カリファと誕生日
※NOTトリップ系主人公は女装系CP9
※カリファへの捏造
サイファーポールは諜報機関だ。
与えられる仕事と言うのは数多にわたっていて、小さな頃からそうなるべく育てられてきた。
脱落していく『仲間』を見ながらどうにか生き残った今のおれの身分は『CP9』。公には『いない』ものとされる身の上だ。
「ナマエ、今いいかしら」
「起きてるよー」
こんこんこん、と上品にノックをしながらわざとらしく寄こされた声に、私室のベッドの上で転がったままで返事をした。
数拍もおかずに扉が開かれて、先ほどの声の主がひょいと姿を現す。
気配が分かっているのだから在室していることは知っているくせに、カリファはいつもそうだ。
「またごろごろしているの?」
仕方のない子ねと子供に対する言い方をした相手に、休みなんだからいいだろとベッドの上で寝がえりを打つ。
何ならつい四時間前まで働いていたのだ。海列車で帰ってきてまだ二時間、おれは今もベッドの上で寝こけていたって許されたと思う。
短い睡眠をとることに慣れてしまった体は休んでもすぐに目覚めたが、帰ってからまだ着替えの一つもしていない。
分かっていても起き上がりたくなくてベッドの上の住人と化していたおれは、うつぶせになった後で顔だけカリファの方へと向けた。
「カリファは仕事じゃなかったか?」
「あと六時間もしたら海列車の時間ね」
「それは可哀想に」
聞かされたスケジュールに憐れむと、ふふ、とカリファが笑う。
近寄ってきた彼女がおれのベッドへ腰を下ろして、手に持っていたものをとすんとベッドの端へ置いた。
何だろうかとそちらを見やって、膨らんだ紙袋を発見して眉を寄せる。
「……カリファ、まァた買い物したのかよ〜」
見慣れたロゴは、カリファがよく使っているブティックのものだ。
カタログを元に注文票を書けば通販だってやってくれる、忙しい職種の人間にはありがたく、そしてお値段の高い店である。
サイファーポールというのは大概が高給取りだ。
政府の人間でもあるし、何よりおれ達は『CP9』。機密を扱い闇の正義を担う相手に金払いを渋るような馬鹿はいない。
だからカリファがその店を愛用しているのは何も問題ではないが、彼女が紙袋をおれの部屋へ持ち込むとなると、また話が違う。
「もうおれのクローゼットはパンパンだよ」
「詰めたらもう少し入ると思うわ」
「カリファのクローゼットに詰めよう」
「私には入らないもの」
勝手に中身の増えていくクローゼットはもはや半開き状態で、あふれる服を掌で示したおれに、カリファは至極当然のように言う。
着て見せましょうかと言いながら紙袋を開き始めた相手に、いいよと答えてため息を零した。
「カリファは元気に育ってるからなァ……」
あの島で過ごしていた小さな頃のカリファは、おれや他の連中とあまり体格が変わらなかった。
成長期を迎えてからどんどん体つきが変わるのはよくある話だが、カリファは女性らしく豊満な体つきになっている。
今のその体型になって長いというのに、ちょくちょくそれを忘れて買い物しては、自分に合わない服を手に入れてしまうちょっと間抜けな奴だった。
袖と丈があっているシャツでも胸のサイズを考慮しなければへそが出ると、いい加減学習しても良いところだ。
昔は余った服も色んな奴のところに持ち込まれたが、今ではおれのところ一択である。何せ、今のルッチには女物が似合わない。
「ナマエはあまり育たないものね」
「ひどいこと言われた気がする」
年齢も変わらなければ背丈もそれほど変わらないおれを見下ろして、しみじみ言い放つカリファに、おれは眉を寄せた。
しかし確かに、おれはルッチやカク達に比べると、あまり体が逞しく成長しなかった。
親の顔すらしらないが、遺伝的なものらしい。顔つきだって、男らしさとは程遠い。
しかしそれならそれで、利用価値はあるものだ。
ごろりとベッドの上で寝がえりを打ち、カリファの方へ近寄るようにしながら仰向けになる。
