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ハットリと誕生日
※恐らく無知識トリップ系主人公
※ほぼカク



「クルッポー」

「……ああ」

 放られた鳴き声に、ロブ・ルッチの口からは相槌めいた言葉が出た。
 それを受け、ばさりと羽ばたいた一羽の白い鳩が、一度、二度と室内を旋回してから窓から外へと飛び出していく。
 賢い鳩が飛んでいくその様子を見送って、カクは少しばかり首を傾げた。

「ハットリがルッチから離れるなんて、珍しいこともあるもんじゃ」

 思わず呟いたのは、CP9最強の男がその肩にいつでも件の鳩を侍らせていることを知っているからだ。
 ここはウォーターセブンの一角。
 ガレーラ―カンパニーではすでに有名になりつつある『ロブ・ルッチ』は無口を気取った変わり者で、肩に乗せた鳩を使った腹話術でコミュニケーションを図ることになっている。
 見た目からして威圧感のある己を知るロブ・ルッチが作り出した設定は見事にはまり、その役目を知っているハットリもまた、ロブ・ルッチの傍を離れない。
 カクの丸い目がちらりとその視線を向けると、ただ椅子に座っているだけで随分と威圧感のある男が、その手にいくらかの報告書の束を掴んだままで返事をした。

「おれがここを出る頃には戻る。好きにさせておけ」

 あっさりとしたその言葉に、ほう、とカクが一つ相槌を打つ。

「動物系能力者は動物の言葉も分かるのか」

 そいつは面白いのうと笑う『山風』を、ロブ・ルッチは一瞥もしない。
 相変わらずの同僚に肩を竦め、カクは改めて窓の外を見やった。
 室内にたった一つしかない窓の向こうには、青い空が切り取られている。
 部屋の暗さをまざまざと見せつける日向に、丸い目が少しばかり細められた。
 このウォーターセブンへ潜入して、そろそろ一年が経つ。
 未だに目的のものは見つかっておらず、カクはすっかりこの島で船大工として働いている。
 査定のやり方も覚え、CP9らしい身体能力を隠しきれずに余すことなく使うことにしたカクは、島ではすっかり名の知れた職人だ。
 同じく変わった職人として知名度を確立させつつあるロブ・ルッチが、ぱさりと手元の報告書をローテーブルへ放った。
 ふわりと飛びかけたそれを動かした足が踏みつけて、その口が緩やかにため息を零す。

「有力な情報は無かったか」

「気になるなら読め」

「足をどけてくれるなら考えるが、わしは無駄なことはせん主義じゃ」

 寄こされた言葉にカクが答えると、ちら、とロブ・ルッチの目がカクを見る。
 冷え冷えとしたその眼差しには感情など見当たらず、相変わらずの同僚ににこりと笑みを返してから、カクはその指先を窓の方へと向けた。
 一般人の体ならその指先だけで貫ける、恐るべき凶器を晒したままで、もう一度首を傾げる。

「それで、ハットリはどこにいったんじゃ?」

「逢引だ」

「へ?」

 ただの興味から紡いだ問いに理解不能な返事を寄こされて、カクの口から間抜けな声が出た。
 それを笑うでもなく、逢引だ、ともう一度ロブ・ルッチが繰り返す。
 逢引。
 寄こされた単語を頭の中で繰り返し、なるほど、とカクは小さく声を漏らした。

「どこの馬の骨の鳩に誑かされよったんじゃ……」

「馬なのか鳩なのかはっきりしろ」

 寄こされた言葉に、ロブ・ルッチが真顔のままで返事をする。
 その踵がただの紙屑となった報告書を緩く踏みつけて、ローテーブルの上から降りた。

「ハットリが求愛しているのはガレーラの職員だ」

「は?」

 馬でも鳩でもなく人骨だな、と続いた言葉にカクの口からもう一度間抜けな声が漏れたのは、仕方のないことだっただろう。







 ガレーラカンパニーは、このウォーターセブンの市長が取り仕切る大きな組織だ。
 それゆえに人員も多く、人種も千差万別。男も女も老いも若いも、様々な人間が務めている。
 カクがその中から見つけ出した『ナマエ』という名の男は、よくある身元不明の移民だった。
 ブルの泳ぐ水路にどこからともなく落下して、溺れかけたところを救われたのが最初の目撃情報。
 偉大なる航路のどこからか飛ばされてきたのではないか、というのが有力だった。
 サイファーポールの情報網を持つカクですらも、彼の『故郷』がどこにあるのか分からない。
 働かなければ生きていけないからと就職先に選んだのがガレーラの事務方で、昼頃には建物裏手の中庭で端へ座り込み、サンドイッチをつまむのがいつもの行動だ。

「クックー」

「あ、ハットリくんだ」

 そして、そこへ現れた白い鳩を、にこりと微笑んで迎え入れている。
 ただの鳩を『ハットリ』と気付けるのは、その白い鳩がきちんと身なりを整えているからだろう。首元のネクタイは毎朝ロブ・ルッチが結んでいるものであると、カクは知っている。
 器用に鳴き声を喉で鳴らしながら首筋を伸ばし、胸元を膨らませ地面を歩いて近寄る相手に、ナマエが首を傾げた。

