ドフラミンゴと楽しむ
※『自己満足の謀略』の転生系天竜人主
※ふんわりとした捏造
今日はどうやら、ハロウィンだったらしい。
「どこでもあるもんだな」
思わず俺がそんな声を漏らしたのは、平和すぎる東の海のこの島が、祭りらしきものを催していたからだった。
聞こえた話によれば、化け物やそれ以外の仮装をして練り歩き、道行く先で子供が大人に菓子をねだるらしい。その合言葉も何もかも、『俺』の知っているハロウィンとそう変わらない。
由来についてはよく分からないが、楽しいことが行われているのはいいことだ。
「ナマエは仮装しないのか?」
ひと月単位で借り上げた大きな屋敷の中で、廊下に立っていた俺のところへひょこりとやってきたのは、体のあちこちに包帯を巻いて、どうやら手作りらしい木材で出来た鎧を着込み、片手にボールの入ったヘルメットを持っている子供だった。
最近は少し健康的な顔になってきたその顔を見やって、緩く笑う。
「ローのそれはどういう仮装なんだ?」
「まだ完成じゃない」
尋ねるとローがそんな風に答えて、ふわ、と少しばかり小さなサークルを展開した。
食べた悪魔の実を着実に自分のものとして使いこなし始めている子供が展開したそれは、自分の体をどうにか覆えるほどの大きさだ。
そうして、ふっとその頭が消えて、思わず目を丸くする。
ローの首の上にあったのは、フルフェイスのヘルメットをかぶったボールだった。よく見れば、ペンでうっすらと目鼻口が書かれている。
「これで完成なんだ」
声が聞こえて見やると、ローの両手が自分の頭を抱えていた。
ふふんと胸を張って自慢げなその顔に、少しばかり言葉を探す。
ここは東の海だ。
悪魔の実の能力者ですら珍しい部類の平和な場所で、子供の首を持った人間なんてものが歩いていたら、それは猟奇事件の類にすら見える。
まだしばらく滞在するつもりの島で、警戒されたり奇異の目を向けられたところで俺は構わないが、ドフラミンゴの『やりたいこと』に支障があっては困る。
いくらか考えてみても騒ぎが起こる可能性しか思い浮かばず、そっと身をかがめてローの目線に近付けた。
「すごいな、ローは。何ていう仮装なんだ?」
「ドフラミンゴの本棚にあるのに読んだことねェのか? 首狩りジャックだ」
100人の首を狩り取った伝説の騎士だぞと言い出す子供に、なるほどそう言えばそんな本があったな、と少しばかり思い出した。
ドフラミンゴがいくつか趣味で集めていたうちの本だ。
確か、そのジャックとやらが刈った首は生きていて、呻いたり助けを求めたりしたらしい、と彼が笑い飛ばしていた覚えがある。それを実演するための仮装なのだろう。
「本格的だなァ」
「やるんならちゃんとやらねェとな」
自慢げな顔をしたローに、そうか、と頷く。
けれどもそれから、努めて心配そうに眉を下げて、だけどロー、と言葉を落とした。
「その状態だと、歩いていたら酔ってしまうんじゃないか?」
「よう?」
「人間の首は歩く時に頭の高さを自動で調節してくれているから視界が揺れないけど、手に持っている時はそれが出来ないだろう?」
何度も練習すればその限りではないだろうが、そこにはあえて触れないでおく。
「それに、人にぶつかられて落としてしまったらすごく痛いし、頭なんて強く打ったら大変なことになる」
ローだって分かっているだろうと言葉を続けつつ見つめると、むっと子供の眉間にしわが寄った。
人の仮装にケチをつけるのかと書いてあるその顔を見て、それになにより、と言葉を続ける。
「こんなに格好良く仮装してるんだ、せっかくたくさんお菓子がもらえるのに、両手が塞がっていたら持ちきれないよ」
「………………」
「ベビー5達だけたくさん持ってて、ローが少ないなんてまるで負けたみたいでイヤじゃないか? ローが一番格好いい恰好をしているのに」
そんな風に言ってから、俺は片手を自分の口元へと添えた。
小さな手が抱える頭へ体を寄せて、小さな耳元へそっと言葉を放つ。
「あと、どうせならその『格好』は、外でやるより屋敷の中でやった方が面白いから」
「屋敷で?」
「最初はボールを手に持った格好で会っておいてね……そうだな、たくさんお菓子を集めた後でいいかもしれない。相手が油断した頃に、首だけで声を掛けるんだ」
びっくりするファミリー達が見たくないか、と尋ねると、ぱち、と間近にあった子供の目が瞬きをした。
そうしてそれから、ふわりとまたサークルが展開される。
一瞬でボールと頭の位置が入れ替わり、それを見やった俺のことを、さすがに少し大きくなっているローが見下ろした。
「……そうだな、コラさんだったら、びっくりしすぎてひっくり返るぞ、絶対」
言い放った子供の手がボールからヘルメットを奪い、自分の頭の上へと乗せる。
目元に落ちた影も気にせずにやりと笑うその顔は悪童そのものだが、どうやら島に大変な混乱を導くことは回避されたようだ。
代わりにロシナンテが後ろ向きに転んで大変なことになりそうな気がしたが、彼が転ぶのはいつものことなので、きっと大丈夫だろう。
「ものが壊れないように気をつけてあげてくれ。ほら、どうぞ」
