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ドーベルマンと誕生日
※notトリップ系主人公は幼馴染



 おれの幼馴染は、顔が怖い。
 生まれつきのものでもあるし、海のごろつきを相手にする海兵なのだから、いかついほうが様になるというのは分かる。
 体だって鍛えているし、顔にも体にもたくさんの傷跡があるし、そもそも大きいから、何なら顔が怖くなくても雰囲気が怖い。

「うえええん!!」

 だからそう、こうしておれの職場へやってくると、もれなく子供が泣くのである。

「よーしよし、よし、びっくりしたなァ」

 室内から続く柵の細くて高いベランダの出入り口間際まで移動して、まだまだ幼い子供を捕まえる。
 ふくふくの手足にまんまるほっぺの、この小さな場所で預かっている子供のひとりだ。
 母親譲りだろうオレンジの髪を撫でつつくるりと後ろを向いて、出入り口のあたりで佇む男の姿を隠す。

「ほーら、怖くない、怖くない」

 何にもいないぞと笑って顔を覗き込むと、青い目に涙を浮かべた子供が、ひぐ、と小さく声を漏らした。
 とりあえず泣き止んだことを確認してから、室内にいるもう一人のシッターに声を掛けて子供を預ける。

「すみません、おれちょっと」

「いいわよ、少し休憩も取って」

 にこりと微笑んだ優しい同僚に礼を言って、これ以上子供達に発見されないようにと緩くレースのカーテンをひいて、そのままベランダの方へ出た。
 子供が外に出ないための柵をきちんと閉じ直して、そうして外側へと振り返る。

「来るんならのぞき見じゃなくて出入口から来たらいいのに、ドーベルマン」

「…………すまん」

 笑って声を掛けたおれへ対して、むっと顔を顰めた男が返事をした。
 まるで怒っているようだが、これはしょんぼりしている顔だ。
 それを見やって『別に怒ってないよ』と言いながら、相手の方へと近寄る。
 一階とはいえ大地よりも少し高いベランダから見ても、相手の顔は殆どおれ自身と同じ高さにある。
 相変わらず大きな彼は、おれの幼馴染で、海軍本部中将だった。
 前述したとおり顔の怖い男だが、厳しくとも心根が優しいことをおれは知っている。
 もともとは、おれだって海兵だった。
 ドーベルマンと一緒に海軍へ入って、一緒に雑用をして、一緒に戦闘へ出た。
 海賊達と戦うのは、それはもう恐ろしい。

『ひっ』

『うおおおっ!』

 向けられた殺意と敵意に足が竦んだのがおれで、仲間を背に庇って切りかかって行ったのがドーベルマンだった。
 その顔や体に無数の傷がついているのは、向けられる刃にひるまずに敵陣へ飛び込んだという証だ。
 海兵であるという立場から逃げ出して柔らかなものの多い託児所で働くおれとは違う、その心から間違いなく海兵である男を見やる。

「二週間ぶりかな。元気にしてる?」

「あァ」

「今日もパトロールか?」

 エプロンを付けたまま、そう尋ねて首を傾げた。
 このあたりが警邏の順路になっているらしい相手は、けれどもおれの言葉に、いや、ともうむ、ともつかぬ声を漏らす。
 なんとも煮え切らないそれに、珍しいなと目を丸くすると、こちらを見やる相手の視線とかち合った。
 帽子の下から覗くそれを見つめたおれの前で、ほんの少しのためらいのあとで、ドーベルマンが言う。

「……今日の予定は空いているか」

「今日?」

 放られた言葉に、仕事のあとかと尋ねると相手が頷く。
 なぜわざわざそんなことをと考えて、はた、と思い出した。
 今日は〇月◇日。おれの誕生日だ。

「…………電伝虫でも使えばいいのに」

 思わず口から、そんな言葉が出ていく。
 それを聞いて更に眉間へ皺を寄せたのが見えたので、嘘だよ、とすぐに自分の発言を取り消した。
 口が緩んでしまうのは仕方がない。

『本当に、すまなかった』

『いいって、お前が無事で帰ってくるのが一番だし』

『……それでは気が済まん、何か詫びを』

『えー? じゃあ、来年も一緒に食事をしよう』

 去年の今日、約束してあったはずの食事が誰かさんの遠征で流れて、詫びがしたいと言った生真面目な幼馴染殿にそんな約束を取り付けたのが、もう一年近く前のこと。
 あれから一度だって話題に上がらなかったのに、おれの幼馴染はしっかりそれを覚えていたらしい。
 何となくむずむずとくすぐったい気持ちになるのは、おれが目の前の相手を好きだからだった。
 同性だし顔は怖いしいかついしとんでもなく鈍いが、けれども優しい男だ。好きにならない方がどうかしていると思う。

「あいてるよ」

 だからそう答えたおれに、そうか、とドーベルマンは頷いた。
 そのまま言葉を待っているのに、どうしてだか、目の前の相手は何かを躊躇うようにしている。
 その様子に再び首を傾げてから、仕方なくおれの方から相手へ声を掛けることにした。

「久しぶりだし、良かったら今晩、飯でもいかないか?」

 最近行きつけにしてる店があるんだ、と微笑むと、帽子の下の目が眇められる。
 知らない相手なら睨まれているようで大変怖いだろうなと思いながら、お前が悪いんだぞ、と言葉は出さずに微笑んだ。不本意だって顔をするなら、さっさと誘えばいいのだ。

「時間は七時でいいか? それとももっと遅い方が都合がいい?」

「……いや、それで構わん。迎えに来る」

「分かった」

 そんな風に簡単な予定を取り付けると、それで用が済んだのか、少しだけドーベルマンがこちらから離れた。
 そのまま巡回の続きに行くんだろうなと見やっていると、一歩、二歩と離れたところで、ドーベルマンの声が俺を呼ぶ。

「ナマエ」

「うん?」

「今日は……大事な、話がある」

 だから覚悟をしておけと、きっぱり言い放ったドーベルマンは、何とも真剣な顔をしていた。
 おれが海賊だったら泣いて謝っていそうな気迫だ。
 幼馴染として共に過ごして長いが、初めて見るその顔に目を瞬かせるおれを置いて、正義を背負った背中が遠ざかっていく。

「………………話?」

 何だろう。
 まるで予想がつかない。
 結婚の報告かと思ったが、そもそもドーベルマンに恋人がいるなんて話は聞いていない。聞いたらおれは泣いている。
 よその島へ異動するのかとも少し考えたが、それにしては気合の入った顔だった。
 海兵を辞めるだとかだろうか。いや、あのドーベルマンに限ってそれは無い。

「うーん……?」

 よく分からないなと首を傾げて、おれはとりあえず仕事へ戻ることにした。
 その日の夜。
 長年を共に過ごした幼馴染に告白も何もかもすっとばして結婚を迫られたので、もう少し真面目に色々考えるべきだった、とは思う。
 誕生日に婚約者が出来るなんて、今年はとんでもない誕生日だった。



end


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