俺のプリンス様
※有知識転生主は麦わらの一味
※指定があったので明確に受け主(になる)
※時間軸は微妙(アラバスタ〜空島間?)
俺はサンジが好きだ。
男同士だとかなんだとか、めちゃくちゃに言われてしまいそうな気がするが、サンジが好きなのだ。
もともと、この世界に生まれ変わって、ここが漫画の世界だと知ってからは出会うために頑張ったくらいに、『キャラクター』としても好きだった。
けれども、無一文のまま這う這うの体でたどり着いたレストランで、めちゃくちゃなことを言いながらも美味しいご飯を出してくれたあの日の笑顔と言ったら、俺を恋に突き落とすには十分な威力だった。
皿洗いで金を返しながら数年もの間一緒にいたが、同じことをされていた他の連中がどうしてサンジに惚れなかったのか、不思議でならない。
とにかく、俺はサンジが好きだ。
もちろん、言うつもりはない。
何故なら俺は男で、サンジは女性が大好きなのだ。
いっそ女に生まれたら良かったんじゃないかとも思うが、今更そこは変えられないし、そもそも俺はサンジにレディ扱いしてほしいわけじゃない。
「……でも人間扱いはしてほしいな……」
「なんだって?」
しみじみ呟いた俺のすぐそばで、サンジが不思議そうに首を傾げた。
その顔が逆さまなのは、俺が現在宙づりにされていて、俺にとっての天地が真逆になっているからだ。
ぐるりと体に巻き付いたロープは固く、そろえた足の向こうに広がる空は海より薄い青を広げた底なしだった。
「お前がなんでもするって言ったんだろうが」
俺の顔を覗き込み、煙草を口に咥えたサンジがそんなことを言う。
「確かに! なんでもするとは! 言ったけれども!」
海の藻屑になりたいとは言ってない!
※
偉大なる航路を往く俺達麦わらの一味は、現在、大変な窮地に追いやられている。
何かと言えば食糧難だ。
なんとも恐ろしいことに、適切に配分して管理しているサンジの目を盗み、盗み食いをした不逞の輩達が現れたのである。
美味しい作り置きをたくさん作ってあったサンジも悪いとは思うが、早急に食糧を手に入れなくてはならないという現状で、何とも悲しいことに上陸できる島影の一つもない。
数日何とか食事を最小限に抑えてはいるものの、ほとんど胃袋で生きている俺達の船長に至ってはぐるるると腹を唸らせながら省エネの姿勢を崩さずにいる。
いつもは作り手の権限で優先的に最良の食事を出されるナミ達にすら制限が掛かっていて、これはまずい、何とかしないとと立ち上がったのは、一番の被害者である俺達のラブコックだった。
手伝えと言われて、『なんでもする』とは確かに言った。
けれどもそれが、ロープで簀巻きにされて宙づりにされる原因になるだなんて、思い至るはずもないのだ。
「ナマエ、お前は頑丈だろ。あのどでけェ鰐の一撃だって無傷だったじゃねェか」
アラバスタで一緒にバナナワニと対峙した時のことを引き合いに出されて、いやあれは、と声を漏らす。
生まれ変わったのが『ワンピース』の世界だと知ってしまったら、覇気を習得しようとするのは当然だ。
俺がうまく出来るのは武装色の覇気だけだが、それでもちゃんとバナナワニのひと噛みに耐えられるだけの体にはなった。
俺はあまり強くないが、耐久力にだけは自信があるのだ。
それを知っているサンジが、大丈夫だ、と声を漏らして、どうにかメリーの上に降ろして貰った俺の顔へ触れる。
座り込んでいるから低い位置にある俺の顔を上向かせて、サンジはとても真剣な顔をした。
まっすぐに注がれる視線が決意を込めて見えて、俺の心臓が勝手にドキドキと跳ね始める。
「サ、サンジ……?」
「何があったって、おれが絶対に助けてやる。おれを信じろ、ナマエ」
「…………!」
このサンジにそんな言葉を寄こされて、これでときめかない奴はこの世に王子様なんていないと思っている奴だろう。
俺はと言えば、この世界に王子様と名乗る人間が多数いることを知っている。目の前の相手もそうだった。
俺の素敵なプリンスに思わず見とれていると、ひょいとサンジの横から仲間の一人が顔を覗かせる。
先程俺の体に縄をかけた協力者の一人である狙撃手は、その手にしっかりと縄の結びつけられた太い釣竿を握っていた。
「それで、具体的にはどうするって?」
「ナマエが食われたところで釣り上げたヤツを三枚にオロす」
「食われてるじゃん!?」
あんまりにもな作戦に思わず悲鳴を上げたところで、がしりと体が掴まれる。
サンジの両手が俺の体を抱え上げ、女の子が喜ぶ横抱きに思わず目を見開いた俺の体が、ぽいとそのまま海の方へ放られた。
「よし行け!」
でかいのを捕まえて来いよと言う声援に、ひどいと叫ぶ暇も無く、俺は海へと落下した。
