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リッパー中佐と誕生日
※主人公はnotトリップ系海兵で中佐の同期な部下



「お、今日も頑張ってんなァ」

 演習をする海兵達のすぐ近く、休憩がてら訪れた木陰の内側。
 広い演習場の端で、建物蕎麦の水場に見えた雑用係二人の背中に、ナマエの口からはそんな風に声が漏れた。
 海軍基地を構えるこの島で、大きな事件があったのはつい一週間ほど前のことだ。
 その武力でこの基地と町のトップに君臨していたとある海兵が、とある連中に打ち倒された。
 昏倒したところを拘束し、すでに海軍本部へも連絡をつけて、移送の準備を進めている。
 この基地にいる誰にもできなかったそれを成し遂げたのは『海賊』で、今はきっと偉大なる航路へ向けて船を進めているのだろう。
 彼らが旅立ったあの日、基地には二人の新入りが加入した。
 コビーとヘルメッポ。あの『海賊』達の友人と、あの海兵の息子である。

『ぼくは! 海軍将校になる男です!』

 特にコビーは、そんな大見得を切って入隊を果たした。
 もともとが明らかにあの海賊と親しくしていた人間なのだからと厳しく見る海兵もいれば、それを面白がって可愛がるものもいる。
 そしてナマエはどちらかと言えば、後者の分類だった。
 入隊したての頃の海兵はみな、大体が雑用係から始めるものだが、厳しい環境に泣きを入れるものも多い。
 あとで様子を見に行ってやろう、なんて考えて軽く伸びをしたところで、土を踏む足音が聞こえる。

「おっと、これはリッパー中佐殿」

 振り向いてそちらを見やったナマエは、現れた男の姿を認めて、すぐさましっかりとした敬礼を向けた。
 直立不動の姿勢を取り、『見回りですか』と言葉を紡いだ男に、この基地で一等偉い位置に収まった海兵がちらりとその視線を向ける。
 いつもと変わらぬ厳しい顔に、ふ、とナマエの口が緩んで笑みを模った。

「今日もまた、随分としまりのない顔をしているな、ナマエ」

「地顔がこうなんだって、知ってるくせに酷いことをおっしゃる」

 敬礼をしたままで答えると、楽にしていい、と言う許しが上官から出る。
 放られたそれに合わせて敬礼の為に上げていた右手を降ろし、ぴんと手本のように伸びていた背筋を緩めて、ナマエが目の前の相手を見やって首を傾げた。

「基地の中でお言葉を頂くのは珍しいですね、中佐殿」

 いつもは大体基地の外なのにと、そんな風に言葉が続く。

『公私はわけるべきだと思わないかね、ナマエ』

 いつだったか、目の前にいる海兵がナマエへ向けて放った台詞だ。
 あれは確か、ナマエと彼との間に肩書での格差が少しだけ生まれた頃だった。懐かしい思い出だ。
 微笑んだままのナマエを前に、ごほん、とリッパーが咳ばらいをした。
 その手が軽く自分の顎を撫でて、整えた髭を指で擦るような仕草をする。

「まァ……今日のみだ。特別、今回だけは大目に見ることにする」

 言い訳のように重なった言葉の後で、軍帽の下からその視線を寄こした男が、わずかにナマエを見るその視線を細くした。

「そもそも、ナマエが最近になって真面目な勤務態度でいるのが原因だからな」

「真面目に働くようになった部下にそんなことおっしゃいます?」

「最初から真面目だった人間にこのようなことは言わない」

 きっぱりと言い放たれ、確かに、とナマエは笑い声を零した。
 適当に、それなりにこなして生きるのがナマエのやり方だ。
 それでは昇進など大して見込めるはずもなく、一緒に入隊した同期はすでにいくつも上の肩書を持ってナマエの上官をやっている。
 けれども、別に上へ行きたいと希望したこともないので、ナマエとしては構わない。

「新人が来たので、先輩としてもちゃんとしたところを見せておかないとと思って」

「コビーにはともかく、ヘルメッポにその小細工は通用しないのではないかね?」

「坊ちゃんはあんまりおれのことを覚えていらっしゃらないので」

 よく父親へ会いに出入りしていた雑用係を片手で示してナマエが言うと、それはそれでどうなのだ、とリッパーがいくらか呆れた顔をした。
 けれども事実なので軽く肩を竦めて、それからナマエの目がちらりと雑用係の方を向く。
 同じくらいの年頃の二人は、並んで洗濯を始めているところだ。
 初めてやるだろうそれらにヘタれているヘルメッポを、隣にいるコビーが励ましているのが見える。
 自分もかつて通ったようなその姿に懐かしさを覚えつつ、ナマエの視線が間近に佇む上司へと戻った。

