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幸せのフラワーバスケット
※有知識トリップ系主人公は後天的に幼児化している
※不死鳥マルコ夢なドフたん



 その島を白ひげ海賊団が訪れたのは、船長の思い付きによる偶然だった。
 久しぶりに飲みたい酒があって、久しぶりに会いたい顔があって、久しぶりに見たい景色があった。
 だからモビーディック号の鼻先が向かっただけのことだし、旗を貸して『縄張り』としたその秋島は当然、白ひげ海賊団を歓迎した。
 その歓迎がすぐさま縋る為のそれに代わったのは、その翌日のことだ。

「王下七武海がこのあたりに何の用だってんだ」

 遠目にも目立つフラミンゴの船に、マルコはやれやれとため息を零す。
 近寄る黒旗を一番最初に発見したのは灯台守だ。
 駆け下りてきた相手が『白ひげ』に求めた庇護を、マルコ達の敬愛するオヤジは頷いて答えた。
 『小僧』の話を聞いて来いと命じられたのはマルコで、分かったと答えたのを思い出しながら、マルコは自分の腰に巻いた縄へと触れる。

「さて、準備は良いかよい」

「おっけー」

 尋ねつつちらりと自分の後ろを見やると、マルコの体に縄でしっかりと結びつけられた少年から、うきうきとした様子の声があがった。
 表情までは見えないが、声に似合った笑顔をしていることだろう。ナマエと言う名の彼は、随分と気持ちが顔に出る。
 小さな彼は、マルコがつい半年ほど前、海で拾った子供だった。
 いや、見た目は子供だが、本人のいうことが正しいのなら、中身はすでに成人した『大人』である。
 彼はここではないどこかで成人になるまで育ち、そして何故かここにいるという身の上だ。
 半年の間、まるで増えなかった身長と体重、それから切る必要のない髪と爪。
 そう言った諸々を目の前に並べて、マルコ達もようやく『ナマエ』が『普通ではない』と言うことを認めている。
 自分の見た目に引っ張られているのかそれとももともとそうだったのか、好奇心が強く無茶をやらかすことの多いナマエが本当に『大人』であるのかは疑問のあるところだが、一応、大人としての扱いもしてやっているつもりだ。
 そんな相手を何故マルコが背中に括り付けているのかと言えば、本人のせいである。

「全く……なんで言うことをきかねェんだ、お前は」

『え! ドフラミンゴ! 見たい見たい会いたい!』

 王下七武海をまるで物珍しい動物扱いしたこのナマエは、そう言ってマルコの体に飛びつきよじ登ってきた。
 引っぺがしてもなかなか離れず、マルコがそれでも放り出したら魚人の仲間に声を掛け始めていたので、マルコは仕方なく家族の一人から縄を受け取った。
 そうして自分の体に引っ掛けて、今はこうしてこの姿である。

「だってドンキホーテ・ドフラミンゴだろ! 会いたいよな〜!」

「海賊に会いたがるのもそうはいねェ」

 ましてや相手は王下七武海だ。
 世界政府に与した海賊など、海賊側からは嫌われるか嘲笑されるか恐れられるか、そのどれかが殆どだ。
 四皇と呼ばれる『白ひげ』が相手を恐れることなどないが、わざわざよその海賊の旗を広げているこの島へと近寄ってくる目的を考えると、厄介ごとの一つか二つでも起こりえるかもしれない。
 やっぱりおいていくべきかとマルコの片手が腹側の縄に触れたが、それに気付いたらしいナマエの細くて小さな手が、縄の向こうから伸びてきてしっかりとマルコの服を捕まえた。

「早く行こう、マルコ。楽しみ!」

「…………仕方ねェ奴だよい」

 うきうきわくわくと弾む子供の言葉に、マルコの口からはため息が一つこぼれて落ちる。
 そうしてそれから、不死鳥の名を持つ海賊が両腕を大きく広げた。
 炎をまとった腕が翼へ姿を変え、さらに炎が体へと伸びる。
 首から下のほとんどを火の鳥に変えて、マルコはそのまま羽ばたいて体を浮かせた。
 仲間達を連れてある程度飛ぶことが出来るように鍛えているマルコにとって、小さな子供の一人や二人が体に結ばれていたところで、何一つ問題はない。
 ばさ、と炎で出来た翼を羽ばたかせ、空気に燃えぬ火をまき散らしながら、マルコは高台から飛び立った。
 海の向こう、水平線より手前で留まるヌマンシア・フラミンゴ号目掛けて、そのまま羽ばたく。

「!」

 そこで弾丸のように早く飛んできた桃色の塊に気付いて、マルコの体が反転した。
 頭を庇った片腕が、がつりと強く音を立てて弾かれる。
 後ろにいるナマエが悲鳴すら飲み込んで身をこわばらせ、背中を庇うように体を回転させたマルコは、海へ落ちるより早くもう一度羽ばたいた。
 近くにあった船体を蹴飛ばし、空中へと上がる。

