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悪魔を殺せ
※無知識トリップ主人公は麦わらの一味
※まるでゾロがいないけどゾロ夢
※ほぼサンジ



「ゾロは、ルフィのことが好きなんじゃないだろうか」

「あァ?」

 とても真剣な顔でぽつりと落ちたその声に、サンジの口からはどうしようもない返事が出た。
 思わず食器洗いの手を止めて見やれば、先ほどサンジが提供してやった飲み物を手にした男が、とてもとても真剣な顔で皿の上のクッキーを見つめている。
 麗しの航海士と考古学者へ届けた品の残り物は少し形が歪だが、すでに数が減っているのでいくつかは間違いなく男の口に入っただろう。
 サンジが自分の城に招いたその男は、ナマエと言う。
 サンジがこの海賊団の一員となった後、偉大なる航路を目指すその手前にあった島で仲間になった男だ。
 恐らく出身はどうしようもない田舎なのだろう、なかなか腕は立つというのに平和主義で、そのくせ能天気で、今もきちんと『海賊』をやっている。
 大抵何があろうとも明るい男が、少し暗い顔をしているのを見かけたのは昼食後のことだ。
 船大工からどうしたと尋ねられても『なんでもない』と誤魔化していたナマエに、仕方がねェなとひと肌脱いでやるつもりでここへと連れてきた。
 それは失敗だったらしいと、サンジの顔が苦いものに変わった。
 この海賊団で、『船長』を慕っていない者などはたして居るだろうか。
 それぞれにそれぞれの事情があって、そしてその全てを引き連れていく太陽のような男がいて、サンジも他の仲間達も彼の『仲間』でいるために強くなってこの船へと戻ったのだ。
 同じくシャボンディ諸島に戻ってきたナマエだって当然だろう、と言いたいところだが、しかし。
 ナマエの言いたいことが『そう言う意味』ではないことを、サンジは知っている。

「何を言い出すかと思えば、気色悪ィこと言いやがって」

 チッ、と舌打ちを零したサンジは、ふいとナマエに背中を向けた。
 だって、と子供のような声を漏らしたナマエがどんな顔をしているのかなんて、もはや見なくてもわかる。
 サンジは知っている。真後ろに座るナマエと言う名の男は、恋をしている。
 そしてその相手と言うのは、マリモじみた緑頭の剣豪なのである。
 この船には美しく魅力的なレディが二人も乗っているというのに、ナマエはいつの間にかその胸に悪魔を飼っていた。
 初めて聞かされた時は思わず身を引いてしまったし、今もまるで理解できないが、月日が経っても死なない悪魔はいまだにサンジの仲間をとらえて逃がさない。

「最近気付いたんだけど、ルフィといるときのゾロ、いつもよりもさらにめちゃくちゃ可愛いんだよ。なんかこう気安いっていうか、すごく近いって言うか、仲良しすぎるって言うか」

「おれはあのマリモをカワイイと思ったことがねェ」

「なんでだ、ゾロはあんなに格好良くて可愛いのに!」

「やめろ耳が腐る!」

 真後ろから寄こされる言葉を切って捨てて、サンジは最後の皿を濯いだ。
 もはや今すぐダイニングから蹴りだしてやりたいところだが、前にそれをやった時に思い切り足にしがみ付かれたことを思い出してしまった。
 そう言えば、あの日もナマエはとても暗い顔をしていて、この世の終わりのような顔をしているから思わず手を差し伸べた覚えがある。
 ああそう言えばあの時初めてこの話を聞いたんだったということまで思い出し、サンジは自身の良心に悪態をつきたい気分になった。
 しかし、仲間が暗い顔をしていて手を出さないわけがない。
 隠そうとして隠し切れない暗闇を閉じ込めた扉を、飲み物や甘い食べ物がほんの少しだけ開くことをサンジは知っているのである。
 あんなに暗い目をして、それを覆い隠すように笑って、どう考えてもなんでもないわけがない様子で『なんでもない』なんて言いながら、その中身がただの恋煩いだなどと、ふざけた話だ。

