようなどでかくてお高そうなソファに座ったその相手は、何故かピンクの羽毛をあしらいまくったコートのようなものを着込んでいる。
 ピンクなんて女の子の色だと思っていたが、この大きくて偉いらしい人には似合うなと、そんなことを少しだけ思った。
 そう、大きいのである。
 今まで俺が見てきた『大人』の中で一番だ。
 さっき並んで立った時、俺の頭はその膝にも届かなかった。いくら俺の体が五歳を過ぎたばかりだとは言っても、これは酷い。
 なんでもないです、とそちらへ返事をしつつ、ソファに座っている相手を見上げる。
 ドフラミンゴ、なんていうちょっと鳥の名前に似た名前のその偉い人は、俺の返事に笑ったままで首を傾げた。
 サングラスの向こうの目がこちらを観察しているような気がするが、よく分からず見つめ返して、俺は口を動かした。

「……あの、おれになんのごよーでしょうか」

 オウカシチブカイとか言う海賊であるらしいこのドフラミンゴが、わざわざこの島に来て、『ナマエとかいうガキを連れて来い』と命じたのがそもそもの発端なのだ。
 はっきり言おう。俺はこんな反則的な大男の知り合いなどいない。なので、何で呼ばれたのか皆目見当がつかない。
 俺の言葉を聞いて、別に大した用じゃねェよ、と囁いたドフラミンゴが、ソファに押し付けていた背中を背もたれから浮かせて、両足を床の上に下ろしたままで今度は前かがみになった。
 ぐいん、とこちらへ寄ってきた顔に思わず足を退いて、ぺとんとしりもちをつく。

「あた」

「おいおい、大丈夫か?」

 小さな痛みに声を零した俺に、優しげな雰囲気を醸し出して言いながら、伸ばされたその右手ががしりと転んだままの俺の顔を掴まえた。
 座ったままの俺の頭をぐいと引っ張られて、首がもげそうな可能性に気付いて慌てて立ち上がる。
 俺の頭を丸ごと包めそうなこの大きな掌が憎い。

「だいじょーぶ、です」

 返事をしながら手で掴んだ相手の腕を押しやったら、俺の攻撃を把握してかドフラミンゴの手が引っ込んだ。
 そのまま肘を膝に当てて、自分の膝を使って頬杖までついた相手に視線を向ける。
 大した用じゃないというのなら、俺のことなんて呼ばなくていいのに。
 別に用事が何かあったわけじゃないが、いくら中身は幼児じゃない俺だって、見ず知らずの海賊と二人きりにされて喜べる筈もない。
 何より、目の前のこの男は、俺が羨むような体格の持ち主なのだ。いっそ滅びろと思って何が悪いのか。

「こうして見ると、ただのガキみてェだがなァ」

 俺へ向けてひとりごとのように呟いたドフラミンゴに、俺は首を傾げた。
 窺うように視線を注げば、まあいいか、と呟いてようやくその体の傾きが元に戻った。
 ふんぞり返るように背中をソファの背もたれに押し付けて、その拍子にばさりと桃色の羽毛が使われたコートが揺れる。
 帰っていいのだろうか。
 そう思って見つめたのに、俺の視線を受け止めたドフラミンゴからのお言葉は、『何か話せ』だった。

「なにかって、なにをですか?」

「何でもいいから話してみろ。噂は本当かどうか、おれが確かめてやろうじゃねェか」

「うわさ……?」

 一体、何の話だろうか。
 よく分からないが、この大男が満足しなければ俺は返してもらえないらしい。
 それなら口を動かすしかないんだけど、さすがに俺だって、ぶつぶつ独り言が言えるわけじゃない。
 少しだけ考えてから、俺は相手へと話しかけることにした。

「え、えっとー……あ、オーカシチブカイってなんですか?」

「政府に公認された、コワーイ海賊のことだ」

「かいぞくっていうと、やっぱりドフラミンゴさんもわるいことしてるんですか」

「フフフ! 真っ向から訊くか。さァどうだろうなァ?」

 尋ねる俺に返事をするドフラミンゴは、会話に付き合わされても不快そうな顔をすることなく、楽しげに笑っている。
 さっきから笑顔を見てばかりいる気がするのだけど、親しみがわかないのは相手が海賊だと分かってるからかもしれない。
 今の答え方だって、どう考えたって『悪いことをしている』人間の答えだった。
 まあ、『いい海賊』なんて言われてもぴんと来ないので、仕方ないかもしれない。

