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決定権はカード一枚
※微知識トリップクルーはホーキンスのとこのクルー
※ホーキンスがタロット占いを多用しているという捏造めいたあれです



 うちの船長のやることは、占いに左右されている。

「今日は遭難者を助けると運気の悪くなる日なんだ。悪いな」

 言い放った船長のその手には、タロットカードがつままれている。
 俺にはよくわからないが、今言った『意味』が込められているんだろうカードの絵柄は不吉そのもので、無感情に船から海面を見下ろしている船長の言葉が撤回されることは無いだろう。
 波間を揺蕩い、助けを求めていた小舟の住人が、衝撃を受けた顔で固まっている。
 近くには上陸に向かない岩場が多く、近くにも島影はあるが、まだまだ遠い。
 そしてここは偉大なる航路で、海王類も海獣もいるこの海で放置されるというのは本当にもう大変に気の毒だが、俺には無事を祈って手を合わせてやることしか出来そうになかった。
 船長の号令のもと、船の帆が張られ、ゆるりと海の上を滑り出す。
 ふざけるなだとか、待ちやがれだとか怒号が聞こえた。あれだけ元気なら、頑張ればあの島影にもたどり着いてくれるかもしれない。
 船が転覆してオールまで失ったとか、七日もさまよい、もう三日三晩水も飲んでいないとか必死に訴えられていたが、大丈夫そうだと分かって少しほっとする。

「船長、良かったんですか」

 それでもそっと問いかけると、手元にカードを集め直した船長が、その指で新しくカードを配り始めていた。
 後ろから見ると一見宙に浮いているように見えるが、実際は細い藁の先に張り付けている格好だ。その藁の吸引力は一体どうなっているのかと思うが、確かめたことは無い。ストローだからだろうか。

「七日さまよっているというには覇気があった」

「え? ああ、そうですね、怒りは生きる活力になるってどっかで誰かが言ってた気がしますし、あれだけ怒れるなら島まで泳げるかもしれませんね」

 オールくらいあげてもいいんじゃないかとは思ったが、船長は『親切にしない』と決めたらしいので、その申し出すらできなかった。
 そうだなと答えた船長の手が、いくつかカードを並べて、そこから一枚を掴み直す。

「これだからな」

「前から言ってますけど、俺あんまりカード詳しくないんですよ」

 差し出されたカードを受け取り、絵柄を確かめながら首を傾げた。
 逆さまで渡されなかったから正位置と言う奴だろうか。月を見上げて犬だか狼だかが吠えている、いたって普通の絵柄だ。
 よくわからないでいる俺の横からクルーの一人がカードを覗き込んで、何故だか『げっ』と声を漏らして、それから素早く駆けていく。
 どうしたのかと思って見送っていたら、船尾まで駆けていったクルーの号令で、どごんと一発大砲が放たれた。

「うわっ」

 思い切り船体が揺れて、慌てて体を支える。
 その拍子に、船の後方に一隻の船がいるのが見えた。一体どこに隠れていたんだろうか。
 黒い旗を翻しているその船に、先ほど放った大砲が直撃したのか、少し黒煙が上がっている。

