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小さな彼とおやつ
※異世界トリップ男児とマルコ隊長


「マルコー」

「なんだよい」

 青空の広がる甲板で、名前を呼ばれて視線を向けたマルコに、ばたばたと駆け寄った小さな人影が飛びついた。
 足に衝撃を受けても気にせずマルコが見下ろせば、マルコの足にしがみ付いた小さな子供が、にこにこと笑いながらマルコを見上げている。

「昼寝は終わったのかい」

「うん、ナマエおきた。おはようマルコ」

「おはよう、ナマエ」

 昼間に交わすにはおかしな挨拶をして、ナマエはとても楽しげな顔をした。
 かつてマルコが拾い、今はマルコと同じ四皇『白ひげ』の息子であるナマエが、こうやってマルコに抱き着いてくるのはいつものことだった。
 何か楽しいことがあった時も、何か怖い目に遭った時も、何もなくても、ナマエはマルコに飛びついてくる。
 小さな腕にぎゅうぎゅうと抱き付かれて、重くなった足をそのままに背中を後ろの壁へ預けたマルコが、わずかに笑った。
 今日の彼は何だか酷く楽しそうであるから、きっと何か楽しいことがあったのだろう。

「何かイイコトでもあったかい」

 だからマルコがそう尋ねれば、うん! と頷いてナマエの腕が少しばかり緩む。
 わずかにその体から甘いにおいがして、マルコは軽く首を傾げた。
 そんなマルコを放っておいて、マルコを見上げたナマエが口を動かす。

「マルコ、今日はおさんぽいく?」

「ん? 今日は行かねえよい」

 寄越された問いかけに、マルコは首を横に振って答えた。
 ナマエの言う『おさんぽ』とは、マルコが行っている偵察行為のことだ。
 島が近ければその翼で空を飛び、その島に何も危険が無いかを確認するのはマルコの大切な役目の一つである。
 危険な目に遭ってもマルコの体であれば問題ないだろうというのがマルコの見解で、実際そういった目に遭ってもモビーディック号へ戻った時には無傷の姿になっているのだから問題は無いだろう。
 何をしに行っていたのかと尋ねた不思議そうなナマエへマルコが『散歩だよい』と答えた時から、ナマエはそれを散歩だと思っているようである。
 別段訂正する必要性を感じないので、マルコも他のクルー達もそのままにさせていた。
 そんなナマエが、マルコの返事にそう、と少しばかり残念そうな声を出す。
 どうしたのかとそれを見下ろしてマルコがわずかに不思議そうな顔をすると、やや置いてから、ナマエはきょろりと周囲を見回した。
 マルコとナマエがいるのは甲板で、当然他にもあちこちにクルーがいるが、離れていて言葉も聞き取れない距離だ。
 おかしな行動をとるナマエへマルコが戸惑ったところで、ナマエがそっとマルコから体を離した。
 最近マルコが買ってやった、お気に入りらしい鞄にその手が伸び、ごそりと探ったそこから何かを取り出す。

「はい、どーぞ」

 そうして言いながら差し出されたものに、マルコはわずかに目を丸くする。
 薄い紙に包まれていたそれは、どう見てもクッキーの類であるようだからだ。
 わずかに香った甘いにおいはこれかと把握して、マルコが少しばかり身を屈める。

「どうしたんだよい、これ」

「さっき、ナマエにサッチがくれた」

 にこにこしながら、ナマエは今厨房にいるだろう四番隊隊長の名前を呼んだ。
 言われて、マルコは今が昼下がりであるのを思い出す。どうやら今日のおやつはそのクッキーであるらしい。
 いつもは食堂で食べ終わるまでナマエが出歩くことは無いが、持ち運びもできるものだったからと持ってきたようだ。
 薄い紙の中から丸く作られたクッキーを一つ摘み上げ、ナマエの手がマルコの方へと差し出される。

「はい」

 にこにこ笑って差し出した相手に、マルコはひょいとクッキーを受け取った。

「ありがとよい。でも、これはお前の分だろい」

 そうして、それをそのままナマエの口へと押し付ける。
 むぐ、と小さく声を漏らして与えられたクッキーを受け入れたナマエは、ぱちぱちと瞬きをしてからクッキーを咥え、そうして何故か随分と非難がましい視線をマルコへ向けた。
 それでも大人しくもぐもぐと口を動かして、与えられたクッキーを小動物のように食べ終えた後で、じっとマルコを見上げる。

