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ノットイコール
※主人公は有知識トリップ主人公は白ひげのナワバリの島に住む民間人Aで料理人



 俺は、人に料理を振舞うのが好きだ。
 どのくらい好きなのかと言うと、こうやって右も左も分からないおかしな場所へやってきても、自分が生きていく為の手段に『料理人』を選ぶほどだ。
 ありがたいことに俺の料理を食べてくれる人がいて、頼み込んで働かせて貰っていた店で、いくらかの料理を任されるくらいには信頼されるようになった。

「よしナマエ、休憩に行ってこい!」

「はい!」

 店長に声を掛けられたのは、夕食時のラッシュを抜けた時間だった。
 今日は久しぶりに『縄張り』の長が来たからと、どこの店も普段より遅くまで営業することになっている。
 俺が働いているこの店も同様で、これからまた数時間は続く勤務の前に、腹ごしらえをしなくてはならない。
 好きに使っていいと言われた食材達を使って、手早くサンドイッチを作る。
 そうして、少し大きかったそれら二つをさらに乗せ、そっと厨房を後にした。
 ちらりと見下ろした腕時計は『この世界』に合わせた時間を動いていて、大体三十分もしたら戻らなくてはならないだろうな、なんて考えながら裏口から外へ出た。
 店の裏側の通路は暗いが、置かれている木箱に座って上を見上げれば横長に切り取られた星空が見える。
 明かりの少ない場所では、星と月の光がこれほどまでに空を明るく照らしているということを、俺はここへ来るまで知らなかった。
 昼間なら青い澄んだ空が見えるし、たまに顔を出すのは野良猫くらいだ。静かなそこは、休憩するには持って来いだった。

「ふう」

 軽く息を零して、持ってきた食糧にかみつく。
 手早く作りはしたものの、店長が焼いているパンは当然美味しい。
 具は多めの生野菜と、厨房で端に避けられていた煮豚に似た何かの切れ端だ。豚のようで豚じゃない生き物だったが、とても美味しい。
 問題は、思ったより肉が大きくて噛み応えがあるということだろうか。
 あと一つは入らないかもな、なんて思いつつ、もぐもぐと口を動かす。
 今日は夜中まで仕事だが、明日は久しぶりに定休日だ。
 久しぶりに港へ出て何か目新しい食材でも探してみるかななんて、そんなことを考える。
 生まれて育った場所からぽいと放り出されたこの島は、偉大なる航路と呼ばれる海の中にある。
 聞いた名前だなと考えて、それからすぐに思い出したのは、学生時代から好きでコミックスを買い集めていた漫画のことだった。
 そんな馬鹿なと否定して、けれども集めれば集めるほど『そう』だとしか思えない状況に、いい加減諦めてから数年になる。
 ここは、あのワンピースの世界によく似ている。
 そのものなのかどうかは、まだ主人公の話を聞いたことが無いから分からない。
 けれども多分、なんて曖昧なことを考えたところで、ざり、と路地を踏む足音がした。
 それを聞いて視線を向ければ、普段なら猫くらいしかやってこないような細い道に、ひょこりと現れた人影がある。

「明かりくらい持ってたらどうだよい」

 そんな風に言いながら片腕から青い炎を零して、その人影はこちらへと近づいてきた。
 フライパンを持たせても目玉焼きが出来るわけでもない、何とも不思議な青い炎だ。
 それに照らされた顔を見やりながら、口の中身を飲み込む。

「明るかったら、月も星も見逃すかと思って」

「空を見上げりゃ見えるもんだろう。見逃すわけあるかよい」

 そんな風に言っておかしそうに笑ったその人は、『不死鳥マルコ』と呼ばれる海賊だった。
 この島は、『白ひげ海賊団』のナワバリだ。
 俺がここへ現れるよりももっとずっと以前に、恐ろしい海賊だか海兵だかが暴れたところを制圧してもらってからの付き合いになるらしい。
 島へ平和を保つためのシンボルを貸してくれている恩人達が現れて、島民がそれを歓迎しないわけもない。彼らは大所帯だから、今日はどこの飲食店だって今まで以上に働いているし、きっと食材屋も走り回っている。
 彼らがこうやってこの島へやってくるのを見るのは、初めてではない。
 『あの白ひげ海賊団が』と、初めて彼らが来ると聞いた時は、それはもう慌てたものだった。

『ナマエっていうのかよい。よろしくな』

 そんな風に言って握手を交わしてきた初対面のあの日、俺は確かにこの人に警戒されていた筈だ。
 何せ、『漫画』のキャラクターに遭遇したのはその時が初めてで、緊張していた俺は間違いなく挙動不審だった。だってあの『白ひげ海賊団』なのだ。仕方のないことだろう。
 それでも何度か顔を合わせるうちに打ち解けて、今では彼らが店へやってきたり、こうして近い場所で会話をしても舞い上がらないくらいには冷静でいられる。
 さすがに『白ひげ』に出会ったらまた舞い上がってしまいそうだが、今のところ、彼らの船長と顔を合わせたことはない。

