- ナノ -
TOP小説メモレス

幸福のあたたかさ
※くっついた


「……俺、貴方が好きみたいです」

 俺がそう言った時、彼は随分と驚いた顔をしていた。
 それから少しばかり怪訝そうな顔になって、じとりとその目が俺を見下ろす。

「……みたい、たァ、どういうことじゃあ」

 低い声で唸りながら注がれた視線は、まさしく睨まれているに近いものに思えた。
 けど、別にわざとそうしているんじゃないともう知っているから、じっとその両目に合わせるように見上げる。
 そうやれば、やや置いてからすぐに目は逸らされてしまう。
 その様子に少しだけ笑ってから、『貴方が好きだ』と言い直したのは、三週間ほど前のこと。
 歳の差もあるし、何より同じ性別で今まで生きてきた世界も違う相手だが、俺はこの世界で『恋人』なるものを手に入れた。







「いらっしゃいませー……あ」

「…………ん」

 カラン、とドアベルを鳴らして入ってきた客を見やり、いつもの挨拶を投げた俺は少しばかり顔を緩ませた。
 それに対していつもの厳しい顔をしたその人が、軽くこちらへ会釈してから、窓際のいつもの席へと歩いていく。
 すぐにカウンターで水差しからグラスへ水を注いで、テーブル備え付けのメニューを見ている彼の方へとそれを運んだ。

「ご注文は?」

「……これを一つ」

「はい、かしこまりましたー」

 グラスを置きながら尋ねれば、いつものようにその指が軽くメニューを叩いたので、内容を確認して頷く。
 ちくりと頬を刺すような気配がして視線を向ければ、椅子に座った彼が俺のことをじっと観察していた。
 どうかしたかと首を傾げてみても、その口が開かれることは無い。
 よく分からないが、早くメニューを厨房に伝えたほうがいいだろうと判断して、会釈してから彼のそばから離れる。
 背中に視線が突き刺さるように感じるのも、いつものことだ。
 厨房へ声を掛けて注文を受けたメニューを伝えてから、空いているテーブルを片付ける為に移動する。
 二つほどテーブルを空にしたところで食事を終えた客の会計をして、その人を見送ってから更に店内を片付けて、厨房からの呼び声に返事をしてそちらへと移動した。
 その間も、ちくちくと突き刺さるような視線はそのままついてくる。

「はいよ、お待ち」

「運びまーす」

 差し出されたトレイを受け取ってからすぐに後ろを振り返ると、俺が自分の方を見たことに気付いたらしい誰かさんが俺から目を逸らした。
 あれだけ突き刺さる視線を寄越す癖に、今さらそんなことをしたって無駄なのに。
 相変わらずな相手に微笑みながら、運んだ料理をそのテーブルの上へ並べる。

「お待たせしました」

「……別に、待っちょらん」

「いやいや、お待たせしました」

 ぶっきらぼうな言葉に笑ってから、ちらりとグラスを見やる。
 水がすでに半分になってるから、後で水差しも持って来よう。

「…………今日の上がりは」

 そんなことを考えてたら言葉を寄越されて、俺はすぐさま言葉の発生源の方を見やった。
 片手にフォークを持って、ちらりとこちらを見た彼の視線が、ぶすりと俺の体に突き刺さる。
 慣れていない頃の俺だったら、もしや今すぐそのフォークで刺されてしまうのではないかとおどおどしそうなほどの鋭い視線だ。
 けれども、今となってはあっさりとそれを受け止めることが出来るから、俺は軽く笑って寄越された言葉に小さな声で返事をした。

「夕方だから、今日は俺がそっちに行っていいですか」

 今日は早入りだったから、いつもより早く帰るのだ。
 俺の言葉に、その手がぎゅっとフォークを握りしめたのが分かる。
 あんまり力を入れると、この間みたいに曲げてしまうんじゃないだろうか。
 本人にその気は無いのかもしれないが、さすがに海軍大将だけあってその力は一般人の俺からすればけた外れだ。
 そこに悪魔の実の能力も加わるのだから、大将赤犬を前にして逃げ出さない海賊はどうかしていると思う。
 俺がつらつらとそんな風に思考を揺らしていることも知らず、やや置いてから目の前の相手がこくりと頷いた。

「……分かった」

 そうして寄越された言葉に、それじゃあ後で、と約束して微笑む。
 それを受けて、俺のことを見据えていた視線がふいと逸らされてしまったのは、何となく残念だった。







 俺と彼が会う時は、どちらかの部屋でと決まっている。
 何故なら相手が海軍大将で、俺がただの一般人だからだ。
 厳密には、こっそりと異世界の人間である俺だって『ただの一般人』とは呼べないかもしれないが。
 とにかく、このマリンフォードで有名な彼が人目のあるところを出歩くと、思い切り注目されるのである。
 一回目で買い物に行った時に体験して懲りたので、二回目からはどちらかの部屋でと取り決めた。
 俺はただの一般人だけど夜遅い時も多いし、相手も似たようなものだから、まだ四回目だが。
 今日は、早上がりだった俺が彼の家にこっそりと侵入して、彼の帰りを待っていた。
 帰ってきた彼と取り留めもない話をしながら食事をして、今は横に座ってまったりとお茶をいただいているところだ。
 さっきまではあれこれと話していたんだけど、話題も大体が終了してしまって、ちらりと見やった壁かけの時計の時間もそろそろよさそうな時間だった。
 湯呑の中ですっかり冷めてしまった最後の一口を飲み込んでから、そっとテーブルにそれを置く。
 俺の湯呑が空になってると気付いた彼が急須に手を伸ばしたのを、軽く手で湯呑をふさいで遮った。

