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カイドウと誕生日
※notトリップ系主人公はミンク族(猫系)で少しだけ変



「ねェ、カイドウさん、今日は何月何日でしょーか」

 ぴこ、と頭の上の耳を動かしながら落ちてきた問いかけに、あァ? とカイドウの口からは呻くような声が出た。
 カイドウがその根を下ろして久しいワノ国、鬼ヶ島。
 酒を飲んでは寝こけるなどいつでも同じで、カイドウの寝所はいつもの通りだ。あちこちに酒樽が転がっているし、中には未開封のものもある。
 大きなかけ布がいつの間にやら腹に掛けられているが、どうせブラックマリアあたりの仕業だろう。

「まだ眠そうだね」

 寝ころんだままのカイドウの顔を覗き込んで、そんな風に言った小さな生き物が首を傾げる。
 頭の上に耳を生やし、体の表面に短いながらも毛皮をまとったその相手は、猫のミンク族だった。
 名前はナマエだ。
 ワノ国と並んで閉鎖的なゾウに住まう種族でありながら、海を夢見て外へ出て、そしていつの間にやらカイドウの手元へ転がり込んできた青年だった。見た目はカイドウの『息子』より年上に思えるが、中身は違う。
 ゆらりと揺れる尻尾を見やり、それからゆっくりと大きく息を吐いたカイドウの体が、むくりと起き上がる。

「で、なんだって?」

 体に残った酒の億劫さが、声音をひどく掠れさせている。
 凄んでいるともとられかねない声だったが、気にした様子もなく近寄ってきたミンク族が、無遠慮にカイドウの膝へと乗った。
 片手で握りつぶせそうなそれを見下ろすと、だから、とナマエが言う。

「今日は何月何日、でしょーか」

 そうして唱えたのは、先ほど寄こされたのと同じ問いかけだ。
 しかし何月何日と問われたところで、カイドウが今日という日を正確に覚えているわけもない。
 酒宴を始めて終わったのが果たして昨晩だったのか、それともそれから数日前だったのかすらも曖昧なのだ。
 気にするのは海の上にいるときくらいだった、というのはまだ見習いだった頃の話で、今のカイドウは航海の最中でも日付をそれほど気にしない。気にする連中が他にいるからだ。

「しらねェな」

 だからそう答えたカイドウに、ゆガラはそう言うと思った、と小さな青年が呆れたような顔をした。
 丸い目がカイドウを見上げて、ぺし、と揺れた尾が不機嫌そうにカイドウの膝を叩く。

「今日は〇月◇日だよ。思い出して」

「〇月……?」

 下から寄こされた言葉に、もうそんな日付だったか、とカイドウは少しばかり眉を動かした。
 どことなく聞いた覚えのある日付だ。
 何だったかとぼんやり考えていると、もう、とナマエが口を尖らせる。

「今日はおれの誕生日だよ、カイドウさん」

 忘れちゃったのと続いた言葉に、なるほど、とカイドウは納得した。
 〇月◇日。
 確かにそういえば、この小さなミンク族が『自分の誕生日だ』と言って回っていた日付だ。

「そうか、誕生日か」

「そう!」

 適当な相槌を打ったカイドウに、嬉しそうな顔をしたナマエが頷く。
 今日はこれからうるティのところへ行くだの、クイーンがお汁粉をくれるって言っていただのと、楽しそうな声はいつもと変わらない。
 生まれた日付を祝うことの何が楽しいのかカイドウには分からないが、周りには似たようなことを言う連中もいる。喧伝していたのだから、今日のナマエは何処かで誰かに祝われるだろう。
 そんなことを考えたところでじっと注がれる視線に気付き、カイドウが相手へ手を添えると、ナマエの頭がカイドウの掌へ寄せられた。

「ガルチュー!」

 ぺろりとカイドウの指を舐め、すりすりと勝手にすり付いてくる猫のミンクの頭には、少し派手な傷跡がある。
 数年前、岩礁に乗り上げて大破していた小さな船の中に、ぼろ雑巾のような姿になった生き物が落ちていた。

