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スモーカーと魔法使い
※有知識トリップ系主人公



 ローグタウンには、ハロウィンと言う行事がある。
 他と比べて『平和』な海であるが故か、大人も子供も仮装をして、そのまま子供が夕方から夜にかけてあちこちを出歩き、あちこちの家々や出くわす大人へ声を掛けて菓子をねだるというなんとも不用心なものだ。
 時折聞こえる海賊達の話に『今年は取りやめてはどうか』と言う大人も毎年現れるが、行事を楽しみにしている子供達がいる以上、中止を強く推すわけにもいかない。
 そうして当然、ローグタウンの市民はそれなりに気を配ってこの行事をとり行っている。
 子供だけで歩かせるわけもなく、大人達の目配りもあり、何より海兵達がしっかりと警邏しているのだから、危険はある程度退けられているだろう。

「…………」

 吐いた息に押し出された白い煙が、夕闇に落ちた空間へとゆっくり伸びて消えていく。
 仮装を義務付けられてしまった今年、スモーカーの腕にはぐるりと巻き付いた皮ベルトがあった。
 いくつも痛そうなとげの生えたそれは、最初はスモーカーの首に巻こうと寄こされたものだ。
 『白猟のスモーカー』によくもまあそんな仮装を寄こそうとしたものだとスモーカーは呆れたが、サイズ違いのそれはスモーカーの首を収めることもできなかった。
 仕方なくくるりと腕に巻いて止め、それから下がる細くて心もとない鎖を自分の腰へとつないでいる。
 ちゃりちゃりと鳴るそれを気にせず普段通りの警邏を行うスモーカーの耳が、ふとききなれた足音を見つける。

「あ、スモーカーさんだ」

 足を止めたスモーカーがそちらを見やったのと、スモーカーへ声がかかったのは殆ど同時だった。
 スモーカーの想定通りの足音の主が、偶然、と笑いながらスモーカーの方へと近寄ってくる。
 『ナマエ』と言う名の彼は、このローグタウンに住まう市民の一人だ。
 よその島からの移民であるらしく、あちこちで色んな仕事をしていて、海賊が暴れ出せば飛び上がって驚き、スモーカーがそれを鎮圧すれば『すごい!』と声を上げて讃えてくる、何とも普通の民間人だ。
 根が善人であろう青年は、スモーカーを『スモーカーさん』と呼び、初対面から妙に好意的だった。
 それが不思議で何となく気にかけているうち、いつの間にやらスモーカーには年下の友人が一人増えていたのである。
 今日の彼は、ローグタウンの風習に合わせたのか、いつもとは違う格好をしていた。
 そこまで寒くも無いのに黒くてローブを羽織り、ちらりと見えた首元からするに襟のある白いシャツと緑色のベストを着ている。
 首元にはしっかりと緑のネクタイも絞められていて、珍しいそれにスモーカーはじっと視線を送った。

「…………えっと、変?」

 じっと見つめた先で、ナマエが少し困った顔をする。
 よく見かけるそれにスモーカーの視線からわずかに力が抜けて、いいや、と海兵は首を横に振った。

「そいつァ、何の恰好だ?」

「これ? 魔法使いです」

 楽しくなって衣装を揃えちゃったんです、と笑った彼がローブの袖口から取り出したのは、木を削って作ったと思わしき少し太い棒だった。
 指揮棒のようにも見えるそれは、どうやら『魔法使い』の杖のつもりらしい。
 へえ、と声を漏らして、スモーカーは改めて目の前の相手をしげしげと眺める。
 スモーカーは、あまり絵物語の類にも詳しくない。
 有名どころはいくつか知っているが、スモーカーの知っている『魔法使い』とナマエの恰好には、いくらかの相違があった。スモーカーの知っている魔法使いは、ローブに蛇柄のワッペンなどはつけていない。
 仮装をしているのは分かるが、まるで元ネタの分からないそれを見やるスモーカーの前で、ナマエがひょいと片手を差し出してくる。

「スモーカーさん、トリックオアトリート」

「生憎、菓子は持ち歩かねえ主義でな」

「ストイック〜」

 せっかくハロウィンなのに、なんて言いつつも、『まあいいけど』と笑った青年は、手元の『杖』をゆるりと振った。

「こうやってさ、呪文とか唱えたら本当に出来そうな気がしますよね」

 呪文も覚えとけばよかったなァなんて言って笑ったナマエが、そのまま杖の先をスモーカーの方へと向けてきた。
 先が丸いとは言え棒の先端を人へ向けた相手に、眉間へ皺を寄せたスモーカーがそれを捕まえる。

「おい、…………ん?」

 そのまま注意をしてやろうとしたスモーカーは、掴んだ手元に棒以外の手ごたえがあったという事実に目を瞬かせた。
 戸惑いながら棒を握り込んでいた拳を自分の方へ向けて開くと、大きなその掌の真ん中に、小さなキャンディが乗っている。

