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気になるあのこ
※恐らく有知識トリップ系主人公は捏造悪魔の実の能力者で麻痺人間



 スモーカーがその男を見つけたのは、遠征の途中で立ち寄った島でのことだった。
 小さな子供の泣き声というのは、離れていても分かるくらいよく響く。
 葉巻を噛みながらそれを追うように視線を向けたスモーカーは、大泣きをしている小さな子供と、その前に屈みこむ男を見つけた。
 どうやら転んだ子供が膝を擦りむき、泣いている相手を男が慰めようとしているらしい。
 着込んでいるのは海兵の制服で、そう言えばどこかで見たような顔だ、とスモーカーは思った。
 今回の遠征はあちこちの部隊から人が集められている。恐らくそのうちの一人だろう。
 男の手が自分の腕に触れて、何かを外す。
 遠すぎてよくわからないがどうやらそれはブレスレットのようで、地面に転がせされた抗議をするようにわずかに太陽の光を弾いていた。

「泣くなよー、えーっと……よ、よーし、俺が痛いの飛んでかせてやるからな?」

 子供だましの声音が聞こえて、その手がぽんと、本当に軽く子供の膝に触れる。

「いたいのいたいのー……とんでけ!」

 それからまるで火傷を厭うように素早く離れ、そこでぴたりと子供の泣き声が止まった。
 不思議そうなその目が目の前の相手を見つめて、それから自分の膝を見る。

「ほら、もう痛くないだろ?」

 でも怪我が治ったわけじゃないから手当てしてもらいに行こうな、と何かを腕に巻き付けてから子供の頭を撫でた男はにこりと微笑んでいて、子供の相手がうまい奴だな、と言うのがスモーカーの第一印象だった。
 そして、どうやらその男が悪魔の実の能力者であるらしいと知ったのは、二度目の遭遇の時だ。

「だ、大丈夫、ちょっと麻酔してるだけですから……センセイもいるし! で、でででも、上側まで痺れてきたり、気分が悪くなったらすぐに合図してくださいね!」

 ヘマで大怪我をした海兵が運び込まれた医務室で、命じられ、本人の方が倒れそうな青い顔で患部に触れて軍医の処置を助けている彼は、ナマエと言う名前だった。







 太陽の日差しが軍艦の甲板をぎらぎらと突き刺す。
 皮膚に刺さるそれと熱気が、もうじき夏島の近海へ差し掛かることを伝えていた。
 吸い込む空気は熱気の中に湿り気を帯び、息をするだけでも体温が上がるようだ。

「チッ」

 短く舌打ちを零し、その身の煙でとらえた相手を甲板に叩きつけたスモーカーに、甲板の上にいた何人かの同僚から歓声が上がった。
 さすがだな、ありがとうと笑う彼らの前に転がっているのは、つい先ほど船を襲いに来た海獣の体だ。
 熱された海水の環境で、逃げた餌を探して顔を出した獣が海軍を自分の餌に定めたのはつい先ほどのことだった。
 艦隊のうち、運悪くスモーカーの乗り込むこの船を狙った海獣は、もはやすでにこと切れている。
 食料だ肉だと喜ぶ数人が手早く解体を始めて、上官がスモーカーをよくやったと労った。
 それを軽く受け流して、スモーカーの足が甲板の蔭へ向かう。
 船内へ入り込んでもいいが、どちらにしてもこの熱気は変わらない。それならば多少は風の来る屋外の方が涼めるだろうという判断で足を進めると、そこには先ほどおいて行った相手がいた。

「お帰り、スモーカー」

 すごかったなァ、なんて言いながら佇んでいたのは、一人の海兵だ。

「こんなところで油売ってねェで、解体でも手伝ってきたらどうだ?」

「非力だから戦力になれないんだ。甲板の掃除は頑張るよ」

 影に入って言い放つ相手が、少しばかり後ろへずれる。
 自身の風上を明け渡した相手に、ふん、と鼻を鳴らしたスモーカーも影の中へ入り込んだ。
 口に咥えた葉巻から漏れる煙が、ゆるりと帯を引いて風下へと流れていく。
 背丈が違うとは言え匂いもするだろうに、ナマエは気にした様子も無く髪をかき上げて、額の汗を緩く拭っている。

