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供儀の心得
※『人知れぬ供儀』(本田様リクエスト)の続編
※クロスオーバー夢につき注意
※某進撃の巨人でのモブが某巨人に頂かれてワンピースへ死亡トリップした→無知識主人公




 ナマエというのは少しおかしな男だった。
 『白ひげ』のナワバリを荒らした馬鹿な海賊達を『オシオキ』しに行ったその根城で、殺されかけていた男を救ったのはマルコだ。
 その心に合わせたように体躯の立派なマルコ達の『オヤジ』を『巨人』と呼び、畏怖とわずかな憎しみすら向けて睨み付けた男は弱く、助けてやったマルコへの恩をあだで返すように武器を拾い上げて白ひげ海賊団の船長へと襲い掛かったが、マルコの一蹴りで簡単に沈んだ。
 面白いやつだとそれを見て白ひげが笑って、その笑い声と言葉を聞いた男が酷く驚いた顔をして。
 行くあてもなくおかしなことばかり口走った男が、マルコ達の『弟分』となったのはそれからすぐのことだ。

「おいナマエ、ちっと買いすぎだろい」

「……そうか?」

 傍らを見やって言葉を放ったマルコへ、ナマエが軽く首を傾げている。
 その手には荷物が高く積まれていて、マルコ達に比べて力の弱いナマエの腕がふるりと震えていた。
 お前が拾ったんだ、お前が面倒を見ろと、白ひげはナマエをマルコに任せることが多かった。
 根が真面目らしいナマエを連れて、マルコが初めて上陸した島を練り歩いているのもそのせいだ。
 昨日は商船を襲っていた海賊船を一つ痛めつけて、それなりに白ひげ海賊団の懐も潤っている。
 初陣であったナマエもその分け前をもちろん頂いていて、マルコといっしょに歩きながら、あれもこれもと何やら買い物をしていた。
 それにしたって、自分が持てないほどの量にするのは一体どうなのか。
 ため息を吐きながら、マルコの手がナマエの腕から、一番下の大きな箱以外の荷物をひょいと奪い取った。

「あ」

「ったく、何買ってんだよい」

 きちんと箱に詰められたものが縦に並んでいるのを少しばかり整えてから、マルコはそう尋ねた。
 目を離したすきに買い物をしては隣に戻ってきているナマエが、服とかだけど、とそれへ簡単に答える。

「次、こういう島にたどり着けるのはいつになるかも分からないんだろう? だったら、買える時に買っておかないと」

「……まあ、そりゃそうだけどよい」

 いつだったか尋ねられ、マルコが答えた言葉をしっかりと覚えているらしいナマエへ、マルコは頷いた。
 グランドラインにいながら船旅などしたことも無いと言うナマエは、初めてモビーディック号へと乗り込んだ時、広がる海原にひどく驚いた顔をしていた。
 『塩の湖』だ、と呟いたナマエに、これは海と呼ぶんだと教えてやったのも記憶に新しい。
 炎の水や氷の大地、砂の雪原もあるのかと聞かれて、グランドラインのどこかにはあるかもなと答えたのも確かその時だ。
 ナマエは海を知らなかった。
 そんなこと、このグランドラインでありえることだろうか。
 マルコも家族も、ナマエの言う『知能の無い巨人』も『ウォール・マリア』も『兵団』も知らない。ひしゃげて壊れていた『立体機動装置』も、この前ハルタが直して渡していた『刀身を換えることを前提とした剣』も知らない。
 まるで当たり前のことのように知らないことを話したナマエを、それでもただの『気狂い』であると片付けられないのは、その目が随分とまともな輝きを持っているからだ。

