ナミと誕生日
※主人公は麦わらの一味(notトリップ系クルー)
「ナマエ、誕生日おめでと〜う!」
飛び跳ねるようにしながら近寄ってきたトナカイ船医が、ワタアメのついたジュースらしきものを手にして笑っている。
「おう、ありがとうな、チョッパー」
今日何度目かも分からない祝福に笑って、おれはそちらへ言葉を返した。
丸く上がった月に、耳を楽しませる楽しげな音楽と波の音、うまい料理に良い酒に、それを楽しむ仲間達の笑顔。
偉大なる航路を往くおれ達の大事なサウザンドサニー号の芝生まみれの甲板も、本日はパーティー会場だ。
何故かと言えば今日が〇月◇日、すなわちおれの誕生日だからだった。
食料を大量に入手できるような島があれば宴をしてもいいと言われて、別に気にしなくていいと笑ったのに、うまいことおれ達は実り豊かな秋を迎える夏島へとたどり着いていた。
海賊弁当を背負って元気に島へ降りて行った船長達が競い合って獲物を狩ってきたおかげで、立食パーティーを開いた今でも食糧は恐らく十分にある。
今日は一日働くなと言われてしまったからどうにもできないが、明日は保存食作りを手伝わなくては。
「せっかくだからもっと食べた方がいいぞ、ほっといたらルフィが全部食べちゃうからな。ほら、これとか、これとか」
近寄ってきたトナカイ船医が、芝生の上へ直接座っているおれの皿へ料理を乗せている。
並ぶのはおれが好きなものが殆どで、宴の始まりに見やった大皿の上も同じだった。
好物をコックに把握されていると、こういう時に嬉しいものだ。
「チョッパー、あーん」
「ん?」
つやつやとタレを光らせる美味しそうな肉料理をフォークで刺してひょいと差し出すと、あーん、で反応した船医の口があく。
そこを逃さず口の中へ料理を放り込むと、はっと気付いて口を閉じた相手の口の中に料理が消えた。
「ナマエのらぞ!」
「おれはお前らほど食べられないからなァ。ちょっと多いんだ、これが」
テーブルの上の料理は丸ごと船長が食べてくれるだろうが、皿の上はそうもいかない。
おれは別に構わないのだが、何度も何度も航海士に怒られたおれ達の船長は、おれの皿からは料理を奪わなくなってしまったのだ。
口元に蹄を当てて、もぐもぐと口を動かした船医が、おれのことを頭からつま先まで見てから口の中身を飲み込む。
「ナマエはもっと食べた方がいいと思うんだ、おれは」
「おいおいドクター、太らせて食べたいって? オオカミになったのか?」
「おれはトナカイだ!!」
尋ねたところで怒ったように声を上げられたので、悪かったよと軽く笑う。
そうしてそれから、先ほど船医に渡された皿を手に、ひょいと立ち上がった。
下に置いてあった酒瓶もつまみ上げると、下を向いたことで回った酔いを感じる。
宴が始まったのは夕方から夕闇が訪れる頃で、すでに何時間も経過している。
もっと遅い時間までこの状態だろうから、少し酔いを醒ました方がいいだろう。
コックから水でも貰って来るかとダイニングキッチンの入り口の方へ視線を向けたおれを見上げて、あ、と船医が声を漏らす。
「ナマエ、ちょっと休みに行くのか?」
「ん? ああ、水でも貰ってこようかって」
「それなら、水族館のとこがいいぞ!」
「水族館……ああ、バーのところの?」
贅沢な話だが、大きな生け簀をそのまま横から見られる一部屋がこのサニー号にはある。甲板からすぐ入れる扉を見やったおれへ、そう、と船医が頷いた。
「ナミが言ってたんだ!」
「……ナミ?」
「あっ」
おれが目を丸くしたのを見て、慌てたように自分の口を封じた船医が、目をきょどきょどとさ迷わせる。
自身の失言を連れ戻すすべを探す子供のそれに、おれはちらりと視線を動かした。
小さなトナカイ船医の紡いだその名前の主は、傍らにいる考古学者と楽しそうに話をしている。
オレンジの髪を丁寧に結い上げ、おれが見たことのない服に身を包んでその身を磨き上げた航海士は、いつもと同じくらい魅力的だ。
おれの視線に気付いているのかいないのか、まったく反応しない相手に肩を竦めて、おれは足元の船医へ視線を戻した。
「大丈夫だチョッパー、おれは何も聞かなかった」
