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 真っ暗な空には月が二つ。
 星が散ったその下には暗く青い海があり、背後には深い森があり、足元の白い砂が足裏をさらりと撫でる。
 これは夢だな、とマルコが考えたのは、自分がモビーディック号の中で眠りに落ちた覚えがあるからだ。
 まるで見知らぬ入り江には、かの偉大なる船の影すらもない。
 夢を夢だと知覚するのは久しぶりのことで、さっさと目を覚ますなりするかとマルコが身じろいだ時、ふと後ろに気配を感じた。
 それに気付いてマルコが振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
 黒い髪に平凡な顔の、マルコとそれほど年も変わらぬ見た目だ。
 肩からは鞄を下げて、その手が何かを持っている。

「マルコ」

 その口からまるで耳慣れない声が漏れてマルコの名前を綴り、そのことにマルコは少しばかり眉を寄せた。
 忘れてしまったどこかの誰かだろうか。
 そう考えて目の前の相手を凝視するが、やはりまるで見覚えが無い。
 どこかの誰かに似ているような、けれどもそうでもないような。

「……誰だよい」

「俺だよ、俺。ナマエ」

 問いにあっさりとそう答えて、男はマルコの方へと近寄ってきた。
 その手が何かを持っていると気付いて、身構えようとマルコの足が後ろへ下がる。
 ざり、と砂浜が咎めるように音を立て、それを聞いて足を止めた男は、どうしてだか笑っていた。
 そうしてその手が、持っていたものをそっと動かす。
 誘導されるようにそちらを見やったマルコは、男が持っているそれが一輪の花らしいと気が付いた。
 花とは言っても、何枚も花弁がついていたのだろうと思わせる花托と茎、それに一枚の花弁がついているだけの哀れなものだ。
 花弁自体が虹色に輝いてでもいるようで、男の片手が支えるようにそっとそれを包んで持った。

「……なるほどなァ、こういうことか」

「……?」

「今やっと分かったよ。言ってくれりゃあいいのに」

 何かに納得したような顔をして、男が言う。
 一体何の話だろうかと、マルコは男との距離を取ったままで首を傾げた。
 そんなマルコを見やって笑う男の顔は気安く、悪い気配は感じない。
 マルコの視線から隠すように、ナマエと名乗った男は手元のものを自分の方へと寄せる。

「明日からまたよろしくな、マルコ」

「明日から?」

 どういう意味だ、とマルコが問いかけようとしたところで、今までほとんど無風だったそこに風が吹いた。
 海からの勢いのあるそれが砂浜の砂を吹き上げて、マルコの足を叩く。

「うわっ」

 男の方が悲鳴を上げて、その手の中から虹色の何かが風によってさらわれた。
 風に乗って飛んでいくそれが何なのかを目で追おうとしたところで、マルコの体が真後ろへと、重力に引かれるように倒れ込む。





「…………っ!」

 びく、と体を震わせて目を見開いた時、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。


 

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