「……随分なご挨拶だよい」

「フッフッフッフ! そいつァこっちの台詞だなァ?」

 そうして見やった先に、宙に浮かんで佇む大男がいた。
 『白ひげ』の半分ほども背丈のあるその男は、海賊旗のマークと同じように笑って、特徴のあるサングラスで目元を隠している。マルコの目には見えぬ何かを踏みしめているその足の片方は、つい先ほどマルコの頭目掛けて振り下ろされたものだ。
 船と合わせてよほどその鳥が好きなのかと問いたくなるような羽毛のコートを羽織って、大きな手が歪に指を曲げていた。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
 天夜叉と呼ばれる王下七武海が、自分の背に船を庇うようにしながら、マルコと対峙している。

「単刀直入に言うが、ここは『白ひげ』のナワバリだ。余計なちょっかいを掛けてんじゃねェ」

 威圧感すらある男の前でゆるりと羽ばたきながら、マルコはそう宣言した。
 こちらを窺うようにして海に留まる船の上には、見たところクルーが何人もいるようだ。
 その中には、マルコも知っている『幹部』達もいる。
 四皇とまで呼ばれる大海賊とそう簡単に一戦を交えるような馬鹿を仕出かすとは思わないが、ただ通りがかったにしては随分な顔ぶれだ。
 マルコの言葉に、おいおい、とドフラミンゴが言葉を零す。

「海を往く権利はどこの誰にも止められるもんじゃねェ。海賊なら分かり切った『自由』だ」

「そうかよい。それならさっさと行け」

 別にそれを止めるつもりは無いと答えると、フフフ、とドフラミンゴが笑い声を零した。
 船の上からわずかに怒気を感じるのは、『幹部』の誰かが怒りだしているからだろう。自分の『船長』に生意気な口を叩かれて、苛立たない者もそうはいない。
 しかし譲らずマルコが相手を見つめていると、不意に足元から何かの気配を感じた。
 それに気付いたマルコが強く羽ばたき空へ逃げたところで、波から飛び出してきた海王類が真上のマルコ目掛けて口を開く。

「ぎゃー!!」

 足元を見てしまったらしいナマエが大きく悲鳴を上げて、それに弾かれたように動いたのは、マルコとドフラミンゴの同時だった。
 開いた口に自分の足先を噛まれ掛け、それを避けてから柔らかそうな頭を蹴飛ばしたマルコの視界で、桃色のコートがばさりと音を立てる。
 目にも見えぬ何かが海王類の巨体を切り裂き、飛び散った血がわずかにマルコの体すらも汚した。
 ヌマンシア・フラミンゴ号の船体についた汚れが、大きく跳ねた波でわずかに流される。

「…………なんでガキを連れて来てんだ?」

 体を輪切りにされた海王類が海へと落ちたところで、とんでもなく怪訝そうな声が寄こされる。
 なぜ、と問われて、ふと思い出したマルコはくるりとその場で一度回った。
 背中側にいたナマエがその目にも見えたのだろう、もとに戻ったマルコが見やった先のドンキホーテ・ドフラミンゴは、サングラスをしていてわかりにくいがやはり怪訝そうな顔をしている。
 それを放っておいて、羽ばたくマルコは自分の後ろを確認した。

「これで満足か、ナマエ」

「いや! 一瞬! 一瞬過ぎた!! もう一回! もう一回!」

「騒がしい野郎だよい……」

 手をぺちぺちと叩いてアンコールを求める少年に、マルコの口からため息が漏れる。
 その目が一度自分の足元を見下ろして、海水に血を広げながら沈んでいく海王類を確認した。
 逃げられないことなど決してなかったし、この王下七武海も自分の船を守っただけのことだろう。
 しかし、マルコに迫った危機を退けられたのは、確かな事実でもある。

「…………それで、結局お前らは何しに来てんだよい」

「……あァ、酒と飯のうまい島があるって話だ、宴をするには持って来いじゃねェか」

 どうやって頂こうかと考えていた、なんて海賊らしい言葉を放つ男に、マルコはちらりと後ろの秋島を見やった。
 紅葉の季節を迎えて彩も鮮やかなその島は、確かに酒も料理もうまい。
 遠目にも目立つ港のモビーディック号がいなかったなら、今頃あの島はこの王下七武海に襲われてでもいたかもしれない。
 
「宴?」

 『船長』と相談すべきかと考えたところで、マルコの後ろで少年が声を上げる。
 何かを考えるようにしてから、そうか、と答えを見つけたナマエは言葉を紡いだ。

「今日、誕生日だ! なるほど!」

 やっぱりどこも船長の誕生日はしっかり祝いたいもんなァ、なんて。
 そんな言葉を放つ子供の口を閉ざすことが出来なかったので、マルコは少年を背中に括り付けたのは失敗だったと悟った。
 渋い顔でちらりと見やれば、船を守るように佇む男が、先ほどより困惑に満ちた顔をしている。
 それもそうだろう、この場の『船長』は一人しかいない。

