カポネ・ベッジと誕生日
※無知識トリップ系主人公にはトリップ特典があると思うけど割愛
※そこはかとない残酷な表現があります注意
「『パパ』って呼んでいいの?」
きょとん、と丸くした目を向けながらのその問いに、カポネ・ベッジは舌打ちをした。
「人の話を聞いていやがらねェのか。頭目と呼べと言ったんだ」
「いや、だから、『ファーザー』だろ。『パパ』じゃん」
天と地ほども差のある呼称をイコールで結んで、目の前の相手は不思議そうにしている。
ベッジより幾分背の高いその男は、つい先ほど、ベッジが拾った人間だった。
いつものベッジの『趣味』で倒れた組織の一員で、頭をなくして蠢くトカゲ共の慌てふためきようを見てやろうと足を向けたベッジの足元へとやってきた。
『あのクソ野郎殺したのアンタだろ! ありがとう!』
返り血らしい血で汚れた姿で、両手で銃を握ったままにっこりと笑った彼はナマエと名乗り、ベッジへついていきたいと言った。だから拾ったまでだ。
衣服と風呂を提供してやったのは身なりのなっていない人間をベッジが嫌ったためであり、食事までくれてやったのはぐうぐうと腹を鳴らしながら傍に寄られては邪魔だからだ。
人一人を殺して組織を壊滅させた男を前に『いい人だな!』と楽しそうに言ったナマエは、恐らく随分と頭のねじが外れている。
けれどもまあ、そう言う人間の一人くらい部下に居たところでどうということもない。
そう判断したアジトの中、ここにいるなら、と規則を説明したベッジへの回答が、先ほどの言葉だ。
「出て行きたいならそう言え」
「言ってない! 言ってないから!」
捨てないで、と慌てた顔をして、ナマエがその場に屈みこむ。
膝をついて縋ってくる男に、男がそう簡単に膝を折るんじゃねェ、とベッジはその顔をじろりと見下ろした。清潔が保たれている床だが、土足だ。どうしても服が汚れる。
「ごめん、頭目、頭目ね。覚えたよ、大丈夫」
物覚えは良い方なんだと言い放つ男に、それでいいんだとベッジは一つ頷きを返した。
立て、と顎だけで示すと、それを受けたナマエが立ち上がる。
膝に目立った汚れは無いが、あとで着替えさせておくべきだろう。この男は身なりに全く興味がなく、言われるがままに渡された服を着る。
「それで、うちでのお前の役割だが」
「うん」
「……『はい』だ、ナマエ」
「ハイ」
素直に返事を寄こした男を、ベッジはじろじろと見下ろした。
先日ベッジの趣味に使った組織は、この海では随分と名の知れたマフィアだった。
その分影響も多く、ベッジの首にはそれなりの金額が掛けられている。
そろそろ海へ出ませんかと進言した部下もいたし、ベッジもそのつもりでいる。
「航海術に覚えはあるか?」
「島から出たこと無いな〜」
「お前は敬語が使えねェのか?」
組織に居たくせにとベッジが呆れると、使えるよ! と全く信用ならない返事をナマエが寄こした。
どうだかなとそれを嘲笑い、ベッジはその口に葉巻を咥えた。
「おれ達はこれから海へ出る。ついていきたいというなら、航海に必要な知識と技術を集めろ」
『物覚えは良い方』なんだろう、と先ほど聞いた言葉をなぞってやると、佇んでいた男がぱちりと瞬きをする。
「……はい、頭目!」
その顔がとても嬉しそうに笑みを刻んで、それからそんな、裏社会では似合いそうにもない元気な返事が寄こされた。
※
ベッジにとってのナマエと言う男は、ただそこらで拾ってきただけの存在だった。
あの組織では恐らく末端に位置する『掃除屋』で、それなりに手練れなのは身のこなしでわかる。
ベッジが楽しみの為に狩ったサル山のボスにどれほどの恨みがあったのかなど、ベッジは知らないし興味もない。
酒を飲ませて聞き出した相談役曰く、幼い頃に生まれて育った場所から離され、何故か気付けばあの組織にいて奴隷のように扱われていたという話だが、どこまで本当かも分からないことだ。
「頭目、右舷後方に敵船!」
「追手か」
「昨日潰したところの残党〜! です!」
「のたうつ手足に興味はねェ」
「頭目ならそう言うと思った! ました!」
今のナマエは毎日にこにこと楽しそうで、ファイアタンク海賊団と名付けた集団の中でもとりわけ目立って駆けまわっている。
今日もわざわざ報告をするためにベッジのもとへとやってきており、その肩には大きな箱が担がれていた。
「バズーカか?」
「昨日のとこから頂いてたやつのひとつ、です」
これであの船潰してきますと、にっこり笑った男が言う。