ついでに蹴飛ばしたスカートがばさりと翻り、それを見たカリファの手がおれのはだけた裾をさっと直した。
「今日の服は、ターゲットに貢いでもらったものかしら」
「うん、そう。金使わせてやった」
にやにやしながらブティックに連れていかれたので、遠慮なく高いものから選んでやった上下だ。ハイヒールも買わせた。
今はもう偉大なる航路の底に沈んでいる金持ちのセクハラ野郎を思い出して、揉んで育ててやるって言われたんだよなァと自分の胸元を見やる。
「おれにカリファの胸があれば完璧なんだけど」
「男のナマエの胸が膨らんだら、さすがに病気を疑わなくてはいけないわね」
両手を自分の真っ平な胸に当てて呟くおれに、カリファは大してあきれた様子もなくそう返した。
どちらもいつものことなので、そうかもなァとだけ答える。
顔つきからして男らしさのかけらもないおれは、CP9では『女役』だ。
女装してターゲットへ近寄り、情報を収集し、必要であれば始末する。
普段から女装して歩くことが多いので、おれのことを女だと思っている給仕やそれ以外もいる。
女だと思われなくてはいけない役目なのだから問題ないが、カリファのせいもあって、おれの私服の九割は女物だ。
「大人しく偽乳を詰めるだけにしておくよ」
「そのほうがいいわ。ほら、これを着てみて」
やれやれと諦めたおれの横で、カリファががさりと紙袋を開いた。
出てきたものを差し出されて、寝転んだままでそれを受け取る。
両手で持ち上げて広げてみたそれは、相変わらずなんとも可愛らしいシャツだった。
レースやフリルまであしらわれているそれを見つめて、たくさんついているボタンにうんざりし、そっとカリファの方へ差し出す。
「面倒くさいやつだこれ」
「少しボタンがついてるだけじゃない」
「だって今の服もボタンがたくさんあるし」
「もう」
寝ころんだままで拒絶を示したおれに、カリファが聞き分けのない子供を見やる顔をした。
そんな顔をされても、おれからすれば子供なのはカリファの方だ。自分が着られない私服を買うなんて無駄遣い、まともな大人ならなかなかしない。
「仕方ないわね」
カリファの手がおれから服を取り上げて、それをそのままベッドの上へと置いた。
ぎし、とわずかにベッドがきしみ、姿勢を動かしたカリファの両足がベッドへ乗り上げる。
短いスカートを気にせずおれの体をまたいだ彼女の手が、零れた自分の髪を耳にかけながらおれを見下ろした。
伸びてきた手に何をしたいのか分かったので、ベッドに転がったままそれを受け入れる。
カリファの手がおれの服を捕まえて、前側についているボタンをぷちぷちと外した。
されるがままに脱がされて、掌がおれの体に触れる。
他の男連中に比べて逞しさの足りない肌を滑る指はいつもの通りで、色気のかけらも無かった。
撫でられるがままにしていたら、おれの上着を奪い取ってぽいとベッドの下へ放り投げたカリファが、おれの顔を覗き込む。
「脱がされているんだから、もう少し恥じらってもいいのよ」
「カリファ相手に?」
小さな頃から一緒に過ごしてきた、もはや家族と言って差し支えない相手を見上げて首を傾げると、心外だわ、とカリファが眉を寄せた。
そうは言うがカリファだって、おれが着替えの途中で部屋に入ってしまったって恥じらいの一つも見せないのだ。
自分だって大概な癖に理不尽だなァとその顔を眺めて、ひょいと動かした手をカリファの足へ触れさせる。
網タイツで包まれている膝からするりと太腿あたりまで撫でても、目の前の顔はやっぱり何一つ変わらない。
それを見上げてへらりと笑ったおれに、少しばかり眉を動かしたカリファもその口に微笑みを浮かべた。
そうして伸びてきた手が、おれの体を無理やり引き起こす。
「着せてあげるから座って」
介護するようにしながら、おれの膝へ座ったカリファの手が先程の服を捕まえる。
仕方なくされるがままになったおれは、カリファの手によって可愛らしいその服を着込むことになった。
胸元にフリルのあるそれは、おれの胸の平たさを隠すような意匠をしている。