「…………」

「やった、成功した!」

 言葉を漏らして、嬉しそうな声を出したナマエが『杖』を下した。

「……どうやった?」

「スモーカーさん、魔法のタネを訊くのは良くないですよ。お菓子をくれないのが悪いんですから」

 ひとまず尋ねたスモーカーへ、ナマエはそんなことを言う。
 とっても練習したんだと言いながら棒をローブの袖口に隠した相手に、どうやらその棒に秘密がありそうだとスモーカーは判断した。
 捕まえて暴いてやりたいところだが、さすがにそれは無粋だろう。
 
「次の仕事はマジシャンか」

「まあ、そんなとこです!」

 納得したスモーカーへ、ナマエがそう言う。
 そうして、ニコニコと笑いながらその目がスモーカーを見上げて、そのうえで少しばかり不思議そうに首を傾げた。

「それで、スモーカーさんはなんの仮装をしてるんですか??」

 外回りの海兵は今日みんな仮装してるって聞いたのにと、余計な情報を仕入れたらしい青年の言葉に、スモーカーの目つきが鋭くなった。
 その手がゆらりと動き、その太い胴体と鎖でつながっている皮ベルトを示す。
 外敵を攻撃するかのようなトゲトゲした飾りを見やり、それからもう一度スモーカーを見上げたナマエが、再び首を傾げた。

「………………囚人?」

「海兵にそんな仮装を割り振るわけがあるか」

 問われた言葉に、スモーカーはきっぱりと否定を返した。
 じゃあ何なのとナマエは不思議そうだが、ここで『犬だ』と言うことはさすがに憚られ、スモーカーの口がむっつりと閉じる。
 正式には『地獄の番犬』だったらしいが、スモーカーは地獄を見学したことも無ければそこに番犬がいるとも聞いた覚えがないので、これをと差し出された犬耳はしっかり握りつぶしてきた。
 せめてと乞われて首輪は身に着けてきているが、さすがにナマエも分からないらしい。
 それでも、普段つけていないものをつけているのだから、立派な『仮装』である。

「うーん……?」

「妙なことを考え込んでるんじゃねェ。今日はもう仕事上がりか」

「あ、はい。仕事終わりました」

 じろじろとスモーカーを見つめる相手へスモーカーが唸ると、大して怖がる様子もなくナマエはそう返事をした。
 それを見やり、それならとっとと家に帰れ、とスモーカーが言う。
 仮装をしているのだから、どこかで客寄せをして菓子でも配っていたのだろう。
 見た目では分かりにくいが、ナマエは確かに疲れた顔をしていた。
 家まで送って行ってやってもいいが、スモーカーが警邏で回るルートとは逆方向である。
 同じ方向に歩かせて遠回りをさせるわけにも行かないし、海兵が見回りを怠ってよいはずもない。

「おれは仕事中だ。じゃあな」

「あ、待って待って、ついてきます!」

「……ついてく?」

 そのまま青年を放って歩き出したスモーカーに、慌てたようにナマエがその後をついてきた。
 寄こされた言葉にスモーカーがちらりと視線を向けると、そう、と青年が答える。

「だってスモーカーさん、お菓子持ってないんだったら、子供達が寄ってきても楽しませてあげられないじゃないですか」

 たくさん悪戯されちゃいますよ、なんてことをナマエは言うが、その可能性は低いだろうなとスモーカーは思った。
 スモーカーは自他ともに認める強面である。
 嫌われてはいないだろうが、小さな子供からは『怖い』と思われる見た目なのだ。
 そんなことは、ここしばらく付き合いのあるナマエだって分かり切ったことだろう。
 事実、警邏に出てから一時間は経つが、まだ子供からは一度も声を掛けられていない。
 しかし、『必要ない』と吐き出すべき言葉をスモーカーが飲み込んだのは、スモーカーの方を向いたナマエが楽しそうに笑ったからだった。

「それにせっかく今日はスモーカーさんに会ったんだし、もう少しお話もしたいですし」

 だからついていきますと言って、ナマエがスモーカーの横に並ぶ。
 薄い布地らしいローブが歩くたびにひらひらと揺れて、内側に入っている深い緑色の裏布がちらりと見えた。

「…………」

 は、とスモーカーの口から声も無く息が漏れる。
 漏れた紫煙が空気に溶けて、二人が歩く後を追いかけて消える。
 先程寄こされたキャンディを何となく握り込んで、一度葉巻の煙を口へ入れてから、スモーカーは言葉を零した。

「せいぜい菓子を切らさないようにしてろ」

「はい、もちろん」

 スモーカーの放った『許可』を正確に受け取って、スモーカーの横を魔法使いがうきうきと歩く。
 元より人好きのするナマエが傍にいるせいか、その後の警邏で、スモーカーは頻繁に子供らに声を掛けられた。
 魔法使いから分け与えられたキャンディを配ったおかげで、地獄の番犬は子供のいたずらと言う魔の手から逃れることが出来たのだった。


end


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