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そして、今は
※少年カクと民間人な少年主
※若干のグロテスク表現・名無しモブ注意
※ほんのりと死ネタ・ホラー表現注意



 死んだ人間なんて、生きている人間には大した危害を加えられない。
 せいぜいが酷い姿を目の前に晒して不快にさせたり、突然『こちら』に気付き縋り付いてきて多少驚かせたり、本来なら知りえない情報を少しばかり手にすることができる程度だ。
 少なくともカクは生まれてこの方そう思っていたし、今後もその考えを改めるつもりはない。
 だからもう本当に、『怖がり』なんて理解の範疇を超えている。

「カ、カク、な、なな、なにしてるんだ!」

 ガタガタぶるぶると震えながら、そんな風に声を掛けてきた子供は真っ青だった。
 そんなところにいたらお化けにたべられちゃうぞ、と震えた声を向けられて、カクは軽く首を傾げる。
 カクが現在いるのは、『潜入』を任されたこの町に唯一の墓地だった。
 鉄柵を巡らせたそこにはいくつもの墓石が並んでいて、すぐそばの大きな教会とその周りに並ぶ背の高い木々のせいでほんのりと薄暗い。
 きちんと整備の行き届いた場所ではあるが、ほんのりと肌寒いのは、石で出来た墓石達が立ち並ぶからというだけでもないだろう。

「ハカマイリじゃ、わしの『親』だったのかもしれんのじゃろう?」

 言葉と共に自分の向かいにある名もない墓石を示してから視線を子供の方へと向ければ、カクとそれほど背丈も変わらぬ子どもが、鉄柵の向こう側で少しばかり困った顔をする。
 カクが顔のつぶれた死体と共に小舟で『記憶のない孤児』としてこの町に入り込んで、ひと月が経つ。
 その間に親しくなったナマエという目の前の少年は、カクとは違う真っ当な子供だった。
 カクの設定と同じく孤児であるらしいが、友人と日当たりの良い場所を駆け回り、転んで泣いて大人に慰められて、愛されて生きている。
 明るい場所にばかりいるせいか暗い場所がどうにも苦手らしく、あまり墓地には近寄ってこない。
 だからカクはこの墓地を休憩場所に選んだつもりだったのだが、いつでも騒がしく、そしてどうしてかカクと仲良くなりたいなんて言う馬鹿なことを考えたらしいナマエは、こうして普段なら近寄らない場所にまでカクを探しに来たらしい。
 相変わらず顔は真っ青で、その小さい手がぎゅっと鉄柵を握りしめた。

「カ……カクがオマイリするんなら、お、おお、おれも、しようかな」

「なんじゃ、入ってこれるのか?」

「はいれるよ! オマイリだったらたべられないんだからな!」

 よく分からない理屈を口にして、ナマエがそろりと横へ移動する。
 入口の方へと向かって動いているらしいそれに気付いて、カクも鉄柵へと近寄り、同じ方向へと歩きだした。

「オマイリおわったら、いっしょにあそぼう。さっき広場で、みんなでボールあそびしてたんだ」

「ボールあそびか」

 言われた言葉を繰り返して、カクは軽く頷いた。
 本当は別に遊びたくなどないが、『仕事』をしやすくするためには、ただの子供のままで居続ける必要がある。
 そうしてこの町一番の富豪の目に留まり、その手元に引き取られてからが本番なのだ。
 広場はたしか、あの屋敷の書斎の窓からちょうどよく見える場所にある。

「カクはすぐボールをおやしきに入れちゃうから、きをつけなきゃダメなんだからな」

「わざとじゃないわい。変な方向にとんでくボールが悪いんじゃ」

 歩きながら言葉を寄越され、むっと不満げな顔をカクが作ると、ボールはわるくない、とナマエも似たような顔をした。
 けれどもそれからすぐに、ふふ、とその口に笑いが浮かぶ。
 楽しそうなそれにつられた風を装ってカクも笑うと、さらにナマエの笑みが深まって、楽しそうな笑い声がそちらから洩れた。
 何が楽しいのかはカクには分からないが、ナマエはよく笑う。
 普通の子供がそうだというなら、カクもずいぶんと『普通』から離れた場所で生きてきた人間だった。