言葉と共にポケットから取り出したキャンディを差し出すと、まだ何も言ってねェのに配るのか、と笑ったローがそれを受け取った。
表記を探しているのか、赤い包みをくるりと回す子供の前で、ふふ、と笑い声を零す。
「舌や歯が真っ赤になるキャンディだから、食べ終わったらロシーにも口の中を見せてあげるといい」
もがれた首から真っ赤な舌が飛び出していたら、きっとロシナンテはそれはもう驚くだろう。悲鳴の一つでも上がるかもしれない。
俺が想像したのと恐らく同じものを思い浮かべたのだろうローが、先ほどよりあくどい顔で笑う。
『行ってくる!』と声を上げた子供は、そのまま俺の前から走っていった。
行ってらっしゃいと見送って、俺も改めて窓の外を見やる。
あちこちにオレンジ色の明かりを灯している町並みは、少し遠いがとても賑やかだ。
後でドフラミンゴを誘って出歩くのもいいかもしれないな、なんて考えて足を動かそうとしたところで、聞きなれた足音が近づいてくるのに気が付く。
窓際に佇んだままで通路の奥を見やると、そこに見慣れた人影があった。
「ドフィ」
そちらを見やって声を掛けた俺の肩が、とん、と後ろから叩かれる。
それを受けて振り向いた俺は、そこにも先ほど見たのと同じ人間が立っているという事実に、目を丸くした。
「trick or treat」
耳に心地よい声が、どことなく遠い場所から伝わって俺へと囁きを落とす。
肩に触れた感触にもそれほどの重みが無いという事実に、ああ、と声を漏らした俺は通路の奥の方へと視線を戻した。
「糸人形か……びっくりしたよ」
「フッフッフッフ!」
俺の言葉に笑いながら、近寄ってきた相手が軽く手を振る。
それと共に肩に乗っていた重みが無くなり、ちらりと見やると『ドフラミンゴ』の姿をしていたそれがゆるりと解けていくところだった。
けれども完全に解けることはなく、今度はまるで骨格模型のような姿になる。大きさからして、自分の体を参考にしたのだろうか。
窓の外からの明かりに照らされた糸製の骨人形を見やっていると、近寄ってきたドフラミンゴが、俺の横で足を止めた。
「仮装はしねェのか、ナマエ」
「俺は用意していないなァ。ドフィはとても格好いい恰好をしているね」
尋ねられて答えながら、俺はドフラミンゴへ視線を戻した。
今日のドフラミンゴは、いつもより暗めの恰好をしている。
髑髏をあしらった黒いスーツに、ろっ骨を思わせる黒い縞の入ったオレンジのシャツ、つけているアクセサリーも髑髏やそれに寄せた意匠のものだ。
今日まで見たことのない恰好だから、わざわざ用意したのだろう。
子供達に合わせて楽しむつもりらしい相手へ微笑むと、当然だろうと言わんばかりに笑ったドフラミンゴの片手が、そっと俺の肩へと触れる。
それと同時に後ろからも逆の肩へ触れられて、ちらりと見やるとあの糸で出来た骨格模型の手が、俺の肩に乗っていた。
「ドフィ?」
「知らねェのかナマエ、『ハロウィン』は、仮装をしていねェ奴が仮装をしている奴に菓子をくれてやる日らしいぞ?」
フフフと笑い声を零しながら寄こされた言葉に、俺はぱちりと目を丸くした。
俺が少しばかり集めた情報だと、この島のハロウィンは『大人』が『子供』に菓子を配る習わしだ。同じ報告をドフラミンゴも聞いていたのだから、ドフラミンゴが知らないはずもない。
だというのにそんな分かり切った嘘を言うなんて、そんなに甘いものが食べたいのか。
「ドフィ、お菓子なら……」
「菓子がねェんなら、イタズラの一つでもしてやらねェとな?」
言葉と共にポケットからキャンディを取り出そうとした俺へ向けて、ドフラミンゴがそんな囁きを落とす。
どことなく楽しそうなその声音に、俺はもう一度瞬きをした。
後ろから俺の肩を撫でて動いた『糸』の人形が、擽るように俺の顎を撫でる。
上向かされて身じろいだ俺を覗き込むドフラミンゴの顔を、下から同じように覗き込んだ俺は、自分のポケットへ伸ばしかけていた手をそっと動かした。
ドフラミンゴの生身の腕を両手で掴んで、肩からはがすようにして引き寄せたそれにそっと頬を添える。
「酷いことをしたい気分?」
「フッフッフ! タノシイことしかしねェよ」
知ってんだろうと囁いたドフラミンゴの声は楽しそうだが、何となくわずかな苛立ちを感じる。
どうしたのだろうかとその顔を見上げていた俺へ、ドフラミンゴが言う。
「お前の『一番』が誰なのかは、教え直さなきゃならねェようだがなァ」
「……なるほど」
一体どこで聞いていたのかは分からないが、ドフラミンゴが不機嫌な理由は分かった。
だからこそ頷いて、俺は体から力を抜く。
「お手柔らかに」
俺の『一番』はドフラミンゴに決まっているというのに、あんなことですぐ不機嫌になってしまう俺の恋人は、多分世界一可愛い恋人だった。
「ドフィ、どうしよう、ローの首が!!」
あちこちで派手に転んだんだろう、埃と痣まみれのロシナンテが子供の首を片手に部屋へと飛び込んできたのはそれなりにドフラミンゴの機嫌が治った頃だったので、どうやら俺は今年、ハロウィンに参加し損ねたらしい。
end
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