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致命的
※無知識トリップ系主人公は白ひげクルー



「あだっ!」

 指先に走った痛みに、思わず声を上げた。
 慌てて自分の手元を見ると、指と爪の間に刺さった木片がこちらを見返している。
 爪の中までぶっすり入ったそれは上から確認できるほどで、鍛えようのない場所に突き刺さった痛みに顔を顰めながら、とりあえず反対の手で木片を引き抜いた。
 傷から落ちた血が指を伝って、真下へ落ちないように慌てて掌を上向きにする。
 緩く拳を握りながらまじまじと見やった指先は、じくじくとした痛みをこちらへ寄こしている。

「……何やってんだよい、ナマエ」

「いや見て、久しぶりにやっちまった」

 そこでひょいと声を掛けられて、俺は片手を相手の方へ差し出して見せた。
 俺と同じく修繕作業を行っていた誰かさんが、肩にかけていたタオルで汗をぬぐいながら顔を顰める。

「だから軍手しろって言ったじゃねェか」

「だってあちィんだもん」

「ガキか」

 夏島に向けて進行中のモビーディック号の中は、それはもう暑い。
 どのくらい暑いかと言うと、倉庫の棚の大まかな修繕なんていう屋内の作業をしているだけで汗が服を濡らすくらいだ。
 さすがにこもってはやっていられないからと、何人かで作業を回していて、この倉庫は俺とマルコの担当だ。そして、作業自体ももうそろそろ終了する。
 ラストスパートだと張り切っていたのだが、痛んでいた棚板の欠片が思い切り俺の指を攻撃した。俺は直してやっているというのに、ひどい奴である。

「残りはおれがやっておくから、お前はさっさと手当してこい。おれは手が離せねえから、他の奴に頼めよい」

「や、大丈夫だろ、このくらい」

「化膿を舐めてんじゃねェ」

 眉を吊り上げて怖い顔をしてくるマルコに、医者みたいなこと言うなよと笑う。
 それに対して『おれは医者だ』と答えたマルコが、最後だったらしい釘を槌で打ち据えた。
 俺の作業を引き継ぐらしい相手に、大丈夫なのになァと肩を竦める。
 そうしてそれから、そういえば、と思い出して片手を改めて相手へ差し出した。
 目の前に傷跡を寄こされたからか、マルコが少し怪訝そうな顔をする。

「なんだよい」

「マルコがここでささっと治してくれたら早いんじゃないかと思って」

 ここは、俺が生まれて育った世界とは違う。
 悪魔の実と言う不思議な食べ物があって、それを食べたら超能力者になれるらしい。
 そして、マルコは再生の力を持った不死鳥らしい。
 動物になった姿を見たことがあるが、青い炎を零す大きな鳥だった。水を掛けたら死んじゃうのかと聞いたが、そもそも不死鳥の青い炎と言うのは、普通の炎とは違うらしい。
 その炎には少しだけ人を癒す力があるというし、ちょうど良いのではないだろうか。

「…………なるほど?」

「だろ!」

 片眉を動かして言い放ったマルコに、にんまりと笑う。
 俺の方を見やってから、動いたマルコの手が、そのまま俺の片手を捕まえた。
 ずっと上向きにしている掌を掴み、俺の指を差し出させるようにして動かして、その拍子にずきりと指が痛む。
 変だなと思ったのは、俺の手を掴んでいるその指の力が強くて、そしてその手がまるで炎を零していなかったからだ。

「…………ぎゃー!」

 そして、マルコがゆっくりと口を開いて舌を出しながら俺の手を引き寄せたのを見て、思わず悲鳴が漏れた。
 指を咥えようと動いたその口ごと顔を片手で捕まえて、どうにか押しやる。手元の木槌を手放したせいで、足元でごつりと重たい音が鳴った。
 本当は掴まれている方の手を引き抜きたいのだが、捕まえているマルコの手がそれをさせない。
 ぎりぎりと締めあげられている掌がうっ血して、なんだか余計に血が出ている気すらする。