『死に損ないか。可哀想に』

 そう呟き、とどめを刺してやろうとしたカイドウに、小さなその手が縋りついた。
 人の一生は、その死に様が全てを語る。
 何もかもを食いつぶされてカイドウにとどめを刺されることを拒んだ生き物を、カイドウが拾ったのはただの気まぐれだ。
 一体そこで何があったのか、頭を打ってその中まで痛めたナマエは何も覚えていない。
 自己申告の年齢と見た目の相違から、人生の半分程度の記憶を失っているのだろうというのが船医の見立てだ。
 それが外傷によるものなのか、ろれつが回らないほど体に回っていた薬の所為なのか、それともその体についた折檻の跡によるものなのか、それすらも分からない。
 カイドウの拾った猫のもともとの飼い主はすでに嵐の海で藻屑となっており、得られない答えを探し続けるのは馬鹿のすることだと、カイドウは知っていた。

『すごい、すごい大きいねカイドウさん、ネコマムシの旦那みたい!』

 持ち主を心得たのか、にこにこと笑ってカイドウへすり寄るナマエは、どうやらカイドウに懐いたらしい。
 『倅』の遊び道具にどうかとも思ったが、趣味ではなかったらしいカイドウの『息子』がナマエをそれほど構わないので、ナマエはこうしてカイドウのところへ入り浸るのが殆どだった。
 ぐりぐりとカイドウの掌へすり付き、やがて満足したのか、両手でそれを捕まえたまま、ナマエがカイドウを見上げる。

「おれもはやく、もっと大きくなりたいなァ」

 カイドウさんくらい大きくなるね、と紡ぐ言葉は毎年のそれだ。
 頭の中がまだまだ幼いナマエは、自分がしっかり成熟した体となっている自覚が無い。
 カイドウをはじめ、体格の良い連中が周囲にいるのも影響しているのだろう。
 それなりに成長しているカイドウの『息子』を『カイドウさんの子供なのに小さいね』と心配し始めた時には笑ってしまったが、本人はこれからもっと大きくなるつもりでいるようだ。

「でかくなりすぎたら、膝にももう乗せてやれねェな」

「そうしたら、おれがカイドウさんをお膝に乗せてあげるよ」

「ウォロロロロ……! お前がか」

 馬鹿なことを言い出す相手にカイドウが笑うと、出来るよ大丈夫、とナマエが胸を張る。
 どこから出てきた自信だと問いたいところだが、問うたところでまともな返事がないことをカイドウは知っていた。
 幼い頃の生き物は、自身が万能の権化であると信じているものだ。
 そうしていつかは何処かで挫折を知る。
 一度それを味わった癖をして、すっかりそれを嵐の海に放って捨ててきたミンク族が、もう一度カイドウの指に頬を擦り付けてから、ひょいと立ち上がった。
 ワノ国の連中が好む格好をしているナマエは、黙って立っていればそれなりに見れる顔をしている。
 けれどもカイドウを見上げる幼子のような目つきときたら、それらをすっかりぶち壊して有り余るものだった。

「大きいってことは強いってことだからね、おれはもっともっと大きくなって、もっともっと強くなるよ」

 目標は象主だよと言い出す相手に、そこはおれにしとくもんだろうが、とカイドウが笑う。
 実物など見たことがないが、象主というのはゾウを乗せて海を歩く一匹の象だ。一国を背に乗せる生き物を目標にするなど、考えるだけで無理がある。
 けれども、そんな馬鹿馬鹿しいことをきっぱりと宣言するくらいには、ナマエの中身は子供だった。
 拾って数年、何度か今日と同じ日付を過ごしたはずだが、まるで成長がない。
 これがいつかまた挫折を知り、その人生の終わらせ方をカイドウへ示すその日がきっと、いずれ必ず訪れるだろう。
 暇つぶしにそれを眺めてやると決めているカイドウは、佇む青年をじろりと見下ろした。

「てめェはまず、酒が飲めるようになりやがれ」

「おれもそう思うけど、カイドウさんの飲むお酒、にがくてからくてカッてなるんだもん」

 今年は頑張ってみる、と抱負を紡いだ青年に『そうしろ』と頷いて、カイドウは転がしてあった酒樽を一つ捕まえた。
 祝い酒だと一口分を分けてやったが、舐めるなり顔を顰めて真っ赤にしたナマエはどうやら、今日も酒が飲めないようだった。


end


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