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エンドロールの足音
※notトリップ系主人公は海兵でロシーの友達
※ほぼロシナンテとドフラミンゴで夢要素少なめ
※ネタ&小話の『ロシナンテはドフラミンゴの誕生日を祝いたい』からそのまま移動
※ドフ誕



「ロシナンテ、見ろよ、今朝配達されてた賞金首の手配書!」

 ひょいと出された大きな紙面に、ロシナンテは目をぱちりと瞬きした。
 鼻先に突き付けられたそれは近すぎて、まるで読めない。

「なんだ?」

 前髪の下で眉を下げつつ、そんな風に尋ねながら首を傾げたロシナンテに、あ、ごめんな、と声を零したナマエが手に持っていたものをロシナンテの目の前から少しばかり離した。
 養い親にあこがれて、海軍へと入隊してからしばらく。
 かの『センゴク』との関係を隠して雑用となったロシナンテに構ってきたナマエが、ロシナンテの目の前でわずかに揺らしているそれは、確かに彼の言った通り『手配書』だ。
 そして、そこに印刷されていた写真に、ロシナンテの目がわずかに見開く。

「『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』だってよ!」

 北の海の奴らしいぞと、そんな風に言ったナマエが、何故だか喜ばしげに笑っている。
 確かに、そこに載っているのは『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』だった。
 最後に顔を合わせた時よりずいぶんと成長しているが、ロシナンテが彼を見間違えるはずがない。
 ただの印刷物なのに、ロシナンテの方を見据える黒いサングラスの下から視線が突き刺さった気がして、ロシナンテの足が一歩後ろへと引いた。
 わずかな恐れを示したロシナンテに、ナマエが不思議そうに首を傾げる。

「ロシナンテ?」

 どうしたんだ、と紡いだ問いに、ロシナンテはうまく答えることが出来ない。
 海軍でのロシナンテは、今のところは『ただの』ロシナンテだ。
 いずれもっと上になった時にはきちんと家名も伝えなくてはならないとセンゴクに言われているが、ロシナンテの名前が名前であるために、最初のうちは伏せておいたほうが良いだろうと言われたからだ。
 だというのに、ナマエはなぜ『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』の手配書を、わざわざロシナンテへ見せに来たのだろう。
 困惑と、わずかな恐れを抱いたまま、何かを言わねばと頭を働かせるロシナンテの前で、おかしいな、と呟きながらナマエが手配書をくるりと巻いた。

「絶対お前の親戚だと思ったのに」

「な、」

 驚きのあまり口から声が出てしまって、ぱむ、と片手で口を叩く。
 仕草のついでに発動してしまった能力が身の周りから音を消してしまい、それに気付いたロシナンテが慌てて能力を解くと、それを待っていたらしいナマエがにやりと笑った。

「やっぱそうか」

「え、いや、その、これは」

「だって顔似てるもんなァ」

 しみじみ頷きながらそう言われて、ロシナンテは戸惑いに瞳を揺らした。
 どこが、と思わず漏れた言葉に、ナマエがロシナンテの傍らで手配書を軽く広げる。
 左右に置いた顔を見比べるようにしてから、そうだなァ、と見聞している様子だ。

「このな、鼻のとこと、口のとこと、あとなんか……全体的な雰囲気?」

「雰囲気……」
 
 不明瞭なことを言われてそれを口にしながら、ロシナンテの眉間にわずかな皺が寄る。
 『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』は、悪魔のような男だ。
 幼い頃からそうだった。
 ロシナンテの知る父母は優しかったが、その二人から生まれたとは思えないような男だった。
 そんな相手と似ていると言われて、顔を顰めないはずがない。
 わずかに抱いてしまった喜びなんて、きっと気のせいだ。たとえ、この世に血を分けた兄弟が二人きりだったとしても。