大きな音を立てて海へ落ちた俺へ海獣のうちの一匹が注目してくれたのは、まあ、結果としてはありがたい話だったのかもしれない。
※
日が暮れて、航海士から凪の時刻とお墨付きを頂いた平和な夜。
メリー号の上では現在、宴が執り行われている。
美味しくて新鮮な肉がたくさん手に入ったおかげだ。
肉が大好物の船長なんて、つい数時間前までのしょぼくれた様子はどこへやら、とても楽しそうに食事を口にしている。
他の仲間達もとても嬉しそうで、それはとても喜ばしいことだ。
「…………いやでも、さすがに死ぬかと思ったけど……」
しみじみ呟きつつ、俺も宴の料理を口にしている。
ぶ厚く切られたステーキは柔らかく、上にかかっているソースも付け合わせも絶品だ。
目の前で海獣の口が大きく開いた時はさすがにとてつもなく怖かったが、この世と言うのは弱肉強食で、すなわちあいつを食べているのは俺の方なのである。
まさかあの海獣だって自分が食われる方に回るとは思わなかったろうな、なんて、そんなことをしみじみ考えていたところで、すぐそばに近寄ってきた相手に気付いて顔を上げる。
「ほら、サービスだ」
トレイを手に近寄ってきたサンジが、そんな風に言いながら差し出してきたのはドリンクだった。
ありがとうとそれを受け取り、さわやかな味のそれを口にする。
いつもならそこで他への給仕に回るサンジが、珍しくそのまま隣に座ったので、そのこと自体に少しばかりそわりとした。
思わず見やった俺を気にした様子も無く、サンジの手が煙草をつまむ。
紙巻煙草の先とその口から漏れた紫煙がゆるりと二本の帯を作って、ランプの明かりに照らされながら空気へ溶けていった。
「まァ、お前が無事に戻って良かったぜ」
「うん、ありがとう………………そもそも俺を釣り餌にしたのサンジだけどね?」
「優秀な釣り餌くんのおかげで食料も潤ったしな」
「釣り餌くんって呼び名はさすがにひどいと思う」
もはや過ぎ去った話ではあるが、サンジの発言に思わず言い返すと、ちらりとサンジがこちらを見た。
前髪に隠れていない片方の目がじっと俺を見つめて、まっすぐすぎるその眼差しに、いたたまれなくなって少しだけ目を逸らす。
「これに懲りたら盗み食いに加担するんじゃねェぞ」
「うっ」
怒ったように寄こされた言葉に思わず声を漏らしてしまい、慌てて片手で口元をおさえた。
いや、だって、サンジの作るものはとても美味しいのだ。
それをせっせと食べている現場に遭遇して、止めはしたものの止まらなかったら、さすがに一口くらいは俺だって食べてしまう。サンジがナミの為に作ったと思われるみかんゼリーは、とても美味しかった。
「いやほんとに、反省してます」
「わかりゃいいんだ」
しょんぼりと肩を落とした俺の横で、サンジが深く頷く。
その手がそれからひょいとこちらへ伸びるのが視界の端に見えて、改めて視線を向けた俺の頬に、サンジの指が触れた。
「お前、どういう食い方したらここにつけるんだよ」
ソースでも跳ねていたのか、そんな風に言いながら俺の頬を擦ったサンジが、おかしそうに笑う。
目を細めて、少し眉を寄せて、まるで少年みたいなその表情は、王子様よりも親しみのあるものだ。
夜闇の落ちる甲板で、ランプの明かりに照らされたその顔に、ぱち、と思わず目を瞬かせた。
どっと跳ねた心臓が痛い。
じんわり滲んだ汗に、自分の顔が熱いのを感じて、自然さを心掛けながら少し身を引き、サンジの手から逃れる。
顔が絶対に赤い気がするが、ランプの明かりで誤魔化されていると信じたい。
「サ……サンジのごはんが美味しいから、ついついがっついちゃうんだよ」
「それにしたってもう少しクソ上品に食えよ。ソースがもったいねェだろうが」
「いや、ほら、俺のほっぺもサンジのソースが食べたかったんだって」
「なんだそりゃ」
けらけらと笑ったサンジはいつもと変わらなくて、そのことにほんの少しだけ安心する。
俺は、サンジが好きだ。
しかし、それをサンジに知られてはいけないと知っている。
だって俺は男で、サンジは女性が好きなのだ。
それでも恋と言うのは不毛なもので、サンジとのこんな他愛もないやりとりで毎回ときめいてしまう。
どうにかしないといけないとは思うのだが、俺がサンジを好きでいる限り、どうにもならないことかもしれない。
「後で明日の分の仕込みがあるんだ、手伝え」
「なんでもするけど、あんまりひどいことはしないでほしいんだけど」
「じゃあ『なんでもする』なんて言うんじゃねェよ」
相変わらず変な奴だなと、サンジが笑う。
その顔がとても眩しかったので、俺はひとまず、手元の料理に集中するふりをした。
end
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