「ここからだと、見える角度が限られているんです」

 食事を手にしたまま、相手へそう言い返す。
 俺の言葉にちらりと空を見上げた『不死鳥マルコ』は、確かに、と一つ頷いた。
 その片手が炎を零すのをやめて、細い路地に薄暗さが戻る。
 完全に真っ暗にならないのは、空から注ぐ月と星の明かりのおかげだ。

「それで、わざわざこんなとこで空を見上げてたってのかよい」

「休憩時間なので。あ、店内には、結構『ご家族』がいらっしゃってましたよ」

 フロアに見かけた海賊達を思い出してそう言うと、知ってる、と答えた『不死鳥マルコ』が笑った。

「ちっと覗いてみたが、相変わらず騒がしくてすまねェな」

「お客様なんですから、お気になさらず」

 金払いの良い白ひげ海賊団だ。数日食材の値段すら高騰するだろうが、すぐに落ち着くことだろう。
 店長も同じことを言うと思うと続けた俺に、それならいいが、と『不死鳥マルコ』が答える。
 それからその目がじっとこちらを見つめるので、俺は思わずその視線を追いかけた。
 注がれた視線の先は、俺の手元の皿になる。
 真っ白な皿の上には、まだ一口も齧っていないサンドイッチが一つあった。

「……召し上がります?」

「いや、そう言うつもりじゃねェよい。手元のとその一つで足りてんのかと」

 もっと飯は食うべきだとか、そんなことを言われる。
 確かに大食漢の彼らに比べると少ないかもしれないが、あまり食べ過ぎても動けなくなるだけだ。

「少し大きく作り過ぎて、もう一つが食べられなさそうなんです。店のメニューじゃないのでお代は頂きませんから、良かったら」

 言葉を重ねて、そっと手元の皿を差し出す。
 俺の言葉に妙な顔をした『不死鳥マルコ』は、その目でしげしげと俺を観察して、何かを確かめたようだった。

「…………それじゃ、もらうよい」

 そうしてそれから、その手がひょいと俺の皿からサンドイッチを受け取る。

「意外と具が入ってるねい」

「そうなんです。欲張り過ぎました」

 思ったより重量を感じたのか、手元を見下ろして言い放った相手に、俺は深く頷いた。
 そのまま自分の手元のサンドイッチをかじると、俺に倣ったように『不死鳥マルコ』も手元のそれを口にする。
 パンごと生野菜と肉をかみちぎり、少し頬を膨らませながら口を動かしている相手を、俺は木箱に座ったままで見つめた。
 数秒を置き、きちんと咀嚼して飲み込んだ『不死鳥マルコ』が、へえ、と声を漏らす。

「うめェ」

「それは良かった」

 手元を見下ろして、そうして寄こされた言葉に、俺は思わず微笑んだ。
 俺が作ったサンドイッチが美味しいのは、食材が良いものなのだから必然だ。
 けれどもやっぱり、自分が作ったものを美味しいと言ってもらえるのはとても嬉しい。
 お世辞でもなんでもないのだろうということは、パクパクとサンドイッチを食べ進めてくれるその様子で一目瞭然だ。
 俺より大きな口で、俺より早くサンドイッチを食べ終えた『不死鳥マルコ』が、少しソースがついてしまったらしい指を軽く舐めてから、ちらりとこちらを見やった。
 その眉が軽く動いて、ほんの少ししか開いていなかった距離がその足の一歩で縮まり、そのことに目を瞬かせた俺を気にせずにその手が俺の顔へと伸びる。

「あいた」

「しまりのねェ顔してんじゃねェ」

 ぺち、と額を指ではじかれて、思わず身を引いてしまった俺を『不死鳥マルコ』が詰る。
 唐突に人のことを攻撃してきた相手に、片手を患部へ添えながら、俺は少しばかり口を尖らせた。

「しまりのない顔なんてしてません」

「いいや、してた。人が飯食ってるのを見てるときは大体そうだ、ナマエは」

 きっぱりとそんな風に言い放たれて、え、と声を漏らす。
 思わず額の手を自分の口元に当てて顔を半分隠すと、俺の動きを見ていた相手が、自覚があるじゃねェか、と言って笑った。

「飯食ってるとこを見るのが好きなんて、変わった奴だよい」

 そんな風に言いながら目を細められ、なんだか何か誤解を受けたような気がするものの、何と言ったらそれが解決できるのか、俺にはまるで分からなかったのだった。


end


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