「敵襲!!」

 号令をかけた誰かの声に反応して、船のみんなが素早く行動を開始した。
 所定の位置につく面々の最中、俺の背中をぽんと大きな手が叩く。

「お前はもう少し、カードを学んだ方がいいな」

 海賊なのだから、と船長は平然とした顔で言うが、普通の海賊はタロットカードの意味なんて知らないと思う。







 俺がこの海賊団の船員になったのは、つい一年ほど前のことだ。
 気付けば何故かいた無人島で、砂浜で死にかけていたところに現れた船が彼らのものだった。

『あの……すみません、助けてもらえませんか……?』

『まあ、待て』

 助けを求めた俺の前でのんきに占いをした船長が『乗船』を認めたのは、多分俺に都合の良い結果がその占いで出たからなんだろう。
 問題は、彼がバジル・ホーキンスだったことだ。
 そこまで詳しいわけでもないが、顔と名前くらいは知っている漫画のキャラクター。
 最初はなりきりのコスプレなのかと思ったが、それにしては大きいし、何なら船も海も本物だし、撮影機材なんてどこにも無かった。
 そして目の前でワラワラの実とやらの能力まで使われては、もう仕方ない。
 これが現実だという事実を飲み込むには数日かかったが、何とか飲み込んだ。
 ここはどうやら、あの海賊漫画の世界か、それとよく似た別の場所だ。
 どこかの島で降ろしてもらえるのかと思ったが、どうやら船長は俺を仲間の一人として迎え入れたつもりだったらしく、俺ももうじき海賊二年生になる。
 赤い土の壁も超えた。
 いつかどこかであの噂の破天荒な一味に会えるのかと思うと、それはそれで楽しみだ。

「今日はこの島で停泊する」

 いくつかカードを占った後、安全性が八割を超えていると告げて宣言した船長の言葉に、クルー達が大喜びで錨を下した。
 資材を運ぶのも俺も手伝って、本日のキャンプ地を作る。
 今日は砂浜で食事もとるらしい。寝床の準備があらかた終わったころには、空は橙色になっていた。
 揺れていない足元と言うのは久しぶりだ。
 砂浜が柔らかく足を支えてくれて、大きく伸びをする。

「満足そうだな」

「船長ももっとこう、はしゃいでもいいんですよ」

 落ちてきた言葉に振り向けば、いつもとそんなに変わらない顔の相手がいる。
 俺の言葉を気にした様子も無く、船長はいくつかカードを取り出して、向こうへ行くぞ、と野営地から少し離れた方を指で示した。

「なんですか、パワースポットとかですか?」

「そのようなものだ」

 曖昧に言われて首を傾げつつ、船長の示した方へと足を進める。
 砂浜の上をいくつか歩いて、気付けばゆっくりと島の中心に茂る森へと近づいていた。

「この辺ですか?」

「……ふむ……そうだな」

 尋ねつつ船長を振り向くと、答えた船長はまた占いを始めたらしい。
 相変わらずだなと思いつつ、視線の先を少し変える。
 入り江に停泊したグラッジドルフ号は夕日の方を向いている。先ほど沈めてきた海賊船は、今頃すっかり海の底だろうか。
 船が沈む前に逃げていた人達は無事に逃げられたらいいなとは思うが、遭難者のふりをして近寄ってきたのは頂けない。
 ああいうことをされると、普通の遭難者が助けてもらえなくなる可能性がある。占いで色々を決めるうちの船長でなかったら、トラウマにだってなりかねないことだ。

「お前はすぐ表情が変わるな」

 全くもう、と思い出したものに憤慨して首を横に振っていると、いつの間にかこちらを見ていた船長が、一枚のカードを差し出しながらそんなことを言った。
 それを受けとりながら一瞥する。足を木の枝にくくられて吊るされた男ってどういう意味だろうか。
 困惑しつつ見上げると、こちらの顔をじっと見下ろしていた船長が、そっと足を進めた。
 身長に見合ったその体重を受け止めて、砂が少しばかり音を立てる。

「俺は別に普通ですよ」

 百面相だってしてないですしと答えつつ、軽く自分の顔に触る。

「そりゃ、船長に比べたら変わる方かもしれませんけど」

 バジル・ホーキンスは、ほぼその表情が変わらない。
 本当に時たま少しばかり微笑むことはあるが、そのくらいだ。
 表情筋が死んでいるんじゃないかと疑って、ちょっと顔をマッサージしようとしたこともあるのだが、占いの結果断られた。

「見ていて飽きない」

 カードを返すために差し出すと、受け取った船長からいつも通りの顔でそんな風に言われて、見世物じゃないですよ、と素早く両手で自分の顔を隠す。
 そのままくるりと船長へ背中を向けてから、視界を覆っていた手を下した。
 傾いた太陽の光が、俺と船長の影を砂浜に縫い留めて、その先の森の手前まで引き延ばしている。
 この島は、どうも緑豊かな場所らしい。ぐるりと回ったところ海へ水を零す滝のような崖も発見したので、恐らく水場もあるだろうというのが航海士の見解だ。

