- ナノ -
TOP小説メモレス

キングと誕生日
※無知識トリップ系主人公にはトリップ特典(大変丈夫/死なない)がある
※キングへのそこはかとない捏造
※カイドウへの妄想



 大看板『火災』のキングといえば、メットにマスクに全身を覆うスーツ、そして常に炎を従えている彼のことだ。
 噂によれば『普通の人間』じゃあないらしいが、俺の知ったことじゃない。
 背中に翼まで生えていることだし、もしかしたら空の上から落っこちてきた天使か何かなのかもしれない。この世界なら、そのくらいはいそうだ。

「おい、ナマエ」

 真っ黒な旗に誇りを掲げて海を往く船の上、そんなことを考えてしみじみしていたら後ろから声がした。
 それと共にどすりと背中を踏まれて、座っていた体がぐっと前のめりになる。

「うっ」

 無理やり柔軟体操でもさせられそうになってしまった俺は、とりあえず身を捩って攻撃から逃げ出した。
 甲板の上をころりと転がりながら素早く起き上がって振り返ると、どん、と何かが俺の鼻先をかすめて通過していく。

「頭を踏もうとするのはどうかと思います」

「呆けてる方が悪ィだろう」

 目の前で甲板を踏みしめている足を辿って顔を上げると、随分高いところからこちらを見下ろしているこの船の責任者の顔があった。
 青空を背中にするのが随分似合わない真っ黒な見た目の相手に、とりあえず立ち上がりながら肩を竦める。

「何か用事ですか、キングさん」

 チェスになぞらえたような名前を口にして、俺は自分の前に立つ壁のような相手を見つめた。
 俺が生まれて育った場所から落っこちて現れた場所は、なんと鬼ヶ島と呼ばれる場所だった。
 とはいえ最初から地名を教わっていたわけじゃない。
 何なら俺は気付いたら人の膝の上に転がっていて、突如として現れたらしい俺を膝で受け止めてしまったこの人が俺を見下ろしていた。

『てめェ、どこから現れた』

 どすの利いた声で問いながら見下ろしてきたその恐ろしさと言ったら地獄の鬼かと見紛うほどで、縮み上がって身を守る術を探した俺が目にしたのは、どうやら宴会中だったらしい室内と、そしてどう見ても人間とは思えない面々だ。
 気絶したのは許してほしいし、水樽に逆さに突っ込んで目を醒まさせるのはやめてほしかった。
 悪魔の実とやらの能力者じゃない、自分でもよく分からないきっかけでここにきただけ、何なら生まれて育った場所すら違う。
 指に鋏を押し当てられたり妙な注射を打つふりをされたり変な匂いのする煙を嗅がされたりと言う怖すぎる脅かしを受け、必死に答えた俺の言葉を信じてもらうまで、一週間以上がかかった。
 それからなんだかんだと俺の頭の上で話がつけられて、俺の身柄はこの人の預かりだ。
 本人は不本意だったようだ。
 ズッコケジャックはどうしただのと言っていたから、もしあの日そのズッコケジャックさんとやらがいたら俺はそっちに預けられていたんだろう。
 けれどもあの日その人はいなくて、俺の保護者はキングさんである。
 見た目は地獄の鬼のようだし、やることなすこと乱暴だが、意外とキングさんは面倒見がいい。
 今日だって、出航すると聞いたからついて行きたいと言ったら、好きにしろと言って許してくれた。

『ただし『あれ』は連れてくるな』

 きっぱりそう言われてしまったので、この前最近仲良くなった『彼』の密航計画は中断だ。一体どういう経路で知られてしまったのだろう。この海賊団にはきっと地獄耳がいる。
 そう、海賊だ。
 日本では考えられなかったことだけど、この世の中には海賊がいる。
 そしてキングさんやそれ以外の人達の見た目や文化から、俺はここが自分の生まれて育った地球とはまるで違うと理解した。
 どうして日本語が伝わるのかは分からないが、そう言う共通点があったからこそ俺はあの島へ落ちたのかもしれない。
 帰る場所を探して空を見上げてみても、手段なんてどこにもない。

