サボと誕生日 2020
※『疎通困難な事柄』からの、革命軍入りした元民間人な無知識トリップ主
サボの衝撃は計り知れぬものだった。
「俺の誕生日? 〇月◇日だよ」
本拠地から離れて進む海の上、二人きりになった密室。
ようやく尋ねたサボへ対して少し照れたように言い放った相手の言うその日付が、すでに過ぎ去っているという事実が目の前にあるからだ。
思わず握りしめた手がぎちりと音を立てて、それに気付いてゆっくりと指から力を抜きながら、サボはそっと言葉を吐き出した。
「…………三週間前に過ぎてるじゃねェか……」
言ってくれ、と紡いだ懇願に、そんな大げさな、とナマエが笑う。
「いつも色々してもらってるし、誕生日なんて今更気にしなくていいよ」
「おれは気にする」
くすくすと笑う相手へ間髪入れずに答えたが、ええ? とナマエは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
しかしサボは気にする。
誕生日というのは一年に一度しかないのだ。
その〇月◇日にナマエが生まれてこなければサボとナマエは顔を合わせることも無かったし、ナマエが一年を無事に生き延びたという記念でもある。
分かっていたら盛大に祝った。それはもう盛大にだ。やり過ぎだとコアラに怒られたとしてもやった。その自信がサボにはある。
しかし現在、サボの手には贈り物の一つもない。
そもそものリサーチ不足が原因ではあるが、これほど自身の不手際につらい思いをしたこともないのではなかろうか。
ゆるりとため息を零したサボの横で、なんで俺の誕生日でそんなため息つくんだ、とナマエは不思議そうなままだ。
分かっていない男をちらりと見やってから、仕方なくサボは俯きかけていた顔をあげた。
「島についたら飯だったよな」
「うん? ああ、着くころってお昼なんだっけ」
美味しいご飯を作ろうな、とナマエが言う。
船旅の終着点で『料理』を視野に入れているのはおかしな話だが、今回に限ってはそうでもない。
革命軍が新たに支部を構えられる島が出来た。
空から花の形をした雪が降る少し不思議な冬島で、世界政府に加盟できない国がある。
最初は余所者自体を拒んでいたものの、飢えと冷気に凍てつきながらも諦めぬ彼らを支援しているうちに、最終的に革命軍を受け入れてくれた良き人々だ。
新しく出来た支部を見てみたい人間と、彼らへの支援を行いたい人間と、それ以外。
本拠地にいた人間からの申し出を受け付けて、革命軍は新たな船を走らせている。
物資を積んだこの船に乗っているのも同様で、ナマエは『支援を行いたい』一人だった。
『俺だってほら、助けてもらったからさ』
誰かの助けになるならそうしたいなと、気合を入れて準備していたナマエをサボは知っている。
ナマエは自分を非力だというが、けれどもそうやって他者を補う強さを持つ人間だった。
「やっぱり炊き出しだと汁物かな? スープとか?」
「恐らくはそうだろうな。寒ィとこだし、あったかいもんがいい」
「なるほど、確かに」
あったかいとほっとするもんなァ、と微笑むナマエへ、ああ、とサボも答える。
島へ着いたら調理が始まって、それが終われば片付けがあるだろう。
荷運びはサボ達が行うとして、自由時間が出来るとしたら夕方から夜にかけての間だろうか。
もしも雪が降ったなら、ナマエを連れ出してもいい。
ただの美しい風景が誕生日プレゼントだなんてそんな馬鹿な話はないが、変わったものを見て驚くナマエは、少し見たい。
「飯が終わって片付けが終わったら、迎えに行く」
「うん? 迎えに?」
なんで、と不思議そうな顔をしたものの、ナマエは分かったとあっさり頷いた。
※
「サボ、これ、花の形してるぞ!」
「そう言う島らしい」
「あ、そういえばそんな話だった! へェ〜」
空に月も見えぬ夜、サボは狙い通りにナマエを連れ出すことに成功していた。
