ジョークはほどほどに
※主人公は麦わらクルーで『見える』
※少しのホラー表現あり
「い! いいい、いくぞ、ナマエ!」
ぷるぷると耳を震わせながら気合いを入れたチョッパーに、傍らに立っていた仲間が軽く頷いた。
伸びたその手がチョッパーの手を掴んで、よろしく、とそちらから言葉が落ちる。
「頼りにしてるよ、チョッパー」
「まかせろ!」
寄越された期待に返事をしながら、チョッパーはその目でじろりと前方の入口を睨み付けた。
麦わら帽子の海賊が率いる一団がこの島へとたどり着いたのは、夕暮れ近い時間帯だった。
まるでスリラーバークのごとくおどろおどろしい雰囲気を醸し出す島は、村へ入るなら一つの施設を抜けなくてはならない、というおかしな条件の付けられた場所だった。
それこそ今チョッパーの目の前にそびえる入口であり、つまりは『お化け屋敷』である。
これに耐えられなければ島に入ってもログが貯まるまで神経が持たないと言う話に、チョッパーはウソップと共に震えあがった。
二人一組でなくてはならないだとか他にも色々な条件を付けられて、面白そうだと笑った船長が承諾してしまったがために、チョッパーたちはその施設を経由して島へと上陸することになったのだ。
チョッパーとしては出来ればもういっそこの島へはおりたくなかったのだが、安全な航海を今後も行っていくためには、減ってしまった薬剤の材料が必要だ。
買い出しを頼むよりも、自分の目で確かめて選んだ方がいいことだってわかっている。
だからこそ、能力者と非能力者でペアを組もうと提案された時に、すぐにナマエの足にしがみついた。
なぜならば、例えばチョッパーが怖い夢を見てしまった時に、一緒に起きてくれたり一緒に寝たりしてくれるのがいつもナマエだったからだ。
「俺も怖いし、チョッパーが組んでくれて助かったなァ」
「お、おお、おれは怖くなんてないからな!」
「ああそうだった、ごめんごめん」
少し体を傾けてチョッパーの手を掴む相手を見上げて、チョッパーが震えながら主張した。
それを見て微笑むナマエは、海賊とは思えない優し気な顔をしている。
そのまま二人で踏み出して、施設の入り口で仮装している男に不思議と光る塗料を塗られた木の棒を一つずつもらって、ついにチョッパーとナマエは『お化け屋敷』へと足を踏み入れた。
施設の中はほとんど闇に飲まれてしまっていて、二人で持っている塗料のついた木の棒だけが二人の足元を照らしている。
静かなそこには確かに生き物の気配を感じて、息をひそめた何かが自分たちを窺っているのがチョッパーには分かった。
『お化け屋敷』なのだからそれは全部生きた人間であるはずなのに、毛皮に包まれたその体が寒気を感じてふるりと震える。
「暗いな……足元大丈夫か? チョッパー」
「だ、だいじょうぶだ」
「そっか」
急なおどかしに備えてじりじりと進むチョッパーに合わせて足を動かしながら、傍らのナマエがその手に持っていた木の棒を持ち直し、自分の足元へと近付けた。
その分チョッパーの足元にも灯りが落ちて、先ほどよりも少しは歩きやすくなる。
そのことに少しだけほっとして、油断してしまったチョッパーの足が、後ろからガシリと掴まれた。
「ひぎゃっ!」
悲鳴を上げて跳び上がったチョッパーが慌てて振り向くと、チョッパーの足から手を離した人影がするりと床を這うようにして離れたところだった。
顔すらうかがえぬ暗がりに逃げられ、床にはぬらぬらと光る水跡のようなものが残されていて、不気味さが増している。
驚きにどくどくと跳ねる心臓を片手で押さえて、チョッパーはその顔を自分の側へと向けた。
「べ、別に怖がってないぞ! 驚いただけだからな!」
焦りながら宣言すると、それを聞いたナマエがわずかに目を丸くしたのが暗がりに見える。
そのあとでその口が軽く笑みを描いて、そうだな、とチョッパーへ向けて優し気な声が落ちた。
「あんなことされたら誰だって驚くよ。俺だったらもっと悲鳴あげちまうかもな」
心臓が落っこちちゃうかもと棒を持った片手を胸に添えたナマエに、自分が先ほど食らった驚きを思い出したチョッパーが、眉間にしわを寄せる。
「ナマエにはあんなことさせねェぞ!」
もしもナマエにあんなことをする不逞の輩が近寄ってきたならば、蹄の錆にしてくれよう。
そんな気持ちを込めてくるりと跳び上がったチョッパーが構えをとると、頼もしいなあ、とナマエがそれを見下ろして言葉を零した。
