ひなたに焦がれる
※ドレークさんは海兵さん
※がっつり捏造
※少々ホラー表現ありにつき注意
子供のころから、『幽霊』が見えた。
ドレークの知る限り、それは恨みや憎しみを抱えた人間が死んでから『なる』ものだ。
ドレークがそれに気付いたのは自分が殺した『敵』がドレークの足にまとわりついていたからで、そして悲鳴を上げた自分に父親が怪訝そうな顔をしたときに、他の誰にもそれが見えていないのだと理解した。
『幽霊』達がすがるのは恨み憎む相手だけだと分かってからは、父親に言われるがままに敵を殲滅することが増えた。
だってそうすれば、いくら分からないとは言え、あれほど怖くてたまらないものが大好きな父の体に纏わりつかなくて済むのだ。
こと戦闘においては従順になったドレークに父親は最初訝しんだが、やがて『序列を覚えたか』と嬉しげに笑って放置した。
死んだ姿で目に飛び込む『幽霊』達は恐ろしいが、時間が経てば飽きたのかそれとも『期間』が限られているのか、やがていつの間にかいなくなっていく。
それだけが心の救いで、だからこそ、ドレークは今までそれを誰にも言わずに耐えてきた。
助けて欲しいと願ったって誰も助けてなどくれないから、ただひたすら耐えていた。
いつか自分も『幽霊』になって誰かに縋り付くんだろうと、そんなことを考えては恐ろしくてたまらなかった。
「……ふ」
しかし今は、とそんなことを考えて自分の片腕を見やったドレークは、そこに纏わりつく『幽霊』に眉を寄せた。
しがみついているのは、つい昨日の遠征で、ドレークがその手にかけた海賊の一人だ。
父親の元を離れ、自分を助けてくれた海兵の温かさにひかれるように海軍へ入ってから、本当に久しぶりの戦闘だった。
殺さなければ殺される命のやり取りをしたのだから殺したことに後悔などないが、久しぶりにまとわりつかれている腕が重い。
片腕がひしゃげ、首が折れ、肩口にドレークが刻んだ大きな噛み跡を残してそこから滴る傍から消える血をあふれさせた男が、恨みがましくドレークを見上げている。
薄い唇がわずかに動き、恨みつらみを乗せた声を吐き出してくるのを聞き流しながら歩いたドレークは、その目に目的の人物をとらえて、わずかに息を吸い込んだ。
「ナマエ」
「ん? おー、ドレーク」
放った声音に、書類を抱えた男が振り向いて少しだけ手を動かす。
相変わらず眩く輝く笑顔を向けられ、そちらへ近付くたびに腕が軽くなっていくことを確認したドレークがちらりと自分の腕に視線を向けると、ちょうどそこに纏わりついた男の頭が消えていくところだった。
そのままナマエのすぐ傍へ移動すれば、腕にしがみついていた『幽霊』なんてかけらも残っていない。
「大荷物だな。手伝おう」
「お、悪ィな」
よろしく頼むぜと笑ったナマエはいつもの通りで、今自分が何をやったのかも知らないだろう。
ナマエというのは、ドレークの同期の一人だった。
あまり体が大きいわけではないがその分すばしっこく、能力に合わせてパワー型の戦闘を行うドレークとはよく組まされている。
けれども先日の遠征では彼は本部での待機組で、そしてその結果ドレークは『幽霊』なんて言うものを久しぶりに見ることになってしまった。
何せ、ナマエが近くにいれば、『幽霊』なんてすぐに消えてしまうのだ。
何かしているのかと考えてそれとなく尋ねてみたが、ナマエはふしぎそうな顔をしただけだった。
信仰か何かによるものかとドレークは想定したが、ナマエから信じる神の話は聞かないし、何より『神様』なんてものが人間に何かをしてくれることはないだろう。
助けを求めて祈りに祈ってそれでもだめだった子供がいたことを、ドレークは知っている。
「どこへ運ぶんだ」
礼代わりに両手でナマエの腕から書類を半分ほど奪って尋ねると、ナマエは通路の先に執務室を置く上官の名前を口にした。
「溜まったところから流れて来てるんだけどよ。もうこれと同じだけの書類を三回は運んだぜ」
「……一体どこが溜めていたんだ」
貯蓄するのはベリーだけにしろと唸ったドレークに、全くその通りだと相槌を打ったナマエがけらけらと笑う。
耳障りの良いそれにわずかに目を細めて、ドレークはナマエよりさきに歩き出した。
すぐにナマエもそのあとをおいかけてきて、二人揃って同じ道を歩く。
「午後から訓練だろ。ドレーク達も帰ってきたし、久しぶりに思い切り動ける」
「おれ達がいてもいなくても、お前が全力で動かなくてはならないことに変わりはないはずだが」
「ばァかお前、友達が仕事で危ないことしてたら心配しちゃって当然だろ」
訓練に身が入ってねェって怒られるんだよと適当なことを言って、それから『あ』と声を漏らしたナマエが、書類を運びながらドレークの方を見やった。
自分より背の低い相手に見上げられる形になって、ドレークもわずかにそちらへ顔を向ける。
どうした、と尋ねるより先に、ナマエはまたにかりと笑った。
「おかえり、ドレーク。怪我してねェみたいで良かった」
そんな風に温かい言葉を紡いで、寄越された眩さにドレークはわずかに目を眇める。
やはりナマエは、眩しい男だった。
きっとドレークとは比べ物にもならない明るい場所で過去を過ごしてきたに違いない。
そう考えるのはひどく妬ましく、羨ましく、そしてなんとも安堵するものだった。
温かい場所がナマエという人間を形作ったなら、それはきっと正しいことだ。
ナマエは眩く、だからこそ、『幽霊』なんて恐ろしいものはその傍にはいられない。
温かい場所を歩くことを許されたドレークの目下の悩みは、『幽霊』になったとき、どうやってナマエに消してもらうかというそれだけだ。
一番良いのは彼に殺してもらうことかもしれないが、ナマエという海兵が『友達』を殺せないことなんて、ドレークにだってわかり切ったことだった。
「あの程度で、怪我なんてするはずもない」
「かー、我が部隊期待の星は言うことが違うよ」
つんと顔を逸らしてわざとらしく尊大なことを口にしたドレークに、ナマエが笑う。
明るいそれが弾いた何かがドレークの胸に突き刺さって、けれどもドレークは、それに気付かないふりをした。
end
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