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そういう性分
※『本日のおさわり15分』続編
※微妙にオリキャラモブ注意?
※黒猫化主人公は微知識



 この世界にやってきて、もう随分と経つ。
 動物系能力者でもないのにおかしな見た目をしている俺を『オヤジ』は笑って受け入れてくれたが、普通の人間がみんなそうではないことを俺はそれなりに把握していた。
 嫌な顔はしなくても、二度見くらいはされるだろう。じろじろと観察されるのは気になるし、急に伸びて来た見知らぬ人間の手に尻尾をぎゅっと握られたり耳をつままれるのはごめんだ。
 久しぶりに辿り着いた島が秋島でよかった、なんて思いながら、薄手のコートを着込んで帽子を被り、俺は一人で町を散策していた。
 耳をぺったりと寝かせてから帽子を被っているせいで、物音が少し遠く聞こえるが、騒がしい町中を歩いているのだから問題は無いだろう。
 どこかで見世物でもやっているのか、太鼓か何かが放っている低い音が腹に響くのを感じる。
 珍しい物もいくつかあって、そろそろどこかで食事でもするか、なんてことを考えながら周囲を見回していたら、急に肩を掴まれた。

「うわっ」

 驚いて足を止めて振り返れば、むっすりとした顔のテンガロンハットの海賊が、俺の顔をじとりと見つめていた。

「……何だ、エースか」

 驚かすなよ、と笑ってから、その腕を掴まえてすぐそばの路地まで引っ張り込む。さすがに、大きな通りに立ち止まっては他の通行の迷惑だ。
 俺の誘導に従って路地に入りながら、エースが口を動かした。

「何だ、じゃねェよ。呼んだだろ」

 注意を向けた先で、エースの声がそんな風に言葉を零す。
 エースの腕を手放して、自分の帽子を少しだけ頭から浮かしながら、帽子かぶってるからなあ、と俺は返事をした。
 内側でつぶされていた耳が少しだけ起き上がって、さっきよりも音の聞こえが良くなる。
 俺の言葉に、俺の頭にかぶっているものを確認したエースが、軽く首を傾げた。

「……それ、中の耳大変なことになってんじゃねえの?」

 痛くないのかと尋ねられて、痛くは無いぞと返事をする。

「ただこう、折り畳んでるから、ちょっと聞こえにくくなってるんだ」

 それでもそれなりに音は聞こえるが、普段のそれと比べれば違いは顕著だ。
 ふうんと声を漏らして、何故かエースが自分の両手で己の耳をふさいだ。
 どうしたのかと見つめれば、少し黙って何かを確認してから、エースが軽くため息を零す。

「……おれがこうやると、ぜんっぜん聞こえねェ」

「まあ、俺が普通よりは聴力があるってことだろ」

 納得いかない顔をしている相手へ言葉を紡ぐと、エースの手がそっと自分の耳を解放した。
 俺の頭にはないそれが覗いたのを見やってから、それで、と言葉を続ける。

「俺に何か用事があったのか?」

 船の中ではずっと一緒に過ごしている相手に、わざわざ町中で声を掛けたのだから、何か理由があるんだろう。
 急ぎの用か、と見やれば、別に、と言葉を紡いだエースの目が、俺から少しばかり逸らされる。

「いつもは船から降りねえのに、降りてるから、どうしたのかと思ってよ」

 それだけだ、と続いた言葉に、まあ俺だってたまにはな、と笑って返事をした。
 確かにエースの言う通り、俺は基本的には船を降りない。
 おかしな目で見られるのが面倒だし、それを隠して変装するのも面倒くさいからだ。
 今日その『面倒』な手段を用いて姿を隠してまで島に降りているのは、この島が本当に久しぶりの陸で、『土産を楽しみにしてるぞ』とオヤジが笑ったからである。
 土産にするべき酒はすでに手配したので、後は少しあちこち見て回って、オヤジに話せるだけの出来事でも見れたらそれでいい。

「言っとけば、一緒に降りたのによ」

 エースがそんな風に言うのに、俺が寝てる間に降りたじゃないか、と言い返す。
 夜の見張を終えて眠って、目が覚めたらすでにエースは船の上にはいなかったのだ。
 なるほど陸に降りたのか、と把握して日向でもう一度眠ろうとした俺を起こしたのは、グララララと響いたいつもの笑い声だった。

