一時的独占の様子
※パティシエな主人公とマルコ
「……何してんだよい、ナマエ?」
厨房でやるにはおかしなものを広げている相手を見やって、マルコが軽く首を傾げた。
ああマルコ来たのか、とそちらを見やって返事をしながら、ナマエの手が動きを止める。
その手には水をはじきそうな手袋が装備されていて、どうしてか絵筆のようなものを掴み、その手元には絵描きがよく使うパレットのようなものが置かれていた。
「絵でも描くのかい」
尋ねつつカウンターからマルコがのぞき込んでみても、周囲にはキャンバスのようなものは見当たらない。
他にも鋏やらポンプやらと、おおよそ料理に使うには似つかわしくないものばかりが並んでいる。
「ちょうどよかった」
不思議そうなマルコにそんな風に言って笑ってから、筆をおいたナマエはひょいと横に置いてあった鍋を開けた。
ふわりとそこから立ち上った熱に、マルコの視線がそちらを見やる。
鍋の中には何やら少し甘いにおいのする半透明の玉のようなものがいくつか並んでいて、何をするのかと見ているマルコの前で、ナマエの手がひょいとその中の一つを持ち上げ、そのまま自分の手の上へと落とした。
「何してんだい?」
目を丸くしたマルコの前で、ナマエの手が今手に入れた一つを引き延ばしては折り畳む。
ゆっくりと固まっていくそれはどうやら飴の類であるらしく、戸惑うマルコの前で丸めたそれに竹串のようなものを突き刺して、粉を付けた手で適当に魚のような形に整えてから、ナマエはひょいとマルコへそれを差し出した。
「どうだ?」
「どうって、何がだよい」
言われた言葉に眉を寄せつつ、マルコの手が自分へ向けられたそれを受け取る。
自由になった手から粉を払いつつ、ナマエが肩を竦めた。
「隠し芸。これでいけそうか?」
一人一つ何かやるって言ってたじゃないか、と続いた言葉に、ああ、とマルコの口が声を漏らす。
つい先日、年越しはいつも大きな宴をして過ごすのだと、ナマエへ話して聞かせたのはマルコの方だ。
まだ先の話だが、そうやって話して聞かせておけば、妙に馬鹿正直なナマエはそれまでは確実にこの船に乗っているだろうと思ったからだ。
ナマエは当初、どこかの『目的地』まで乗せて行って欲しいのだと言っていた。
いつかはこの船を降りるのだと示したナマエに、面白くないと感じてしまったのはマルコの方だ。
だからこそのマルコのもくろみ通り、どうやらナマエはちゃんと『隠し芸』の練習をして、次の宴に備えているらしい。
ちらりと視線を手元へ落として、マルコが尋ねる。
「これ食えるのかよい」
「ん? ああ、ただの飴だからな」
専用の手袋だし着色も食べられるものを使うよ、と手元や色粉を指差されて、そうかよいと答えつつマルコの口が魚の形をしたそれに噛みつく。
すでに冷えて固まりつつあったらしいそれは、適度な硬さを持ってマルコの歯を迎え撃ち、ぽきりと口の中で折れた。
「……甘ェよい」
「まあ、飴だからな」
少しの温かさが残るそれを舐めながら呟いたマルコへナマエが笑って、それを受けてまあいいんじゃないのかと呟いたマルコは、口の中身をからんと転がしてから首を傾げた。
「これ、他にも作れんのかよい」
「ん? ああ」
いろいろ出来るよと言い放ってから、ナマエの手がひょいともう一度鍋を開けた。
先ほどより少し大きいもの手の上へ落として、先ほどのように両手でそれを練りだす。
「……熱くねえのかい」
「熱いぞー、素手だと火傷するだろうなァ」
どう見ても熱を持っているそれに触れている様子へ呆れて呟くマルコへ答えながら、ナマエは穏やかな笑顔のままでさっさと手を動かした。
先ほどと違い、途中で青い色粉を混ぜて丁寧に練ると、白い飴がその手の中で半分ほど、光沢を帯びた青色に変化する。
手慣れた動きにへェと頬杖をついたマルコの前で、途中で色を足しながら器具を使って飴を軽く膨らませたナマエは、串に刺した後で鋏を使ってそれの形を整えた。
「尻尾はこんな感じだったか?」
そんな風に言いながら、最後についと長い尾を作られて、マルコが軽く首を傾げる。
どこかで見たことのあるような青い鳥が、まだ目も入れられていないままでマルコの方を見つめていた。
その視線なき視線を見つめ返して、やや置いてそれが何なのかに気付いたマルコの眉間に、少しばかりのしわが寄る。
「……何勝手に作ってんだよい」
「まあ、練習なんだしいいじゃないか」
呟くマルコがその青い鳥の正体に気付いたと把握して、ナマエがけらりと笑った。
他にも作ったぞと寄越された言葉に、マルコは更に眉間へ皺を刻む。
そんなマルコを気にした様子もなく、誰かに似せようと思って最初に浮かんだのがお前だったからなァとこともなげに呟いたナマエは、片手ずつ手袋を外した後で手元の竹串をくるりと回し、うーんと小さく声を漏らした。
「何個か作ってみたんだけど、うまく行かないんだよなァ」
納得がいかないのか、硬くなり始めている鳥の頭を軽く動かそうとして諦めてから、ナマエはそんな風に言葉を落とした。
その手がもう一度くるりと鳥を回して、それからやれやれとため息を零す。
「物を作るのはうまい方だと思ってたんだけどなァ、理想通りにやるのが難しいのは久しぶりだ」
何とも高慢な台詞だが、どうやら事実らしい、とマルコはすぐに気が付いた。
