ペルと誕生日 2020
※NOTトリップ系主人公は悪いやつ
「ナマエ」
「あ、ペルさん」
ふと届いたよく通る声に視線を向けると、おれの方を向いて歩いてくる姿がある。
この国でよく見かける格好をした相手が近寄ってきたので、持っていた荷物を抱えたままで少しばかり道の端へと寄った。
吹き抜ける風にすら砂が混じるアラバスタのアルバーナ王宮が、近寄る彼の遥か後ろに見える。
それを背に守るのが随分板についている彼は、アラバスタ王国護衛隊の副官。
『ハヤブサのペル』なんて異名を持つ、悪魔の実の能力者だ。
「今日は仕事ではなかったのか」
「はい、今日はお休みですよ」
言われた言葉に頷いて、おれは持っていたものを見せた。
開いた布袋の中身は、ただの食糧だ。
土地柄、新鮮なものより干物が多いのは仕方がない。
その中でもそれなりの値段だった瓶詰を捕まえて、おれはそれをひょいとこちらを見下ろす相手の方へと差し出した。
「良かったらおひとつどうですか」
とろりと甘い蜜に浸かった果物の瓶に、『ハヤブサのペル』が少しばかり目を丸くした。
「……いや、それはナマエが自身の為に買ったものだ。自分で食べるといい」
寄こされた声からは『食べ物を人から貰う』と言うことへの警戒ではなく、遠慮の色が見て取れる。
つれない相手に、そんな、とおれは声を漏らした。
「ペルさんに会えたら渡そうと思って買ったんですよ」
「前から思っていたが、ナマエは少々貢ぎ癖があるな」
金はまず自分の為に使うようにと、『ハヤブサのペル』が言う。
自分の為に使ってますよと口を尖らせて、おれは手元の瓶を袋へ戻した。
「ペルさんに喜ばれたら嬉しいじゃないですか」
それこそおれの為になると胸を張って言ったおれへ、目の前にいるアラバスタ王国最強の戦士が少しばかり目を瞬かせる。
それからその手が自分の口元を覆うように隠して、ふいと顔まで逸らされた。
「あれ、もしかして照れてます?」
それを下から覗き込むようにして声を掛けると、年上を揶揄うものじゃない、と低い声まで落とされた。
少し赤らんでも見えるその顔を見上げて、ふふ、と笑い声を漏らす。
どうやら相変わらず、この人はおれのことを年下だと思っているらしい。
おれはこの国の生まれでないし、生まれつき童顔で体のつくりも小さめだからだろう。
これでおれが自分より少し年上だと知ったらどのくらい驚くんだろうかと、そんな悪戯心を頭の隅に追いやって、おれは両手で抱えている食品を抱え直した。
「ペルさんは、今日はお仕事ですか」
そうして放った問いかけは、『否』の答えが来ると分かっているものだ。
そしておれの調べ通り、いいや、と『ハヤブサのペル』は答えた。
「今日は休暇を頂いている」
「お休みですか、お揃いですね。何かご用事が?」
我ながら白々しい気もしたが、おれの言葉にこちらをちらりと見た彼は、まるでそれに気付いた様子もなく返事をする。
「そうだな……今日は、〇月◇日だろう」
誕生日だと言っていたからな、祝わせてくれ。
そう言いながら口元から手を離した相手の寄こした微笑みに、おれは少しだけ目を見開いてから、そのまま同じように笑みを浮かべた。
「いいんですか? 嬉しいな、誕生日を誰かに祝ってもらえるなんて!」
「とはいえ、あまり派手なことをすることはできないが……」
昼食は済ませたかと聞いてくる彼は、どうやらおれに昼食でも奢ってくれるつもりでいるらしい。
おれより断然高給取りであろう人の奢ってくれる食事は確かに魅力的だが、それよりもとおれはその場で身じろいだ。
「うちでお茶しませんか。さっきの蜜漬け、一緒に食べましょう」
「…………それは、おれが祝ったことになるのか?」
「ペルさんはお忙しいから、一緒にお茶できるだけでも嬉しいですよ」
おしゃべりしましょうと誘い文句を口にすると、少し腑に落ちない顔をしながらも、『ハヤブサのペル』はあっさりと頷いた。
もっと余所者を警戒するべきじゃないのかと思わないでもないが、数年単位でここに『移民』としているおれのことを、目の前の彼はすっかり市民だと思い込んでいるのかもしれない。
情報と言うのはいつだって、どこでだって力になる。
ごみ山に転がっていたひと山いくらの孤児の使い道なんて決まっていたし、そうやって後ろ暗いところで生まれて育って生きてきたおれの今の稼業は、このアルバーナで情報を集めるというものだった。
おれをここへ送り込んだのはバロックワークスとか言う組織だ。
集める情報は多種多様で、明らかに悪いことに使われそうなものからそうでもないものまで、欲しがられる理由すらおれは知らない。
おれが取りまとめたそれは色んな誰かを経由して、どこかへ流れていく。
最後にそれを手にするのはどう考えても『悪い』側の人間で、きっといつか、どこかで誰かが困るんだろう。
その『誰か』の中に含まれそうな相手を見上げて微笑むと、不思議そうに『ハヤブサのペル』が首を傾げる。
『良い』側の人間であることは間違いない両目がまっすぐにこちらを見ていて、少し眩しいくらいだ。
『ハヤブサのペル』は、おれに言わせると随分と簡単に、人を信じてしまうひとだった。
もしかしたらおれ以外の誰かにも、こんなふうに騙されているんじゃないだろうか。
もっと人を疑った方がいいと思うし、おれみたいな生まれも定かじゃないやつの、自分で適当に決めた誕生日なんて祝うものじゃない。
おれの中のどこかにいる罪悪感と言うやつがちくちくと網膜を刺した気がして、おれは自然な仕草を心掛けて相手から目を逸らした。
「それじゃ、行きましょう」
「ああ」
そんな会話を交わして、彼を家へと連れて帰って『誕生日』を祝ってもらいながら色んな『話』をしたのは、それから一時間もしないうちのこと。
そして、おれが集めた情報もいくつか役立って『革命』が始まるまで、それから一年も経たず。
「そうだ、だから、お前にはどこか心当たりが無いのかと聞いているんだ、ナマエ!」
『全部知っていた』と言った王国護衛隊の最強の彼に、必死の形相で問い詰められたおれが驚いて戸惑って、けれども少しだけ安心したことなんて、きっと誰に言ったって分かって貰えないことだった。
end
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