「眠たそうだから、気ィ使ってやったんだよ」

 そう言って、こちらをちらりと見たエースが口を尖らせる。
 エースにもそういう心があるのか、とわずかな衝撃を受けて身を揺らすと、なんだと! とすぐにエースが声を上げた。
 まるで船の上と変わらないエースに、ははは、と口から笑い声が零れる。
 俺のそれを見て、面白くなさそうにしながらも苛立ちを納めたらしいエースが、ふいとこちらから顔を逸らした。
 拗ねた子供のような表情に、悪い悪い、と謝ってから、伸ばした手でその肩を叩く。
 背中に刺青を入れてから、エースは相変わらず上が裸と言う自己主張の強い恰好をしていた。
 背負った誇りを見せびらかしたい気持ちは分からないでもないが、俺の元いた世界だったら痴漢扱いされかねないので、こいつはこの世界の人間で良かったなといつも思う。

「それじゃ、とりあえず今から一緒に……」

 回ろうぜ、と言おうとしながら顔を大通りの方へ向けたところで、口から出ていくべき言葉が出て行かなくなってしまった。
 何故なら、俺とエースが今いる横道から覗くそこを、何だかもうどうしようもなく美人な女が歩いていたからだ。
 腕に柔らかそうな毛並みの気高そうな猫を抱いて、似たような柔らかい見た目の長髪を揺らして歩いていくその女性は、『この世界』の女性らしくとんでもないプロポーションで、かなりの美人だった。
 どうしたんだよ、と隣でエースが声を掛けて来たので、見ろよあれ、と行儀悪く通りの方を指差す。
 俺のそれに従って同じようにエースが通りを見やったところで、豊かな胸を揺らしながら歩いていた彼女の姿はそのまま見えなくなった。
 いやあ、いいものを見た。
 サッチ辺りなら羨ましがってくれるに違いない。いや、もしかしたらサッチも見ただろうか。
 確実に断られるだろうから声を掛けようとは全く思えないが、眼福とはまさにこのことじゃないだろうか。

「美人さんだったなァ、エース」

 隣で黙ったままのエースへ向けてそう言うと、おう、と小さく返事が寄越された。
 あまり抑揚のないそれに、ん? と声を漏らして視線を向ける。
 もしかしたら見とれて呆けているのかと思ったが、どうやらそうではないらしいエースは、妙に難しい顔をしていた。

「…………どうしたんだ、そんな顔をして?」

 もしかして知り合いだったか、と尋ねると、いや、と首を振ったエースがその視線をこちらへ向ける。
 やはり何とも難しい顔をして、その口が言葉を零した。

「…………どっちに言った?」

「は?」

 一体何の話だろうか。
 困惑して声を漏らした俺に、いや、怒りそうだから止めとく、と言葉を零して、エースがくるりと先ほどの美人が歩いて行った通りに背中を向ける。

「どっちにしても面白くねェし」

「何が?」

「何でもねェ」

 尋ねてみても、エースはただきっぱりそう言って、俺より先に歩き出しただけだった。
 よく分からないが、エースには少しかたくななところがあると知っているので、聞き取りをするのは諦めて、俺も足を動かしてエースの隣に並ぶ。
 隣に並んだ俺をちらりと見やってから、にまりと笑ったエースが口を動かした。

「あっちにうまそうな屋台が出てたんだ。もう食ったか?」

「向こうの通りはまだ行ってない。俺の財布が持つ程度にしてくれよな」

 楽しそうに言うエースへそう言い返せば、おう! とエースが元気よく返事を寄越す。
 どうやらここは、兄として弟の食欲を満たしてやる必要があるようだ。
 貯め込んでいた金が全部なくなるとは思わないが、気持ち良いくらいに使うことになるだろうなと笑った俺の横で、エースが言葉を紡いだ。