モビーディック号へ乗り込んで、その料理の腕を評価されているナマエは、もともとは製菓を生業としていたらしい男だ。
開いた時間に何やら甘いものを作っていて、夜にやってきたマルコは大概それらを口にしている。
手の込んだそれらは随分と細かい作業を必要としている物も多く、忙しい最中にそんなことをしている暇をよく作れるものだとマルコが感心することも多かった。
今ナマエが手にしている青い鳥も、途中で足した黄色で尾を作り、薄く延ばされた翼の先端から体がわに向けて青く染まっていくと言う調節までされていて、マルコから見ればどこが失敗なのかも分からない。
「充分できてるじゃねェかよい」
呟くナマエへ、口の中の飴をそのままに手元の竹串についた飴を舐めながら、マルコは怪訝そうな視線を向けた。
ナマエの手が作り出した火の鳥は、誰がどう見ても不死鳥と化したマルコの姿を模倣している。
鏡で自分がゾオン化した時の姿を見たことがないマルコですら分かったのだから、クルー達も『似ている』と頷くだろう。
だというのに、いやいや、とナマエが首を横に振る。
「マルコはもっときれいじゃないか」
「…………………………は」
そうして寄越された言葉に、マルコはぱちりと瞬きをした。
戸惑うように注がれた視線に気が付いて、手の動きを止めたナマエもマルコを見やる。
「マルコ?」
どうかしたのか、と首を傾げているナマエは、自分が今おかしなことを言ったとは気付いていないようだった。
男を相手に『きれい』だなんて言い放った相手を見つめていたマルコの目が、だんだんと眇められる。
その口が手元の串から最後のかけらを奪い取り、口の中でがりがりと飴をかみしめた。
「ん」
そうして、串を持っていない方の手をナマエへ差し出せば、おかわりか? と尋ねながらナマエの手がひょいとマルコの手に持っている飴つきの竹串を寄越す。
飴を味わうには無理のある速度で口の中身をかみ砕いて飲み下し、マルコはすぐさま青い鳥の頭を口に収めた。
食べられるものを使うと言っていただけあって、色付きのその飴も、先ほど食べた飴と味は変わらない。
しかしさすがに自分に似せて作られたそれを舐めることは憚られたので、マルコの歯は最初から青い鳥を破壊していくためにふるわれた。
がりがりとまだ少し柔らかい飴を噛んで砕いていくマルコを見やって、ナマエが軽く首を傾げる。
「腹が減ってるなら、何か作ろうか?」
尋ねながら微笑んだナマエをちらりと見やって、マルコはむっと眉間に皺を寄せる。
その唇が広げられた薄い翼に触れて、ぱきりとそれをへし折ってから口中へしまい込んだ後で、こくりとその頭が軽く上下に揺れた。
もうこんな時間だもんなァと時計を見やって呟いてから、傍らの鍋を放置して、ナマエがマルコへ背中を向ける。
前に『自分が何か作りたくなった時に使う』と言っていた食材の入っているらしい小さめの保管庫を開ける背中を見やってから、口の中身をかみ砕いたマルコの視線が手元の鳥へと向けられた。
すでに頭からかじられてしまった青い鳥は、翼も失い、先ほどまでの美しい造形などかけらもない。
今マルコに背中を向けて『夜食』を用意しているナマエは、マルコや他のクルー達が知らないものをよく知っている。
先ほど魔法のようにこれを作り上げていたナマエを思い浮かべると、隠し芸だと言って目の前でこれを披露すれば、クルー達もそこそこ盛り上がるだろうことはマルコにも簡単に想像できた。変わったものは白ひげの興味も引くだろうし、甘いが食べて片づけられるなら無駄にもならない。
能力者でも無く、料理以外には技能が無いと自負しているらしいナマエがするには最適の芸だろう。
先ほどのように笑顔で飴を練って、どんな形がいいと放たれるリクエストにも答えようとするだろうナマエを思い浮かべてから、む、とマルコの口がわずかに曲がる。
料理人としてこの船に乗り込んだナマエが、どちらかと言えば製菓を好んで行っていることはこの船の誰もが知っている。
けれどもその大体のクルーは、ほとんどの場合、ナマエが気晴らしに作ったそれらを口にしていないのだ。
何故なら、ナマエがそれを作って消費するこの時間帯、この食堂を訪れるのがマルコだけだからである。
別にマルコ自身が『近寄るな』と言ったわけではないのだが、前につまみを強請りにやってきたサッチが振り向いたマルコを目にして驚いた顔をした後、おかしな噂を振りまいているらしい。
時々ひそひそと交わされているそれは、マルコの耳にはほとんど届いていない。害が無いから放置しているが、どうせろくでもない内容に決まっている。
とにかく、別に独占しようとしてしているわけではないが、ナマエがリクエストをきいた場合を除いては基本的にマルコの口に収まっているそれらを、ついに他の連中にも分け与える時が来てしまうらしい。
ただの飴だが、そんな風に思ってみると、少しばかり面白くない。
がり、ともう片方の翼に噛みついて、口の中へとそのかけらを押し込みながら眉間に皺を寄せているマルコを、ちらりとナマエが振り返る。
「……飴はそうやって食べるもんじゃないぞ、マルコ」
せめて俺が作り終えるまではもたせてくれよと言って笑うナマエへと、さっさと作れよい、とマルコは言葉を投げた。
end
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