「それで、リッパー中佐殿は、おれに一体どのようなお話が?」

「ん?」

「顎、触ってらっしゃったので」

 話がある時の癖が出てましたよとナマエが笑うと、それを受けた上官が少しばかり眉を寄せる。
 その手が自分の帽子に触れて、目元を隠すようにそのつばを引き下げた。

「……よく見ているな」

「まァ、付き合いも長いですし?」

 放られた言葉に、ナマエは笑ってそう答える。
 一緒に海軍へと入隊して、何年が経っただろうか。
 すでに肩書はいくつも離れてはいるものの、ナマエにとってこのリッパーと言う名の男は、大事な同期の一人だった。
 先にナマエが配属されていたこの基地へ、この生真面目で義理堅いこの海兵が異動してきた時にはどうなることかと思ったが、あの海賊達は本当に、良いタイミングで現れてくれたものだ。
 街の人間や他の下っ端海兵達と同じく、ナマエはあの海賊達に『感謝』している。
 厳しい顔で彼らを海へ追い立てたリッパーだって、あの日の見送りを思うなら同様だろう。
 海賊達の船出を敬礼で見送り、その後その場にいた海兵全員に罰則を言い渡したお堅い男を、ナマエの目が見やる。
 帽子で目元を隠したまま、ナマエからの視線を受け止めて、なるほど、と小さく声が返された。

「話がある、と見抜かれているなら話は早いな。ナマエ」

「はい」

「今日、夕食後から消灯までの間に暇はあるか?」

 放られた言葉に、ぱちりとナマエの目が瞬く。
 何故そんなことを聞かれたのだろうという顔をしながら、それでも少しだけ考えて、はい、と返事が漏れた。

「時間はいくらでもありますが……」

「そうか。ならば夕食後、こちらの予定に付き合ってくれ」

「……それは、何かのご命令で?」

 きびきびと寄こされた指示に、思わずナマエが尋ねる。
 放られたそれを聞き、リッパーが引き下げていた帽子を上げた。
 つばの下の影から、じろりとした視線を向けられる。

「職務以外の時間の話をしているのに、どうしてそこへ『命令』が入る」

「あー……では、予定の内容をお伺いしても?」

 そうして放ったナマエの言葉に、今度のリッパーは怪訝そうな顔をした。
 そのままナマエをしげしげと眺めてから、ナマエ、とその口が言葉を紡ぐ。

「今日は何月何日だ」

「今日ですか? 今日は〇月◇日で………………あ」

 放られた言葉へ返事をしたところで思い至ったその日付に、ナマエの口から声が漏れた。
 〇月、◇日。
 その日付は、ナマエがこの世に生まれた日だった。
 いわゆる誕生日というやつだ。
 まだ幼い子供だった頃は、その日が近付けば毎回そわそわと落ち着かなく過ごしたものだった。

「……もしかして、祝ってもらえます?」

「まァ、多少はな」

「リッパーって友達想いだな……」

「……公私はわけるべきだと思わないかね、ナマエ」

 思わず呟いたナマエへ対して、そんな注意が飛んでくる。
 しかし見やった先の上司はいくらか微笑んでいて、その様子を見て同じく笑ったナマエの口が、そうですね思います、と返事をした。

『……公私はわけるべきだと思わないかね、ナマエ』

 いつだったかのあの日もそんな風に言い放ったリッパーは、そうでないとその顔を見て気が緩んでしまって困る、と呻いていた。
 人の顔を見て失礼なやつだなと、詰った覚えがナマエにはある。

『これでは示しがつかない』

『ふうん?』

『自分の所為だという自覚は無いのか?』

 ナマエの顔や話し方が緩いのがいけないと、そんな理不尽な非難をされて、何だよと口を尖らせた。
 別にナマエとしてはどちらでもいいが、リッパーがそうしたいというならと、あれからは基地の中にいる際にはきちんと部下として対応しているつもりだ。
 そんな彼が勤務時間中にプライベートの約束をしてくるだなんてと、ナマエの口元の笑みが深くなる。

「ケーキなんかあると、おれとしてはすごく嬉しいんですが」

「ここぞとばかりにねだるんじゃない」

「まァまァ、言うだけはタダでしょう」

 楽しくなってきてウキウキと言葉を零したナマエに、リッパーがますます呆れた顔をする。
 けれどもその日の夜、訪れた上官の部屋で、ナマエを出迎えたのは少し小さなケーキがワンホール。
 なんとも律儀な『友人』にありがとうを告げて笑った、今日は素敵な誕生日だった。


end


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