Dr.くれはと誕生日
※notトリップ系主人公は医者の子共(だった)
「ドクトリーヌ、お茶ァ!」
「叫ばなくても聞こえてるよバカッタレ!」
おれの声にそんな返事が寄こされて、ばんと扉が開かれる。
現れたのはDr.くれは、このドラム王国で一番の医者だ。
おれの両親より随分年上の彼女が、背中を伸ばして歩いてくるのを、手にトレイを持ったままで見やる。
「全く、お前はいつまで経っても騒がしいね、ナマエ」
呆れたようにそう言いながら、伸びてきた手がおれの用意したカップを掴むのを見上げて、へへ、とおれの口から笑い声が漏れた。
雪深い冬島に築かれたこのドラム王国には、かつてはそれなりに多くの医者がいた。
おれの両親もそのうちに数えられていて、小さな町でそこに住む人達の健康を守りながら暮らしていて、おれの誇りだった。
『医者狩り』が無ければおれもきっと、あの町で医者になっていたと思う。
国王ワポルの命令で、人の命を救う手段を持つ医者達は選りすぐりの20人が研究施設へ召し抱えられ、それ以外の全てが国外追放された。
おれの両親はそれに逆らって、けれども敵わず、おれを置いていなくなった。
おれがこうして今目の前の彼女のもとにいるのは、物言わぬ姿になった二人を弔っていたおれの前に、ひょっこりと彼女が現れたからだった。
『お前さんの母親には、随分と世話を掛けさせられたもんだけどね』
そんな風に言いながら両親の棺に花を手向けて、『迷惑料の取り立てだよ』と言っておれの家から医学書の類を一切合切引き上げた。
初対面でそんなことをされてめちゃくちゃに驚いたしとんでもなく怒ったけど、後になってみれば、あれはドクトリーヌの気遣いだったんだろうと思う。
もしもおれがあのまま一人で医者を目指そうとしていたら、きっと目ざとく見つかって両親と同じ目に遭っていたはずだ。
それでもおれは親と同じく医者になりたかったし、そのすべを奪った魔女を追いかけると心に決めた。
深い雪をかき分けて、がたがた震えながら辿り着いた家の扉を叩いて、無理やりに押し入ったのはもう数年前になる。
『呆れたもんだね……女の家に押しかけてくるにゃまだ百年早いよ、ガキ』
『父さんと母さんの本を返してくれよ!』
『あれはあたしの正当な報酬だよ。世話になったが今は払うだけの蓄えがない、だから自分達に何かあったら財産の一部を持って行ってくれて構わないって、お前の母親が言ったのさ』
『おれの親は医者だぞ! いつ魔女の世話になったって言うんだよ!』
『ヒッヒッヒ! そりゃァもちろん、お前が生まれる時さ』
あの時の未熟児が随分大きくなったもんだねと、おれを見下ろして笑ったドクトリーヌは、それでもしつこく食い下がったおれに、家へ通って本を読む許可をくれた。
本人にそのつもりがあるのかは分からないけど、おれの知らない色んな症例の話もしてくれて、診療の助手として連れて行ってくれることも時々ある。
家に医療道具を置くことは駄目だと厳命されていて、おれが治療を行えるのはドクトリーヌの監視下だけだ。
それでもちゃんと自分の腕は上達していると思うし、礼に家の掃除や軽い家事くらいはしていたりもする。
「いい茶だね」
カップの中身を口にして、ふうと息を零したドクトリーヌが言う。
そうだねと答えて、おれも自分の分を口にした。
「あったまるし、しょうがっぽいけどちょっと違う感じがする」
「こいつァ交易品だ、この一杯でも随分な金額になるさね」
「え」
茶を飲みながら言われた言葉に、びくりと体を震わせる。
そんなおれを見下ろして、何だい知らなかったのかい、とドクトリーヌが笑った。
「一昨日の治療でお前が選んだ『報酬』だったじゃないか、ナマエ。随分な目利きになったもんだと感心したってのに」
『さァてナマエ、今日の報酬、お前なら何がいい?』
随分な病だった病人の治療を終えて、ドクトリーヌがおれへそう言ったのは一昨日のことだ。
だっていつもなら、ドクトリーヌは財産の半分だとかそんな恐ろしいことを言い出す。
そんな彼女にそういうことを言われるなんて初めてで、少し慌てながらおれが選んだのは、とりあえず目についたこの茶葉の缶だった。
そいつでいいのかいと笑っていた彼女の後ろで、そう言えば家主がなんとも言えない顔をしていたなと思い出し、うわ、と手元へ視線を落とす。
「そんなに高いなんて、知らなかった……」
「何も知らないで掴んだのかい。そいつはハッピーだったね」
呟いたおれの横で、そんな風に言ったドクトリーヌが笑い声を零す。
その手が改めてカップを持ち直し、さて、とその口が声を漏らした。
「あたしはこのまま部屋に戻るよ。次呼ぶときは飯の支度が出来た時にしな」
「あ、うん、わかった。あの、ドクトリーヌ」
「何だい?」
言葉を放ちながら部屋へ戻ろうとする相手へ声を掛けると、足を止めたドクトリーヌがこちらを見る。
その顔を見上げて、おれは手元のカップを揺らした。
「このお茶、ドクトリーヌに返した方がいい?」
『お前が選んだんだ、お前の好きにしな』
一昨日、ドクトリーヌはそう言っておれへこの茶葉の缶をくれた。
ちょうど今まで飲んでいた茶が無くなるところだったからありがたく頂いたけれども、そこまで価値のあるものなのだったら、それはドクトリーヌのものであるべきじゃないだろうか。
前のと同じ茶葉を買いに行けばいいし、と思いながら尋ねたおれに対して、ドクトリーヌが片眉を上げる。
「……女からの贈り物を突っ返そうなんて、こいつはまたとんでもない男に育ったもんだね、ナマエ」
「え? おくりもの?」
「一昨日の日付を三回口にしてから出直しな」
全く信じられない奴だと言わんばかりの顔で言い放ち、ドクトリーヌはおれへ完全に背中を向けてしまった。
そのまま部屋へと入っていき閉ざされた扉に、ぱちりと瞬きをする。
「……一昨日の、日付……?」
放られた言葉を噛み砕くように繰り返してから、おれは少しばかり頭を巡らせた。
あわただしくも楽しく過ぎていく日々の中、一昨日の『日付』は、〇月◇日。
「………………あ!!」
思い至った理由に思わず声を漏らして、慌てて視線を向ける。
けれども家主はもう部屋の扉をしっかりと閉ざしているから、その姿だって確認できない。
なのですぐさま扉へ飛びついたおれは、鍵のかかっていなかったそこを思いきり開いた。
「ドクトリーヌ!」
「うるさい!」
飛び込みながら名前を呼ぶと、そんな風に怒られる。
けれどもだって、押しかけている立場のおれが誕生日の贈り物を貰えるなんて、そんなの、思ってもみなかったことなのだ。
「おめでとうも言ってくれてよかったのに!」
「強欲な奴だね!」
だから笑ってそう言うと、顔を顰めたドクトリーヌが手元の本を投げてきた。
なんとなくそれが照れ隠しに見えてしまって、飛んできた本を受け止めたおれの口からは笑い声が漏れていた。
end
戻る | 小説ページTOPへ