「よっと」

「あれ、カク、でるのか」

 出口までたどり着いたところで先に鉄柵の内側から外へ出たカクに、ナマエがすこしばかりふしぎそうな顔をする。
 オマイリは終わったんじゃ、とそちらへ言葉を放ってから、カクはその唇ににやりと悪戯めいた笑みを刻んだ。

「ナマエは行ってくればいい、オバケが待っとるぞ」

「!!!!」

 カクの放った言葉に、ナマエがおもいきり飛び上がる。
 その両手がすぐさま自分の顔を覆い隠し、指の間か覗く瞳がらちらちらとカクが後にしてきた墓地を伺った。
 しかしその目には、ただ墓石が立ち並ぶ敷地が映っているだけであるはずだ。
 同じように墓地を見やったカクの目には、けれども墓石の群れのほかに、ぽつぽつと誰もいない筈の墓地に佇む人影が見えている。
 『死者』としか言いようのないそれらは全て、酷い形相をしていた。
 首に縄を巻いてあらぬ方向へ頭を傾けたまま墓石の傍に佇む女も、墓石の傍でえぐれた腹を抱えて唸る目のない男も、それ以外の数人も、大体同じ名前をぶつぶつと口にしている。
 時折自分の使用人へ金をやって遠方へ『里帰り』させる富豪の名であるそれは、すなわちカクがこの町に潜入した『理由』の裏付けだった。
 この町では人が消える。そしてそれらは人の手によるもので、恐らく協力者がいるのだろう教会が名も出さぬ墓を少しずつ増やしている。
 かといって、『死者』のそれはカクにしか見えず聞こえない。カクが見聞きしたそれを口にしたところで、証拠が無ければ罪には問えないものだった。
 だから早く『目に留まる』ほうがいいのだが、これ以上時間がかかるなら侵入した方が早いだろうか。
 そんな考えにカクが移行したところで、そっとその服が引っ張られた。
 不意打ちのそれにカクが視線を戻すと、すぐそばにいた子供がカクの服を掴んでいる。

「は、はやくいこう! カクがたべられちゃうから!」

 震えた声で必死に言い放ち、ぐいぐいとカクを引っ張るナマエの顔は真剣そのものだ。
 その目には何も見えていないくせに、『オバケ』とやらを怖がるただの子供に、カクはこぼれかけたため息を飲み込んだ。
 陽だまりで遊ぶナマエのすぐそばで、いつでも顔立ちの似た女性が穏やかに見守っていることを教えてやったら、この子供は悲鳴を上げるのではないだろうか。
 今だって困ったような顔をしているその女は、ちらりと見やったカクと視線が合ったのに気づき、優しげに会釈している。
 ごめんね、お願いねと紡がれる穏やかな声音はこそばゆく、そして不愉快な響きだった。
 その女が親のいないナマエの母親やもしくは姉のような存在なのかは知らないし知りたくもないが、カクの傍にはそうやって見守る『誰か』はいないのだ。
 カクと似たような年齢で、けれども本当にただの子供のナマエは、自分が『オバケ』とやらを怖がるたびにすぐそばの誰かが困った顔をするのを知らない。
 死んだ人間なんて生きている人間には大した危害を加えられないのに、そんな風に怖がっている意味がカクには分からないが、目の前の子供がとんでもなく勿体なくて馬鹿なことは分かっていた。

「わしは、オバケに食べられたりはせんぞ」

「わ、わわわ、わかんないだろ! オバケはこわいんだからな!」

 子供が子供らしく子供のようなことを言い放って、小さな体がカクの後ろに回り込み、ぐいぐいとカクの体を押しやった。
 仕方なく足を動かしたカクをさらに押して、ナマエがカクを墓地から遠ざけていく。

「カクはどんだけオバケがこわいかわかってない! あとで神父さまにおしえてもらって!」

 ぶるぶる震えながら、それでもカクの後ろで声を張り上げる幼すぎる友人に、はいはい分かった分かった、とカクは適当な相槌を打った。
 『オバケ』に怯えるナマエはそれからもしばらく震えていたが、広場でボール遊びをしているうちにようやく元の調子を取り戻したのか、いつも通り陽だまりの似合う顔で笑って駆け回って転んでいた。
 同じ孤児だった彼が先に獲物の目に留まり、神父がひとまずの品定めをしていたのだとカクが気付いたのは、それからしばらく後のこと。

 かつて、カクには怖がりな『友達』が、一人いた。


end


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