何なら何人かに気遣われて追い出されたような気もするが、今は仲間達の思いやりをありがたく受け取るだけだ。親指を立てていたコアラがいたことだし、残りの作業もきっと大丈夫だろう。
二人で出たのは港町の外れで、少しだけぽかりと開いた広場だった。置かれた街灯がわずかな光を零して、周囲を照らす。
木々もあちこちが白く色づき、空には厚い雲が広がっていて、そこから雪が落ちている。
しっかりと厚着をしたナマエの手が、降り注ぐ雪の結晶を受け止めてその目を輝かせた。
温度に触れずに残るそれはふんわりと広がる白い小さな花にしか見えないが、同じようにして落ちていくそれらは地面に積もってただの雪になっていた。
「綺麗だなァ」
嬉しそうな顔をして、ナマエがサボの方を振り返る。
月明かりの下、頭に乗せた帽子にもいくつか雪で出来た花を乗せている相手に、そうだな、とサボも答えた。
何となくその視線をナマエの方から逸らしたのは、思ったよりもナマエが喜んでいる気がするからだ。
年の頃もそう変わらない彼が、嬉しそうにしたり喜んだりすることは、サボにとっても喜びだった。
少し顔が熱い気がして、先ほど巻いてきたマフラーで自身の鼻まで覆うように調整する。
「サボ、サボ」
「ん?」
そこで声を掛けられて逸らしていた視線を戻すと、ナマエがサボの方へと近寄ってくるところだった。
雪の結晶はすでに手放したのか、手袋に包まれた両手には何も持っていない。
真正面で足を止めた相手にサボが首を傾げると、その手がひょいとサボの方へと伸びてくる。
「ちょっと屈んで」
言葉と共に頭へ伸びてきたその手に、サボはぱちりと瞬きをした。
言われるがままに身をかがめると、サボより少し背丈の低い相手と顔が近くなる。
その手がそのままそうっとサボの頭を撫でるようにして、ついでのように頬を擦って、それから離れた。
「ほら、頭にお花ついてたぞ」
可愛くなってた、なんて言って笑ったナマエの手には、この島特有のそれがある。
目の前の笑顔に視線を奪われているサボに構わず、ナマエはサボから奪った雪をぱっと大地へ落とした。
はらりと落下したそれが、石畳の上で他の雪に紛れていく。
どこかどう見ても花だったのになァ、とそれを観察するナマエは普段と何も変わらない。
その様子をしばらく眺めてから、一度大きく息を吸い込んだサボは、肺を突き刺す冷気に眉を寄せつつ息を吐いた。
「……ナマエ」
「うん?」
声を掛ければ、ナマエの視線がサボを向く。
サボを見るナマエの目には、いつでも大きな信頼がある。
彼が暮らしていた島を離れる原因を作ったのは、間違いなくサボだ。
二度と会わないという選択肢を選ぶことなど到底できず、彼を革命軍へと引き入れた。
だというのに『守ってくれた』と言って慕ってくれるナマエがサボへと向けている感情は、誰がどう見てもただの好意だった。
サボのそれとは違う。
分かっていても、好きなものは好きだ。
「…………」
伝えればなにかは変わるだろうと分かっているのに、マフラーの下で開いた口から、言葉が出て行かない。
じっと見つめる先で、不思議そうにしながらも、ナマエはサボを待ってくれている。
そのまま二人で見つめ合って、ほんの数秒。
「……バルティゴに戻ったら、ナマエの誕生日祝いをしたいと思ってる。都合の悪ィ日はあるか?」
そのまま言葉を出せずに逃げたサボに、ええいいよそんな、とナマエは気付かず慌てた声をあげる。
その頭の上には相変わらず花の形をしていた雪が積もっていたが、見た目からして可愛らしく、サボにはそちらへ手を伸ばして払い落としてやることすらも出来なかった。
戻ったところで『なんで!?』とコアラに言われたが、何故と言われても無理だったものは仕方がないのである。
end
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