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イデオと誕生日
※無知識トリップ系主人公



 目が覚めたらどうしてか海にいた。
 食料が積まれた小さな船で、自分以外には誰もいない。
 どういうことだろうかと分からないながらも、どこかに陸が見えないかと必死になっていたら、大きな船を発見した。
 大きな声で呼びかけたそれが『海賊船』で、身柄を拘束されて食糧も何もかも奪われて、雑用として扱われるようになったのが半年前のこと。
 強面の彼らは俺のことを適当に扱ったし、時には暴力もふるわれたが、何がいるかも分からない海へ捨てられるよりはよほどいい。
 何度か島へも停泊したけど、助けを求める先もない俺が帰るのはいつも、彼らの船だった。
 腕の関節が俺より多い彼らは手長族と言うらしく、そして足の長い民族と仲が悪いらしい。
 海で出くわせば喧嘩が始まるのがいつものことで、だからその日も俺はいつものように倉庫へ蹴り込まれた後、身を縮めて嵐が過ぎるのを待った。
 けれどもその『抗争』がいつもと違ったのは、途中で乱入してきた四人がいたことだ。
 喧嘩両成敗とばかりに手長族も足長族も打ち据えて、船を半壊させて近くにあった孤島まで誘導した彼らは、それはもう強かった。

『ん? お前は手長族でも足長族でもねェのか』

『え? あ、はァ、まァ』

 働けと言われて働いている最中に、そんな風に言われて見下ろされた。
 髪を前髪も全部後ろにくくったようなその人は、なんだか肩が尖っていた。
 俺が普段見る手長族とも違うが、また別の人種なんだろうか。体つきもたくましく、なんだかボクサーみたいだ。
 ここはどうも俺が生きて暮らしていた『地球』とは別世界みたいで、それならそう言うもんなんだろう、と諦めて飲み込むことにしている。
 とりあえず台車へ乗せるべく足元の荷物をよいしょと持ち上げると、ずき、と腹が痛んだ。抗争が始まった日に、倉庫に蹴り込まれた時の患部だ。まだ痛い。
 一度息を吸って、それからゆっくりと吐いて痛みを逃す俺のすぐ横で、こちらを見ていた相手が身じろいだ。
 その手が、ひょいとこちらへ向けられる。
 肩の出っ張りが引っ込む代わりにのびた腕に、俺はびくりと身を縮こまらせた。
 けれども、その手で拳を握ってこちらへぶつけることもなく、俺に比べて大きなその手が俺の抱える荷物をつまんで持ち上げ、それから台車へとおろして、じろりとその目がこちらを見下ろす。

『非力だな』

 そんなに弱くてなんで海賊船に乗ってんだ、と呆れたように言われたのが、俺とイデオさんとの初対面だった。







 風をはらんで大きく膨らんだ黒旗が、髑髏の下にバツを三つ並べている。
 『グランドライン』を気ままに進むこの船は、ほんのしばらく前に旗揚げした海賊団のものだ。
 製作者は手長族と足長族で、材料の半分くらいは彼らの船だった。
 あの孤島には水も食料もあったし、そもそも手長族も足長族も海賊船だったから、この船には様々なものが積みこまれている。
 お宝やそれらと一緒に積み込まれる形になった俺は、今はこの『イデオ海賊団』の雑用だ。
 なんでかは俺にも分からないが、宝を積み込ませた後で俺の服を掴んで引きずったイデオさんが、船長達のところへ俺を連れて行ったからだ。

『コイツはおれが頂く』

 構わねェよなと尋ねたイデオさんの顔を俺は見ていないが、うんうんと船長が慌てたように頷いていたので、それはもう怖い顔をしていたんじゃないかと思う。
 宝と水と食料を乗せた船が、孤島に手長族と足長族を残して出航したのには驚いたが、あの島には水も食料も木材もあったから、きっと何とか頑張ってくれるんじゃないだろうか。
 船は海を進み、いくつかの島を訪れはしたけれども、結局、俺はずっとこの船に乗っている。
 日課の甲板掃除をしている本日、空は快晴だ。
 経験上、もうしばらくは晴れていてくれそうである。

「おい、ナマエ」

「はい」

 そこで声を掛けられて、すぐに返事をする。
 手元のモップをそのままに視線を向けると、イデオさんが近寄ってくるところだった。
 さっきまで甲板でトレーニングを行っていたが、どうやら終わったらしい。
 つい最近まで、イデオさんは海賊ではなくただの格闘家だったと聞いている。
 俺にはよく分からないが世界大会みたいな何かの二年連続覇者で、もっと強くなりたくて賞品につられて参加したコロシアムで色んな大変な目に遭って、最終的にとある海賊の『子分』になったのだとか。
 他の三人との会話とも統合すると、相手側は『親分』になったつもりはなく、イデオさん達の方が勝手に『子分』になったらしい。海賊のルールが俺にはよく分からない。

「お水用意しましょうか、イデオさん」

 イデオさんは、この船の船長だ。
 海賊団の名前が『イデオ海賊団』なのだから当然だろう。
 けれども、他の三人もみんなイデオさんのことを『イデオ』と呼んでいて、船長と呼んでみたら大変に微妙な顔をされたから、呼び捨てはさすがに出来ないけれども、俺も彼らに倣うことにしている。
 だからそう尋ねてモップをすぐそばの樽へ立てかけると、いや、とイデオさんが首を横に振った。