「だからって、そんなに買い込んでどうすんだよい。これじゃあ、すぐに金が無くなるだろい」

 とりあえずは港へ向けて通りを歩きながら、どう考えても自分が持っている金のすべてを使い切ろうとしている相手へマルコが言うと、隣を歩くナマエがぽつりと答えた。

「無くなっても困らないんじゃないか?」

「んなことあるかよい」

「だって、食事は出してくれるんだろう」

 歩きながら言われて、マルコの顔が側を向く。
 同じ方向に歩いているナマエは、随分と不思議そうな顔をしていた。
 出会った頃より、ナマエは少しばかり肉付きが良くなった。
 恐らくあの海賊達に酷い扱いを受けていたのだろうと、マルコや他の家族たちは思っている。
 特にサッチなどは、よし任せろと胸を叩いてナマエの皿に随分な量の食事を盛る始末だ。
 内容はそれほど特別な物でもないが、いつも『おいしそうだ』と喜んだ顔をしたナマエが、どれだけ苦しくなっても時間をかけて食べ切ろうと努力していることを、マルコはちゃんと知っている。ついでに言えば、明らかにナマエの腹に収まらない量を、横から何人かのクルーが手伝ってやっていることもだ。

「寝る場所もある」

 さらに言葉を重ねて、だから金はそんなに要らないとナマエは呟いた。
 大して欲の感じられないナマエのその顔を見やって、お前がそれでいいならいいけどよい、とマルコも頷く。
 結局、これらを買っているのはナマエの意思で、資金だってナマエが受け取った分け前の範囲だ。ナマエがそう考えて行動しているのなら、マルコにそれを制限する義務などない。
 ナマエは少しおかしな男だった。
 物に大して執着しない。
 ハルタがあのおかしな剣を直して渡した時には喜んでいたが、面白いから欲しいなどと言い出したクルーに渡そうとすらした。
 マルコや周りが止めなかったら、せっかくの『持ち物』が一つ減っていたことだろう。
 そのくせ『何か』にとらわれているようで、寝るたび悪夢に身をよじっている。
 目を覚ました時、これから何かを殺しに行くような酷い顔をしていると、気付いていないのは本人ばかりだ。

「まァ……ぼったくられないように気を付けろよい」

 そんな風に言葉を放ってから、マルコは少し傾いた箱を抱え直した。

「……にしても、これ、何買ったんだよい?」

 大して重たくはないが、箱のせいで随分と嵩張っている。
 先ほど結局答えを手に入れられなかった問いを繰り返したマルコへ、ナマエが答えた。

「その一番上の箱は、マルコのコートだ」

「…………は?」

 放たれた言葉に、マルコの口からはおかしな声が漏れた。
 けれどそれを気にした様子もなく、他のクルーの名前とコートやマフラーやブーツと言った単語を並べて、ナマエがマルコの抱えている荷物の中身を解説していく。
 一番下の箱を『ハルタのマフラー』だとまで答えてから、改めてマルコを見やったナマエが不思議そうに目を瞬かせた。

「どうかしたか?」

 尋ねてくるその声音には、冗談の響きの一つもない。
 それはすなわち、ナマエの今の発言は全て本気であるということだ。
 二人並んで歩いたまま、やや間を置いてから、マルコはそっと口を動かした。

「…………なんで、おれのコートなんだよい」

「この間、コートを他のクルーにあげてただろう」

 答えてきたナマエの言葉に、マルコは少しばかり記憶を漁る。
 そういえば確かに、以前着ていたコートを新入りのクルーに渡した覚えがある。
 今マルコ達がいる島の次が冬島だという情報を入手して、コートを買おうか悩んでいたからだ。
 マルコ自身は何着か持っているので構わなかったが、どうやらそれをナマエは見ていたらしい。
 他のクルー達も、聞けばそれぞれが、コートやマフラーやブーツを駄目にしたり、捨ててしまっていたりしているようだった。
 いつの間にそんな情報収集をしたのかと呆れつつ、マルコは軽くため息を吐く。

「ありがとよい。……けど、必要なら自分たちで買うに決まってんだろい。別に、ナマエが用意してやることもねェよい」

「そうか?」

 マルコが言ってやっても、ナマエは不思議そうだ。
 その手に抱えている大きめの箱を見やり、もしやそれもかと視線を注いだマルコの視線を追いかけて、自分の手元をナマエも見やる。

