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勝者はひとり
※not異世界トリップ主人公
※主人公が最低系?男子なので注意
※バイオレンス表現(微妙に殺人表現)あり





 真夜中の室内で、クロコダイルはふとわずかな足音に気が付いて顔を上げた。
 じとりとその目が壁を見やって、小さくその口からため息が漏れる。
 人の形をしている右腕が軽く振るわれると、そこから放たれた砂が刃のように壁を切り刻み、ごしゃりと盛大な音を立てて崩れ落ちた。
 そうしてそこに現れた空洞に、目を丸くした男が一人立っている。

「おお、ナイスタイミング」

 そんな風に言って笑う彼の顔を、クロコダイルはよく知っている。
 苛立ちを混じらせた舌打ちを零してから、手元の資料を纏めて机の引き出しへ放り込んだクロコダイルが、そのまま両手を組んで椅子に背中を預けた。

「こんな時間に何の用だ、ナマエ」

 尋ねられて、決まってるだろ、と言って笑った男が、クロコダイルの許可も待たずに部屋へと侵入してくる。
 床へ着いた足がぐしゃりと水に塗れた不快な音を零して、その体から立ち上る鉄錆臭さにクロコダイルの視線は鋭くなった。

「助けてくれ、クロコダイル」

 縋り付くように言いながら、男は何も持っていない両腕を軽く広げて見せる。
 その服には少し黒ずんだ血しぶきが付着していて、顔も髪も少しばかり汚れていた。
 恐らく血の詰まった『もの』を蹴り飛ばしたのだろう、特に汚れているのは足元で、壁の空洞から歩いてきたその足跡が床の上には赤黒く刻まれている。

「またやったのか」

 呆れたように零しながら、クロコダイルはその口に葉巻を咥えた。
 火をつけて煙を零した葉巻を噛みながら、その目がじとりと目の前の男を観察する。
 部屋へ入った時から変わらず笑顔のナマエは、そうなんだよ、と困ったように肩を竦めた。

「向こうの負けだから、罰ゲームしてきたんだ」

「その悪趣味な遊びはやめろと言っただろうが」

「仕掛けてきたのは向こうなのに、なんて理不尽な話だろう」

 クロコダイルの非難をそんな風に受け流した男に、クロコダイルは煙を零しながらため息を吐いた。
 それを見ながらさらに一歩クロコダイルへと近づいて、ぐしゃりと不快な足音を零したナマエが、だって、囁く。

「おれのことを『飼う』んなら、おれを好きになったら負けだってちゃんと言ったんだぜ?」

 男の言葉は、相変わらずクロコダイルには理解不能なものだった。
 ナマエは、自分を『飼う』人間のもとを転々として日々を過ごしているだらしない男だ。
 なまじ顔がいいだけに、相手もすぐに見つかる様子である。
 相手は女であれば男である時もあって、大概が『一晩』泊めて貰った時からずるずると続くのだと言う。
 その間、ナマエは相手が勘違いするほど相手へ優しくするが、相手がナマエへ『好きだ』と口にしたらそれで終わりだ。
 ナマエへその感情をあらわにして見せた途端に、ナマエにとってその『飼い主』は道端に落ちているゴミより不快な対象となる。
 一体ナマエにどんな理由があってそんな遊びをするのかは知らないが、ナマエがそのゲームで何人もの敗者を生み出してきたことは事実だった。
 勝つ為の条件すら提示されない、なんとも理不尽な遊戯だ。
 今日もまた、勝ちをおさめてその『ゴミ』処理をしてきたに違いない。

「今度はどこのどいつだ」

「裏通りのバーの子」

 問われてあっさりと答えたナマエに、ナマエが廃棄してきただろう『飼い主』を思い浮かべて、ああ、とクロコダイルは小さく声を漏らした。
 分を弁えて続いていたかの女も、ついにはナマエに見限られてしまったらしい。

「随分と長く続いてた筈だが?」

 葉巻を口に咥えたまま、クロコダイルはじとりと他人の血を浴びている男を見やった。
 観察するようなクロコダイルの視線を受け止めて、あははは、とナマエが場違いに笑う。

「他の子とキスしてるところ見せたら泣いちゃったんだ」

 そしてこんなに好きなのにどうしてと詰られたのだと、面倒くさそうにナマエは言った。
 わざとそう仕向けた癖をして、その言葉を聞いた途端に表情が変わったに違いない。
 そうか、とだけ相槌を打ったクロコダイルへ、目の前の男がもう一歩距離を縮める。

「その恰好でそれ以上寄るな、血生臭ェ」

 あともう少しで執務机へ触れられそうなほどの距離まで寄られて、クロコダイルは眉間に皺を刻んだ。
 そう言うなよ、とナマエは呟くが、大人しくクロコダイルに従って足を止める。
 血まみれのままで微笑むその顔は、相変わらず『いい』見てくれだった。
 ただ大人しく座って笑っているとしたなら、女どころか男も半分は振り返るに違いない。
 そうして遊戯の相手にされて負けていくのだと、そこまで考えてからわずかな苛立ちに葉巻を噛んだクロコダイルは、じとりとナマエの顔を見つめた。

