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カタクリと吸血鬼
※not主人公は人外(吸血鬼)
※黒髪色白赤目+牙と外見設定が決まっているので注意
※シャーロット家兄弟への偏見と捏造がありますのでやっぱり注意



 カタクリにとって、『ハロウィン』と言うのはそれほど特別なものでもない。
 そもそもその行事を知ったのが弟妹がある程度出来てからのことであったし、『完璧』な男であるべきカタクリにとって、そう言ったものではしゃぐのはまた『らしくない』ことだった。
 それでも、カタクリの好物を知っている兄弟からは大きなドーナツを贈られるし、カタクリにとって唯一の兄や姉もまた同じようにカタクリへ菓子を渡してくる。
 そうしてこの日に唱えるというお決まりの文句は、カタクリ達の『ママ』のソウル集めの文句に似ている。
 万国に君臨するシャーロット・リンリンの子供達にとって、すなわち『ハロウィン』と言うのは、『ママの真似をした呪文を唱えてお菓子が食べられる日』なのだ。

「カタクリ、トリックオアトリート」

 しかしこいつにとってはどうなのだろうかと、カタクリはひょいと目の前に現れた男を見やって考えた。
 夕闇があたりを満たした万国の夜、粉大臣としてカタクリが君臨するコムギ島のハクリキタウン。
 カタクリの為にあつらえられた屋敷の、カタクリの為の部屋へひょこりと現れたその男は、白い肌と黒い髪、そして赤い瞳を持っていた。
 にまりと笑った唇から覗く二本の上牙は鋭く、着込んだ衣類も暗い色が多い。背丈はカタクリの半分も無いだろうし、見た目の年齢だけなら、カタクリの弟と言っても差し支えない。

「ナマエか。ママにはもう挨拶は終えたのか?」

 唐突に部屋へと現れた男を見やって尋ねたカタクリへ、そりゃもちろん、とナマエが答えた。

「今日は美味しくて珍しいケーキを持ってきたんだ。リンリンも喜んでたよ」

 カタクリより年下にしか見えない顔立ちの癖に、微笑んだ男はカタクリの母親を呼び捨てにする。
 どことなく親しげな音を宿したそれは、しかし今更過ぎて咎めることもできない。
 見た目こそこの姿だが、ナマエはカタクリより随分と年上だ。
 実際の年齢を聞いたこともあるが、シャーロット・リンリンより年上であることを示すそれが本当なのかは分からない。
 佇んだまま男を見やっていたカタクリがふと降ろしていた左腕を動かしたのは、自分のすぐそばによる黒い影が『見えた』からだった。

「よっと」

 そうして、ゆらりと体を揺らがせたナマエの体が空気に溶けるように滲み、動いた黒い影が動かしたカタクリの左腕のすぐそばまでやってくる。
 冷たい掌がカタクリの腕へと触れて、黒い靄がカタクリの腕を包んだかと思えば、いつの間にやらそこに男が座っていた。
 重さを感じぬ相手をカタクリが見やると、カタクリと変わらない目線になった男が、カタクリを見やる。
 笑ったその唇からちらりと覗く二本の犬歯は鋭く、肉など簡単に穿つことが出来そうだ。
 体を霧に変えることができ、そうして扉を閉ざしているはずのカタクリの部屋へ簡単に侵入してくる彼は、自分を『吸血鬼』だと言った。

『やあこんにちは、君がカタクリくん?』

 可愛いね、と言いながら幼かったカタクリを抱き上げたあの頃と、今のナマエはまるで変わらない。
 ナマエが血を欲しがるところをカタクリは見ていないが、老いず死なず人の理をいくらか外れた力を持ち、しかし悪魔の実の能力者でもないナマエの言葉を否定する材料を、カタクリは知らなかった。
 彼がシャーロット・リンリンの『コレクション』に加わっていないのは、彼が彼女の昔からの友人であるからだ。
 そして、こうしてふらりとやってきては珍しい食べ物を寄こすナマエを、カタクリの母親も多少気に入っているらしい。

「それで、お菓子は?」

 見やっていた先で小首を傾げた男が言い放ったのを聞いて、カタクリはナマエを腕に座らせたままでゆるりと動いた。
 ここ何年か、毎年現れていたのだ。きっと今年も来るだろうと考えて、カタクリは部屋の中に菓子を用意している。
 丸いテーブルの上に置かれていた小瓶を掴んでそのまま放ると、ナマエの両手がそれを受け取る。

「ゼリービーンズだ」

「ああ、ペロス兄に頼んでおいた」

「ペロスペローの作ったやつ?」

 問われる言葉に先取りして答えたカタクリに、気にせず問いを投げたナマエの手が瓶を揺らした。
 ソラ豆の形をした色鮮やかな砂糖菓子達が、ガラス瓶の中でてらりと光る。
 瓶の中身を見つめたナマエが、少しばかりつまらなそうに眉を寄せた。

