幽霊なんて
※ねつ造と自己解釈によるシュライヤ(映画以前)とホラー表現
※主人公はシュライヤの同行者
シュライヤには『幽霊』が見える。
それはいつでもと言うわけでもなく、どんなものでもと言うわけでもなかったが、けれども『また見ちまった』と眉を寄せる程度には頻繁にあることだった。
「お、シュライヤ」
そして、にこにこと笑顔で近寄ってくるナマエという名の男の方は、そうでもない。
今日もまた、ずるりと肩口に髪の長い女を乗せた相手を見やり、シュライヤの口からはため息が漏れた。
「また墓地を横切ったな」
「すごいな、なんで分かるんだ?」
超能力者か、と目を輝かせて面白がる男は、自分の肩にしがみ付く『女』の頭が半分割れていることも知らない。
ナマエが近寄ればその『女』と距離も近くなり、耳鳴りのようにひそひそとこぼれる呪詛がシュライヤの耳を擦った。漂う血の匂いはどことなく薄く、滴るそれは決してナマエの服を汚さない。
シュライヤ自身に、その『女』やそれ以外を退けてやるような力はない。
シュライヤは『幽霊』が見えるが、見えるだけだ。
そもそも、すべての『幽霊』が見えるわけでもない。
そうだったら、あの日失ったシュライヤの妹だって見かけたことがあるはずだ。
それに、生きている人間というのがこの世で最も恐ろしいものであり、死んだ生き物が脅威になることなど感染力の高い病が蔓延した場合程度のことだろう。
肩が重いとも思わないらしいナマエの足元を見やり、靴が汚れている、とシュライヤが答えると、墓地を横切った時に泥がはねたらしいブーツを同じようにナマエが見下ろした。
「げ、ほんとだ」
「わざわざ雨上がりに泥だらけのところを歩くなんざ、随分とご苦労なこった」
「いや、だって、近道だろ」
港町の端に置かれた墓地を示しての言葉に、まあそうだがな、とシュライヤも軽く頷く。
墓地と言うのは大体が町の中央から離れた場所にあり、そしてシュライヤ達が船を置いたのは港の一番外れだった。
町中の一番賑わっている中央市場で買い物をして、港町の端を歩き、ぐるりと回りこむようにして港のはずれへ向かうよりも、確かにナマエの言う通り、あの墓地を横切った方が早い。
補給と情報収集のために、一週間ほどこの島へ滞在しているが、『近道』を見つけたナマエはそこを利用することが多かった。
そうして、時折『何か』をひっかけてくる。
毎日見るわけではないが、しかし初日は子供で、その二日後は首のひしゃげた男だった。
大体の『幽霊』はこの世の何かを恨んでいて、そして延々それの愚痴を言っている。
もしもシュライヤだったなら聞こえないふりをして通り過ぎるだけのものだったが、ナマエといえば肩へしがみ付かれ足に縋られ、気付かずに真横で延々それを繰り返されているのだ。
どうにも、世の中には『幽霊』が引き寄せられやすい人間というのがいるらしい、とシュライヤはナマエと知り合ってから知った。
ともに過ごすようになってから早一年、よその島でもナマエは似たようなことをしている。
だというのに、シュライヤとナマエが乗り込むあの船に『幽霊』が溢れていないのは、ナマエにしがみ付いた『幽霊』達が、半日も持たずにその姿を消すからだった。
今も、割れた頭から脳漿をはみ出させながら、胡乱な目でナマエを見つめ、ぶつぶつと不可解でシュライヤ達には無関係な恨み言を零す『女』の長い髪が、その先からゆっくりと空気へ溶けるように透けていっている。
こいつはきっとあと二時間もかからないだろう、とあたりを付けつつ、シュライヤが肩を竦めた。
「もう明日には出発する、思い残すことの無いようにしろよ」
「もう出発か。案外早かったなァ」
シュライヤの言葉におやと目を丸くして、ナマエが呟く。
そうでもねェだろとその発言を否定して、シュライヤは軽く自分のポケットを探った。
適当につかんで押し込まれたベリー紙幣に触れて、留守にしがちな船に置いてはいけない財産の一つをつまみ出す。
「名物の喰いおさめと行くか?」
「お、いいな」
ひらりと紙幣を揺らしたシュライヤに、ナマエがにかりと笑う。
とても楽しそうな、嬉しそうなその顔は彼が良く浮かべるもので、それを見やったシュライヤの目がわずかに細められた。
そばに寄ればやがて消えるだけだというのに、それを知らない『幽霊』達はナマエに縋りつく。
世の中を恨み、呪いの言葉を零してそこに存在しながら、けれども光に集る虫のように近寄る『幽霊』達にナマエがどう見えているのかを、シュライヤは知らない。
「出発するっていうんなら、もう情報は集まったのか?」
「……あァ。今度こそ、『野郎』に追いつきそうだ」
「そうかァ……」
しかしきっと、自分がどこかで志半ばで死んだとしたならば。
ナマエには無関係な、あの海賊への恨み言をぶつぶつと繰り返しながら、墓参りでもしにきたこの男の肩へしがみ付きに行くのだろう。消えると分かっていても。
そんなことを、頭の端で少しだけ考えて、そしてシュライヤはそれを思考の彼方へ追いやって忘れることにした。
『志半ばで死んだとしたら』なんて考え自体が、ありえもしないことだからだ。
燃えた街を覚えている。家族を失ったと思い知った時の喪失感を覚えている。
憎しみも、悔しさも、惨めさも、苦しさも。
言わばあの日シュライヤは死んだようなもので、すでに半ば亡霊と言ってもいい。
だからきっとナマエを傍に置いていて、一緒にいることを良しとしている。
それでも半分は生きているから、ナマエのそばに居ようが消えないし、こうしてあの日の海賊を追いかけ殺そうと狙い続けることが出来ている。
「……うん、追いつけるといいなァ」
「『追いつけるといい』じゃねェ、追いつくんだ」
唸るシュライヤの横で、力強いなァ、とナマエが笑う。
その肩へしがみ付いたままの『女』はまだぶつぶつと何かへの恨み言を呟いていたが、シュライヤの予想の通り、二時間足らずでその姿は消えてしまった。
『幽霊』なんて、そんなものなのだ。
end
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