すぐそばの相手はいたっていつも通りで、そのことが少しだけチョッパーを落ち着かせる。
チョッパーの知る限り、ナマエはいつだって穏やかだった。
船長がむちゃくちゃなことをしでかそうが、どんな危ない目に遭おうが、それは変わらない。
落ち着く雰囲気を醸し出しているからか、ナマエと一緒に眠れば怖い夢の続きだって見ないことを、チョッパーは経験で知っていた。
「行くぞ!」
気合いを入れて声を掛けたチョッパーへ、ナマエが相槌を打つ。
そうしてまた二人は歩き出して、真っ暗なお化け屋敷を先へと進んだ。
合間に置かれた墓石にも驚いたチョッパーは、音もなくそこからするりとはい出てきた男にもとても驚いた。
天井から真っ逆さまに落ちて、そのあと床を這ってきた血まみれの女にも跳び上がったし、どういう仮装なのか、しくしくと泣いていた子供の顔に何もないということにも悲鳴を上げた。
物音が響いては体が跳ね、顔面に飛んできたこんにゃくにですらも悲鳴を上げてしまったのだから、施設の管理者からすれば素晴らしい客だっただろう。
さすが『お化け屋敷』というべきか、仕掛けは多種多様にわたり、最終的には、チョッパーの小さな体はナマエに抱き上げられてしまっていた。
「お。終わりだな」
辿りついた出口で言葉を零したナマエに、ふるふると体を震わせていたチョッパーが顔をあげる。
見やったそこは確かに施設の外で、少し離れた場所から町が始まっている。
「つ……ついた、のか?」
こわごわと声を零すと、そうらしいよと答えたナマエがチョッパーの手から木の棒を受け取る。
そうしてそれを出口の方の担当者らしき女性に手渡してから、とんとん、とチョッパーの背中を軽く叩いた。
子供を落ち着かせるようなそれに、体の震えがゆっくりと収まってくのを感じながら、チョッパーは鼻先を目の前の体に押し付けた。
「……情けねえな、おれ」
海賊だというのに、たかだか『お化け屋敷』であんなに怯えてどうするというのか。
施設からすればよい客だったかもしれないが、そんなことはチョッパーには関係ない。
恐怖以外の理由で涙がにじみ、ごし、と目元を片手でこすったチョッパーは、それからきりりとその顔を引き締めた。
「決めた! おれ、特訓するからな!」
そうしてきっぱりと宣言すると、町の方へ向けて歩き出していたナマエが目を丸くする。
特訓? と言葉と共に首を傾げられて、そうだとチョッパーは大きく頷いた。
幸いなことに、この島でのログは一週間ほどかかるらしい。
そして、施設の入り口側での管理者の話が本当であるならば、きっと島の中でも似たような脅かしがある筈だ。
島を出るまでそれに耐えれば、きっとチョッパーは幽霊などには動じぬトナカイになれるに違いない。
人型だったなら拳を握っているだろうチョッパーを腕に抱いたままで、なるほど、と声を漏らしたナマエがその片手を自分の顎に添える。
「別にいいとは思うけど、気を付けないと」
「ん? 何をだ?」
「だってほら、さっきの」
寄越された言葉に首を傾げたチョッパーを見下ろしていたナマエが、顎に触れていたその手で軽く自分の後方を示す。
それは二人で先ほど抜けてきた『お化け屋敷』の方角で、あの施設がどうかしたのかとますます不思議そうな顔をしたチョッパーへ向けて、ナマエがいつもと変わらぬ顔で言葉を放った。
「本物が混じってただろ?」
街中でも本物がうろついてるかもしれないし、と続いた言葉に、ぱちり、とチョッパーが瞬きをする。
その目がもう一度施設の出口を見やり、それから改めてナマエを見上げた。
『本物』とは何の話なのか。
ぐるりと言葉が頭の中を回り、ついでに先ほどの『お化け屋敷』でいくつも見た仕掛け達が脳裏によぎって、ぶるぶると体が震えだす。
あれは全て作り物で、偽物であるはずだ。
そのうちのどれかに混じっていたのが『本物』だったというのならば、それは、つまり。
「……あ、悪い悪い、嘘だよ。冗談、冗談」
がちがちと歯を鳴らしたチョッパーに気付いて、慌てた様子でナマエが言葉を零す。
笑ってくれるかと思って、とひどいことを言い出した相手の体にぺちりと蹄を打ち込んで、チョッパーはとりあえず体の震えを必死になって落ち着かせる努力をした。
その日からの一週間、チョッパーの寝床はナマエのベッドの中となってしまったが、それらは全て、恐ろしい冗談を口にしたナマエが悪いのだ。
end
戻る | 小説ページTOPへ