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よそ様のクルーくん
※有知識トリップ系クルーはモブ海賊の船員



 サー・クロコダイルと呼ばれる悪人がいる。
 どこの誰かといえば、かつて王下七武海と呼ばれていた海賊だ。
 なんだかんだとやらかして大監獄に送られたというのは新聞に載っていて、間抜けな野郎だと笑ったのは俺が乗る船の船長だった。
 これからはおれの時代だと大喜びだったが、『俺』は船長の名前をその口から聞くまで知らなかったので、多分無理だと思った。
 大監獄からの脱獄が報じられたのはそれからしばらく後。そして新聞に載った『主人公』に、これから二年は大したイベントも無いんだろうなと、ぼんやりと思って。
 しかしそれが間違いだったと知ったのは、うちの船長がやらかしたせいだ。

「本当に、うちの船長が馬鹿で申し訳ありません」

「謝って済むなら世話ねェなァ」

 目の前に現れた相手に武器を捨てて膝をつき降伏した俺へ対して、男が鼻を鳴らす。
 顔へ一本入った大きな傷跡に、少し前髪の零れたオールバック、海賊らしい片手の鈎爪に、こんな海の上で着込むには暑そうな高級なスーツにコート。
 王下七武海から除名されたせいでまたもその首に賞金を掛けられた、サー・クロコダイルだ。
 見慣れない海賊旗を見つけて、最初にそれが『クロコダイルの船』だと気付いたのは船長だった。
 それだけならまだいいが、行くぞと声を上げて戦闘準備させ、そのまま特攻したのだ。
 曰く『おれのほうが強い』とのことだが、俺に言わせると誰がどう考えても絶対に船長の方が弱い。
 そもそも船長は悪魔の実の能力者でもない。覇気は多少扱えるが、ロギアにどう戦いを挑むつもりだったというのか。
 当然ながら迎撃されたせいで、船の三分の一ほどはすでに砂だ。大きな砂の刃で刻まれた船首の末路に、こちらの船の人間が震えあがったのは言うまでもない。
 それでも阿呆な船長は、死ぬ手前まで乾かされて今は彼の足元に転がっている。逃げようとしているが、背中に乗った高級そうな革靴が抑え込んでいた。

「船にあるものは何でもお渡しするので、見逃していただけませんでしょうか」

 幸い、俺達は近くにある無人島から出発したばかりだ。船大工も無事だし、いったんそこへ避難して船を直してから再出発が出来る。食料や水も豊富だったから、ここであるだけ渡しても何とかなるだろう。
 船長が非難の声を上げようとしているが、からからに乾いた喉で無理はしないでほしい。

「喧嘩を売っておいて随分な言い草じゃねェか。命乞いなら、もっと無様にやるといい」

 言葉を放ったクロコダイルが傍らへ視線を向けると、片腕らしくすぐそばに控えていた男が懐から小さなケースを取り出した。Mr.1だ。名前は何と言っただろう。
 ケースから出てきた葉巻を口に咥えて、火までつけさせたクロコダイルが俺を睥睨する。

「どこまでやったら船長を許してくれます?」

 軽蔑の滲んだその眼差しを受け止めて、俺はとりあえず尋ねた。
 サー・クロコダイルが恐ろしい海賊だということを、俺は知っている。
 ここがアラバスタで彼がまだ『アラバスタの英雄』ならばなんとかなったかもしれないが、今の彼はそうではない。
 しかし、彼が本気なら、今頃この船は丸ごと砂になって海底に沈んでいた筈だ。
 そうしなかったのだから多少は交渉の余地も残されているだろうと、そう考えての俺の問いに、何故だかぴくりとクロコダイルが反応した。

「てめェの命よりこの馬鹿の話か?」

「いやもちろん、俺も助かるならそれに越したことは無いんですけど」

 けれども今目の前の相手が足蹴にしているのは、俺を助けてくれた海賊だった。

「最悪、船長とか他のみんなが助かるなら、それで」

 この世界へ落っこちて右も左も分からない俺を、仲間に入れてくれた。
 危ない目に遭ったら助けてくれて、分からないことを教えてくれて、まあそう言う方面では他の船員の方が先生らしかったが、しかし俺にとっては間違いなく命の恩人だ。
 この世界が『漫画』の世界だと知ったのは随分後で、けれども最終回まで読んだ俺も、船長の名前はまるで知らなかった。
 もしかしたらほんの少しどこかに出たことはあったのかもしれないが、分からなかったから主要人物でないことは明らかだ。
 しかしどこの誰だとしても、俺がこの船長を慕わない理由はない。