「てめェを『確かめる』時間だ」

 言いながらばさり、とその背中の翼を大きく広げられて、え、と声を漏らした俺は思わず自分の腕に巻いたままの時計を見やった。
 磁気にも水にも衝撃にも耐久があると謳われた、俺のボーナスを一回分つぎ込んだそれが示す時刻は確かに、事前に聞いていた時間だ。

「すみません、すぐ準備を」

「遅い」

 謝りつつ上へ向いた俺の顔が、がしりと掴まれた。
 そのままぐいと持ち上げられて、慌てて両手で頭を掴む手へしがみ付く。
 すでに足は甲板を離れていて、これはもしやと尋ねる前に、俺の体は宙に浮いた。

「ひっ」

 思わず漏らしかけた悲鳴をどうにか飲み込んで、風を受ける顔を庇うようにしながら目を開く。
 体が殆ど横倒しになったままくるくると回転していて、青い空と青い海の上にある甲板と、その間の水平線が交互に視界へ入った。
 体が真上へ浮き上がる感覚がやがて止まり、それから重力に従って体が落下していく。

「!」

 内臓を宙に置いていくようなぞわりとした感覚に歯を食いしばって、そのまま真下へと落ちた俺は、べん、ととても強い音を立てて甲板へと叩きつけられた。
 痛くはない。
 なんとも恐ろしいことに痛くはないのだが、とりあえず愛しい甲板へと帰ってくることは出来た。
 そのことにほっとしつつ起き上がると、放り投げられて落下したことで位置がずれたからか、少し離れたところで仁王立ちしているキングさんがいる。
 そちらを見やって立ち上がり、両手も両足も動かして見せると、キングさんはかくりと首を傾けた。

「どういう生き物だ、てめェは」

 呆れたようなその声は、何度かこの人から寄こされたものだ。
 だから俺はそれへ、普通の人間のはずなんですけど、と答えた。

「俺、本当に死にませんねェ」

 この世界へやってきてから、俺の体はどうにも恐ろしいほど丈夫になってしまっていた。
 いつどこで試されたのだか、毒物も効かないらしい。
 食事や水を制限されても、なんだかぼんやりと、ほんの少しの空腹やのどの渇きを感じる程度だ。
 死なねェのかと憐れむように俺を見たのは、尋問らしきものを受けて引きずり出された後、連れていかれた先にいた総督だった。
 多分俺は、このおかしな体質のおかげで今こうして生きている。

「普通の人間なら、つま先から骨を砕いてやるくらいのことは出来るもんだがな」

「あれ、俺そんなことされました?」

「『殺してくれ』と言わせるつもりでやってやったのに、足の指すら折れなかったから気付きもしねェ」

 つまらなそうに言い放つ相手に、何かそう言う拷問聞いたことありますね、と答えつつ俺は近寄った。
 今のように、『どうすれば傷を負うか』を確かめられるのは、俺の日常だった。
 驚くし痛そうで怖いのだが、今のところほんの少しも傷を負ったことがない。
 こうまで痛くもないとまるで夢の世界で過ごしているかのようで、現実感がまるでなかった。
 それでも俺はここに生きているし、寝て起きてご飯を食べて、こうしていつもの通り過ごしている。

「ここまでされて怯えもしねェ」

「キングさんのことは、すごいなァって思ってますよ」

「なんだと?」

 俺の言葉に少しばかり身じろいだキングさんは、どういう意味だと説いたげな視線をこちらへ向けてくる。
 顔を覆う色々でその表情は分かりにくいが、寄こされた視線を受け止めて、俺はそっと片手を自分の胸元へと添えた。

「俺こんななのに、気にしないなんてすごいなァって」

 目の前の彼だって、俺が知る『人間』とはまるで違う姿をしている。
 だからきっと、俺とは感性が違うのだろう。
 俺が彼だったら、何をしても傷すら負わない奴なんて怖すぎて、出来るだけ近付きたくない。
 だから放った俺の言葉に、キングさんはわずかに戸惑ったような目をした。
 それへにっこり微笑みで返して、さて、と声を漏らす。