「さっき買い物したばっかだから金がねェし、食い逃げも出来そうにねェから我慢しようかと思ったんだけどよー」

「あと三日はこの島にいなくちゃならないんだぞ、食い逃げはやめてくれ」

 相変わらずのエースへ言葉を放ってから、大通りへ向かいつつその顔を見つめた。

「買い物って、何を買ったんだ?」

 手には何も持ってないのに、と思って見つめれば、一度モビーに戻ったんだよ、とエースが応えた。

「船に戻ったらナマエにも見せてやるから、楽しみにしてろって」

「? そうか」

 寄越された言葉に、首を傾げながらも頷く。
 物欲より食欲の方が強そうなエースが買い食いより優先させて買ったものが何なのかなんて、俺には全く想像もつかなかった。








「…………何に金を使ってんだよ……」

 思わず俺が呻いてしまったのも、仕方の無いことでは無いかと思う。
 俺の財布に悲鳴を上げさせて、どうやら満足したらしいエースと共にモビーディック号へと戻ったのは、空が暗い色になり始めてからのことだった。
 俺が注文しておいた酒も引き取って船へ戻ったが、タイミングの悪いことにオヤジは酒に酔って眠ってしまっているらしい。
 目を覚ますのはもう少ししてからだろうな、と呟いた俺を、それじゃあおれの部屋で時間をつぶせばいい、と誘ってきたのはエースの方だった。
 そして訪れたエースの部屋で、昼に言っていた『買ったもの』を見せてもらっているのだが、これは無いだろう。

「これが猫じゃらしで、これがボールで、これがブラシで」

 言葉を紡ぎつつエースが布の上に広げているのは、誰がどう見ても飼い猫用の道具だった。
 ご丁寧なことに、サイズは大型用のようだ。
 ふりふり、と軽く揺らされたものに視線が奪われそうになるのをこらえつつ、俺はじろりとエースを見やる。
 すでに帽子もコートも脱いでいて、俺の頭の上でぴんと耳がとがり、尻尾がぱたりと不機嫌に床を叩いているのが自分でもわかった。

「こら、エース。俺のことを猫扱いするな」

 確かに俺の体は半分が猫のようなものだが、もう半分は人間なのである。
 こんなもの、マルコに止まり木と鳥籠を用意するようなものだ。前にそれをやった阿呆な新人クルーは、マルコの愛ある嘴によってコブをいくつかこさえていた。
 俺の言葉に、別に猫扱いしてねェよ、と返事をしながら、エースが何やら次なるものを袋から取り出す為に袋へと手を突っ込んだ。

「ナマエが喜ぶものを捜してたんだ」

「俺が喜ぶものって……何で」

「さあ? でもこの前、サッチに魚貰って大喜びしてたじゃねェか」

 少しつまらなそうに言われて、そんなこともあっただろうか、と少し考え込んだ。
 そういえば、変わった味がする魚だからといって、サッチが俺に一匹丸ごとくれた魚があったような気がする。
 どう見ても赤身の魚だと言うのに食べた味がかば焼きの鰻で、衝撃と共に大喜びをしたような覚えも、確かにある。
 結構前の話のような気もするが、そういえばあれは前の島を出発する間際のことで、今回の島がその次に初めて上陸した陸地だ。
 何だかよく分からないが、俺を喜ばせようとしてくれたのか、と改めて俺はエースと自分の間のものを見下ろした。
 猫じゃらしにボールにブラシに、いくつかの猫の玩具が並んでいるそれらへそっと手を伸ばすと、指で触れたボールがちりんと音を立てて転がった。

「あー……」

 あきらかに外しているような気はするが、俺を喜ばせようとしてくれたなら、何はどうあれ喜んでおくべきじゃないだろうか。
 誰かの為に用意したものを、その誰かに喜ばれないなんて言うのは寂しいことだ。
 さすがに他の兄弟達に見られたら恥ずかしいが、エースだけが相手をしてくれるなら、まあこの道具を使って遊び相手をしてやらないこともない。

「……エース、ありがとな。もし、」

 そんな風に言葉を零しかけたところで、ふわりと香ったにおいに、俺はぴきりと体を強張らせた。
 恐る恐る顔をあげれば、エースが窺うようにこちらを見ながら、持っていたものをがつっと人の口へと押し込んでくる。
 棒状のそれの端を掴んだまま、エースが口を動かすのが見えた。

「これがマタタビだってよ」

 気持ちよくなるって聞いたけどマジか? と問いかけられたが、なんと答えたかはもうよく覚えていない。
 むしろ、できればおぼろげな俺の記憶と共にエースの記憶も無くなってほしい。
 ぐるぐるごろごろ喜んでエースに寄り掛かり尻尾を好きなようにさせただなんて、兄貴分の威厳と言うものが死滅したも同然である。
 とりあえず、魔性の棒は後で海に捨てておいた。




end


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