「今日はこの島で一泊ですけど、森の探検は明日行くんですよね?」

「ああ。夜に向かう今日よりも、明日の方が危険に出会う可能性が低い」

 それもまた船長の占いの結果だ。今日これからだと三割だが、明日なら一割を切ったらしいので、クルー達からも異論は出なかった。
 うっそうと生い茂る森を見やって、ふむ、と声を漏らす。

「それじゃあ今日は保存食パーティーですね」

 何か動物でも狩れたら新鮮な食材にもありつけると思ったのに、残念だ。
 少し肩を落とした俺の後ろで、ふむ、と小さく声が漏れた。
 ざわりと何かが音を立てた気がして、あれ、と目を瞬かせる。
 俺と船長の影は少しずれて重なっていたはずだが、いつの間にか一つの影になっていた。
 それどころか、真後ろから落ちてくる影が、ざわざわとさざめくようにしながら膨らんでいく。

「せん、」

 ちょう、と呼びかけながら振り向く前に、後ろから触れてきた藁が俺の体に巻き付いた。
 ぐいと引き寄せられ、足が砂から浮く。
 驚く俺の口を藁が塞ぎ、慌てて身をよじった俺のすぐそばで、大きな音がした。
 びくりと体を震わせた俺を気にせず、俺の体を引き寄せたのは藁人間だ。
 巨大な体のあちこちからざわざわと音がして、けれどもそれがバジル・ホーキンスであることを、俺はよくよく知っていた。
 俺を捕まえていない方の手が動き、先ほどよりさらに派手な音がする。
 思わず耳を塞いでしまい、それからこわごわと音がした方を見やると、何故だか森と砂浜の境目に、恐らくは鹿だろう大きな角の生えた生き物が倒れていた。
 いや、なぜか、と言うのは不自然だ。ざわざわと視界の端でうごめいているのは藁だし、めちゃくちゃ太い釘が何本も鹿の体に突き刺さっている。
 ついでに言えば、どう考えてもその鹿が吹き飛ばしたのだと思うのだが、すぐそばの樹が一本、真ん中から折れていた。

「お前達の食卓に新しい肉が並ぶ確率……76%だったが」

 その通りになったようだなと言いながら、そっと俺の体が砂浜へと降ろされた。

「あ、あー、えっと……ありがとうございます……」

 どうやら助けて貰えたらしいと感じ取り、後ろを見ながら礼を言う。
 しゅるしゅると藁人間から真っ当な見た目に変わっていった船長は、礼を言うほどのことではない、とあっさりと言った。

「それは肉食鹿だ。夕方から夜に行動し、弱くて無防備な生き物を特に好む」

「へ、へえ、なるほど………………ん?」

 急に図鑑めいたことを言ってくる相手に納得したところで、何かひっかかりを感じた。
 思わず倒れ伏した鹿を見やって、それからもう一度船長の方を見る。
 みんながいる場所から少し離れたこの場所へ、俺を誘導してきたのはこの人だ。
 じっと見つめていると、真後ろからの夕日を受けて影を落とした暗がりで、やっぱり表情の変わらない船長が、じっとこちらを見下ろした。

「ナマエ?」

 どうした、と問いかけてくるその声音に、あの、と声を漏らす。

「……木から吊るされてる男って、どういう意味になります?」

「カードには様々な意味がある」

 そこを学ぶのも海賊としては必要なことだと言われたが、なんだか答えをはぐらかされたような気がする。

「ぜっっったい俺のこと囮にしましたよね! 今!!」

「お前が怪我をした確率は0%だ。おれがいたのだから当然だが」

「そう言う問題じゃないと思うんですよ!」

 うちの船長のやることは、占いに左右されている。
 しかしもうちょっとくらいはこっちに気を使ってくれてもいいんじゃないかと主張した俺の前で、船長は少し不思議そうに首を傾げているだけだった。



end


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