「……マルコにわけたげるんだったのに」

 口を尖らせながら呟かれて、マルコは笑った。
 その手がぽんぽんとナマエの頭を軽く叩いて、膝を曲げて屈みこむ。
 視点が近くなった相手をまだじとりと見つめているナマエへ、優しくマルコは言葉を紡いだ。

「おれに分けたら、ナマエの取り分が減るだろい。たくさん食って早くでかくなるんじゃなかったのかい」

 クッキーにそういった栄養素があるかどうかについては置いておいて、マルコは囁いた。
 まだまだ幼いナマエが、自分が周りに比べて小さいことを時々気にしていることをマルコは知っている。
 当然サッチや他のクルーも知っているし、だからこそナマエの手元には食べ物が集まることが多かった。
 小さな子供に食べ物で不自由させるなんてできるかと、拳を握って力説していたサッチを何となく思い出したマルコの足元で、ナマエがむっと眉を寄せる。
 その目がちらりと手の上で紙に包まれたクッキーを見つめて、それからもう一度マルコを見やった。

「……マルコ、クッキーきらい?」

 そのままどうしてか恐る恐る尋ねられて、マルコは目を丸くする。
 別にそんなことは無いとそのまま返事を紡げば、じゃあやっぱりあげる、と言い放ったナマエの手が手元の包みからクッキーをまた一枚取り出した。
 今度はぐいと口にそのまま押し当てられて、マルコがぱちりと瞬きをする。
 戸惑うマルコを見つめたままで、その口にクッキーを押し込もうとしながら、ナマエが呟いた。

「おいしいのはみんなで食べるんだよ? だからナマエも、マルコにあげる」

 そんな風に言葉を放って、ついにはマルコの口にクッキーを押し込むことに成功したナマエが、ぱっと手を離す。
 仕方なくクッキーを唇で支えたマルコは、口に入った分をかじってから片手でそれを捕まえ、半分に欠けたそれをちらりと見やった。
 少し粉っぽいクッキーは、けれどもきちんとナマエに合わせたらしく、随分と甘い。
 久しぶりの『おやつ』を口にしたマルコは、ちゃんと一口分を飲みこんでから、改めてナマエを見やった。
 視線を受け止めて、ナマエが少しばかり首を傾げる。

「マルコ、おいしい?」

「……ああ、まあ、うめェよい」

 少しマルコには甘すぎる味だったが、そう問われてはそう返事をするしか選択肢がない。
 わずかに微笑んで返事をしたマルコを見つめて、ナマエはどうしてかとてつもなく嬉しそうな顔をした。
 そうして、その体がくるりと後ろを向いて、屈んでいるマルコの方へと寄りかかってくる。
 マルコが避けることなど考えもしない小さな体を膝に座らせて、マルコは仕方なくその体勢のままでもう一度後ろの壁に寄り掛かった。
 ちらりと見上げれば、甲板の上に広がる青空は随分と澄み渡っている。
 空を飛ぶには絶好の天気だ、なんてことを考えたマルコの膝の上で、身じろいで座りやすい体勢を模索したらしいナマエが、その頼りない背中をマルコに預けることでバランスをとりながら、その手元の包みからクッキーを取り出した。
 人の膝を椅子扱いしたまま、ぱくりとそれに噛みついて、頬をわずかに膨らませながらクッキーを咀嚼している。
 その様子に、どうやら他にわけにいくつもりは無いようだ、とマルコは把握した。

「おいしいねえ」

 にこにこ笑いながらそんな風に言い放つナマエに、ああそうだねい、と返事をして、マルコもとりあえず、先ほど分けられたクッキーを少しばかりかじる。

「マルコ、もういっこ食べる?」

「まだ食べ切ってねェよい」

 尋ねられてマルコが返事をしながら片手のクッキーを揺らせば、そっか、と呟いたナマエが軽く足を揺らした。
 そして、そのままマルコがまだクッキーを持っているかをちらちらと確認しながら、手元のクッキーを食べ進む。
 そのクッキーがナマエも一緒に作ったものであったとマルコが知ったのは、あとでサッチにそれを言われてからのことだった。



end


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