自分達が所有していた武器に攻撃されるなど、相手からすればたまったものではないだろう。
面白そうだと頷いて、ベッジは座っていたソファから立ち上がった。
「外したらただじゃおかねェぞ」
「やだな頭目、俺が外すわけないじゃないか、です」
どうにもいまいち敬語を扱えぬ男は、何とも自信に満ち溢れている。
しかし確かに本人の言う通り、ナマエは飛び道具の扱いに秀でた人間だ。
奴隷扱いを受けていたとはいえ、その射撃技術はかなりのものである。
波間を飛び跳ねる魚へ正確に銛を刺した時など、食糧難を迎えかけていた船員達から歓声が上がるほどだった。
「相手は旗を掲げてやがるのか?」
「はい、もちろん。旗から打ち抜く? ……ます?」
歩き出しながらベッジが尋ねると、こくりとナマエが頷く。
ついて歩く男のその目がきらきらと命令を待つ犬のように輝き、ベッジを見やった。
そうしてその口から出た言葉に、馬鹿野郎が、とベッジが呆れた声を漏らす。
「旗を打ち抜いていいのは挑発の時だけだ。誇りを抱いて沈ませてやれ」
きっぱりとそう言うと、はい、とナマエはそれこそ忠実な犬のように返事をした。
けれどもそれから、頭目、とその口がベッジを呼ぶ。
「ちゃんとできたら、ご褒美ください」
「褒美ィ?」
なんとも強欲な男の言葉に、どういう意味だとベッジは自分の横を歩く男へ視線を向け直した。
与えられた『仕事』をこなして、何の褒美が必要だと言うのか。
眉間にしわまで寄せたベッジに、だって、とナマエが言う。
「今日ってそう言えば、〇月◇日だから」
まるで正当な理由のように主張が寄こされる。
確かに今日は、〇月の◇日だ。
海の上では日付があいまいになることもあるというが、ベッジは自身でしっかりと日付を確認しているし、部下の数人にもその仕事を任せている。
「……それがどうした?」
そのうちの一人でもないくせをして、正確に今日の日付を口にしたナマエへベッジが尋ねると、ナマエが何故だか少しだけベッジから視線を逸らした。
何かを恥じるようなその動きにベッジが眉を動かしたところで、あの、と声が漏れる。
「今日俺の誕生日だから、何か頭目から貰いたいなって……」
思っただけ、です。
小さい声は通路を歩くベッジの耳にもしっかりと聞こえて、それから遠くで破裂音がした。
ぱっとナマエが顔をあげる。ベッジも音がした方を見やった。今のは間違いなく、海面を砲弾が叩いた音だ。
「攻撃始めるのが早い、まだ追いついてないはずなのに」
「最後の悪あがきってところだろう、引導を渡してやれ」
「はい!」
「ナマエ」
答えて駆け出して行こうとするナマエを、ベッジの声が呼び止めた。
足を一歩踏み出したところで動きを止めたナマエが、すぐにベッジへ視線を向ける。
どことなく不思議そうなその顔を見上げて、ベッジは言った。
「褒美はやらねェが、さっさと片付けてこい」
言い放ち、その手でひょいと葉巻をつまむ。
「終わったらパーティーだ。あいつらの船が燃えて沈むのを肴にな」
ついでにお前の誕生日を祝ってやると告げたベッジの言葉に、嘘はない。
ベッジにとっての他者とは自身の楽しみのための道具だが、『仲間』はまた別だった。
ベッジの『仲間』とはすなわち、自身が守り役立てる可愛い部下のことだ。
あの日拾った時から目の前の男も当然、ベッジのその対象の一人である。
「大体お前、誕生日だってんなら、もっと前から言っておけ」
プレゼントの用意もできやしねェと、ベッジは目の前の相手を非難した。
今日が当日だなんて話を聞けば、相談役など『ちゃんと報告するレロ!』と騒ぐだろう。
今からその様子を思い浮かべてため息を零したベッジの前で、ぱち、とナマエが瞬きをする。
そうしてそれから、その顔をぱあっと輝かせて、両手で肩の上の箱を担ぎ直した。
「……やった!」
嬉しいと、その顔にしっかりと記した男が駆けていく。
駆け出た先であの手はそのまま敵船を海の藻屑に変えるわけだが、その闇を感じさせもしない背中だった。
やはり頭のねじが何本かとれているようだとそれを見送り、やれやれとベッジの口がため息を零す。
その足が男を追いかけて甲板へと向かい、ベッジが外へと出た丁度その時、後方から追いかけてきていたと思わしき海賊船が一隻大破した。
「あ! 頭目!」
恐らく火薬庫に着弾したのだろう、大きく火花をあげて傾く船を背にして、振り向いて手を振るナマエの顔と言ったら、まるで親を呼ぶ無邪気な子供のようだった。
end
戻る | 小説ページTOPへ