「まァほら、どこの隊だっけ、海賊から海兵になった人だっているんだし、親戚が海賊で賞金首になったからって、そう気にするなよ」

 海賊達は賞金額が上がると喜ぶから本人達は喜んでるだろうしなと、まるで知り合いに悪友でもいるかのような発言をされて、ロシナンテはゆるくため息をついた。

「……ナマエが持ってこなかったら、気にしたりなんてしなかった」

「いや、今朝の朝刊に挟まってたんだぜ? 今朝見なかったとしても帰ったら見るだろ」

「今朝の朝刊はもういないんだ」

「またコーヒー零したのかよ!」

 ドジっ子かと肩を叩かれて、はらりと揺れた手配書がまた巻き取られる。
 一本の棒のようなものになってしまったそれを握り直したナマエが、とん、とロシナンテの背中を軽く叩いた。
 作業へ行こうという誘いを掛けながら歩き出した相手に、ロシナンテもゆるりと歩き出す。
 今日の雑用はどこだとか、先輩のしごきが怖いだとか、よく乱入してくるガープさんが困るだとか、そんな話をしながらナマエがゆらゆらと揺らすせいで、しっかりと巻かれたはずの手配書がまた緩んできているのがロシナンテの視界に入った。
 そうして、開いたふちからちらりと見えた文字に、はた、と恐ろしいことに気が付く。
 海軍が発行する手配書の文言に、金額と名前以外の違いはほとんどない。
 だからこそ、ちらりと見えた頭文字で、そこになんという一文があるのかを思い出してしまった。

「だけどさ、まァ強くなれると思えば……ロシナンテ?」

 すたすたと数歩先を言って、それからくるりとナマエが不思議そうに振り返ったことで、ロシナンテは自分が立ち止まっていることに気が付いた。
 しかし、竦んだ足が、前へ進まない。
 まるで子供の頃、大人達に取り囲まれ、絶望しか目の前にないと気付いた時のようだ。
 手配書の一文が、ぐるぐると頭の中を回っている。
 『生死を問わない』。
 手配書に記された金額を支払う条件として併記されているものだ。
 生きていても、死んでいても、その首にかかった金額は支払われる。
 それはすなわち、自分と同じ血が流れるはずのただ一人が、金を目当てに命を狙われる可能性が出来た、ということだった。
 ロシナンテの兄は、悪魔のような男だ。
 ロシナンテの父を殺し、調べてくれた養い親曰く随分と悪い方向に直進している。
 きっと色々な人に迷惑をかけているし、ロシナンテの兄のおかげで不幸になった人間だってたくさんいるだろう。
 けれども、自分の兄弟がいなくなるかもしれないという事実は、まるで自分が世界に一人取り残されるという意味にも思えた。
 久しぶりに抱いた寂しさが強い恐れを運んで、顔から血の気が引いていくのが分かる。

「おい、どうしたんだよ、ロシナンテ」

 大丈夫か、と心配してくれるナマエに何と答えたのか、ロシナンテは覚えていない。
 けれども、それからあと、思わず漏らしたロシナンテの『秘密』を聞いたナマエの言葉だけは、はっきりと記憶していた。





 ドンキホーテファミリーは、随分と仲が良い。
 幹部連中のつながりは強く、入り込む子供すらも拒まない。
 海軍で数年を過ごし、ある程度の肩書を得て、養い親の説得を終えて潜入したロシナンテの感想はそれだった。
 数時間前だって、ファミリーの首であるドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生日で、盛大なパーティが開かれたのだ。
 たくさんの料理がふるまわれ、特大のケーキも置かれて、ケーキの半分は子どもたちがつまんでいた。
 こういう場ではその場で調理していくらでも食べられるものが用意されるのかと思ったが、串に肉を差して焼くような料理はなかった。肉の焦げるにおいがあまり得意ではないロシナンテにとっては願ったりだ。
 酒もふるまわれ、あちこちでファミリーの人間が潰れている。大人どころか子供らも遊び疲れて眠っているが、時刻も遅いのだから当然だろう。
 床に転がる少女の意識がないことを確認して、ロシナンテの片手が少女を掴まえる。
 ぐいと引っ張り上げても起きる気配のない子供は、夢の中でも何かを食べているのか、もむもむと唇を動かしていた。
 いつものように『子供嫌い』の一環として窓から投げようかと思ったが、意識の無い状態でそれをすればいくら悪魔の実の能力者でも怪我をしてしまうだろう。
 犯罪集団の仲間入りをしては真っ当な道から離れてしまうだけだというのに、行き場を失った子供はよくこのドンキホーテファミリーを訪れる。
 兄との『再会』を果たした後で知った現状に眉を寄せたロシナンテは子どもたちを諭そうとしたが、まず『話せない』という設定の壁にぶつかった。
 更には持ち前のドジを発揮していくらか子供らを痛い目に遭わせたせいで、すっかりドンキホーテファミリーの中では『ドンキホーテ・ドフラミンゴの弟は子ども嫌い』という認識で通っている。
 しかしそのせいで泣いて逃げ出す子供もいたので、まあいいだろう、と思うようにしている。ロシナンテ自身が嫌われたのだとしても、逃げて行った子供達が真っ当な道へ戻れたならそれは正義の行いだ。
 しかし、実際のところ、ロシナンテ自身は子供が嫌いなわけではないのだ。