だから安心してここで楽しんでてくれ、と言葉を落とすと、小さな船医は自分の口を押さえたまま、こくこくと頷いた。
※
足を踏み入れたアクアリウムバーには、すでに飲み物が用意されていた。
伏せられたグラスは二人分、水差しの中身は香りづけされた真水。
いつからあるのかは分からないが、二つのグラスを両方立てて、そちらへ水を半分ずつ注ぐ。
通路側からの明かりが水槽越しに部屋を照らし、扉一枚向こうの喧騒は遠くて穏やかで、まるでここも海の中に沈んでいるかのようだ。
グラス片手に眺めた船医曰くの『水族館』には、今のところ魚影は一つもない。
「……ん?」
明日あたり釣りをしていくんだろうかと生け簀を眺めたおれは、ちょうど『水槽』のど真ん中に、見覚えのないものがあることに気が付いた。
丁寧に設置された岩やそれ以外のオブジェの中央で、赤い板金を使って作られた典型的な宝箱が、丸い蓋を緩く開けながらこちらを向いている。
薄暗い水底に沈むそれを確かめようと近寄って、そっと膝が椅子に乗る。
「すぐ気付いた?」
そこでがちゃりと扉が開く音がして、耳に慣れた声がそんな風に飛んできた。
それを受けて振り向くと、にこりと笑ったおれ達の航海士が、後ろ手に扉を閉ざしたところだった。
一瞬近くなった演奏が、また随分遠くなる。
「これはナミが?」
「そうよ。私から、ナマエへのプレゼント」
入れるの大変だったんだからと笑った彼女に、取るのも大変そうだなァと軽く笑う。
何せ宝は生け簀の中だ。ちらりとしか見えない箱の中身が何なのかも分からないから、重さの予想もつかない。
「何よ、いらないっての?」
途中でおれが先程水をいれたグラスを拾いながら、近寄ってきたナミがそう言ってわざとらしく眉を寄せたので、そんなことは言ってないとおれは答えた。
「ナミがくれるもんだろう。嬉しくないわけがない」
「……あんた、今日ほかのやつにもそんなこと言ってなかった? ロビンとか、ウソップとか」
下から見上げるようにした彼女に寄こされた言葉に、おれはグラスを持っていない方の掌を晒して降参を示した。
自分の出した言葉を一から百まで覚えているわけじゃないが、似たようなことを口にした覚えはある。
しかし大事な仲間達から贈られる『誕生日プレゼント』だ。嬉しくないなんて嘘は口が裂けたって言えないのだから、仕方がない。
おれの様子で返事を受け止めて、適当なんだから、と声を漏らしたナミの手がおれへの肩と触れる。
押されてされるがままに生け簀を背にして椅子へと座ったおれは、自分の顔を覗き込むようにしているナミを下から見上げる格好になった。
いつもと同じく魅力的な格好をしたナミが顔を近づけてくると、少しばかりオレンジに似た匂いがする。
息がかかりそうなほど近くからじっとおれの目を見つめた航海士が、辿るようにその片手でおれの胸に触れる。
「……あー、もう!」
そうしてそれから、癇癪を起した少女のような声を上げて、おれのすぐそばにどかりと座り込んだ。
「あんたの心臓何で出来てんのよ! これだけやってもドキドキの一つもしないってわけ!?」
怒ったように言われて、ははは、と軽く笑った。
何笑ってんのよとそれに眉を上げてから、ナミの手がグラスをこちらへ寄せる。
向けられたそれにおれもグラスを差し出すと、水の入ったグラス通しが軽くぶつかって音を立てた。
「誕生日おめでとう、ナマエ」
「ああ、ありがとう」
酒も無い乾杯に言葉を添えられて、おれもそちらへ言葉を返す。
オレンジの髪をしたこの航海士が、先ほどのようなことをおれに仕掛けてくるのはいつものことだった。
『あんた、いっつも笑ってるけど、慌てたり焦ったりしないわけ?』
いつだったかそんな風に言い放ったナミは、どうやらおれを『ドキドキ』させたいらしい。
べたりとくっついてきたり甘えるように声を掛けてきたり、親密な関係の人間にするような距離を取ってくるナミは、とても可愛い。
いや、もとよりナミは何をしていても可愛いし、女好きのコックがナミを讃えている時はおれも勝手に同意している。
誰より優しくしてやりたいし、実際誰より優しくしているという自負がある。
