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ヨンジと誕生日
※notトリップ系主人公はとある王族
※全面的な捏造



 ジェルマ王国は、世界で唯一の、国土を持たぬ国家である。
 世界政府加盟国にその名を連ね、国交と稼業の両方の面で数多の国々と繋がりを持つ。
 ヴィンスモーク・ヨンジがその国を訪れたのも、その為の一つだ。
 ヴィンスモーク・ジャッジが足を運ぶまでも無いと定めた国との繋がりに、国王の名代として足を向ける。
 同行者は姉のヴィンスモーク・レイジュで、正装をした彼女とヨンジの来訪は数回目にもなるが、王族達は相変わらずそれを歓迎した。

「あと一年もないでしょうね」

「あァ、そうだろうな」

 寄こされた馬車へ乗り込み、城までの道のりを揺られながら、斜め向かいに座るレイジュが呟く。
 それへ首肯して、ヨンジの視線も窓の外を見やった。
 華やかさが売りであったはずの王城周辺でも、以前訪れた時よりも不穏さと疲弊が見える。
 大きなこの島には二つの国が首を並べており、山脈の向こうにある片割れとこの国は、互いが互いを嫌い、にらみ合っていた。
 ここ数年は、お互いに相手の領土を虎視眈々と狙い、いつ戦争が起こってもおかしくないというありさまだ。
 金銭と引き換えに武力を提供するジェルマとの繋がりを求めるというのは、すなわちそう言うことである。

「領土争いなんざ馬鹿らしい話だ。海に出る気概もねェのか」

「そう簡単にはいかないのよ。生まれ育った場所を大切に思う人々も多いんだから」

「ハッ 『タイセツ』に、ねェ」

 理解しがたいと首を横に振ったヨンジへ、貴方達はそうでしょうね、と彼の姉がため息を零す。
 レイジュはたまにそうやって、自身と弟達の間に線を引いた。
 胎児の頃から改造を施されているヨンジ達と己を比べるのなら当然かもしれないが、相変わらずのそれにヨンジも肩を竦める。
 ヴィンスモーク・ヨンジと彼の兄二人は、ジェルマの科学力を駆使した最高傑作だ。
 父親であるヴィンスモーク・ジャッジの望み通りに強さを手に入れて、彼が不要としたものを捨てて、これからもそのようにして生きていく。
 依頼を受けた国からは救世主だと称賛され、踏みつぶした国々からは悪魔だと睨まれる。ヨンジはそれらの評価を気にしないし、イチジやニジもそうだろう。
 それが出来ないレイジュがヨンジ達より劣っていることはまた、当然のことでもある。

「まァ、おれにはどうでもいいことだな」

「そうね。それよりヨンジ、貴方ちゃんと準備はした?」

「当たり前だろうレイジュ、『私』を誰だと思ってるんだ?」

 問われて答えたヨンジが片手を胸へ当てると、それならいいの、とレイジュは答えた。
 それきり馬車の窓から町中の方へと視線を向けてしまった姉に、ヨンジも何も言うでもなく逆側の窓を見やる。
 沈黙を引き連れて、馬車はそのまま王城へと向かって轍を刻んでいった。







「こんにちは、ヨンジ」

 城へ招かれ、晩餐会までの時間を過ごしてほしいと磨き上げられた城の中を案内される。
 毎度の工程を踏んでヨンジが通された一室には、先客がいた。
 ヴィンスモーク家の王子であるヨンジを呼び捨てにして微笑んでいるその男は、この国の王と血を繋ぐ人間のうちでも、かなり底辺の方に存在する第八王子だ。
 上に何人も兄のいる末の子供であるせいで、ヨンジが見ていてもわかりやすく軽んじられている。
 何せ件の晩餐会では、出席するのはヨンジとレイジュ、そして国王と王位継承者の第一位から三位までと決まっているのだ。
 ヨンジがレイジュと引き離されたのは、その第一位から三位までの王子達が、ジェルマ王国の王女と『外交』をしているからだった。
 婚約者もいない王女を引き込めればジェルマが後ろ盾となり、この国は安泰だと、そんな打算があることをヨンジもレイジュも知っている。
 そのうちの弾数にも入っていないナマエがどうぞと示した椅子へ、近寄ったヨンジはどかりと腰かけた。
 体の細いナマエには大きく見えた椅子も、ヨンジからすれば少し小さいくらいだ。