「…………」

 しばらく掴み上げた少女を眺め、それから息を零したロシナンテは、子供をそのまますぐ近くで倒れていた椅子へと乗せた。
 仰向けに倒れたそれは大きく、背もたれも長い。幼い少女など大の字で寝ても問題なさそうだし、床の上で寝るよりはまともだろう。
 何か掛けるものをとも思ったが、自分が着込んでいたコートは少し前に煙草で焦がして水で汚れた後、ジョーラによって引き取られてしまった。
 どうしたものかと少しばかり考えたところで、こつりと靴底が床を蹴り飛ばす音がする。

「フッフッフ! 珍しいこともあるもんだ」

 笑い声を口の中で転がした相手を振り向けば、先ほどまでいなかったロシナンテの兄が、ひょいと自分が羽織るコートを脱いだところだった。
 羽毛をあしらったそれがぽいと放られて、椅子の背もたれをベッドにして眠る少女の上へと落ちる。
 わずかに頭が出ている子供を一瞥し、それからロシナンテがドフラミンゴの方へ向き直ると、ドフラミンゴが楽しげに唇を釣り上げた。
 随分と酒を飲んでいたから、きっと気持ちよく酔っているんだろう。その姿を見てそんなことを考えながら、ロシナンテの手がぱたりと自分のポケットを探る。
 『いちいち掌に文字を書かせるのは面倒だ』と兄に放られたペンとメモ帳を取り出して、さらさらと紙面に文字を記した。

「『誕生日おめでとう』」

 使いすぎて薄くなっていたこともあり、支えもない場所で記されていたそれはいびつに歪んでいるが、読めはするはずだ。 
 くるりと回したメモ帳をドフラミンゴの方へ向けると、フフフとドフラミンゴがまた笑い声を零す。
 その手がひょいと自分のポケットを探って、紙切れを一枚つまみ出した。

「そいつはさっきも貰った台詞だな」

 言いながらひらりと揺らして向けられたそれは、パーティーが始まってすぐにロシナンテがドフラミンゴへ向けたものだった。

『誕生日はプレゼントを渡すもんなんだよ、コラさん!』

 しらないの!? と少女から非難がましい声をあげられ、買ってこなきゃダメですやん! と少年に追い立てられ、仕方なく買いに出た先で延々悩んで買ってきたプレゼントと共に渡したそれは、バースデーカードの代わりだった。
 本当はバースデーカードもついていたのだが、ロシナンテは不運に好かれた男なのだ。
 笑って受け取ってはくれたがどこかへ捨てただろうと思っていただけに、ロシナンテの目がわずかに丸くなる。
 サングラスの内側にあるそれは幸いなことに見られなかったのか、楽しそうなドフラミンゴは気にすることなく紙切れをポケットへしまいこみ、そして近くにあった椅子を引いた。
 そのまま座るのかと思ったら、来いと招かれて、ロシナンテの足がそちらへ向かう。
 ロシナンテが椅子へ座ると、ドフラミンゴはそのままテーブルへと腰かけた。行儀悪く長い足まで組みなおして、その手がテーブルの上に並ぶ無事な酒瓶のうちの一つを掴まえる。