「あれ、どうしたの、その花」

 尋ねる相手の言う通り、今日のハットリはそのくちばしに一輪の花を咥えている。
 つい先ほど、ロブ・ルッチが買い与えていたものだ。
 情熱の赤を宿したそれを運んだハットリが、すっとそれを差し出すと、不思議そうにしながらもナマエがそれを受け取った。

「……もしかして俺にくれるのかな?」

「クルッポー!」

 放られた問いに、正解だと言いたげにハットリが両の翼を広げる。
 嬉しそうなその動きに、ありがとう、と笑うナマエの表情は幼子を見守る大人のそれだった。

「この前から色々くれるよな。貢ぎ癖があるのか、ハットリくん」

 ルッチさんが困らないかなァ、なんてことを言いながら、その手が自分の食べていたサンドイッチをちぎる。
 あまりソースもついていない、白いパンの端をつまんで差し出され、ハットリがそれをついばむのがカクの目に見えた。
 『山風』らしく飛び乗った屋根の上から見下ろしても、一般人のナマエはカクの存在に気が付いた様子もない。
 ハットリの方はと言えばその意識が分かりやすくナマエに集中していて、カクのことなど眼中にも無いようだった。

「おいしい?」

「ポッポー」

「それは良かった」

 小さな鳩との交流を楽しんで、もう少しパンを分け与えたナマエが、自分の傍らへ置いた花をつまみ上げる。
 何枚もの花弁を大きく広げた赤いそれに少しばかり顔を寄せて、いいにおいがする、と声を漏らした。

「でも、今日って日に花なんて、すごい偶然だな」

「ポー!」

 すごく嬉しいや、とひとりごとのように呟くナマエの前で、鳴き声を漏らしたハットリがばさばさと翼を動かしている。
 伝わらない言葉を必死に伝えようとしている小さな生き物に、カクはその隣にロブ・ルッチを配置したい心境に駆られた。
 ロブ・ルッチなら、あのハットリにもしっかりと腹話術を使うことができるだろう。
 動物系能力者だからかそれ以外の理由でか、ハットリの言いたいことが分かるようなそぶりを見せる男であるので、ハットリの伝えたいことだって一字一句問題なく口にできるに違いない。
 いや、カクにだって、今のハットリが言いたいことくらいは分かるのだ。
 今日は〇月◇日。
 身分証すらも持たなかったナマエの自己申告が正しければ、それはナマエが生まれた日だった。
 世の中の民間人は自分が生まれた日を誰かに祝ってもらえるのだ、というのがカクの認識だ。
 だからあのハットリの動きを訳するならば、『誕生日おめでとう』だとかそう言うものだろう。
 けれどもそれはナマエには伝わらなかったようで、運動してるのかな、と男は何やらのんきなことを言った。
 何度か鳴き声と共に羽ばたくことを繰り返してから、伝わらないという事実を飲み込んだらしいハットリがもう少し相手へ近寄る。
 足へ触れた相手に気付いて、背中を丸めるようにして身を屈めたナマエの手がハットリの小さな体を軽く撫でた。
 くるくると鳴き声を零すハットリはされるがままで、嫌がって暴れる様子もない。
 もしやロブ・ルッチ相手より懐いているのではと、カクはその姿を見下ろした。
 やはりカクに気付くことなく、少しばかり身じろいだナマエが、ふふ、と小さく笑い声を零す。

「実は俺、今日誕生日なんだよ」

 ハットリくんに祝ってもらえたのが今日初めてだな、と嬉しそうな声を零す彼の前で、ハットリがまた鳴き声を零す。
 それを見下ろしてもう少し小さな鳩の体を撫でてから、ナマエは片手に持ったままだったサンドイッチを口へと運んだ。
 先程ハットリにいくらか分けたそれが、何ともあっさりとその口へと入っていく。
 一口、二口と食べてから、もう少し食べる? と聞きながらまたサンドイッチがちぎられて、寄こされたそれをハットリがついばんだ。

「……全く」

 自分を見上げるハットリの眼差しなど何も分かっていそうにない職員に、カクの口からはため息が漏れた。
 馬でも鳩でもない人骨めは、ロブ・ルッチのペットを誑かした自覚が無いらしい。
 まあ、そもそも鳩が人に恋をするなど想像の外の話ではあるのだが、今現実に直面している状況である。
 この事態での一番の問題は、ハットリの飼い主がその恋を応援する側であるということだ。

『島を出る際の海列車には麻袋も手配しておけ』

 淡々と人さらいを指示してきたCP9最強の男を思い返し、カクが頬杖をつく。

「……罪な男じゃ……」

 『山風』がそんなことを呟いているとも知らず、一つのサンドイッチを仲良く分け合った一人と一匹は、温かな日差しの落ちる中庭でのんびりと昼食時間を過ごしていた。



end


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