君は知らない
※ほんのりと死にネタ注意
※ホーキンスへの捏造
※主人公は無知識トリップ系クルー
「なァなァ、ホーキンス、お前幽霊が見えるって本当か?」
藁の先にカードを並べていたところで寄こされた言葉に、ホーキンスはその目だけを動かした。
カード以外へ逸らした視線の先には、机に懐くようにしながらホーキンスを見上げている男の姿がある。
真夜中を過ぎた時刻、静かに時間を過ごすための船内の一室で、二脚ある椅子のうちの一つに座った男はナマエという名前だった。
年の頃はホーキンスと同じくらいだったろうか。北の海から夢を求めて入り込んだ偉大なる航路で、ホーキンスが海で拾った相手だ。
「それがどうかしたか」
問われた言葉に返事をするために口を動かすと、それを聞いたナマエの瞳がきらきら光る。
「なんだそれ、すっげえな!」
子供のように弾んだ言葉を零す相手に、ホーキンスの口はため息を零した。
何がすごいのだと尋ねたところで、『幽霊が見えることが』と返事を寄こされるのだろうということは分かり切ったことだった。
ナマエという男はとても単純で、ホーキンスと年齢も変わらないはずだというのにどうにも子供のようなところがある。
「やっぱさ、あれだあれ、除霊とかも出来たりするのか? こう、ハー!って」
「なんだそれは」
「幽霊をやっつけたりとかさ」
「死んだ者をいちいち倒す必要性を感じない。『幽霊』がおれへ危害を加える確率は0%だ」
くるりとカードを回しながら答えると、なんだよつまんねえな、とナマエが口を尖らせる。
そんなことを言われても、ホーキンスの言葉はただの事実だ。
『幽霊』というのは確かに、死んだ人間だった。
そして、生きている人間ならともかく、死んだ人間には何も出来ない。
それこそホーキンスへ危害を加えることも、ホーキンスを助けることもだ。
自分が死んでいることすら気付かないまま、生前と同じ行動をとる連中も多い。
意思はあるようだし、言葉を交わすことも出来るが、触れることすらできない相手だ。どうにかしようという意思すら湧かない。
「じゃあ、幽霊なんて怖くねェのか」
「怖いと思ったこともないが」
寄こされた言葉に答えつつ、もう一枚カードをめくったホーキンスの視線が、改めてナマエへと向けられた。
「お前はあるのか? ナマエ」
「うっ」
純粋な疑問を乗せた問いかけに、ナマエがわずかに声を詰める。
数秒を置いて不自然に逸らされたその視線に、ホーキンスの口元がわずかに弛んだ。
ふ、とこぼれた息に笑われたことを感じたのか、ガキの頃の話だよ! とナマエが声をあげる。
ずっと机に懐いていた体が起き上がり、伸ばしたその手がテーブルを叩く仕草をした。
「俺にだってな、そういうカワイイ頃があったんだよ! 今はぜんっぜん怖くねえけどな!」
「そうか」
「お前信じてねえだろ!」
「そうは言っていない」
絡んでくる相手へ答えつつ、ホーキンスの視線がカードへ戻る。
絶対信じてないとぎゃんぎゃん騒ぐナマエの声をききながら、カードへ触れた手から下へ視線を向けたホーキンスの視界に、机へ落ちる影が見えた。
今は真夜中で、黒いカーテンを掛けてしまった窓の外すら真っ暗だ。
室内を照らすのは机に置かれた小さなランプだけで、ちらちらと揺れる炎が、ホーキンスの影を机の上へと縫い留める。
それを辿るようにわずかへ視線を動かした先で、床へ落ちる椅子に座った人影は、カードを操る一人分だけだった。
それも当然だ。
今この部屋の中に、影を落とす生きた人間は一人しかいない。
「全くよォ、ホーキンスはこれだから困るぜ」
ぶつぶつと呟きながらランプの光の中に座るナマエという名の男は、相変わらず自分の背中に生えるサーベルに気付いた様子が無かった。
『ホーキンス!』
今から半年ほど前に、敵によって海楼石に囚われたホーキンスを庇い、ホーキンスの代わりに刺されて、ホーキンスの体を裂かれた心臓から噴き出る赤で染めた。
体の上の相手がただの肉の塊になっていく感触は、今でも忘れられない。
ぬるつく血液が冷えていく不快感すら覚えているのに、ホーキンスの体はもう血の汚れすらついていないし、ナマエはといえば、自分の左胸から下が赤く染まっていることすら認識しないのだ。
時たま現れてはホーキンスの横でだらだらと話をして、そうしていなくなる『幽霊』が、仕方ねえなァ、と声を漏らした。
「特別にイイコト教えてやる。幽霊には塩が効くんだぜ、塩が。後で部屋の隅にでも盛っておけよ」
「そうか」
『幽霊』に『幽霊』の対策を教授されるというおかしな状況で、ホーキンスは真顔のままで頷いた。
絶対に部屋へ塩を持ち込まないことを部屋の主が誓ったことなんて、きっと『幽霊』は知らないままなのだ。
end
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