「飲み物はどう?」

「私には不要だ」

 斜め向かいから問われた言葉に返したのも、いつもの返事だった。
 単独行動の時、ヨンジは一人で出されたものを飲み食いすることを禁じられている。
 解毒するための機能が、兄達や姉より貧弱だからだ。
 今回は姉と共に来訪しているのだから問題は無いだろうが、そもそも出されたところでただ色がついただけの紅茶や薄めに薄めたコーヒーで、酒ですらも無い。
 ヨンジからすれば嗜好品にすらならない、無駄な飲み物だ。
 断ったヨンジに、そう、とナマエが頷き、部屋から人払いをする。
 気分を害した様子もない第八王子は、ヨンジから見ても変わった人間だった。
 王族としての選民意識や高慢さを、ナマエはあまり感じさせない。
 肥え太った国王ほどのふくよかさは無くとも、見た目からしてその血を引いていることは間違いないというのに、国の政策にすら疑問を呈すことも多く、そのせいで父親や兄達からは煙たがられている、というのがヨンジの知っている情報だ。

『良かったら、貴方の国のお話を聞かせてくださいませんか?』

 まだ初対面だったあの日、レイジュと引き離されたヨンジをもてなす準備をしながらそう尋ねてきたナマエへ、ヨンジは聞かれるがままに返事をした。
 もちろん、国家の秘密など一言も漏らしてはいない。

『貴方の国は不思議なところですね。船団の中と言う限られた領土だというのに、食料不足や人口過密の問題も発生せず、国政や『仕事』に対して国民からは不満の声すらもない』

 だというのに、まるで国民全員がそれと知らないうちに管理されているようだと、いくつかの話をヨンジとした後でナマエはそう言った。
 その瞬間のヨンジの表情の変化は、恐らくその言葉を肯定するものになってしまったはずだ。
 イチジだったらきっと、そのような失態はしなかった。
 ニジなら自身の判断で、愚かなほどに敏い王子を殺すなり脅すなりしたはずだ。
 けれどもヨンジは行動を決めあぐね、そして、それを察したらしいナマエはそれ以上、何も追及しなかった。
 ただその代わり、『ここだけの話』をいくつかしただけだ。
 晩餐会を終えての帰り際、見送りに来たナマエにまた会いたいと言われ、それを聞いていたレイジュがその利用価値をヴィンスモーク・ジャッジへ伝えたために、この国へ訪れてこの王子に会うことがヨンジの仕事の一つになった。
 何度か会ううちに気安い口をきくようになった男へ、ヨンジの手が懐から取り出したものを差し出す。

「これは?」

「贈り物以外の何に見える?」

 黒い包みに緑のリボンが巻かれた小さな箱を揺らすと、ぱちりと目を瞬かせたナマエがそれを受け取る。肉の薄い細い指が、そっとリボンを辿った。
 不思議そうなその目が箱を見つめ続けているので、ヨンジの片眉が動く。

「今日は〇月◇日のはずだが、心当たりの一つもないのか?」

 〇月◇日。
 その日付が示す今日と言う日は、ヨンジのすぐそばで椅子に座っている王子の誕生日だった。
 とはいえ第八王子の誕生日は式典すらも行われないらしく、ヨンジ達が招かれた晩餐の名目は『ビジネス』の話と、それからヨンジの姉へのアピールだ。
 話題にも出ないだろうと分かっていたので、公式な贈り物としてではなく、ヨンジはそれを懐へ忍ばせてきた。中身はただの菓子である。

「あ、そうか、私の誕生日……知ってたんだ」

 少し考え、それからそう呟いた男に、そのくらいの情報は頭に入っている、とヨンジは呆れた。

「お前も私のものを知っているだろう」

 わざわざジェルマまで、上の兄二人の分も合わせて贈り物を寄こした王子へそう言うと、なるほど、とナマエが一つ頷く。
 あの日の贈り物は揃いの万年筆で、わざわざ調べたのだろう、飾りにつけられていた宝石の色は、ヨンジ達それぞれの色を宿していた。
 ヨンジ達の握力では簡単に壊せてしまうほどの強度しかないそれを、イチジは使いこなしニジは破壊して、ヨンジは使おうという気もわかなかったのでそのまま置いてある。

「ありがとう。とてもうれしい」

 他国の王子からの贈り物を両手で持ち直して、そう告げるナマエの顔が緩んでいる。
 こうして眺めると、ナマエは平和ボケた軟弱な男でしかない。
 しかし、この第八王子がただの『王子様』ではないことを、残念ながらヨンジは知っている。

