申し送りがあります
※主人公は大将青雉の部下
※ほんのりと名無しオリキャラモブ注意
※軽く主人公の誕生日についての表示があります
※現在の誕生日設定、〇月◇日
クザンには、ナマエと言う名前の部下がいる。
偉大なる航路の中で漂流していたところを海兵に助けられたという人間で、身寄りも無く行くあてもないからと海軍へ入隊し、いつの間にかクザンの副官にまで上り詰めていた男だ。
淡々と仕事をこなすが、機械のように働いているわけでもない。民間人を助けるその姿はまさしく正義を背負うに相応しく、そして強い。
問題があるとするならば、少々大雑把過ぎるところだろうか。
「ナマエ、まァたこんなこと書いて」
「何か不備がありましたか?」
寄こされた書類にため息を零したクザンに対して、机から顔を上げたナマエが不思議そうな声を出した。
不備しかねェでしょうよ、と言葉を返しつつ、クザンの手がひらひらと手元の書類を揺らす。
「報告書に『無し』って書くなって。おれが怒られるわけよ」
クザンの手元にある一枚の紙は、つい先日の演習の業務報告書だった。
演習の期間、参加した部隊の名前、そしてそのまま演習時にあった特筆すべき事項の報告を書くべきところに、どこかの誰かさんはまたもほんの一行だけを記して提出している。
「今回は『特に無し』にしました」
「あららら……何も変わらねェでしょうや」
胸を張って言い放つ男に、クザンは呆れた。
やり直し、と言葉を紡ぎつつ緩くつまんだそれを差し出すと、椅子から立ち上がったナマエが書類を受け取る。
あまり表情の変わらない男ではあるが、少々不服そうなその顔を見やって、クザンは執務机に頬杖をついた。
「大体、『特に無し』ってこたァ無かったじゃねェの」
いつもながら、偉大なる航路を往く演習は、様々な危険と隣り合わせだ。
さすがに海軍大将の乗る軍艦が海王類に狙われるなんてことは無かったが、賞金首にも複数回出くわした。
補給に立ち寄った島でも捕り物があったし、クザンの見ていた限りナマエもしっかりその戦闘には参加していたはずである。何なら人質に取られた民間人の救出をしていた。
その際に軽く怪我だってしていた。ナマエは自然系能力者でもないのだから、自身の負傷を忘れたというわけでもないだろう。
今はシャツの下に隠れているだろう包帯を思って目を細めたクザンの前で、ナマエが席へと戻る。
ペンを片手に少しばかり眉を寄せているその顔は、どうやら自分の記憶をさらっているようだった。
「………………」
「…………あー……あれだ、ほら、賞金首とか、何人か捕まえたでしょ」
一向に書き始めない男に、仕方なくクザンの口からほんのしばらく前の出来事が出ていく。
「六名です。その仲間も加えると十三名になります」
「覚えてるじゃねェの。そういうの書けば?」
「捕縛した海賊についてはすでに報告を上げていますし、そもそも海兵が海賊を捕まえるのは当然のことなので、特記事項には入りません」
促したクザンに対して、ナマエは一瞥も寄こさずそんなことを言う。
相変わらずの部下に、クザンは頬杖をついたままでしげしげと目の前の相手を眺めた。
『かいへーさん、ありがと!』
『いえ、海兵ですから、当然のことです』
助けた人質からの礼にも、ナマエはそんな風に言葉を返していた。
どうやらナマエにとって、『海兵』と言うのは弱い者を助け悪を討つ、そんな正義を成して当然のものであるらしい。
クザンがそれを知ったのはナマエが副官になってからしばらく後のことだが、よくもまあこの世界でそこまで白く眩い正義を背負ってきたものだと、感嘆すらしてしまった。
見る者によって姿を変える正義がはびこるこの世界が、ナマエにとってはどのように見えているのか気になるが、クザンはナマエではないのでその視界が分からない。
ただ、ナマエがそう言う男だと知ってから、クザンはずっとナマエを自分の手元に置いている。
「島で海賊達の襲撃に出くわしたのは?」
「市民を守るのも海兵としては当然では?」
分かっていて尋ねたクザンに、ナマエは表情の一つも変えずに返事をする。
すがすがしいまでの大雑把さに、やれやれとクザンは肩を竦めた。
「ナマエにかかりゃ全部当然になっちまうけど、ちゃんと書かなけりゃ決裁しねェからな、おれァ」
面倒なことだが、適当に判をついてしまうと、どやされるのはクザンの方である。
クザンの為にもちゃんと働いてもらわねばと視線を向けていると、しばらく考え込んでいたナマエが、そこでようやくおもむろに手を動かした。
さらさらとその指がペンを操り、紙に文字を記す。
やっと真面目に書いてくれる気になったかと安堵したクザンは、しかしほんの少し文字を記したところで手を止めてしまった相手に、あららら、と思わず声を漏らした。
けれどもナマエは気にした様子も無く、再提出をするために書類をクザンの方へと運んでくる。
「お願いします」
「…………」
差し出された紙を、クザンは無言で受け取った。
じとりと紙面へ視線を向け、増やされた一行を認めて、ぱちりとその目が瞬きを一つする。
数秒の後、先ほどよりもその顔に呆れを濃ゆくして、またその手がひらひらと書類を揺らした。
「こういうのはいいよ、こういうのは。教えて回ってどうすんの」
「大事なことですよ」
ナマエはきりりとした顔をしているが、そんなはずがないのはクザンが一番よく知っている。
『そういや、〇月◇日だっけ、誕生日。演習で潰れちまったのはかわいそうだね』
『いえ。……そういえば、クザン大将のお誕生日はいつ頃ですか?』
『おれ? おれはね……』
『なるほど。覚えておきます』
『ふ、なんだ、お祝いでもしてくれんの?』
特記事項。九月二十一日。
軍艦で交わした会話を思い出して眉を寄せたクザンの手元で、ナマエの記した文字がじっとクザンを見上げているようだった。
end
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