鷹の目と誕生日
※『愛ある魂胆』設定
※『世界の損失は免れた』のしばらく後
※異世界トリップ系主人公は赤髪海賊団クルー
〇月◇日。
それは、俺の誕生日の日付だった。
船内に貼ってあったカレンダーにしるしをつけたのは仲間のうちの一人で、昨晩である当日は赤髪海賊団のみんなが祝ってくれた。
それにかこつけて宴をしたかっただけかもしれないが、祝われるのはとても嬉しい。
あんまり飲めないのに、主役だから潰れても気にするなと酒を渡されて、案の定酔い潰された俺の記憶はもはや曖昧だが、料理も贈りものも全部素敵で良いものだった。
ふわふわとした喜びが夢の中でゆっくりと溶けて、ふと目を開く。
「………………あ……?」
そうしてベッドの傍で椅子に腰かけていた人物に、俺はゆっくりと瞬きをした。
変な夢を見ている気がして、ごそりとタオルケットを頭まで被る。
そうしてそのまま二度寝をしようとしてから、『二度寝をするということはここは現実なのか』と言う考えに至った。
タオルケットの暗闇の中から、そろりと端を持ち上げる。
窓のある船室はそれなりに明るく、椅子の上のそれが誰なのかなんて一目で分かる。
「目が覚めたか」
椅子に座ったまま、小さな本を手にしていた相手が、こちらを一瞥もせずにそう言った。
聞こえた声も間違いなく本物で、そのことにびくりと身を震わせ、それから慌ててベッドの上で飛び起きる。
「た、」
その二つ名を呼ぼうとして、そこでぎろりと寄こされた金の瞳に、慌てて発する言葉を変えた。
「ミホー、ク……」
『さん』とつけたいけどそれすらさせてもらえないその呼び名は、いつぞや目の前の相手にねだられたものだった。
呼ぶまで逃がさないと言われたあの時間を思い出すだけで動悸がする。
顔が熱い気がして、頭まで被ったタオルケットで改めて自分を覆い隠すようにしながら、きょろりと周囲を見回す。
見慣れた船内だ。
酔い潰れたから医務室のベッドに運ばれたらしいが、ここは間違いなくレッド・フォースの中で、どこか見知らぬ場所ではない。
しかしそんな中に、『よそ』の海賊である鷹の目のミホークがいる。
「ど、どうしてこんなところに……」
思わず呟いた俺に、赤髪が通したと彼は言った。
赤髪と呼ばれる海賊は、この船の船長だ。
確かにあの人が許したのなら、どこの誰が船の中に入ったって許されるだろう。
どうにも俺の気持ちを察しているような、そしてにやにやと笑いながら酷いことをしてくる船長を想いうかべた俺の前で、鷹の目が手元の本を閉じる。
「招待を受けていたのだがな。着いた時には日付が変わって、目的のものは甲板にもいなかった」
「あ、えっと、はい」
何と言うことのない声音で言われて、とりあえず相槌を打つ。
どういう意味だろうかと見やると、鷹の目が一度椅子から立ち上がり、そして何故だか俺のベッドへと腰かけてきた。
近くに寄られると、自分の体の臭いが気になる。絶対にくさい。頭からかぶった覚えは無いが呼気から酒の匂いがする気がするし、風呂にだって入ってないのだ。
慌てて端に寄るが、そうすると鷹の目が詰めてくるので、俺は壁に寄りかかる格好になった。
「逃げるな」
「や、いや、逃げては、あの、いません!」
慌てて言葉を紡いだ俺に対して、その見た目でそれを言うのか、と鷹の目が言葉を零す。
詰るような言いぶりのわりに声音に鋭さはなく、伸びてきたその手が俺からタオルケットをはぎ取った。
視界が広がった代わりに身を守る術を失った俺が慌てて見やると、ぽいとベッドの空いたスペースへタオルケットを放った鷹の目が、こちらを見ている。
出来るだけ息を殺して見つめ返すと、ふ、とその口元がわずかな笑みを浮かべた。
見つめて微笑まれて、俺の心臓がどきどきと不整脈を刻む。
汗まで滲んで、余計に距離を取りたくなった俺をよそに、鷹の目がひょいと何かを取り出した。
「これをやろう」
言葉と共にこちらへ向けられたのは、鞘に収まったままの小さなナイフだ。
デザインからして高級そうな、それはもうお高そうなそれが、ずい、とこちらへ寄せられる。
促されてそれを受け取ると、ずしりとした重さを掌に感じた。
「あ、あの」
「次は当日に間に合うようにする。……ああ、いや、前日からこちらへ招くとしよう」
その方が確実だろうからな、と続けられて、目をぱちぱちと瞬かせる。
何を言いたいんだろうかと考えて、手元のナイフを見やって、それからもう一度鷹の目を見やった俺は、そこではたと気が付いた。
昨日は〇月◇日。それはすなわち、俺の誕生日だ。
「しって……」
「赤髪から聞いた。……その口から聞きたかったものだが」
まあいい、と一人納得するように頷く鷹の目に、ひい、と漏れかけた悲鳴を飲み込む。
王下七武海『鷹の目』のミホークは、いわば孤高の海賊だ。
失われた王国のあった島に住まいを構えて、ひとりで海を往く。今は時折同行者もいるようだが、基本的な行動はひとりきり。
そんな彼を、俺は『この世界』に来る前から知っている。
絶対に認知されていないと思っていたのに気付けば名前を知られていて、なんでか俺のことを少し気に入ってくれているようで、名前を呼べなんてわがままも言われた。
それが今度は、俺の誕生日なんかのためにやってきてくれるだなんて。
仲良くしようと示してくれているのは分かるけど、あまりそんな好意的なところを見せられると、ときめきが過ぎて死にそうだ。
事実ばくばくと心臓は跳ねまわり、もう絶対に顔は真っかだ。
隠したいのにタオルケットは奪われてしまっているから、俺としては俯くしかない。頭がくらくらしているのは、昨晩の酒が残っているせいだろうか。
走ってここから逃げ出したいけど、それをしたら今度はその手に捕まるというのも分かっている。
いつだったかの宴のあと、こっそり船へ戻った俺を追いかけてきた鷹の目の熱烈さときたら、いっそ俺をときめきで殺すつもりなんだと言ってくれたほうがマシなくらいだった。
あの日にめちゃくちゃ問い詰められたから、俺が鷹の目のことをとても好きなのは、すでに相手に知られている。
それを知っていて避けもせずこうやって近寄ってくる鷹の目のミホークは、本当に恐ろしい海賊だ。
「一日過ぎたが、誕生日おめでとう、ナマエ」
「はい……ありがとうございます……」
俯いたままで礼を告げた俺に、こちらを見ろ、と鷹の目が言った。
命じられるままに視線を上げた先で満足そうに細められた金の瞳に、死ななかった俺は偉いと思う。誰か褒めてくれ。
end
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