「食うのに夢中で飲んじゃいなかっただろう」

 コルクを抜いたそれを押し付けられ、ロシナンテがそれを受け取ると、機嫌のよいロシナンテの兄は自分の分の酒瓶へと手を伸ばした。
 コルクを抜き、中身をあおる、その様子を見上げたロシナンテの手が、自分が持ったままだったメモ帳をドフラミンゴへと改めて向ける。
 誕生日を祝う言葉を差し出すロシナンテに、ごくりと喉を鳴らして酒を飲み下したドフラミンゴが、フッフッフ、とまた笑った。

「なんだ、言い足りねェのか、ロシー」

 囁くようにそんな風に言われて、相手はよほど酔っているらしい、とロシナンテは認識する。
 『ロシー』と言うのは、あの日兄の傍から逃げ出した子供の名前だった。
 この世でその呼び名を知っている人間なんて、今はもうテーブルに座る行儀の悪い男しかいない。
 再会して、ロシナンテに二代目の『コラソン』としての名を与えたドフラミンゴは、基本的にその名でしかロシナンテを呼ばなかったというのに、うっかりその線引きが外れてしまっているらしい。
 酒の恐ろしさから逃げるように酒瓶を手放したロシナンテは、メモ帳の表を一枚破り取った。
 それをドフラミンゴのすぐそばに置いて、また新たな一文を新たな一面へ記す。
 書き終えたら破って差し出し、また書き終えては破り渡して、数回繰り返したところで文のバリエーションが尽きてしまった。
 その事に眉間へ皺を寄せたロシナンテへ、なんだっていうんだ、とドフラミンゴが少し戸惑ったような声を零す。

「こんなに言いたいことか?」

 尋ねながらドフラミンゴがひょいと摘まみ上げた紙片には、おめでとう、の一文があった。
 いくつか並んだ他の紙にも、似たようなことが記されている。どれもこれもすべて、ドフラミンゴの誕生日を祝うためのものだ。
 安売りじゃねェかと呆れと面白がるような声音を混ぜたような声で言われて、ロシナンテは真っ白なメモ帳に先ほどまでとは違う文章を書いた。

「『次の分』」

「次だァ? 一年後は気が早すぎるぜ」

 今度は呆れの色を濃ゆくして、そんな風に紡いだドフラミンゴが肩を竦める。
 けれどもその唇は笑みを描いたままで、気を悪くしていないのはロシナンテにもわかった。
 そして、『次』があると言い切れないからこそ、今伝えたい言葉だというのは、きっとドフラミンゴには分からないことだろう。
 一年後の今日、ドンキホーテファミリーが存在しているかどうかすら定かではないのだ。
 ロシナンテの説得に負け、作戦を考えてくれたセンゴクのおかげで計画はある程度進んでいる。
 ロシナンテに出来ることは兄の『仕事』の妨害と兄を狙う賞金稼ぎ達の撃退であり、そしてその目的は、目の前に座る兄を捕らえることだ。
 死ぬことなく投獄されて、罪を贖い、生きていてほしい。
 そうなればきっと、ロシナンテは兄に憎まれるだろう。顔すら見たくないと言われるかもしれないと思えば、来年の今日、祝いの言葉を渡せる可能性すら低くなる気がした。
 たった一人の『兄』を失いたくないという自分の身勝手な願いを知ったのは、もう随分と昔のことになる。

『んー……それじゃあ、まァ、ロシナンテが捕まえるしかねェんじゃねェか?』

 今は海軍本部でガープ中将の補佐官をしている友人の言葉は、ほんの些細なきっかけだった。
 動揺のあまりばらしてしまったロシナンテの素性を知る彼だって、恐らく今、ロシナンテがドンキホーテファミリーへ潜入しているなんて考えてすらいないに違いない。
 懐かしい友の顔を思い出し、わずかに唇を緩めたロシナンテを見下ろして、テーブルに座るドフラミンゴの笑みも深くなる。

「どうせなら今までの分にしとけよ、ロシー」

 そうして寄こされたおねだりに、ロシナンテは別れた幼いあの日から今日までの分の、祝いの言葉を文字にした。
 兄上と書けだとか、もっと丁寧に書けだとか、些細ながらも面倒なリクエストを寄こす相手の言うことを聞いていたら、メモ帳の方が尽きてしまった。


end


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