「おれのうわさってなんですか?」

「妙な小細工されちゃあ面倒だからな。教えやしねェよ」

 次なる俺の疑問に、ドフラミンゴはさらりと言った。
 本当に、一体何の話なんだろう。
 少し考えてみるが、全く見当がつかない。
 生まれ直したこの人生、俺はまれにみるお利口さんで通っているはずなのだ。
 一歳になったころにようやくこの世界で生きていく決心がついて、強くてコンテニュー状態なのにも気付いたので、自分でできることは出来る限り自分でやった。
 大人の言うことをちゃんと聞きわけたし、相手が子供だからと理不尽を言ってくる相手には一生懸命言い返した。
 褒めてもらえるから、計算問題があれば答えを書いてみせたし、理解力のある子供である俺を、大人達は偉いすごいと喜んでくれたと思う。
 まわりの子供は『本当』に子供で、うにゃうにゃ話しかけてくる相手に返事が出来なくて困ったのは、少し前までのことだ。
 最近ではそれなりに仲良く遊べるようになったし、わあわあきゃあきゃあ遊びながら、俺は牛乳を飲んだり日光にあたったりよく寝たりと忙しく生きている。
 別に、何か噂になるようなことなんてしていないはずだ。
 首を横に傾げた俺を前に、ドフラミンゴがフフフと笑う。
 ソファに座っていながら俺を見下ろす相手を見上げて、答えが見つからないものを考えるのには飽きた俺は、うーん、と小さく唸ってからもう一度口を動かした。

「……あの、ほかになにをはなしたらいいんでしょう?」

 自由にしていいと言われても、別に俺自身には話したいことなんて何もないのだ。
 困ってしまって眉を寄せた俺を前に、ドフラミンゴがふんぞり返ったままで言う。

「ナマエ、最近、この島にいて何か変わったことァなかったか?」

「かわったこと……」

 寄越された言葉に、首を傾げた。
 この世界には俺の知っていた常識では考えられないようなものが多すぎて、一つ一つに変わっているとか変わっていないとか考えたことは無かった気がする。
 海にはクジラよりでかい何かが泳いでいるし、賞金首とやらがうようよしているらしいし、新聞を運んでくるのはカモメだった。
 町の図書館にある本は英語だらけだけど、一角だけ日本語で書かれた本のスペースがあって、そこで読んだ本によればこの世界には『魚人』や『人魚』というのがいるらしい。
 人間とはあんまり仲が良くないと書かれていたから近付く予定はないけど、挿絵を見る限り人魚は可愛かった。
 考え込んだ俺の前で、仕方ねェな、と呟いたドフラミンゴが、そのままの体勢でひらりと手を動かした。
 床から、俺の頭より少し低いくらいまでを示して、手の動きが止まる。

「このくらいのオモチャと会ったろう」

「オモチャ……あ、はい」

 寄越された言葉に、俺は頷いた。
 ついこの間、島の浜辺で出会ったのだ。
 何かから必死に逃げて来たらしいオモチャは、体の端が少し崩れてしまっていて、散らばっていたそれを拾い集める手伝いをした。
 動いて話すオモチャと言うのにも驚いたが、まあこの世界ではそういうこともあるんだろうと思ったので、誰かに特別何かを言ったりはしなかった。
 そのまま家へ匿ってやろうかとしたのだが、俺の申し出に頭をくるりと一回転させたオモチャは、一緒に作ったイカダに乗って海へと出て行ってしまった。

「あのオモチャ、しりあいだったんですか?」

 海の化物に食われたりしないようちょっとだけ祈っておいたのだが、どうやら俺の祈りは神様に届いたらしい。
 まァなァ、と俺へ返事をしてから、ドフラミンゴが高さを示していた手をソファの上まで引き戻した。
 手を置くところに肘を置いて、傾いた体をその手で支える。
 足を組んだまま、ソファの上でもう一度頬杖をついた相手の顔が、自分の掌に押されてむにゅりと少しだけ歪んだ。大人の割に頬が柔らかいらしい。

「勝手に動くオモチャにビビりもせずに、帰る準備を手助けしたそうじゃねェか」

 にやにや笑って言いながら、ドフラミンゴが開いている手を動かす。
 憎たらしいくらい長い指が動いたと思ったら、どうしてか俺の体は勝手に前へと歩き出した。

「え?」

 驚いて足元を見下ろすが、勝手に動く様子は変わらない。
 まるで何かに操られるように歩いた足が、ソファに座るドフラミンゴへと近づいて、組まれた足に体が勝手に押し付けられた。

「え? あれ、ごめんなさい、あの」

 慌てて離れようとするのだが、体はしっかりとドフラミンゴの足にくっついていて、どうにもならない。
 一体何が起きたんだろうか。
 意味が分からないでいる俺を前に、フッフッフ! と笑い声を零したドフラミンゴの手が動き、ひょいと俺の体を掴まえた。
 親猫が仔猫にやるように首裏から掴まえられて、持ち上げられたシャツに首を締められ、ぐえ、と声が出る。
 ドフラミンゴは気にした様子もなく俺の体を自分の膝の上に乗せてから、そのまま手を放した。
 それでも俺の体の自由は戻らないので、降りようとすることも出来ないままだ。
 何だこれ、こわい。