「なんだ、じゃあ今年も駄目か」

 呟く男に、おれの知ったことじゃない、とカタクリは答えた。
 ナマエが初めてこうして『ハロウィン』にカタクリのもとを訪れたのは、もう何年も前のことだ。
 メリエンダなどとうに終わった時間で、カタクリの部屋には菓子など無かった。
 だから、呪文を唱えた男に『無い』と答えたのだ。
 それを聞いて、ナマエはにまりと、それはもう楽しそうに笑った。

『トリック、オア、トリートって言っただろ?』

 お菓子が無いなら仕方がないなァと続いてしでかされた『イタズラ』に、カタクリは二度とこのような失敗はすまいと対策を練った。
 しかし、窓を閉じようが扉を閉じようが鍵を掛けようが、ナマエは勝手にカタクリのもとへとやってくる。
 『一度招いたんだから仕方ないよ』とナマエは言うが、このようなことをされると分かっていたら、カタクリはナマエを屋敷には招かなかったに違いない。
 念には念を入れて菓子を用意していたがために事なきを得たが、万国から出航した船の上にすらも現れたナマエに、『諦めて菓子を用意して相手をした方が気が楽になるぞ』とカタクリを諭したのはうんざりとした顔の兄だった。
 兄ほどの男がもそう言うのならそうなのだろう、と仕方なく納得したカタクリは、今年はこうしてハクリキタウンで普段通りに過ごしている。
 今日も、しっかりと扉と窓を閉めてあったが、やはりナマエには何一つ効果は無かった。

「……一応言っておくが、ハロウィンは『イタズラ』をしでかす日ではない」

「知ってるよもちろん。だからほら、諦めたじゃないか」

「『諦めた』と言うのがまずおかしいと理解しろ」

 しっかり『イタズラ』をするつもりでやってきた男に、カタクリの口からはため息が漏れた。
 布の内側のそれを聞き取ったらしいナマエが、幸せが逃げるぞ、と迷信を囁く。
 それを放っておいて、カタクリはじろりと自分と同じ目線にいる男を見やった。

「お前にとって、ハロウィンは何なんだ?」

 もともと、『ハロウィン』と言うのは収穫祭だったらしい。
 あちこちの宗教も絡んでよくわからなくなり、こうして万国に定着したのは『お菓子』が関係したからだ。
 この日の為に特別な菓子を作る店もあるし、それらをカタクリ達の母親が歓迎しているのでこの国では成り立っている。
 幼い弟妹は素直に楽しんでいるし、カタクリとしても異論はない。
 けれどもこの、自称『吸血鬼』はどういうつもりでカタクリのもとを訪れているのか。
 そんな疑問を向けたカタクリに、ナマエがぱちりと目を瞬かせる。
 そうしてその口が開き、漏れ出た言葉をカタクリの見聞色が先に捕まえた。

「そりゃもちろん、」

「いや、いい。口を閉じろ」

「可愛いカタクリを可愛がる日だよ」

 命じたカタクリを気にした様子もなく最後まで言葉を続けて、ふふ、とナマエが笑い声を零す。
 溶けかけたベリーキャンディのような赤い瞳で幼い子供をいつくしむような視線を寄こされて、カタクリはますますその目を眇めた。
 何人もの弟妹を持ち、多額の懸賞金を首にかけ、見た目通りの年齢を重ね、逞しい体躯を得た大柄なカタクリを、ナマエは可愛いと言う。
 それはそれこそカタクリが幼い頃からの延長で、他の兄弟達も同じように可愛がられているとカタクリは知っている。
 いい加減にしろと怒ったこともあるが、可愛いものは可愛いんだよと言ったナマエは譲らなかった。
 『完璧』なカタクリには似合わない形容詞だというのに、引き下がらないナマエに折れるのはいつもカタクリの方なのだ。
 だから、睨みつけていた視線をゆるりと外したカタクリの腕の上で、そこに座ったままの男が手元のガラス瓶を揺らす。

「ちょっと食べようかな。カタクリはどうする?」

「おれには不要だ」

 尋ねながら無遠慮にカタクリの口元へ片手を伸ばしてきた相手にカタクリがわずかに身を引くと、それ以上は追わなかったナマエがそっかと笑う。
 幼い頃から顔を合わせているのだから、カタクリの秘密をこの男は知っている。

『お揃いだな』

 口腔に収まりきらず唇からも覗いたカタクリの牙を見て、自分の犬歯を示して笑ったナマエの顔もまた、今と変わらなかった。
 人ならざる男の手が瓶の蓋を開けて、ざらりと掌に落としたゼリービーンズをそのまま口に運ぶ。

「相変わらずうまいなァ」

「当然だろう。ペロス兄が作ったものだ」

「そしてカタクリも相変わらずだった」

 胸を張ったカタクリの腕に座ったまま、ナマエは笑っていた。



end


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