「あっづい……」

「情ねェ声を出すな」

 声を漏らす男の横で、スモーカーが唸ると、ナマエは『だって』と子供のような言葉を零した。
 二度目の遭遇を経て、はや二週間。
 広いとは言えない軍艦の上で、スモーカーが意識をすれば、彼と遭遇するのは簡単なことだった。
 ナマエは基本的に友好的で、顔見知りになったスモーカーを見つければ声もかけてくる。

『スモーカーだ!』

 どうやらスモーカーのことは知っていたらしく、スモーカーが名乗る前にそう呼んで、そうして何が楽しいのか笑っていた。
 薄い体はスモーカーに比べて小さく、戦うより後方支援に特化している彼は、いつでも少し顔が青く具合が悪そうだ。
 暑さに参っている今は特にその様子が顕著で、ため息を漏らしかけたスモーカーの口が葉巻を噛み締めた。
 自分のすぐ真横で壁に背中を預ける相手を、じろりと見下ろす。

「外なんだ、それを外しゃいい」

「ええ……?」

 それ、でスモーカーが指差したのは、ナマエの右手首にくるりと巻かれたブレスレッドだ。
 わずかな遊びも無く、どちらかと言えば多少肌に食い込むような短さで、その手首にぴったりと張り付くようにして留められている。
 装飾に派手さはなくまるでただの鎖のようで、しかし、装飾代わりの石が三つ飾られていた。
 海軍の技術で丸く加工されたそれは、海楼石だ。
 本人からスモーカーが聞いた話によると、最初の頃は手錠を使っていたらしい。
 しかし、仮にも海兵が四六時中片手に手錠をつけているのはどうなのかと周囲から声が掛かり、今の形に落ち着いたのだとか。
 へらりと笑ってそう言い放つナマエは、悪魔の実の能力者だ。
 人を麻痺させることの出来る麻酔人間で、そうして、どこの誰より自分の能力を恐ろしく思っている。

「なんでもないのに外して、他の人に何かあったらどうするんだよ」

「そんな柔な海兵がいるか」

「麻酔が効きすぎたら心臓も止まるんだぞ?」

 気怠そうな顔をしながら、ナマエが言う。
 海賊ですら殺すことを躊躇うナマエは、もっぱら医務室での手伝いでしかその能力を使わない。
 先日の海戦ではスモーカーの同僚が処置の為に患部を切開しなくてはならず、その痛みを取り除いていた。
 スモーカーが見ている限りその能力の扱いは完璧で、わざわざ海楼石に頼らなくてはならないとも思えない。
 けれどもナマエは今日もその手に海楼石を取り付けて、暑さ以外の疲労で怠そうにしている。
 海兵となる前に何かがあったらしいが、スモーカーはナマエが話したことのないそれを聞いたことが無い。
 いつかは聞くのかもしれないが、何を聞いたとしたって傍らの男が海兵であるという事実は変わらないだろう。

『ほら、もう痛くないだろ?』

 スモーカーが知っているのは、自分の能力を極端に恐れているナマエが、それでもあの日、小さな市民の為にその能力を使ったということだけだ。
 スモーカーも悪魔の実の能力者だ。海楼石というものがどれだけ自身に負担がかかるのかは知っている。
 体が鉛のように重く、力が入らず、能力を扱えず、不快なことこの上ない。
 それでもあの日のナマエは笑顔を浮かべていて、それがまだ瞳を涙で濡らしていた小さな子供の為だというのなら、ナマエは正しく正義の味方だった。
 ナマエが能力者だと気付いてからそのことに思い至ったが、別に口に出すようなことでもないので、スモーカーの口からそんな言葉が漏れたことはない。

「おれの心臓はそこまで柔じゃねェ」

「心臓って鍛えられるんだったっけ……?」

 きっぱりと放ったスモーカーの言葉に、ナマエが少し不思議そうに首を傾げる。
 疑問符を浮かべるその顔を一瞥し、知らねェよと言い放って、スモーカーは緩く腕を組んだ。
 それにしても、ナマエは血色が悪すぎる。
 海獣を追い払うのではなく捕らえたのは正解だったようだ。

「とりあえず、テメェは肉でも食って体力をつけろ」

「暑くて食欲があんまりないんだよな……」

「その口にねじ込まれたいって?」

「言ってない!」

 葉巻を噛んで凄んだスモーカーの横でナマエの悲鳴が上がり、彼の手へ海楼石を縛り付ける鎖が、ちかりとわずかに光を弾いていた。


end


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