「あの……ご、ごめんなさい、おれなんかからだうごかなくって」

「フッフッフ! まァ、そうだろうなァ」

 俺の知らない原因を知っているのか、楽しそうに笑ったドフラミンゴは俺を膝に乗せたまま、身動きが取れない俺を気にした様子もない。
 俺の様子を眺めてから、ドフラミンゴは口を動かした。

「シュガーが蹴り落としたうちの下っ端を、噂の『ガキ』が助けたっつうじゃねェか。こいつは礼の一つもした方がいいだろう?」

「いや、あの、だからその『うわさ』って……」

「フフフフ!」

 訊ねても、やはりドフラミンゴは答えをくれない。
 返事をしないなら、そういう思わせぶりな発言はしないでほしい。
 思ってみたものの、『悪い海賊』だろうドフラミンゴへそういうつっこみを入れることはできなかった。俺だって命は惜しいのである。
 言葉を捜すように目だけを彷徨わせて、視界の半分ほどを覆っている目の前の海賊の体とそのコートに、仕方なくドフラミンゴへ視線を戻す。

「……えーっと……ドフラミンゴさんは、なんでそんなにおっきいんですか」

 尋ねた俺に、ドフラミンゴは軽く首を傾げさせた。

「なんで、と聞かれてもなァ」

「そんなにおっきいんだから、それはもうモッテモテにモテるでしょう」

 高い酒を飲みながら、左右に露出の激しいお姉さんをはべらせていても問題ないような恰好をしているのだ、間違いない。
 確信を持っての俺の言葉に、サングラスの向こうのドフラミンゴがわずかに瞬きをしたのが見えた。
 大きいことは正義なのである。『前』の俺の友達も背が高くてバスケ部で、バレンタインにはいくつもチョコレートを持っていた。
 俺だってあのくらい大きかったら、上級生達に『可愛い』なんて言われることもなく、どう考えて義理だったチョコレート以外にももらえたに違いない。
 膝に座った俺を見下ろしたままのドフラミンゴが、やや置いて、デカくなりてェのか? と面白がるような声を出した。

「まァ、お前はチビだからなァ」

「おれはこれからおっきくなるんです。ぐんぐんそだってくんです!」

 ひどいことを言う相手に、俺は慌ててそう主張した。
 一生懸命牛乳を飲んで、日光に当たって遊んで、きっちり昼寝もしているし夜だって早く寝ている。
 ゲームも漫画もアニメも無いこの世界で、俺の生活はとても健康的な自信があるのだ。
 この世界での『父さん』と『母さん』は大きかったから、この分で育てば俺だって夢の高身長の仲間入りだろう。
 事実、五歳の今、俺は同じくらいの子供の誰より大きい。
 これなら、誰からも見上げられるような体になることだって、きっと夢じゃないだろう。

「そのうちゼッタイ、ドフラミンゴさんだっておいこします」

「フッフッフ! そいつァ楽しみな話だ」

 俺の言葉に笑って、どうにも全く人の話を信じていない様子のドフラミンゴが楽しげに囁く。
 ほんきですよとそれへ主張した俺に、それなら手伝いをしてやろう、なんて言いだしたドフラミンゴが何度も島へとやってくるようになったのは、それからのことだ。
 これを飲んでみろと渡された薬は、全体的に何とも怪しげだったので、ありがたく貰って一つも口にしていない。大きくなりたいからって、薬に頼るのは間違っていると俺は思うし、もっとこう、健康的に大きくなりたいのである。
 毎回毎回、俺を笑顔で迎えに来るドフラミンゴは何とも威圧的で、海賊が来るたび町の人達は慌てて騒ぎになり、しかしさすがに来ないでくれとは言えない。
 気付けば俺は、ドフラミンゴの下へと預けられるということになっていた。
 島を離れる最後の日の夜、父さんと母さんは悲しそうな顔をしていたが、一歳を過ぎていた弟に父さんと母さんを守るよう話して聞かせたので、多分大丈夫だろう。


「貴方が噂の『神童』って子?」

「え? おれはナマエだけど……」

 大きな船の中で、シュガーとかいう可愛い女の子とそんな会話を交わした。
 意味が分からず『シンドー』とかいう単語を辞典で調べた俺は、自分はそういうんじゃないとドフラミンゴ相手に一生懸命訴えたが、楽しげに笑ったドフラミンゴは俺を島へ返してはくれなかった。



end


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