嵐の前の
※notトリップ主は仔猫なミンク族
※ハートの海賊団に対するねつ造注意
「ベポ!」
高い声がベポの名前を呼ぶ。
それとともにどすりと足に衝撃が走り、わあ、と声を漏らしたベポが片足に力を込めた。
傾きかけた体を戻して足元を見下ろせば、ベポのたくましく育った足にしがみ付く小さな体がある。
ふんわりとした毛並みの彼はまだまだ子供のミンクで、三角のとがった耳の下でその頭をこつこつとベポの頭へこすりつけるようにぶつけていた。
可愛らしい『挨拶』に笑って、ベポの手が自分の腰より下へと伸びる。
「はい、ガルチュー」
「ガルチュー!」
掴まえた小さな体を持ち上げて、言葉とともに自分の頭を差し出すように寄せると、今度はベポの頬のあたりに軽い頭突きが寄越された。
そのうえでぐりぐりと匂いを付けるように押し付けられて、ふわりとわずかにあたたかい匂いがする。
小さな子供特有のそれを受け取って、『挨拶』を返したベポが持ち上げていた手をおろそうとすると、伸びてきた小さな腕がベポの体にしがみ付いた。
いつものことなのでそれ以上は気にせずに、ベポの片腕がしがみ付いた子供を支える。
「今日はどこ行くの?」
「今日も昨日と一緒だよ」
「じゃあおれも行く!」
歩き出したベポへの問いにベポが答えると、瞳をきらきらと輝かせた幼いミンクはそう宣言した。
ベポが仲間達とともに故郷へ戻って、そろそろ数日が経つ。
後からやってくると言っていた船長はまだ来ず、ベポ達ハートの海賊団はずっとこのゾウでそれを待ち続けている。
潜水艦を整備しながら、物資の補給と引き換えにいくらかミンク族の持ちかける作業を手伝いつつ、たまに船長のビブルカードを見守るという日々だ。
瓶の中で海の彼方へ向けて這いずる小さな紙片は、今のところその大きさを変えたり異常な動きをしたりはしていない。
今日のベポは昨日子供と遭遇した時と同じく、仲間達のところへと戻るところだった。
『海賊』というのに興味を持つ子供というのは、ミンクだろうがそれ以外だろうがあまり関係がない。
ベポにしがみ付く仔猫のミンクもそのうちの一匹で、うきうきと尻尾が動いてわずかに揺れている。
「別にいいけど……」
呟いたベポは、でも、と昨日仲間に言われた言葉を思い出した。
『こういっちゃなんだけど、ガキの教育上はよろしくないんじゃねェのか』
なんだか妙にまともなことを言っていたのは、確か最近帽子を新調したペンギンだ。
けれども腕を組んでそんな風に言いながら、ペンギンの肩には子供が跨っていたのだ。
仔猫のミンク族はペンギンの帽子の飾りに夢中で、ベポ達の話は聞いていなかったようだった。
『よろしくないかな?』
『海賊になりたいっつったらどうするんだ?』
連れていけるわけもねェだろうに、頑張ってついていこうとして危ないことをしたらどうするんだ、だとか。
告げる声には心配するような響きすら宿っていたことを思い出して、ベポは少しばかり目を細めた。
昔はあんなにミンク族に酷かったのに、ベポがその仲間になって長いからか、ペンギンもそれからシャチや他の仲間達も、ミンク族にはどちらかというと好意的だ。
一時期ベポが潜水艦の中で流行らせたガルチューはまたしてもその流行を迎え、あちこちで挨拶として交わされるようになっている。
懐かしいそれに寝起きのベポも思い切り応えたのだが、噛むのは禁止だと怒られたのも、つい先日の話である。
「おれ達のところにあまり入り浸らないようにね、ナマエ」
「えー、なんで?」
片腕で抱えた子供へとりあえずの注意をすると、不満そうな顔をしたミンクが少しばかり頬を膨らませた。
瞳孔が縦に伸びる大きな瞳が、じっとベポを見上げる。
小さな子供からの視線を受け止め、なんでって言われても、とベポの口から困った声が出た。
「おれ達海賊だし」
「でも、ネコマムシの旦那も海賊だったって、この前言ってたよ」
くじらの森を守る夜の王の名前を出されて、ううむ、とベポはさらに困った顔をした。
確かにその話はベポも聞いたことがある。
大親友との長い旅の終わりに何があったのかは教えてくれなくても、海の彼方にどんなものを見たのか、マタタビや酒で気分の良くなった『旦那』はよく話をしてくれた。
よくよく考えれば、『旦那』の話を聞いていたら海賊になりたくなるミンクだって現れるに決まっている。
「……うーん。じゃあいっか」
「いいの?」
あまり深く考えずに言葉を紡いだベポの腕の上で、不思議そうに仔猫のミンクが首を傾げた。
ぴる、と耳が動くのを見やり、いいよ、と答えたベポが子供を抱き直す。
「今日はシャチ達が飯当番だから、きっとスゴいのが食べられるよ」
「スゴいの? おいしい?」
「スゴい」
ベポだって手伝いくらいはできるし、料理の当番だって回ってくるが、シャチがかかわった時の料理だけはおかしなことになる。
何故そうなるのか分からない料理が出てくる鍋を思い出し、答えたベポの腕で『わあ!』とミンクの子供が歓声を上げた。
とても期待に満ちた顔をしているのを見やり、まァでもあれはあれで面白いだろう、と考えをまとめて、ベポの足が前へと進む。
「あまいかな? からいかな? しょっぱいかな?」
「全部かも」
「えー?」
うきうきと言葉を零す子供はベポの言葉にくすくすと笑っている。
食べ終わったら甘くておいしい果物を剥いてあげよう、とベポが胸に誓ったのは、わずかに抱いた罪悪感からくるものだったかもしれない。
end
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