「気になるんなら直接確かめりゃいい。笑い飛ばされるだけだろうけどな」

 煙草から煙を零しつつ声を掛け、サンジが皿を片付けて視線を向けると、ちょうどナマエがクッキーの一つを口に運んでいるところだった。

「やだ。それで俺がゾロのこと好きだってバレたらどうするんだよ」

 口にクッキーを含んだまま言葉を放つ行儀の悪い男に、サンジは緩く肩を竦めた。
 あの船長にすら嫉妬をたぎらせるくせに、未だにナマエはあの剣豪に自分の思いを伝えるつもりは無いらしい。

『ゾロとどうなりたいとか、そう言うのは無いんだ。だから、』

 自覚した時からずっと秘密にすると決めていて、だからサンジにも口止めをしてきたナマエの言葉に、へえ、と気のない返事をしたのはかつてのサンジだった。
 それなら諦めるのかと尋ねたら、ナマエは困った顔をしながらも笑って頷いた。
 相手が振り向いてくれるはずも無いから、だからせめて嫌われたくないと続いた台詞に、サンジは能天気な男に案外後ろ向きで気の小さい一面があることを知った。
 相手がどうあれ美しく輝くはずの恋心を覆う臆病な悪魔は、そう簡単に殺せはしない。
 結局ナマエはずっと恋と悪魔をその胸に患っているし、それゆえに時折こうしてサンジが話を聞く羽目になるのだ。
 女性の美しさをたたえるならともかく、男相手の話を聞かされたところでサンジは拒否するばかりだというのに、それでいいと笑うからサンジには理解できない。

「ゾロはさー、努力家だし、どっちかって言うと自分にも他人にも厳しいだろ? 警戒心も強いって言うか、俺が仲間に入りたいって頼んで仲間にしてもらった時もすぐには仲良くなれなかったしさァ」

 酒も入っていないグラスを手に持ち、クッキーを肴にナマエがどうでもいいことを言っている。

「ルフィからの信頼も厚いしさ、それにこたえる責任感があるって言うの? ああいうとこすごくいいよな! でもすぐ迷子になるところとかやっぱりめちゃくちゃ可愛いし……ていうかルフィと一緒にいるときの友達っぽさがめちゃくちゃ可愛いし……」

「知らねェよ、やめろ」

 しみじみ言い放つ男の理解できぬ話に、もう一度鋭く舌打ちしたサンジの手がポットを捕まえた。
 持ったまま近寄れば、サンジの様子に気付いたナマエがグラスを持ち上げる。
 中身が殆どないそれに、ポットから冷やした紅茶を注いでやった。
 冷えても香る紅茶の香りは穏やかで、ありがとうと笑うナマエはすでにいつもの顔だ。
 ところで、この男は気が付いているのだろうか。
 ナマエが見ていないところで、自分を睨んでいる男がいることを。
 本人が意識的なのか無意識なのかはサンジの知らないところだが、少なくともほとんどの場合に置いてナマエを自分の視界に収めておこうとする、ふざけたマリモがいるということを。
 何なら、あまりにも長時間サンジとナマエが二人きりになっていると、様子を見にやってくる迷子野郎がいることを。
 まあ、知っていたらここでうだうだとしている筈も無いから、知らないのだろうなとサンジは結論付けた。
 なんなら、ナマエのこれも相手へは伝わっていないだろう。悪魔と言うのは目隠しにも長けているのだ。
 サンジの手がポットを置き、棚へと向かう。

「それを飲んだらさっさと出てけ。吐いてすっきりしただろ」

「俺の疑問の答えは出てない気がするんだけど」

「おれに答えてやる義理はねェし、そう見えるんならお前の目は魚の目とでも変えてやる」

「猟奇的!」

 悲鳴のような声を上げて、それから楽しそうに笑ったナマエの背後、扉の向こうからじんわり伝わる気配が近寄って来るのを感じながら、サンジは仕方なく酒瓶を二つほど取り出した。
 ここへ来る『言い訳』を用意してやるコックの心優しい気遣いが、果たして未来の大剣豪に伝わっているものなのかは、難しいところである。


end


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