「飲み物くらい自分で用意できる」

 あっさりと言いながら、さらに数歩近寄ってきた相手が樽へ腰を下ろしたので、俺は先程立てかけたばかりのモップを引き取った。
 イデオさんは、少し変わった手長族だ。
 俺を雑用としてこの船に乗せたものの、『降りたい島で降りればいい』と言って好きにさせている。
 俺がその言葉に従って船を離れないのは、ただ単に行く当てがないからだった。
 この海は、俺が生まれて育った日本とは繋がっていない。
 そもそも俺は自宅で寝ていたはずなのだから、海の上で小舟に揺られていたのもおかしな話だ。
 故郷はどこの海だと聞かれても太平洋ですとしか答えようのない俺に、イデオさんも他のみんなも、それ以上の追及をしなかった。
 だから俺はそれに甘えてこの船に乗ったまま、人数の少ない彼らと一緒に船を動かしている。
 半年もの間海賊船で雑用をしていた俺は、いつの間にか簡単な航海術を習得していたらしい。
 少しなら天気も読める。教わった覚えは無いが、習うより慣れろとはよく言ったものだ。

「そういえば、さっき針路変えましたけど、あの島に用事があるんですか?」

 先程よりかなり大きく見えてきた島を見やって尋ねると、ああ、とイデオさんが頷いた。
 単眼鏡で彼方を見やった仲間から、島影があると声が上がった午前中、急にイデオさんが進路の変更を宣言したのだ。
 見える範囲には集落も無い島で、目的地でないことは明らかだった。
 食料や水が足りないのかと思ったが、点検した限り備蓄は十分にある。
 俺には全く理由が思い至らないが、何故とも言わなかったから、他のみんなは理由が分かっているようだ。
 どんな『用事』なんだろうかと考えた俺の傍で、イデオさんが言う。

「海のど真ん中に停泊するより、島の傍の方が安全だからな」

「停泊……」

 錨をおろしたいらしいイデオさんに、なるほどと頷く。
 この『グランドライン』には、それはもうたくさんの生き物がいる。
 海王類と呼ばれる危険生物などは、船を襲って来る始末だ。
 イデオさん達が毎回あっさり撃退しているが、確かに、彼らが入りづらい浅瀬の方が停泊はしやすい。
 前の島を出てからそれほど経ってはいないが、陸で休みたくなったんだろう。
 一人で納得した俺の方を、イデオさんが見た。

「……分かってねェな?」

「え?」

 呟かれた言葉に、目を丸くする。
 どういう意味かと視線を向けると、まァいい、と声を漏らしたイデオさんがため息を漏らした。

「雑用はやめて、そこでトレーニングでもしてろ。見てやる」

「えっ」

 言いつつ自分の前を指で示されて、俺は手元のモップを掴み直した。
 それはちょっとと足を引くも、ぎろりと睨みつけられてしまう。
 元『格闘家』らしく、イデオさんは体を鍛えることに余念のない海賊だ。
 それどころか、誰がどう見ても人種の違う俺の体も鍛えてやろうと思っているらしく、ちょくちょくこんなことを言って来る。
 おかげさまで、俺の体は『この世界』へやってくる前より随分と鍛えられた。
 荷運びもたくさんできるようになったし、風が強くてもしっかり帆が張れるくらいだ。しかし、イデオさん的にはまだ足りないらしい。
 ブルーギリーさんに蹴られても平気な腹筋になれと言われたが、それは正直人間ではないと思う。

「いえ、でもあの、ここの掃除が終わったら夕食の用意もしないとですし」

 俺はこの船の雑用で、こまごまとした仕事はいくらでもある。なんなら食事中の給仕だって、大体俺の仕事だ。
 どうにか逃れようと言葉を零すと、こちらを見やるイデオさんの眉のあたりがぴくりと動いた。
 その右足がゆっくりと左足に重なって、両腕が組まれる。
 背筋を伸ばしたまま、少しばかり首を傾げたイデオさんがその目を眇めた。

「ナマエ?」

「はい、やります」

 寄こされた声掛けに、俺はすぐさま従った。
 イデオさんが指示するトレーニングはどれもきついので、船が島へたどり着いた頃にはヘロヘロでぐったりだ。
 もう指一本も動かせないと訴えた俺に満足そうな顔をしたイデオさんは、ひょいと俺を担いで荷物のように運んだ。
 停泊した船の中へと連れ込まれて、用意されていた食事や酒の数々と、にんまり楽しそうな仲間達に目を丸くする。

「今日は〇月◇日だからな」

 せっかくの誕生日だ、給仕は気にせず飲んで食え、と言って笑ったイデオさんもまた楽しそうで、先ほどの甲板でのしごきの理由を、俺は恐らく正確に感じ取った。
 この用意を仲間達がしていたから、イデオさんは俺を甲板から離れさせたくなかったんだろう。サプライズと言うやつだ。

「……ありがとう、ございます」

 その気持ちは嬉しいが、少しは手加減してくれたっていいと思う。
 思ったけれども口からは文句も出て行かず、俺はどうにか頑張って、目の前の料理を口にした。
 全体的に男の料理だったけど、どれもこれも美味しかった。



end


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