「……誕生日だってんなら、仕方ないねい」

 オヤジに聞いてきてやる、と言葉を放ってその場で強く羽ばたいたマルコは、ひとまず秋島へと空を駆けた。







 マルコ目掛けて飛び上がってきた海王類はとても大きかった。
 だからこそ、遠目にマルコの様子を窺っていた『家族』達にも、それは見えたらしい。
 輪切りになった海王類はどう考えてもマルコの仕業では無かったし、戻ったマルコからの報告に、グララララと笑ったマルコ達の『船長』が許可を出した。
 一晩とは言え四皇と王下七武海の船が港に並ぶなど、何とも異様な光景だ。
 島民には危害を加えないことが条件だと告げられ、おかしそうに笑った『天夜叉』は、それなりにこの秋島を楽しんでいるらしい。
 遠目にしか見ていないが、マルコもそれを確認したし、その手は走っていこうとする子供の頭を掴んでいた。

「お前は、すぐ滑らせるその口をどうにかしろよい」

「ごへんははい」

 ついでに頬を掴んでぐにぐにと引っ張ると、変な顔をしたナマエが素直に謝る。
 ナマエは、ここではないどこかから来た人間だった。
 本人が主張する通りなら恐らく成人男性で、そしていくつか妙なことを知っている。
 マルコの誕生日も、ロジャーの正式な名前も、この船の主であるエドワード・ニューゲートの出身も、この船から降りてロジャーの船に乗り込んだマルコ達の『家族』の名前も、その彼の生まれた国も。
 見た目の通りの小さな子供なら、知らないような話だ。
 ナマエが聞かせてきたのは大体過去のことだが、他にも何か知っているのではないか、というのがマルコと他の数名の『兄弟』の共通の認識だ。
 何か話してはいけないことがあるのだろうからと無理に聞き出そうとはしていないのだが、当人がすぐ口を滑らせているのでどうしようもない。

「三秒考えてから口から出すようにしろ」

「ふあい」

 言葉と共に伸びる頬を手放すと、ナマエの両手が自分の頬へと添えられた。
 顔の形が変わるかと思った、とナマエはうめいているが、たかだか頬をぐにぐにと引っ張られたくらいで人間の顔は変わらない。
 馬鹿なことを言う子供にマルコが呆れていると、露店へ視線を向けたナマエが、あ、と声を漏らす。
 何を見つけたのかと思って見やったマルコは、露店に並ぶ花籠を発見した。
 この島特有の花を詰め込まれたそれへ近寄って、子供の手が一つ買う。

「花なんかどうするんだよい」

 片手に花籠を持って戻ってきた子供へ、マルコは少しばかり首を傾げた。
 また『土産』にするつもりだろうか。
 オヤジ相手のものなら酒にしたほうがいいぞと助言をしたマルコに、ナマエは何故だかにっこり笑った。

「これは、ドフラミンゴに」

「………………は?」

 唐突なことこの上ない発言に、マルコの口から間抜けな声が出る。

「食べ物とか飲み物だと嫌がられそうだし、置物とか飾りだと趣味がわかんないし、花だったらまあ、女の子もいるから受け取ってもらえるかもだし」

 つらつらと並ぶナマエの言葉は、どうやら花籠を選んだ理由であるらしい。
 しかし意味が分からないと、マルコは眉を寄せた。

「誕生日だし、お祝いしたいよな!」

 子供のような無邪気な顔だ。
 どこかで見たことあるなとマルコの頭の端が考えて、しばらく前に見たものだと思い出す。

『誕生日おめでとう、マルコ!』

 お祝いって大事だよなと言って笑っている子供がいた、あの日は確か今月の五日だった。
 この、見た目だけは幼い海賊にとって、『誕生日』と言うのは祝うものなのだ。
 それがどこの誰であったとしても、ナマエには恐らく関係がない。
 そして放っておけば、自分だけでこっそりと会いに行こうとするだろう、とマルコは認識した。
 つい先ほどもやらかしたばかりだ。見張りがいなくてはまた変な風に口を滑らせるかもしれない。

「………………仕方のねェ野郎だよい」

 深く深くため息を零して、それからマルコは周囲を窺った。
 見える範囲にあの大男の姿はない。ついでに言えば特徴的な笑い声も聞こえないので、もう近くにすらいないことは間違いない。
 さっさと行くぞと顎で示すと、ぱっと顔を輝かせたナマエが、マルコの隣へと戻る。
 歩き出したマルコに合わせてナマエが歩き出し、にこにこと嬉しそうな顔をした。

「俺、『白ひげ』以外だとあそこのファミリーが好きなんだよなー。ドフラミンゴとか格好いいし」

「そいつは良かったねい」

「あ! 一番はマルコだからな!」

「へェ、そうかい」

 今更聞くまでも無いことを言われて、マルコは適当な相槌を放つ。
 それを受けてなんだよと声を上げながら、しかしそれでも楽しそうな少年を伴って、その日不死鳥マルコはヌマンシア・フラミンゴ号を訪れた。

「誕生日、おめでとうございます!」

「……フフ! あァ、ありがとうよ」

 突然やってきた敵船の海賊にあちらは随分な反応を寄こしたが、しかし幼いナマエが差し出した花籠は、ドンキホーテ・ドフラミンゴがその手で受け取っていた。



end


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