「そのうち刺されてのたれ死んでもおかしかねェな、このクズ野郎が」

 ここがアラバスタで無くどこかの王下七武海がおさめる国であったなら、ナマエはすでに十回以上は女に刺されているはずだ。
 クロコダイルの言葉にはははと笑って、ドレスローザじゃあるまいし、と呟いたナマエが肩を竦める。
 その手が自分の上着に手を掛けて、前開きのシャツを脱ぎ始めた。
 ついでのようにベルトをはずして下衣も脱ぎ捨て、血で汚れている顔や手足をシャツで拭いてから無遠慮に床へ捨てて、裸足になった後でもう一度クロコダイルの方へと近寄る。

「なァ、助けてくれよクロコダイル」

 ついにはクロコダイルの高級な机に触れて、顔を近づけたナマエが囁く。
 惜しげもなく肌を晒し、落とし切れていない血の臭いをまき散らす男を見やって、クロコダイルはうんざりした顔をした。
 ナマエが何を求めているかなど、今さら聞くまでも無いことだった。
 『飼い主』を廃棄した後、その足でクロコダイルのもとを訪れるのはいつものことだ。
 自分の恰好が異様だとは分かっているからか、隠し通路からやってくると言う念の入れようである。
 相手がナマエでなかったら、クロコダイルも最初の時点で殺しているところだ。
 相手がこの男であるがゆえにそれが出来ないのを、クロコダイル自身もそしてナマエも分かっている。
 なんとタチの悪い男だと、目の前の相手を睨んだクロコダイルの口から、咥えていた葉巻が攫われた。
 随分な値段のそれを下着姿のままで奪い取ったナマエへ、クロコダイルはもう一度軽くため息を零す。

「とっとと、その血を落としてこい」

 言いながら部屋から廊下へ続く扉を指差すと、自分の願いが聞き入れられたと分かったナマエの顔に満面の笑みが浮かんだ。
 とても嬉しそうなその顔が近寄ってきたのを、クロコダイルが左手の鉤爪の裏を使って圧し留める。
 額をごちりと叩かれても気にせず、くすくすと笑ったナマエの手がクロコダイルの唇へ葉巻を返却した。

「ありがとうクロコダイル、愛してるぜ」

「随分と薄汚ねェ愛の言葉だ」

 この状況でそれを言うかと呆れたクロコダイルへ、なんだよーと笑ったナマエが机の上へもたれかかるようにしていた体を起こす。

「こんな時に助けてくれるクロコダイルを、愛してないわけがないじゃないか」

 慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、言っている言葉は何とも打算的で最低の分類だ。
 似たような言葉を他の『飼い主』達にも言っているだろうことくらい、聞かずとも分かる。
 楽しげな顔をしているナマエを見やって、クロコダイルの口からハッと笑いが零れた。

「相変わらず最低なクズ野郎だな、てめェは」

 この海で一等信用できないものがそれなのだと口にしながら、そうやって安く愛を売り歩いて、相手から同じものを返された途端に相手を軽蔑するのだ。
 何とも理不尽な男が、クロコダイルの言葉を受けてわずかに目を細める。
 詰られたと言うのに嬉しげな顔をして、その口が穏やかに言葉を紡いだ。

「そんなおれも好きな癖に」

「うぬぼれるな、カスが」

 傲慢な相手へクロコダイルが吐き捨てれば、くすくすとまたナマエが笑う。
 その足がぺたりと床を踏みつけて、自分が脱いだ服を放置した男はそのまま部屋を出て行った。
 隣の寝室にあるシャワーを使うのだろうことは分かっていたので、軽く息を吐いて汚れた床を睨み付け、クロコダイルの手が机の端で眠っている電伝虫の受話器に触れる。
 ナマエが汚れを落として出てくるまでに、放置してきただろう『飼い主』の死骸を片付ける手配をしなくてはならない。
 ほとぼりが冷めるまでは街を離れるのが毎度のことであるから、当面の生活費と、その手配もだ。馬鹿が通ってきた隠し通路もまた閉じなくては。
 何故自分がこんなことをしているのかなどということは、もはや今更クロコダイル自身にも分かりきったことで、それゆえに何となく腹立たしい。
 ナマエは、最初からああだったのだ。
 その顔で微笑んで、近寄って、薄っぺらく愛を囁いて、クロコダイルの武力と権力と財力を勝手にあてにする。
 こんな風に頼るのはクロコダイルだけだと本人が言うし、事実その通りではあるようだが、それはつまりナマエから見て一番クロコダイルが適任であるというだけのことだろう。
 いつものクロコダイルであったなら、そんな人間など、さっさと砂に変えてしまうところだ。
 だというのに、どうしてナマエを相手にしたときだけ、それが出来ないのか。

「…………チッ」

 考えれば考えるほどに嫌な結論しか見いだせず、『遊戯』に負ける気の無いサー・クロコダイルは、ひとまず電伝虫の受話器を外して、部下数人に死体の処理と証拠の隠滅を任せることにした。
 時間をつぶして寝室へ行けば、裸のクズ野郎がベッドで待っていることくらいわかっていたので、手配はことさらゆっくり丁寧に行われた。



end


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