おれが年上でナミ達が年下なのもあって構いやすいし、おれにとってのナミは誰より可愛いお姫様だった。
何故かと言えばそんなもの、おれが彼女を好きだからに決まっている。
「新しい服までおろしたっていうのに」
「今日の服も可愛いな。髪の色にも似合っている」
「ありがと、でもそういう話じゃないの」
綺麗に結い上げたオレンジの髪をそのままに、グラスに口をつけたナミが水を飲む。
離れたグラスにはその唇を彩っていた化粧がわずかに移っていて、それを追うように少し尖った唇のまま、じろりとその目がこちらを見た。
そのまま柔らかい体がもたれかかってくるのを、座ったままで受け止める。
東の海でおれ達の仲間になってからの彼女の行動に、おれや周りの仲間達は随分慣れている。いや、未だにコックには『羨ましい』と血の涙を流されることがあるが、それくらいだ。
風呂上がりのタオルを目の前ではらりとされた時はさすがに怒ったが、あの時以降はそこまでの力技はしてこなくなった。
けれどもその代わり、今日のようにいい香りをさせながら近寄ってくる。
自分に好意を持っている相手にそんなことをするなんて、まるで食べてくれと言わんばかりの行動だ。
けれども、『仲間』である彼女へそんなことをしないと、確かな信頼を寄せられているのを感じる以上、噛みつくなんて出来るはずもないことだった。
これだけ分かりやすくしていて、おれの好意が伝わっていないなんてことはないだろう。
ときめかせたいくせに何もされたくないなんて、おれのお姫様はわがままだ。
「誕生日くらい、自分に素直になってもいいって思わない?」
「おれはいつでも素直で正直だと思うけどな」
「どうかしらね」
心外な問いに返事をしたら、何故だか肩まで竦められてしまう。
ひどい話だと軽く息を零して、おれも自分の手元のグラスを舐めた。
ふんわり漂う柑橘類の香りが、酔いの回った頭を少しずつ醒ましていく。
「そういや、あの宝箱の中身は何が?」
「宝箱の中身なんだから、お宝に決まってるでしょ」
「ナミのへそくりみたいな?」
「なんで私があんたに自分のへそくりを分けるのよ」
言葉と共に一度離れた体でどすりと肩にぶつかられて、おっと、と体を寄せる。
おれが離れた分を追いかけてきたナミの体がこちら側へと倒れ込んで、グラスを持っていない方の掌がぎゅっとおれの手を捕まえた。
「もっといいものに決まってるでしょ」
呟く声は小さめで、けれども静かな部屋にはしっかりと届く。
「……それは楽しみだな」
呟きつつナミの方を見やると、生け簀の向こうからの光が、その体を照らしていた。
海の中に沈んだ色をした航海士の姿に、人魚みたいだな、と場違いなことを考える。
おれの真横にいる彼女は、二本の足を持って甲板に立ち、その才能で空を読んでこの船の航路を拓く最高の航海士だ。
何度も助けられたし、これからもそうだろう。
おれ達の旅には彼女が必要不可欠で、それはきっと、ずっと変わらない。
海図を描きおれ達を導くその手はけれどもやっぱりおれより年下の少女のそれで、そのことを認識してしまったおれは、そのままナミから視線を逸らした。
おれの仕草に気付いた様子もなく、あーあ、とナミが声を漏らす。
「なにか食べ物も持ってくるんだった」
「腹が減ったのか? 結構食べてたんじゃなかったか」
「別にそんなにたくさんは食べないわよ。つまめるくらいでいいし」
そんな風に言って、ナミの頭がぐりぐりとおれの腕に押し当てられる。
小さな手は相変わらずおれの手を握っていて、細い親指と人差し指がおれの指をつまむような仕草をした。
「チョッパーにやってたじゃない。あれなら、さすがにドキドキするんじゃない?」
言葉と共にふふふと笑った航海士に、何か船医と特別なことをしただろうかと少しばかり考える。
けれども大して思い浮かばず、ううん、と声を漏らしながら首を傾げた。
「太らせて食うって話か?」
「何よあんた、チョッパーに齧られる予定があるわけ?」
さすがにそれは断んなさいよと呆れた顔をしても、やっぱりナミは可愛かった。
end
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