「そろそろ帰ります」

 そう言って視線を向ければ、俺の言葉を聞いた彼の手が、そっと急須から離れる。

「……ほうか」

 そうして呟く声は少し沈んでいるようで、けれどももしかしたら俺の勘違いなのかもしれない。
 相変わらずこちらを見るその目は鋭く、その真意を知らなければ怒らせてしまったと慌てるところだ。

「サカズキさん、今度の休みいつですか?」

 湯呑に手を乗せたままで尋ねると、その視線が俺から壁に掛けられたカレンダーを見やった。
 余白に何か書き込まれているわけでもない月めくりカレンダーを見やったその目が、今度の週末の日付を口にする。
 寄越されたそれに、ああ惜しい、と俺は呟いた。
 俺の休みはその前日だ。
 どうしたのかとこちらを見られたのでそう返事をすると、彼の眉間に皺が寄った。
 先ほどより鋭さのました視線を受け止めて、俺は軽く肩を竦めながら湯呑から手を離す。

「残念ですが、次は休みが被ると良いですね」

 俺だって相手だって、働いている以上休みを簡単にずらすことなんてできないことは分かりきっている。
 久しぶりに朝から一緒にいられたらよかったけど。
 前に休みが重なった時は、確か庭で盆栽をいじってる彼にやり方を習いながら自分でもやってみたんだった。
 俺の世界では『盆栽』というのは枝ぶりがどうのと言われるものだったけど、この世界では彼自身のようにいかに直立不動の実直さを表せるかどうかによるものらしい。
 世界の違いというのは奥が深いなと思いながら鋏に触ったのは、丁度二週間前のことだ。
 俺の顔を見つめた彼の手が俺へと伸びてきて、俺が知っている限り容赦なく海賊を焼き溶かすその掌が軽く俺の頭に触れた。

「? サカズキさん?」

 髪の間に指を差し込んできた相手へ戸惑いつつ、名前を呼びながら両手でその手を掴まえる。
 どうしたのかと見つめていると、彼の空いた手がとても素早く急須を掴み、あ、と声を漏らした俺が湯呑に手を伸ばす前にその口からお茶が注がれた。
 熱々のお茶が湯気を零していて、何とも温かな様子のそれにぱちりと瞬きをしてから、視線を傍らに座る相手へ戻す。

「…………あの」

 俺は帰ると言っているのに、何で人の湯呑にお茶を注いでいるんだろうか。
 用が済んだのか、俺の頭に触れていた手が俺から離れて、俺のすぐ横で畳に触れるように降ろされた。
 急須を元通りに戻したもう片方の手が、俺の方に茶菓子の入った籠を押しやる。

「……帰りはわしが送っちゃるけェ、もう一杯付き合え」

 その台詞は、どちらかと言えば酒盛りの時に使うものでは無いだろうか。
 少しばかりそんなことを考えつつ、まあでもお茶を無駄にすることも無いか、と片手を伸ばして湯呑を掴んだ。
 ふうと軽く息を吹きかけて少し啜ってみるものの、お茶は熱くて、どちらかと言えば猫舌の分類である俺にはすぐに飲むこともできない。
 彼だってそれを分かっているんだろう、火傷するぞと言葉を寄越されたので、俺は頷いて湯呑をテーブルへ戻した。
 湯呑のせいで温かくなった掌を軽く閉じたり開いたりしてから、その手をそっと畳に触れている彼の手に乗せる。
 びくりと大きな手が少しばかり震えたものの、逃げ出すことも無くそこに残った手を握るようにした。
 どちらかと言えば体温の高い彼の手がわずかに冷たく感じて、何となくおかしい。

「……何じゃあ、ナマエ」

 小さく笑ってしまった俺を見やり、怪訝そうに彼が呟く。
 それを受けて、なんでもないですと答えてから、俺はすぐ横の彼の顔を見上げた。

「それじゃあ、お茶が冷めるまで何を話しましょうか」

「別に、なんでもかまわん」

 俺の言葉に言い放ち、その目がふいと俺から逸らされる。
 何ともいつも通りの彼にもう少し笑ってから、俺は最近職場であったことを話していくことにした。
 言葉少なに相槌を打ってくれる彼は、俺がその顔を見上げているせいであまりこっちを向いてくれないが、ちゃんと話を聞いてくれるから構わない。
 捕まえていた手はいつの間にか上を向いていて、気付けば俺の手をしっかりと掴んでいた。
 ゆっくり冷めていった俺の手を温めてくれる大きな掌が気持ちいい。

「……あ、また」

「わしは何にもしちょらん」

 話している俺の隙をついてちまちまと俺の湯呑へお茶を足されて、しかもどう見たって自分がやった癖に知らないふりをされたせいで、飲み終わったのは随分遅い時間だった。
 俺だって男だし、明日は自分だって早いだろうに、有言実行してくれた我が恋人殿は随分と紳士だと思う。
 ちょっと別れがたくなって、じゃあ、と別れる言葉を紡ぎながらこんな遅い時間だと言うのに部屋に招こうか悩んでしまったのは、俺だけの秘密だ。



end


戻る | 小説ページTOPへ