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金盞花を花束で
※主人公は革命軍でサボの恋人
※サボに対するねつ造
※若干のグロテスク表現注意



 金持ちというものは、金があればなんだってしていいと思っているに違いない。
 『人間』を玩具にしたと分かる一室に足を踏み入れて、思わず俺は顔をしかめた。
 ぶら下がる人肉の数々、手足を失って端に置かれた人形の素体のような銀髪の少女は顔ばかり美しく化粧を施されているが、まず間違いなく息をしていない。
 人の内臓の一部分だけを瓶に詰めたものもあり、棚の上には人の頭が並んでいる。狂気しか満ちていない部屋の中で、胸の悪くなるそれらに片手で口を押えた。
 俺と同じく部屋へと足を踏み入れたサボは、あまり表情を変えないままで周囲を確認している。
 兵器を密輸して戦争の開始を目論むとある貴族の情報が俺達のもとへ寄越されたのは、一か月ほど前のことだ。
 海賊達とのつながりを持ち、大金が動いていると知って調べるうちにお貴族様の悪趣味に気付いたのはサボだった。
 このままでは罪もない人間がどんどんその魔の手にかかると判断して、今日はその『悪趣味』を止めに来たのだ。
 俺達が侵入したことはすでに知れていて、家主の姿はこの奥の趣味部屋にも見つからない。
 別にここの犠牲者たちには何の思い入れもないが、見つけたらとりあえず顔を一発殴ってやろうと拳を握って、俺は片手で押さえた口元からくぐもった声を零した。

「もう屋敷を出ちまったのか」

 そうだとしたら、逃走ルートを確認しなくてはならないだろう。
 けれども俺の言葉に、どうしてかサボが『いいや』と首を横に振る。
 確信に満ちたそれに視線を向けると、サボはやや置いて壁際へと近寄り、何かを確かめるようにしてからその壁板を引きはがした。
 ばきん、と音を立てたその先にあったのは、大きな空洞だ。
 現れた隠し通路に目を丸くした俺の前で、行くぞの声かけすらもせずにサボが中へと入り込む。
 慌てて携帯ランプをつけて、俺もそのあとを追いかけた。
 通路の中はほとんど真っ暗で、俺のランプだけが足元を照らしている。
 奥へ進むと二つに道が分かれていて、サボは迷わず左へ足を進めた。

「左でいいのか?」

「ああ」

 尋ねれば、端的にそんな風に言葉が返される。
 次の二股の道でも似たようなやり取りをして、先を行くサボを追いかけながら、なんで分かるんだ、と俺は目を瞬かせた。
 何か俺には分からなかっただけで、判断材料があっただろうか。
 けれども俺の言葉に、サボは振り向きもせずに自分の傍ら、少し下の方を指さす。

「道案内がいる」

 そんな風に言われて、俺はサボの指の先へ視線を向けた。
 しかし、俺とサボ以外に、通路には誰もいない。
 え、と困惑の声を漏らしてしまった俺の耳に、さっき会っただろ、とサボはこともなげに言葉を放った。

「銀髪の」

 はっきりと響いた声が、先ほどの部屋にあった人肉の群れを思い出させる。
 銀髪、ですぐに脳裏に描いたのは、両手両足をもがれていた可哀想な女の子だった。
 思わずもう一度サボの側へ視線を送るが、そこにはやはり誰もいない。
 しかし、サボがこんな時にふざけたことを言わないことは、俺にだって分かっている。
 しばらく考え込み、俺はサボの後を追いながらそっと口を動かした。

「……馬鹿野郎を一発殴ったら、俺とりあえずあの子埋葬しに行くわ」

「おう」

「花も用意するって伝えといて」

 あの少女はどんな花が好きだったんだろうか。
 俺にできることはそのくらいだろうと口を動かした俺へ、サボが今度はちらりと振り向いて視線を寄越す。

「……ナマエ」

 俺の名を呼んだサボの、どことなくもの言いたげな目を見返してから、俺は口からため息を零した。

「お前にはバラでいいか?」

 死者への手向けの話をしているというのに、自分以外に花を贈るというのが気になってしまうらしい俺の恋人殿は変な奴だ。
 俺の一言に満足げに頷いて、サボの顔が正面へ戻る。
 そこでようやく通路の突き当りが見え、そこにあった頑丈そうな扉に、俺はサボの言う『案内』が正解だったということを理解した。
 奥の小部屋に隠れていた卑怯なお貴族様には、とりあえずきちんとお仕置きをした。



end


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