「そっちは誰のだよい?」

「え? ……その、お……『オヤジ』、の……」

 尋ねたマルコへ答えるように呟いたナマエは、何故かとてつもなく恥ずかしそうだ。
 以前、そんな風に誰かを呼んだことが無かったと言っていた通り、ナマエが口から紡ぐその呼び名はひどくたどたどしいものだった。
 おずおずと窺うように呼びかけるナマエへ、わざとらしく『息子』と呼びかける船長をマルコは知っている。
 白ひげに拾われる前のマルコや他の家族たちのように、ナマエもまた、『家族』を知らなかった一人なのだろう。
 それでも、与えられるものを必死に受け止めて、同じかそれ以上を返そうとするその様子は、随分と好ましいものだ。

「そりゃ、オヤジも喜びそうだねい」

 マルコが微笑んで言ってやれば、そうか? と呟いたナマエの顔が少しばかり嬉しそうに緩む。
 見た目の年齢のわりに時々幼い顔をするナマエに頷いてやってから、マルコはちらりと前方を見やった。
 海賊に対して抵抗が無いらしい港町の港には、遠目からも分かる白い鯨の船が見える。
 あの船でマルコ達や他の家族達の帰りを待っているだろう彼らの『父』は、ナマエが自分のために買ってきた物を差し出せば、それはもう優しく笑ってくれることだろう。
 ナマエが持っていくのについて行って自分もそれを見ようか、なんて少々卑怯なことを考えてから、そういえば、と思い出したマルコの視線がもう一度傍らを見やる。
 注がれた視線に気が付いて、ナマエも不思議そうにもう一度マルコを見やった。

「どうかしたのか?」

「そういやお前、たまに何かやってんだろい」

 いつか聞こうと思っていたのだと呟いてから、マルコは左手だけで荷物を持ち直した。
 自由になった右手で拳を握って、それを自分の胸へと押し当てる仕草をする。

「これ、なんだよい?」

 そのポーズのまま問いかけて首を傾げたマルコに、ナマエが目を丸くした。
 じわりと何故かその顔が赤くなって、何かを言おうと開いた口が、ぱくぱくと声も無く開閉する。

「…………な……んで」

 ようやく絞り出された声に、どうしてそれを知っているのだと尋ねられて、何かそんなに恥ずかしいものなのだろうかとマルコは不思議そうな顔をした。

「たまにオヤジの部屋の前でやってんだろい」

 ナマエがモビーディック号で『白ひげ海賊団』の一員となってから、しばらく経つ。
 その間、ナマエが白ひげの部屋を訪れることは結構な頻度であって、マルコは時々その姿を見かけていた。
 扉の前に立ったナマエがこのポーズをしていたのが見えたのは偶然だ。
 不思議に思って時々観察していたが、ナマエは船長室を訪れる時に、マルコが今やっているような動きをすることが多かった。

「確か、あんときは左手も後ろだったかねい」

 片手がふさがっている状態ではきちんと再現することが出来ず、そんな風に呟きながら左胸から手を離したマルコが、改めて両手で荷物を持ち直す。
 それで、これってなんだよい、ともう一度尋ねると、どうしてか傍らの歩みが早くなった。

「あ、おい」

「な、なんでもないんだ、気にしないでくれ」

 思わず呼びかけたマルコを置いて、ナマエがすたすたと勢いよく港めがけて歩いていく。
 どうやら、彼としてはこっそりとこの仕草をしているつもりであったらしい。
 それを把握して、少しばかり考えたマルコの口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
 マルコ以外にも何人か知っていると教えたら、ナマエはさらに恥ずかしがるだろうか。

「まァ、いいだろい、教えろよい」

 ナマエを追いかけるように歩む足を速めながら、肩を並べてマルコが言葉を紡いだ。
 そんなに恥ずかしいポーズなのかと尋ねたマルコへ、そうじゃないけど口から説明するのが恥ずかしい、なんて可愛らしいことを言った男からどうにかその『意味』を聞き出せたのは、モビーディック号へとたどり着いた頃だった。

 ナマエは少しおかしな男だ。
 けれどもその身も心も心臓も、どうやらすでに白ひげ海賊団の物であったらしい。



end


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