「今日の分が終わりでしたら、そろそろお暇しますね」

 青く晴れ渡った空は惜しいが、そろそろ船内で作業に入らなくてはならない時間だ。
 だからそう言い放った俺に、ややしばらくの沈黙を置いて、ああ、とキングさんが頷いた。







 キングには、一風変わった部下がいる。
 見た目はどこから見ても人間だが、誰がどう考えても『人間』ではない。
 キングが唯一自分の上であることを許したあの海賊のように、何をされても死なない人間だ。
 その両腕は非力で、どこへ放り出しても問題のなさそうな存在だ。
 それでもそれを『預かれ』と言ったキング達の総督は、もしかすると『死なない人間』に仲間意識のようなものを抱いたのかもしれない。
 この広く果てしない海の中、同族と出会うというのがあり得ない奇跡だということをキングもよくよく知っている。
 あんたが言うならと引き受けて、だからあれから、ナマエはずっとキングのもとにいる。

「おはようございます、キングさん」

 今日も天気がいいですよと声を掛けてきた相手に、そうかと返事をした。
 鬼ヶ島ではなかなか聞かない台詞だ。基本的に、あの辺りは何故だかいつでも天気が悪い。
 鬼ヶ島から離れた場所にあつらえてあるキングの住処へと連れてこられてからも、ナマエは小間使いのように働いている。
 食べずに働けるならうちに貸せとどこかのバカが言っていたが、そもそもナマエは非力であるので、採掘などと言った作業には向かないだろう。
 見やった先でキングを見上げているひ弱な男は、何が楽しいのか今日も笑っている。
 ナマエは笑顔の多い男だった。
 その表情の柔らかさのわりに目が笑っていないことも多いが、今日はその双眸の様子からしても機嫌がいい。
 それを確認してふいと目を逸らしたキングが歩き出すと、それをナマエが追って来る。

「今日の朝食はですね」

「今日は昼過ぎからカイドウさんのところへ行く」

 歩く横から声を掛けてくるナマエへ言い放ったキングが『仕度をしておけ』と続けると、え、と小さく声が漏れた。
 それを受けて斜め下を見やれば、不思議そうな顔をした『人間』がいる。

「俺もですか?」

 どうしてと何より雄弁に疑問を浮かべているその顔を見やり、ああ、とキングは返事をした。
 何故かと言えばそんなもの、今日が〇月◇日であるからだ。
 本人の供述の通りであるとするならば、今日はナマエが生まれた日だった。
 あの一週間余りの尋問のなか、聞き出した情報を書き出した紙をしっかり読み上げたあの小柄な真打ちは、何とも無駄に記憶力がいい。
 ここしばらくの『予定』を聞き、ついでに出たナマエの話に反応した百獣海賊団の総督は、めでたい日だ連れて来い、とキングに命じた。
 それをしっかり請け負ったため、今日のキングの予定は丸一日変更されている。
 この様子からして本人は今日の日付を気にしてもいないようだが、キングの知ったことではない。

「てめェが本命の話だ」

「いやなんで……またこん棒でどかっとやられるんですか?」

 あれ身構える余裕ないからすごくびっくりするんですよと、普通ならそれでは済まないだろう話をされて、どうだろうな、とキングは肩を竦めた。
 何をされても死なないナマエが、もしも百獣海賊団から逃げ出そうとするのであるならば、キングは何を置いても必ずナマエを殺してやるつもりだ。

『俺こんななのに、気にしないなんてすごいなァって』

 いつだったか見た顔を思い出せば、キングの片手が腰に佩いた刀へ触れた。
 世界にただひとりとなった絶望など、この小さな男には抱えきれも背負いきれもしないだろう。
 だから、その間に何度〇月◇日がやってくるかは分からないが、どれだけ長い時間がかかったとしても、どれだけの労力がかかったとしても、それでも絶対に殺してやると決めている。

「カイドウさんは口から火も吹く」

「……き、着替えも多めに用意しますね」

 炎息を受け止めるつもりがあるのか、そんな風に言い放った男へ、好きにしろ、とキングは答えた。
 鬼ヶ島で宴へ招かれて、目を白黒させながらもおずおずと示された席へ腰を落ち着けるナマエを見たのは、その日の昼下がりの話だ。



end


戻る | 小説ページTOPへ