「てめェの首を寄こせば逃がしてやる、と言ったら?」

 馬鹿を見る目をして、サー・クロコダイルが尋ねる。
 その手がわざとらしく鈎爪を傾けて、来いと招く仕草をした。
 あの切っ先はとても痛そうだなと思いながら、そろりと這うようにしながら近付く。
 ナマエ、と船長が掠れた声で俺を呼んで、黙れとばかりに背中から強く踏みつけられた。痛そうだ。

「俺は別にそんな大した賞金もかかってないので、あんまり得はしないと思いますけど」

 死ぬと考えるのはとても怖いが、それで船長が助かるなら、それでもいい。
 問題は、死ぬ間際になったら別のどこかへ行ってしまう可能性が俺にあると言うことだ。
 生まれて育ったあの場所での最後の記憶は、目の前に迫ったトラックだった。
 この場でぱっと消えてどこかへ行ってしまったら、クロコダイルから見たら逃げたように見えるかもしれない。それは困る。
 別な意味でドキドキし始めた俺を前に、しばらくこちらを見下ろしていたクロコダイルが、は、と息を零した。
 ふわりと飛んだ葉巻の煙が、潮風に紛れて消える。

「ダズ」

 その視線がこちらから外れ、何かを命じるように傍らの男へ声を掛けた。そう言えば、Mr.1はダズ・ホーネスとかそんな感じの名前だった。
 はいと答えた相手が、すぐ近くにいた船員の一人を捕まえる。
 倉庫へ案内しろと命じられて、悲鳴をかみ殺した船員が慌てて歩き出した。
 それを視線だけで追いかけた俺の耳に、どかりと蹴飛ばされる音が届く。
 自分で無い何かが蹴られた音に慌てて視線を向けると、クロコダイルの足元にいた船長がいなかった。
 首を巡らせば、カラカラの体が甲板の端に転がっている。
 げほげほと咳き込み、近くにいた船員が船長の名前を呼んでいた。近くにいるのが船医で良かった。大丈夫そうだ。
 そのことにほっとしたところで、首にひんやりとした感触が触れる。

「ぐえ」

 そのままひっかけて持ち上げられ、慌てて立ち上がる。
 俺を立ち上がらせた鈎爪の持ち主が、顎を上げた俺を見下ろしていた。

「金にならねェ首を持ち帰っても仕方がねェ。体付きで勘弁してやる」

「え? あ、え?」

 寄こされた言葉に、目を白黒させてしまった。
 どういう意味だろうと見上げると、わずかにクロコダイルの顔が近付き、嗅ぎなれない葉巻の香りが強くなる。

「ナマエ。お前がこのおれに忠誠を誓うなら、そこの馬鹿の命はお前にくれてやるが」

 どうする、と尋ねる形をしてはいるが、それは明らかな宣告だった。
 何がどう働いたのかわからないが、どうやら俺の身一つで船長は見逃してもらえるらしい。
 そのことにほっとして、そっと体から力を抜く。

「はい、じゃあ誓います」

 あっさりと答えると、ナマエ! と何人かの船員が俺の名前を呼んだ。
 引き留めるようなそれに一瞥を向けたクロコダイルが、それからその視線を俺へと戻す。

「プライドがねェな」

 馬鹿にしたように言われたが、ここで邪魔になるプライドはそもそも必要が無い。
 船長が生き残ってみんなも俺も生きているなら、かなり良い結果だ。
 これから先一緒にいられないのは悲しいが、死ぬよりはよほどいい。

「おれが死ねと言ったら死ねよ、ナマエ」

 吐き捨てるように寄こされた言葉にはいともう一度返事をすると、首から鈎爪が外れる。
 倉庫から戻ってきたダズ・ホーネスの荷運びを手伝って、俺はそのままサー・クロコダイルの船へと乗った。
 壊れた海賊船の上から俺を見送る仲間達が泣いていて、なんだか少し申し訳なかった。



end


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