- ナノ -
TOP小説メモレス

海底の髑髏
※主人公はCP9で『見える』
※少しのバイオレンス(殺人)表現



 ルッチは死者に興味がない。
 なぜなら、生き物は死ねば何もかもが終わりだからだ。
 秘密を背負って死んだ人間の口を割らせる手段はいまだにサイファーポールにすらなく、死体を持ち帰ったところで荷物になるだけで、骨だけなんて利用価値すらない。

「捨てていけ」

 だからルッチがはっきりそう言った時、ナマエは少しばかり『困った』顔をした。
 その手は土で汚れていて、その手の上には汚れた頭蓋骨が乗っている。
 『声がする』と馬鹿なことを言い出して、山に入ったナマエが持ち帰ってきたものだった。
 ナマエ曰く、その頭蓋骨の持ち主は、ルッチの傍らの木の根元でおいおいと泣いているらしい。
 しかしそこには誰もいないことを、ルッチは目視で確認している。

「こんなところに捨てられて悔しいって言うんだ、せめて海に送ってやろうぜ」

 船乗りだったみたいだし、とナマエは言う。
 放たれた言葉にふんと鼻を鳴らして、ルッチの視線がナマエを離れた。
 ルッチの愛鳩を船に残し、たった二人のサイファーポールが侵入したこの島には、つい数時間前まで、ここを根城にしている海賊がいた。
 海に巣食う屑らしくあまたの客船を襲いナワバリを持った海賊団の掃討は、本来なら海兵の仕事であり、政府の諜報員であるルッチ達の仕事には含まれない。
 上官に捜索を命じられた『宝』がその手元になかったなら、ルッチもこの島へはやってこなかっただろう。
 とある国の権力者の証であるらしい金細工は無事に回収し、今はルッチの着込んだジャケットの内ポケットに入っている。
 ほぼすべての海賊を殺し、サイファーポールの顔を見た生存者の目を潰し、後は帰るだけだというのに海賊どもの根城だった場所を離れて山へ入ったナマエをおいかけたわけだが、これなら追わなくてもよかったのかもしれない。
 そんなことを考えたルッチの傍で、掘り起こした頭蓋骨から適当に土を払い落としたナマエが、それをつかんだままでルッチのほうへと近寄った。
 そしてそのままルッチの傍で屈みこみ、ルッチの傍に佇む木の根元へとその顔が向けられる。

「なあ、そんなに泣かないでくれよ。あんたを殺した海賊はおれ達がやったし、これ、海に帰してやるから」

 船乗りは海に送られるもんな、と誰かに向けて話しかけているが、ナマエの前には誰もいない。
 相変わらずの相手に短く舌打ちを零して、ルッチの両手がポケットへと押し込まれた。
 ナマエがこんな意味不明な行動をとるのは、今に始まったことではなかった。
 幻覚に幻聴を伴う妄想癖とは、なんともサイファーポールにふさわしくない持病だ。
 ナマエがいまだにルッチと同じ所属でいられるのは、当人がルッチ以外の前でその持病を晒さないからだろう。
 『幽霊が見えるんだ』とルッチへ向けて言い放った幼き日から今日までずっと、ルッチ以外はナマエのこれを知らない。
 妄想癖が場をわきまえて症状を起こすとも思えないので、今のところルッチはナマエのそれがただの演技である可能性を疑っている。
 それでもそれを上官や他の誰にも言わないでいるのは、妄想癖があることを差し引いても、この『同僚』が使える男であるからだ。

「なんと言っている?」

 確かめるように言葉を落とすと、『よろしく頼むってさ』と答えたナマエが、ひょいと立ち上がった。
 懐から取り出したハンカチが、先ほどより丁寧に頭蓋骨から汚れを拭い落とす。
 どうせ海に捨てるならそんなことをする必要もないだろうとルッチは眺めてなんとなく思ったが、丁寧に手元のものを扱うナマエの横顔に、言葉を向けずに飲み込んだ。

「礼にいいものをくれるって言ってるけど、さっきの根城に戻るか?」

「おれ達の目的は果たした。別で報酬を受け取る仕事はしていない」

「ルッチならそう言うと思ったよ」

 ルッチの言葉に軽く笑い、汚れを落とし終えたらしい頭蓋骨を小脇に抱えて上着を脱いだナマエが、それでくるりと骨を包む。
 そうしてできた布の塊を片手に抱いて、ナマエの目が再び足元へ向けられた。
 お礼はいいから早く成仏してくれよな、と紡がれる言葉を耳にしたところで、ルッチの片手を納めていたポケットの内側で子電伝虫が震えた。
 取り出してルッチが返事をすれば、帰還の確認を厳しい顔の子電伝虫が紡ぐ。
 首尾を尋ねられてそれへ応え、ルッチはすぐに子電伝虫を元通りポケットへと片づけた。

「行くぞ」

「あ、おう」

 寄越された言葉に頷いて、ナマエの顔がルッチの方を向く。
 それを見返したルッチが顔を逸らして歩き出せば、すぐに隣へ足音が並んだ。
 二人で入り込んだ山を下れば、だんだんと空気に死の匂いが滲んでくる。
 すぐそばの根城から漂い空気に交じっているのだろうそれは、ルッチとナマエが『仕事』をこなしたという証だった。
 正確に数えられないほどの人間を闇の正義の元に殺してきたルッチにとって、『幽霊』なんてものはこの世に存在しない妄想の類でしかない。
 死ねばその声も力も何もかも及ばず、ルッチの目の前からその『悪』は消え失せる。
 死んでなお世界に存在し続けるものなど、あり得る筈がないだろう。
 そうでなければ、一体どれほどの『悪』がルッチの周りにひしめいているのか、考えるだけで頭痛がしそうだ。
 ルッチが目を潰した男や、その首をへし折った相手や、指で喉を穿った海賊や、それ以外の様々な死体を思い出す。
 鬱蒼と生い茂る木々の挟間を下りながら、周囲の暗がりに先ほど殺した海賊たちの何人かが立っている『妄想』をわずかに脳裏に浮かべたルッチが、それを振り払うようにわずかに目を眇める。
 眉間にしわを寄せたルッチに気付いた様子もなく、ああそうだ、とすぐそばを歩くナマエが口を動かした。

「仇とってくれてありがとうって言ってたぜ、ルッチ」

 そうして寄越されたそんな言葉に、しばらくの沈黙を置いたルッチは、ふん、と鼻で笑った。
 相変わらずクールだなとそれに楽しそうな言葉を零したナマエが、その片手に抱えていたものを海へ向けて放り投げたのは、迎えの船が島を離れてからのことだった。
 ルッチにとって何の価値もない人の頭の骨は、暗い海原にあっさりと沈んで消えた。



end


戻る | 小説ページTOPへ