全体的に甘めの雰囲気で、カリファにはあまり似合わない気もするそれを見下ろすと、カリファの手がおれの顎を下から掬いあげるように撫でた。
「可愛い。似合ってるわ」
「それはどうも」
女物の服を着せられて、寄こされた賛辞にとりあえず礼を言う。
またベッドに倒れ込みたいところだが、着せてもらった服にしわがつくことを考えるとそうもいかない。
おれの膝に跨るように座って、おれの襟を直すカリファはどうやら機嫌がいいようだ。
「……何かいいことでもあった?」
されるがままになりながら、カリファを見やって尋ねたおれに、ええもちろん、とカリファは答えた。
「予定は明日帰還だったでしょう。今日帰ってきてくれてよかったわ。すれ違いになることを覚悟していたもの」
「おれの話してる?」
「それ以外の何があると思うの?」
機嫌よく答えるカリファに、どうしたんだろうかと視線を向ける。
おれが帰るのはここ以外にはありえないのだから、おれが『帰ってきた』と言う事実は喜ぶほどのことでもない。
すれ違いたくなかったという意味かとも思うが、今まで何度も入れ違いで任務に出てきたのだから、今更そこを気にするような相手でもないだろう。
そんなにこの服を着せたかったのかとも思うが、帰って来てから着せても何も問題はないはずだ。衣類は少しばかり放置したところで傷んだりしない。
よくわからず首を傾げると、おれの仕草に気付いたカリファが少しばかり目を細める。
首元を外れた手がゆるりとおれの頬を辿って、それから伸ばしている髪をかき上げるようにして頭を撫でた。
「今日が何月何日かは覚えてるかしら」
「今日は〇月……あー、◇日か……」
そのまま問われて答えを思い浮かべ、おれははたと気がついた。
今日はおれの誕生日だ。
たった一つ年を取るだけの、大して何の特別さも無い日だが、カリファが毎年祝ってくれる日でもある。
もしやと考えて、おれは自分が先程着せられた可愛らしい服を軽く引っ張った。
「カリファのじゃなくておれのだった?」
「ええ、もちろん。誕生日おめでとう、ナマエ」
「なるほど、ありがとう」
どうやら今日のこれは、カリファが着たかった服では無かったらしい。
服を渡されるのなんていつものことだから、贈り物だなんてまるで思わなかった。
それならちゃんと自分で着ればよかったなと、ほんのりと後悔していると、カリファがおれの頭から手を離す。
その体がくるりと反転して背中を向けられ、それに気付いたおれが身構えると、カリファはそのままおれを座椅子のように扱って座り込んできた。
預けられた背中を支えて、その肩口に顎を乗せる。
おれの動きを受け入れたカリファがおれの腕を捕まえて、ぐいと自分の体をとらえるように回させた。
そのせいで後ろから抱きかかえる格好になったおれは、手を振り払うでもなくそのままでいる。
「カリファ、仕事は?」
「まだあと六時間はあるもの」
大丈夫よと答える相手に、そう言ってたなァ、と声を漏らす。
お互いにお互いの任務を詳しくは知らないが、ひょっとするとカリファの今回の仕事は気の進まないものなのかもしれない。
諜報員が仕事に気が進むも進まないもないが、カリファがこんなふうに甘えてくるときは大体そうだとおれは知っている。
一緒に過ごして一緒に育って、『女』側の諜報員として同じように扱われてきたおれにだけ見せる子供のような一面に、おれは抱える腕に力を込めた。
頑張って前倒しで帰ってきてよかったなと、胸のうちだけで呟く。
「誕生日に座椅子にされるおれって可哀想」
しみじみ呟きつつ、しかし腕は緩めない。
おれのそれを受け入れて、あら、と声を漏らしたカリファが体から力を抜く。
「それじゃあ、私の誕生日には膝枕をしてあげるわね」
楽しみにしていて、と続いたその声は穏やかだ。
柔らかい何かを収めているその体を、おれはそのまましばらく抱きしめていた。
end
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