「それで、いつ死にたいかは決まったのか」

『ここだけの話ですが』

 初対面でこの第八王子から寄こされたのは、この国を滅ぼしたいという話だった。
 二つの国がにらみ合う中、海の向こうの王国が漁夫の利を狙っているということを、この王子は理解している。
 莫大な資源で傲慢に肥え太り、そして人口が増えたゆえに植民地を探しているかの国は、すでにジェルマを味方につけた。
 山脈の向こうの国を訪れているイチジとニジも、ヨンジやレイジュと同様に、この島にある二つの国を亡ぼすための視察をしているのだ。
 だから思わず自分たちの『目的』を知っているのかとヨンジは驚いたが、ナマエはその驚きを気にすることなく、どうすれば効率的に滅ぼせるかと言うことを話題にした。
 出来るだけ国民や領地には被害を出すことなく、そのうえで出来るだけ王家の再起の芽を摘む。
 戦争を経験してきているヨンジに対して盤上の『戦争』を語るナマエに、ヨンジの興味がひかれたのは事実だ。
 そして、その『戦争』の結末に王家の断絶、すなわち自身の死をも視野に入れている男に、ヨンジは彼の中の悪魔を感じた。

「もう一年ももたないと思うから、来月か再来月あたりかなと」

「曖昧だな」

「まァ、冬の飢饉が訪れる前に決着がつくといいかな」

 そうでないと国民が蜂起してしまうかもしれないと続いたナマエの言葉に、ヨンジは軽く自身の顎を撫でた。
 第八王子がどれほど節制したところで、国王やそれ以外の王族が食料を貪れば、不作の続く領土の民たちは飢えるばかりだ。
 なりふり構わなくなった民衆と言うのは、どう考えても面倒を呼ぶ。
 ジェルマ66は決して正義の味方なんぞと言う愚かなものではないが、労働力になりえる国民を殺して回るのは損得で言えば損の方で、飢えた頃に適当な食料を配って恩を売った方が効率がいい。
 『依頼人』であるかの国もそしてヨンジの父親も、ヨンジと似たような判断を下すだろう。
 ヨンジの目が、ちらりと斜め向かいの椅子へ座る男を見やる。

「?」

 どうしたのだろうかと不思議そうな顔をするナマエは、只人の王子らしくぼんやりした顔をしている。
 しかし彼もまた、王族としての教育を受けた悪魔だった。
 いや、国王や他の王位継承者からも煙たがられるほどの『王族』なのだから、間違いなく異端だ。
 ヨンジのすぐ近くに座っているこの王子は、国民と王族の命を別の勘定で数えている。
 民の為に生きるのが王家の務めだと言い、そのために今、税を貪り自己都合ばかりを優先するような国政を担っている王族は、全て消し去るべきだと言うのだ。
 死をも恐れず、それどころかその提案をジェルマ66であるヴィンスモーク・ヨンジに聞かせてくる、おかしな男だった。
 もしもヨンジの話を聞き、ジェルマの国王が定めれば、恐らくヨンジとレイジュがこの国の王族を滅ぼすことになるだろう。
 だがしかし、ナマエが語る『作戦』の全容を、ヨンジは誰にも話していない。

「……ついに私の力を見せる時が来るようだな」

「ヨンジはすごく強いって言ってたものな。空も飛べるんだって言うし。他の兄弟もそうなのか?」

「ジェルマの情報を得たいなら、もう少し賢くやれよ」

「別にそんなつもりじゃあ無いんだけど」

 ヨンジのお兄さん達も見れたらいいなァとナマエは言うが、『仕事』が始まればイチジとニジが赴くのはもう片方の国だ。
 ヨンジは間違いなくこの国を亡ぼすし、『ナマエ』を殺す。
 そうなれば、ナマエがヨンジの兄達を見ることは無いだろう。
 しかし、名を失った男をヨンジがジェルマへ連れて帰ったなら、はたしてどうだろうか。
 二人の兄ではなく、よく組まされる姉へこの話をした時、レイジュは少し妙な顔をしていた。
 しかしそれから、それならば用意をしなくてはと言い始め、ヨンジの『準備』を手伝い始めた。
 愚かなほどに賢いこの王子なら、使用人の一人にもなれるだろう。
 ジェルマ王国では使用人達も、ある程度戦えるよう鍛えている。それに合わせて食生活も改善されれば、このひょろついた肉の無い体も、ヨンジ達ほどではないにせよ鍛え上げられるはずだ。
 突然の環境の変化に当人がどれほど驚き困惑するか、そんなことを考えればヨンジの唇が形を変える。

「少しなら会わせてやる。おれに任せておけ」

 言い放ったヨンジに、やがて滅びる国の第八王子は少しばかり戸惑った顔をした。
 けれどもそれからにこりと完璧に笑い、こけたその頬に影が落ちたので、ヨンジは目の前に座る男からその名を奪う日を、また少しばかり空想した。


 一つの島にあった二つの国が滅んだのは、それから半月ほど後のことだ。



end


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