「おい、何してんだよい」

「こっちの台詞だろ! 何してんだ!」

「舐めときゃ治るって言うだろ」

「人の傷を舐めてはいけません!」

 俺に顔を押さえられているマルコからの発言に、俺の口からは悲鳴に近い声が漏れた。
 その発想はおかしい。いや、その発想をしたとしても、俺の指を口に入れようとしたのはもう明らかにおかしい。

「……仕方ねェ奴だよい」

 むっとした顔をしたマルコが、俺の手を握る指にさらに力を込めた。
 わずかに痛み、びくりと震えた俺の片手が、そのまま青い炎に包まれる。
 室内で見るにはあまりにも刺激的だが、俺はもうそれが何かに引火するような危ないものではないということを知っていた。
 青い炎がおどかすように膨らみ、俺の二の腕あたりまでを舐めて、それからゆるりと治まっていく。
 火傷の一つもない手がぱっと離されて、引き戻して見やった自分の指先は、先ほどとそれほど変わってはいなかった。
 けれども痛くないし、血も止まっているようだ。

「ありがとう」

「礼を言うより働きで返せよい」

 ぴら、と手を振ったマルコが、そう言ってそのまま屈みこむ。
 下の方の修繕を始めた相手に頷いて、俺も同じく木槌を拾い直した。
 目の前の棚を見つめて、また怪我をしないように気をつけながら慎重に手を動かす。
 こんこんとリズムよく釘を打ち付ける音がして、いくつか同じようにして棚を修繕していきながら、俺はちらりと自分の手を見やった。
 血は止まったものの、まだ痛々しく見える指先は赤いままだ。
 血が棚についたりしないように気をつけつつ、いくつか釘を打ったところで、なあ、と声を零す。

「なんだよい」

「あの……不死鳥って、もしかして血が好物だったりする?」

 悪魔の実の能力者と言うのは、三つに分かれるらしい。
 動物に変身するのは動物系能力者と言うやつで、その動物に感性が少し引き摺られるんだと教わった。
 だとすればまさか、不死鳥と言うのは血が好きなんだろうか。
 それは何というか、とても怖い。できれば野生の不死鳥にはお会いしたくない。
 しみじみ思いつつ尋ねた俺の下で、何故だか木槌の音が止まった。
 手元の作業が殆ど終わったところでそれに気付いて、ちらりと足元を見下ろす。
 何故だか、屈みこんだままのマルコがそっぽを向いていた。
 表情は見えないが、なんだかその背中に哀愁めいたものを感じて、はっ、と息を飲む。
 もしかして、マルコはそれを隠してきたんだろうか。

「あ……あ、あの、ほら、どうしても飲みたいとかだったら、俺が少し献血するよ! 注射器とかで、こう!」

 俺の血が美味しいかどうかは分からないけど、『家族』になったんだからそのくらいの協力はもちろんやる。
 でも大量に飲むのは体に悪そうだしと声を掛けた俺のすぐそばで、マルコががくりと肩を落とす。
 その手が棚を見もせずに槌を振り上げ、そうしてスコンととてもいい音を立てて釘を打ち付けた。
 最後の一つだったらしいそれを終えて、木槌を道具箱に放り込んだマルコがひょいと立ち上がる。

「なんでそう言う発想になるんだよい、お前は」

 相変わらずズレた奴だなと言いながら、マルコがこちらを見下ろす。
 なんとも不服そうなその顔を見上げて、俺は少しばかり首を傾げた。
 よく『ズレている』と言われるが、俺とこの世界の人達とでは結構感性が違うので、そういう話だろうか。そう言えば、献血をする海賊と言うのは聞いたことがない気もする。
 戸惑う俺をよそに、まァいい、と声を漏らしたマルコが道具箱を持ち上げる。

「さっきのは応急手当だ、このまま医務室までついてこい。ちゃんと治療してやるよい」

「あ、わかった」

 話を打ち切られたので、俺は素直に頷いた。
 倉庫を出ていくマルコに続いて、同じように倉庫を後にする。
 たどり着いた消毒液の匂いのする一室で、俺の手を治療するマルコの顔は真剣そのものだった。
 しかしあまりにも熱心に傷を見つめていたし、やっぱり血が飲みたいんじゃないのだろうかと、俺は思ったのだった。



end


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